【第13話】眠る少女と、寝落ちするおっさん
【第13話】眠る少女と、寝落ちするおっさん
少女が目を覚ましてから、どれくらい経っただろうか。
しばらくこちらをじっと見つめていたかと思うと、また静かに眠りについていた。
正直、あれだけ真っ直ぐに見られ続けると、こちらが落ち着かなくなってしまう。
子どもとはいえ、じいっと無言で見られ続けるのは、けっこうなプレッシャーだ。
すう、すうと安定した寝息を立てているのを確認して、ふっと気が緩んだ。
……その瞬間。
ぐぅぅぅ……と、自分の腹の虫が鳴った。
(ああ、そういえば――)
思い出す。
昨夜から一晩中、ヒールをかけ続けていたんだった。
水すら飲まず、ずっと少女に付きっきりだったのだ。
少女を起こさないよう静かに席を外して、簡単な食事を済ませる。
残り物のパンと干し肉、あと水を一杯。胃に何か入れただけで不思議と気持ちもだいぶ落ち着いた気がする。
そしてまた、寝室へ戻る。
少女はまだ眠ったままだ。
俺はそっとベッドの脇に腰を下ろし、再び少女の肩へ手をかざした。
柔らかな緑の光がふわりと灯る。
(……外傷、ほとんど見当たらないな)
あれほど酷かった肌の痣も、傷も、跡形もない。
昨日までの痛々しい姿が嘘みたいに、今はただ、穏やかに眠っている。
ふと、直接触れなくても手をかざすだけでヒールが発動していることに気づいた。
(……レベルが上がったからか?)
ここまでくればステータスを確認するまでもない。
確かに《ヒール(EX)》は成長していた。
即効性にはまだ欠ける気がするが、それでも、あの瀕死の状態からここまで回復できるスキルなんて、そうあるものじゃないだろう。
さすが、EXランク。
回復力だけみれば、十分チートじみてる。
そんなことをぼんやり考えていると――
少女がもぞり、と体勢を変える。
黒色に近い紫色の髪がふわりと揺れ、その隙間から何かが覗いた。
(……ん?)
目を凝らす。
……小さな、角だ。
(……ああ、そういうことか)
ようやく腑に落ちた。
奴隷市場の店主が言っていた、“訳アリ”というやつ。
憲兵も言っていた、魔族との争い――
この子は、きっと、“魔族”の子供なのだろう。
だが俺からすれば――
この世界にとって異世界人である俺の目には、ただ角が生えているだけの、儚い子供にしか見えなかった。
(……一体、どんな目に遭ってきたんだ)
胸が痛む。
時間があればあの店主にでも事情を聞いてみるべきだろうか。
そんなふうに考えながら――
ふと、眠気に襲われた。
(……いかんな……)
徹夜明けの体に、食後という状況だ。 抗えるはずもなかった。瞼が自然と下りていく。
そして――
俺は、少女の肩に手を添えたまま、ベッドの脇に寄りかかるように、静かに眠りに落ちた。
それでも、俺の右手からは、なおも淡い緑の光が――
途切れることなく、少女の身体を包み込んでいた。




