【第9話】朽ちかけた我が身に、灯るもの
【第9話】朽ちかけた我が身に、灯るもの
どこかで、誰かが我の身体を持ち上げた。
その感覚に、意識の底がわずかに揺らぐ。
(……またか)
きっと、今度もどこかへ運ばれるのじゃろう。
売れぬ奴隷の末路など、決まっておる。
森の奥か、川の底か……どうせ朽ち果てるまで捨て置かれるだけのこと。
もう、どうでもよいわ。
この体には、痛みすら残されてはおらぬのだから。
――けれど。
その考えを、微かな違和感が遮った。
我を抱く“その腕”から……温かなぬくもりのようなものが伝わってくる。
ずっと、冷たく、鈍く、麻痺していたこの体に――
ほんの少しばかり、温かさが……染み込んでくるような感覚。
(ぬく……もり……?)
目は、もう光すら映らぬはずであったのに。
それでも感じる。
仄かに滲むような、緑色の、やわらかなぬくもりを――
なんじゃこれは…?
一体、何が起こっておる……?
そう思うたが、それを考える気力すら……もはや、我には残ってはおらぬ…
やがて、揺れは止まり、静寂が訪れる。
そこは――先ほどまでいた小屋とは違う、柔らかな空気のある場所だった。
また“待つ”ことになるのじゃろうか。
今度はこの場所で、ただ死を迎えるまで。
……けれど、その緑のぬくもりは、決して我から離れなかった。
ずっと、ずっと……寄り添うように。
深く、静かに、我が身を包みこむように。
――おかしなものじゃ。
これほど静かで、温かい感覚があるというのに……
この身は、どんどん意識を手放していく。
けれど、それが不思議と……怖くはなかった。
(……これは……まるで……)
いい夢を見ているような……そんな気持ちよさじゃった。
ただ一つ、我が脳裏に浮かんだのは――
“あの腕”に、そして今もこの身に触れる光が、どこまでも優しかったこと。
そしてそれだけが……
この絶望だらけの世界の中で、唯一、我を縛らぬ“何か”のように思えたのじゃ。
(……この感覚は……この気持ちは……一体……)
名も知らぬ“何者か”の存在が、
小さく、我が胸の奥に、灯っていく気がした――。




