【第101話】診療所とイケメン
【第101話】診療所とイケメン
昼食を終え、診療所で一息ついていた時だった。
ドン、ドン、ドンッ――!
強めに叩かれるドア。
……しかし入ってくる気配がない。
嫌な予感がして、俺はすぐに立ち上がった。
「はい、今行きます!」
扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは――
壁に肩を預けるようにして立っている、一人の怪我人だった。
「大丈夫ですか!?と、とりあえず中に……!」
「……すみません」
息も絶え絶えにそう言い残し、身体がぐらりと傾く。
とっさに抱き留めた瞬間、腕越しに平熱とは思えない熱が伝わってくる。
間近で顔を見て思い出した。
彼はたしか、村の狩猟人グループの一人だ。
銀髪のショートウルフヘアに高身長な見た目が目立つ、よく若い女の子たちに囲まれているイケメンの子だ。
「ナヴィ、ベッドまで運ぶの手伝ってもらえるかな」
「任せよ!」
ナヴィが素早く怪我人を抱え上げ(というか担ぎ上げて)患者用ベッドへと運んでくれた。
ベッドで横になってもらい、体の状態を確認する。
応急処置はしているようだが、二の腕あたりの傷が大きく、本人の顔色も悪い。
ステータスを確認してみると、【状態:裂傷・重(腕)、毒】となっていた。
「……傷も酷いけど、何かの毒にやられてるみたいだ。何があったのかな」
ヒールを始めながら状況を聞き出す。
「狩猟中に魔物が……退治は、できたんですが……」
毒の影響か、彼は短く告げるとそのまま意識を手放してしまった。
俺は彼のステータスを確認しながら出力を抑えつつヒールを続ける。
診療所を開くにあたって、ナヴィとルールを決めている。
強力なスキル…もとい、俺が異世界人であることがバレるのを避けるため、治療は一気に治さず段階的に行うこと。
――正直後ろめたさはあるが、俺たちの安全な生活のためだ。
そして彼のステータスから毒が消え、傷の状態が「重」から「小」に変化したところで、今回はヒールを中断した。
彼が目覚めるまでの間は村長に提出するための書類をまとめていた。以前話をした魔力酔いの傾向についてだ。
机に向かって事務処理をしていると、患者用ベッドから音が聞こえる。
「……あれ、ここは?」
「お、気がついたね。ここは診療所だけど、覚えてるかな?えっとー、名前は……」
「レイ、です」
辿々しい口調ではあるが、調子は悪くなさそうだ。
「すみません、思い出しました。……治療、ありがとうございます。楽になりました。」
「よかった。レイくんの傷はまだ治療の途中だから、数回に分けて来てもらうことになるけど、大丈夫かな?」
「…………はい、ご迷惑をおかけします」
何か引っかかったのか少し間が開くも、彼は小さく頷くと、そのまま深く頭を下げる。
誠実なイケメンだ、さぞかしモテるんだろうなぁ。
その後は腕の動きの調子を見て、痛みも今は引いているところまで確認した。
「じゃあレイくん、また明日」
「…………はい」
そう言って小さく頭を下げて、レイは診療所を後にした。
しかし翌日、昼になっても彼は現れず、
結局、夜まで診療所を開けていたが、彼は来なかった。
「結局あやつは来んかったのう」
ナヴィは腕を組み、少し不満そうに鼻を鳴らす。
「うーん……用事でもあったのかなぁ。それとも、もう大丈夫だと思っちゃったとか」
「怪我を甘くみるとは愚かじゃのう」
「明日、ちゃんと来てくれるといいんだけどね」
そして次の日。
朝一番でコンコンとノックされ、ドアが開く。
「……あの、昨日は、すみません」
そこに立っていたのは、レイだった。
昨日よりも顔色は良く、少なくとも悪化している様子はない。
「ううん、大丈夫だよ。来てくれてよかった」
そう言ってから、椅子を示す。
「とりあえず、座って。……で、ひとつだけ聞いてもいいかな」
椅子に座ったレイが小さく頷くのを確認してから、続けた。
「治療の途中だったからさ。昨日の間に無理して動いてないかなーって、ちょっと気になって」
念のため聞いてみた。
「……その、自己判断で。もう大丈夫だと……思って狩りに……」
おお、マジか。まさかの仕事に行ってたとは……。
一拍、間が空いてレイが俯く。
「お母さ……母に、すごく怒られました」
イケメンも母には弱いらしい。お母さんグッジョブ。
「そっか。とりあえず、来てくれてよかったよ」
そんなこんなで再度ヒールを施し、状態を確認する。
「よし、今日はここまで。また明日も来てね」
「……はい、わかりました」
治療を終えたレイは小さく頭を下げ、診療所を後にする。
今度は、少しだけしっかりとした声だった。




