【第17話】爆弾発言と寝落ちするおっさん
【第17話】爆弾発言と寝落ちするおっさん
日課となったナヴィへの《ヒール》だが――
今は最初の頃とは違い、一日中張り付いているわけではなかった。
あの頃は、そもそも命の危機に瀕していたからだ。
今はもう、見違えるほど元気になっている。
(もう、だいぶ元気だよな)
寝返りも打てるし、食欲もある。
魔族は数日食わなくてもとは言っていたが、今ではパンもスープも一日三食、しっかり平らげている。
(……いやもう、普通に健康体だよな、これは)
これだけ元気になった子供なら、いつまでも四六時中、隣に張り付いていちゃ息が詰まるだろう。
だから俺は、何かあったら声をかけるように伝えて日中は寝室の隣にある小部屋で過ごすことにしていた。
今やっているのはこの世界の文字の勉強だ。
俺にはヒールの他にもう一つ、《言語理解(EX)》というスキルがある。
このスキルのおかげで、街の人たちやナヴィと普通に会話ができている。
だが、このスキルもヒールと同じくレベル制であり、読み書きに関しては“なんとなく分かる”程度の理解しかできない。
使えば使うほどレベルも上がるようなので、今はできる限り勉強に時間を充てるようにしている。
ナヴィへのヒールは、彼女が就寝するタイミングに合わせて行っていた。
目に見えて治す箇所はもうないけれど――
《死者を除き、あらゆる外傷・病・毒・呪いを回復する》
そう記されたEXスキルの能力に、少しだけ期待をかけている。
彼女の失われた手足に、奇跡が起きないだろうかと。
そんな思いを抱きながら、夜――
ナヴィがベッドに横になり、静かに眠りに落ちかける時間に、いまでは手をかざすだけで効くようになったヒールをかけていた。
「なぁ、主殿」
唐突に、ナヴィが口を開く。
「主殿は、なぜ奴隷を買いに来たのだ?目的は性奴隷か?」
「ぶふっ!?」
思わず盛大に吹き出してしまったが、ナヴィはまるで意に介さぬ様子だった。
ちょっと待てくれ。
あまりにも爆弾すぎる発言が、あまりにも自然に投げられてきた。
ナヴィは、きょとんとした顔で続ける。
「我も……このような有様でなければ、主殿の男心を満足させられたのじゃがなぁ」
「違うから。そういう目的じゃないから……!」
必死で否定する。
慌てて、奴隷市場に行った理由――
遺跡探索に必要な、前衛向きの戦闘奴隷を探していたことを説明した。
すると、ナヴィはふむふむと小さくうなずき、
「ふむ……そういうことなら、なおさら……」
「なおさら…?」
俺が聞き返すと、ナヴィはぽつりと呟く。
「…妾であれば、主殿の…前衛を…」
(……?)
一瞬、言葉の意味を飲み込むのに時間がかかった。
ナヴィはもう、うとうとと船を漕ぎ始めていた。
最初の頃の、警戒している猫のような様子も今ではすっかり無くなり、
気を許してくれているようだった。
俺はそっとナヴィの頭に手を置き、撫でながら、もう一度ヒールをかけた。
この時間――だいたい夜の九時過ぎ。
子どものころの自分も、ちょうどこんな時間になると眠くなったっけ。
柔らかい髪を撫でながら、懐かしいような気持ちになる。
そして、ナヴィの寝息が穏やかに響き始めたころ――
俺もまた、ベッド脇に寄りかかるようにして、静かに眠りに落ちた。
寝落ちした俺の右手は途切れることなく淡い光を放ち続けていた。




