【第29話】冷たすぎる水と、からかわれるおっさん
【第29話】冷たすぎる水と、からかわれるおっさん
森の奥、せせらぎのほとり。
先ほどの騒動が嘘みたいに、夜風が木々を揺らし、水音だけが静かに響いていた。
荷物から替えの服と、小型の魔導式ランタンを二つ取り出し点灯させる。
魔力が電池の役割のランタンだ。使いやすくて助かる。
橙色の光がじんわりと辺りを照らし、星の下の水面がぼんやりと揺れて見えた。
「さて。シミになる前に、洗っとかないとな……」
お互い返り血まみれの、ひどい有様だった。
泥と血と……加えて、ナヴィは全身がうっすら焦げ臭い気もする。
先ほどの一撃は文字通り爆発するような勢いだったが、まさか本当に爆発してたのだろうか…。
「ナヴィさん、俺はちょっと離れたところで洗ってくるよ。さすがに、ね?」
「ふむ?そうは言うがな主殿よ」
ナヴィがちらりと横目で見てくる。
「先ほどの魔物、三匹とも仕留めたわけではない。まだ近くに潜んでおるかもしれぬぞ?」
「あ……まあ、確かに」
「それに、こんな森の中じゃ。ほかに何が潜んでおるかも分からぬ。あまり我と離れるのは、得策ではなかろう?」
ぐぬぬ…こういう時だけは変に理屈っぽくて強引な気がする。
いや、実際彼女の言う通りではあるんだが…!
「それに、ここには我らしかおらん。気にしすぎることもなかろう。我は別に…見られて困るような身体ではないしの?」
ぴたり。
息が詰まる。
「……からかうのは勘弁してくれ」
「くふふ、顔が赤いぞ主殿。かわいいのう」
……言い返したいけど、あまりにも動揺してて反論にならない。
結局、なあなあで押し切られて、俺たちは同じ水辺で身を清めることになった。
ランタンの光がギリギリ届く距離まで離れた後、背を向けて服を脱ぐ。
そっと水に足を差し入れた瞬間、身体がびくりと震えた。
「つっめ……っ……」
思わず声が漏れるほどの冷たさだ。
ああ、あったかい風呂が恋しい…!
後ろでちゃぷんと水音がする。
ナヴィが水に入ったみたいだが、当然ながら見られない。いや、見てはいけない。
「主殿~?」
水面が揺れて気配が近づいた。
「な、なに?」
「そろそろこちらを向いてもよいのじゃぞ?」
「向きません」
「こんなに暗いのじゃ、何も見えんぞ?……たぶん」
「たぶんって…」
「くくっ……ほれ、ちらっと見るくらい我は怒らぬぞ?なにせ、主殿じゃしな」
ぱしゃりと水音が聞こえる。距離が縮まっている。
あぁぁ…この子、絶対わかってやってるな……!
「触っても良いのじゃぞ?」
「触りません!」
「主殿の手の感触、我は好きなんじゃがのう」
「言い方とタイミング…ッ!」
自分の顔が熱くなるのが分かる。
背中越しに、ナヴィがニヤニヤしてるであろう雰囲気伝わってくる。
「……ふふ、主殿は反応が実によいのう…」
完全に遊ばれている。
冷たい水のおかげでいろいろと誤魔化せたけど――
心臓の鼓動だけは、まだ落ち着いてくれなかった。
その後は何事もなく、互いに服と身体を洗い、
夜食代わりの保存食を軽く済ませて、テントで眠ることにした。
ふぅ……いろいろ冷やされたけど、精神的にはむしろ暑かったかもしれない。




