【第30話】寝袋事件
【第30話】寝袋事件
森の静寂に包まれる中。
俺たちは簡単な食事を済ませ、ようやく眠りの準備に取り掛かっていた。
とはいえ、ついさっきまで冷たい水に浸かっていたせいか、体が芯まで冷えている。
早く寝袋に入って、ぬくぬくと眠りたいところだ。
ちなみにこちらの世界の寝袋は足元の細いマミー型ではなく封筒型で、布団に近いイメージだ。
「さて、寝袋を――」
そう思ってリュックを開いた、その時だった。
「……あれ?」
おかしい。
いくら探しても……寝袋が一つしか、入っていない。
「え、なんで……?」
俺の記憶が確かなら、街を出る前に寝袋は二つ――
大人用と、ナヴィ用に小さめのものを、それぞれ詰めたはずだ。
「なあ、ナヴィ。俺の記憶違いじゃなければ寝袋って、二つ持ってきてたよな?」
「うむ。じゃが、アレなら置いてきたぞ?」
「……へ?」
「主殿の寝袋は大きいからの。我も一緒に入れようと思ってな。荷物もかさばるし、合理的であろう?」
「合理的……!?」
ニヤリと笑うナヴィ。
なんて合理主義。なんて確信犯。
いや、確かに荷物は減らした方がいいけど、だけど!
「何してくれてんのこの子は……」
俺はそっと額を押さえた。
まさか“寝袋が一つしかない”というラブコメテンプレを、実体験する日が来ようとは――
「……仕方ない。じゃあ俺は寝袋なしで――」
「なにを言うておる。我が寒いであろうが」
「いやいや、ナヴィさんが寝袋を使えばいいじゃん! 俺は男だし、地べたで……」
「主殿と寝袋に入った方が温かろう?」
「いやいやいや、いくらなんでも流石にそれは」
「匂いも落ち着くしの。それに普段から我を抱いて寝ておるのだから今更じゃろ」
「言い方!というか普段寝る時も指一本触ってないから!」
「ふむ?」
「………え、なにその反応は」
寝相が悪いつもりはないけど……え?本当に大丈夫だよね?
どんどんペースを崩されていく。
しかもナヴィはすでに当然のように寝袋に入って、隣をポンポンと叩いている。
「さあ主殿。寒いなら、早う」
「いやいやいや、そう簡単に……って、あっ、ちょっ、引っ張らな……」
ずるっ。
無理やり寝袋の中に引きずり込まれた。
さすが魔族…力が強いね。
ち、近い。というか距離がゼロ。
寝袋ってこんなに狭かったっけ? いや違う、ナヴィが近すぎるだけだ!
「くふふ……ぬくいのう……」
俺の胸に頬を擦り寄せながら、ナヴィがとろけたように微笑む。
……ダメだ、この密着感は理性がもたない。
「なあナヴィさん、もうちょっと離れて……」
「こうするともっと温かいのじゃ」
ぎゅぅっ。
「ちょ、ちょっと待っ――!」
「ふふ……主殿が勝手に顔を赤くしておる。どうしたのじゃ?ほれ、我は何もしておらぬぞ?」
(……もうだめだ……全部この子のペースだ……)
こうして俺は、人生初の“女の子と一つの寝袋で眠る”という謎イベントを迎えることとなった。
果たして眠れるのか、主に理性的な意味で――
明日の朝が、いろんな意味で不安でならなかった。




