【第34話】バレンツの丘:地下遺跡探索①
【第34話】バレンツの丘:地下遺跡探索①
カルナの町で遺跡探索の依頼を受けた俺たちは、その日のうちに遺跡探索開始!……というわけにもいかないので、まずは道具の買い出しと、しばらく滞在するための宿の確保をすることにした。
「えーと…ランタンはあるから、保存食の追加と……ロープもあった方がいいか?念の為に包帯とポーションも持っておこう」
「ふむ?そんなものが要るのか?主殿にはヒールがあるじゃろう?」
店の片隅に積まれていたセール品の箱をしゃがんで覗き込んでいると、ナヴィが背中にくっついてヒョイと顔を出す。
いい匂いと背中に柔らかい感触が……ッ!
「ま、万が一ヒールが使えない場面とかあった時のために、一応ね」
「うーむ…しかし荷物が嵩んできたのう。主殿、野営装備などは宿に置いていくか?」
「そうだね、さすがに全部背負って遺跡には行けないし……宿に着いたら荷物を整理しようか」
一通り必要なものを買ったところで、俺は改めて荷物の重さを実感する。あと、財布の軽さも実感している…。
アレもコレもと便利なものを用意するとどんどん荷物が増えていってしまうから気をつけなくては…。
買い物を済ませた後は宿探しだ。
この町には旅人や冒険者向けの宿がいくつかあったが、人の多い時期らしく空き部屋の無い宿ばかりだった。
しばらく歩いてようやく見つけた宿でも二部屋しか空きがなかった。
「うーん……ベッド一つの小部屋と、少し割高で大きめは二人部屋しか残ってないのか……」
受付の前で悩んでいたとき、ふとした考えが頭をよぎる。
(いつも通りナヴィと一緒に寝るならベッド一つの部屋でも問題な……って、俺は何を考えてるんだ……!)
顔を振ってその思考を追い出す。
最近は一緒に寝るのが当たり前になっていたが、それはそもそも彼女が潜り込んでくるからであって…大体、あの姿が本来の姿だというなら、流石に一緒に寝るのはもっと色々まずい。
あくまで人肌恋しい子ども程度の認識しかなかったが、今朝のあの姿を知ってしまった今は…これまで通りに隣で眠れる自信がない。絶対緊張して寝不足になってしまう!
「主殿?」
「な、なんでもない。こっちの部屋でお願いします!」
受付嬢に笑われつつ、俺はベッドが二つある部屋を選んだ。
「む……この部屋は少し値が張るようじゃぞ?ベッドも――」
「こ、こっちの方が広いし風呂もついてるから!ゆっくりできる方にしよう!」
遮るように慌てて言い訳をしたが、ナヴィはそれ以上なにも言わず珍しく素直に引き下がった。
受付嬢から鍵を受け取って、宿の階段を上がる。
ナヴィは何も言わなかったが、その背中が妙に静かだった気がして、俺は余計に落ち着かなくなった。機嫌を損ねてしまっただろうか…?
用意された部屋の扉を開けると、ほのかに木の香りが漂う落ち着いた内装だった。
「ふむ……悪くないな。床も綺麗じゃし、ベッドもふかふかそうじゃ」
ナヴィが部屋に入るなり、きょろきょろと部屋を見渡す。
さすが割高の部屋だけあって、内装はなかなかに豪華だった。
木目の落ち着いた壁に、手入れの行き届いた厚手のカーペット。小ぶりながらしっかりした木製のテーブルと肘掛け椅子が二脚。
窓の外からは、ほんのり夕暮れの光が差し込んでいて――なんというか、落ち着く空間だ。
少なくとも旅の疲れを癒すには十分すぎるほどの設備だった。
「ほう、大人2人は余裕で入れそうな風呂じゃな」
お風呂場の様子を見に行ったナヴィがなんか言っていた。
広めのお風呂を例えただけで他意はないだろう…ないよね?
「主殿!風呂は2人で入れそうじゃぞ!」
走って戻ってきた。
「入りません!」
「なぜじゃ!?」
問答無用で突っぱねられたナヴィは、むぅっと唇を尖らせる。
しかし数秒後、何かを思いついたように目を光らせ――
「……では、我が風呂を沸かしておいてやろう。主殿は疲れておるじゃろうし、湯が沸いたら先に浸かるとよい」
やたらと親切な申し出だった。いつもならこういう時はごねたり反論してくるのだが、今回はいつになくスムーズ。
「え、あ、ありがとう」
「ふふん、当然じゃ! 我に任せよ!」
言いながら、ナヴィは妙にご機嫌な様子で風呂場へ向かっていった。
――その背中に、少しばかり含み笑いが混じっていたような……気のせい、だよな?
風呂が沸いた後もやたらと“先に入れ”と推してきたため、俺が先に入浴することに。
……念のためタオルはきっちり装備済みだ。
湯に浸かってしばらく――
不意に扉が開いた気配がして、俺はすぐに目を閉じた。
「我も入るぞ!!!!」
浴槽に飛び込むナヴィ。バシャンと大きな音と共に頭からずぶ濡れになってしまった。
(……うん、想定内だ。何も見なければ事故じゃない。見なければ)
湯の温度よりも、こみ上げる動悸のほうが熱い気がする。
「主殿、なにゆえ目を閉じておるのじゃ? 見たくないのか?」
「見ません!答えません!」
「なぜじゃ!?」
その後もナヴィの質問攻めは続いたが、俺が決して目を開けないと分かると、仕方なく一人分だけ離れて座ってくれた。寝る時みたいにくっついてこなくてホッとしている。
ちなみに、煩悩を振り払うために目を閉じて頭に浮かべていたのはサラリーマン時代のムキムキマッチョな部長の顔だった。
そんなこんなでドタバタしたお風呂イベントをなんとか乗り切り、夕食は宿の一階にある食堂で済ませた。
木の香りが落ち着く室内で、温かいシチューと焼きたてのパンを堪能した。
ナヴィもご機嫌で、珍しく食後のデザートまで頼んでいた。
……なんだかんだで、心地いい時間だった。
「じゃあ、明日に備えて、そろそろ寝ようか」
「うむ。今日は色々あったからのう…我もちと眠い」
そんな会話を交わして、今日はお互いに別のベッドで眠ることにした。
ナヴィも特に反論する様子もなく、あっさり自分のベッドに潜り込んでいく。
(……今日は落ち着いて寝られそうだな)
そう思いながら、俺も静かに目を閉じた。
……が。
朝、目を覚ました俺の目に飛び込んできたのは、自分の胸元にすっぽりと収まっている小柄な少女――ナヴィだった。
「……」
「すぅ……すぅ……パン…おかわりじゃ…」
小さな寝息と、小さな寝言。
正直毎度のイベントであまり動じなくなった気がする。
ナヴィの寝顔を見ていると、昨日のことが頭をよぎる。
あの姿――
まるで絵に描いたような、美しくて大人びた彼女の、本来の姿が。
(……いかん。また意識してしまう)
彼女はまだ眠っている。起こすのは可哀想だ。
……けど、このままじゃ俺の心臓がもたない。
「……よし、そろそろ準備するか」
そっとベッドを抜け出し、身支度を始める。
ナヴィを起こす前に、心を落ち着けておこう。
今日は、冒険の始まりだ。




