【第100話】スローライフと違和感
【第100話】スローライフと違和感
診療所を開いてから、数日が経った。
村の人たちの利用も増え、朝になると診療所の扉をノックする音が聞こえるようになった。
いまのところ、重症者が運び込まれるようなこともなく、平和な日々を過ごしていた。
患者の中でも多いのは、人族の腰痛や肩こり、関節の痛みといった慢性的な不調だ。
畑仕事や森での作業が多い村だし、身体を酷使している人が多いからだろう。
ステータスを確認して、状態に合わせてヒールを調整すれば、だいたいはその場で楽になってもらえる。
「おお……体が軽くなった!こんなに違うものか」
いま治療をした人は狩猟人グループの一人で、最近は狩猟の頻度が多いらしく、慢性的に疲れが溜まっているようだった。
治療を終えたその日の夜に、獲物のお肉をわざわざ持ってきてくれた。
こうやって治療で喜ぶ声を聞くたびに、人の役に立てていることを実感する。
一方で、魔族の人たちもそれなりに訪れるのだが――
純魔族の患者は、少し様子が違っていた。
「身体が重いというか、なんか身体の調子が悪くてなぁ」
「なるほど。熱はありますか?」
「熱はないんだけど……だるい感じが続いてるんだ」
話を聞く限り、症状は風邪のようなものだった。
いつも通りステータスを確認してみると、表示されたのは見慣れない文字だった。
状態:魔力△
……なんだ△って?
○じゃなければ×でもない。体調の悪さを訴えてはいるから、どちらかと言えばよくないのだろうけど。
最初に見た時は思わず首を傾げてしまった。
怪我でも病気でもない。しかし正常ではない。
俺の知識では判断がつかず、俺はナヴィにそっと状況を伝えた。
「ナヴィ、どう思う?」
ナヴィは患者の様子をじっと観察し、ふむ、と短く唸った。
「うーむ……これは魔力酔いかのう。体内の魔力が澱んでおる」
「魔力酔い……?」
「一概には言えんが、魔力をずっと使わないことで魔力酔いになる者もおれば、外的要因から発症する者もおる。魔族だけじゃなく人族ものう」
そういえば、以前ノイラと遺跡を探索したとき、彼女が似たような気だるさを訴えていたことがあった。
あの時もヒールをかけたら、すぐに回復したのを覚えている。
「とりあえず今回もヒールで大丈夫そうだね」
「うむ。いつも通りで問題なかろう」
普段通り、出力を抑えてヒールを流す。
「……お、すげえな!かなり楽になったぜ!」
純魔族の患者は目を瞬かせ、驚いたように身体を動かした。
うん、どうやら対処としては間違っていないらしい。
それからというもの、同じ症状の魔族がぽつぽつと診療所を訪れるようになった。
どれも純魔族で、似たような魔力酔いの状態だ。
「んー、こういうのって移ったり、流行したりするものかな?」
「病ではないから移りはせん。……しかし、純魔族だけというのが気になるところじゃのう」
「ナヴィの体調は大丈夫?」
「うむ、我は何ともないぞ」
念のため、と了承をもらいステータスを確認してみたが、本人の言った通り問題はなかった。
本日最後の診察も魔力酔い患者だった。
患者の一人に話を聞いてみると、ここ最近、少し前から同じような不調を訴える者が増えていたらしい。
ナヴィが言うには、魔族の時間感覚は人間とは違うため、俺たちが村に来る前から兆しがあったということだろう。
念のため、その日の夕方に村長のハルラスへ報告に向かった。
「なるほど……最近、似た話が増えておるのは確かですな」
ハルラスは顎に手を当て、少し考え込む。
「過去に似た例がなかったか、古い記録を調べてみましょう」
「お願いします」
すっかり日も暮れた帰り道。
静かな村の中で、見えない違和感だけが残っていた。




