【第99話】診療所と腰痛患者
【第99話】診療所と腰痛患者
大樹の村に診療所ができた。
村長が手配してくれた机と椅子、患者用の簡易ベッドが運び込まれる。
更には家具職人(というよりもはや大工)の店主さんたちに家の一階を少しだけリフォームしてもらい、わずか半日ほどでそれらしい形になった。ドワーフすごい。
……とはいえ。
「暇じゃのう」
診療所のベッドの上で、ナヴィがごろごろと転がっている。
「良いことではあるんだけどね」
これまでココにきた人たちは、興味本位で見学に来る村人や、差し入れにパンを持ってきてくれたパン屋の店員さんくらいで、治療が必要な人は現れなかった。
仕事という建前上、俺は以前のようにふらっと外に出るわけにもいかず。
ナヴィも一人では出歩く気もないようで、完全に暇を持て余していた。
そんな時だった。
「あの〜……すみませ〜ん……」
控えめな声が、外から聞こえてきた。
「お、誰か来た」
ようやく患者かと思ったが、入口が開く気配はない。
不思議に思って窓を開け外を見ると――
「……ん?」
窓の外が少し暗い。
――が、空が曇ったわけではなさそうだ。
顔を上げた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
サラリとした金髪、吸い込まれるような深い青色の――巨大な瞳。
そこには、村で何度か見かけたことのある巨人族の女性が、
足を抱えてしゃがみ込み、こちらを覗き込んでいた。
「診療所ができたって、お父さんから聞いたんですけど〜……ここで合ってますか〜?」
声はのんびりしているが、視線の高さが完全に規格外だった。見上げる首が痛い。
「あ、はい!合ってます!……ちょっと、そっちに行きますね!」
さすがにこの人のサイズでは中に入れない。
俺は窓を閉め、急いで入口へ回った。
そして扉を開ける。
「……あれ?」
そこにいたのは、小柄な女の子だった。
背丈は俺の肩よりも少し低いくらい。
年の頃は中学生くらいだろうか。
ふわっとした金髪を後ろにまとめ、のんびりした笑顔。
「……あ、あれ?さっきの人は?」
思わず辺り……というか上を見回す。
「あ、わたしです!わたし〜!」
下から元気よく手を振られた。
「さっきの巨人です〜。小さくなれるんです〜」
「……おお」
予想外過ぎて思わず変な声が出てしまった。
「はじめまして、アキオさん、ナヴィさん!村長の娘のミーシャっていいます〜。こんにちは〜」
「ほほう〜、なるほどのう。確かに内に魔力がギュウギュウに詰まっておるのう」
どうやら彼女の個人能力らしく、巨人族が全員小さくなれるわけではないそうだ。
暇を持て余していたナヴィが興味深そうにミーシャをジロジロといろんな角度から見ていた。
「えへへ〜」
朗らかな笑顔で空気が和む。
そんなわけで。
診療所、最初の患者は――村長の娘である巨人族のミーシャさんだ。
「えっと……それで、今日はどうされました?」
椅子に座ってもらい、軽い問診を始める。
「普段、畑仕事をしてるんですけど〜……最近、腰が痛くてですね〜」
「なるほど。怪我……とかじゃなさそうですね?」
「はい!」
「わかりました。それじゃあ、少し後ろを向いてもらえますか?」
「はい〜」
実は、診療所を始めるにあたってナヴィと話したものがある。
“とりあえずよく分からないけどヒール”というのは流石にアレなので、
ちゃんと“診る”方法はないか、ということだ。
そこで試してみたのが、ステータスだ。
見る対象を自分ではなく他人にできないか?と思いつきでやってみた。
表示対象を意識して、ステータスと心の中で唱えると、最低限だが相手の情報を見るとこができた。
ナヴィ(ナーヴェリア)
状態:正常
正直、今まで全然使ってこなかった機能なので、
もともとできたのか、最近できるようになったのかは分からない。
ステータスで状態という項目が見れたことをナヴィへ伝えた直後、
「ふむ、では試すか」
そう言うとナヴィは何の躊躇もなく自分の手を切った。
「うお!え!?」
「何を惚けておる。早く診んか」
「あ、なるほど……!」
血がドバドバ出てめちゃくちゃ焦ってしまった。
(このあとすぐヒールで治した)
――結果。
ナヴィ(ナーヴェリア)
状態:切り傷(手)
“怪我をしている状態”をステータスで確認することができた。
そういうわけで。
ミーシャの背に手をかざし、意識を集中する。
ミーシャ
状態:腰痛・中(腰)
……中か。
まあ、深刻ではなさそうだ。
「んー、診た感じ普通の腰痛ですね。治しておきます」
そう告げて、ヒールを流す。
中というのがどれくらいのものかは分からないが、とりあえず全快させても大丈夫だろう。たぶん。
「――っ!」
次の瞬間。
「お?おお?……おおおおお!?」
ミーシャが目を丸くし、腰を押さえたまま立ち上がった。
「すごいです〜!全然痛くないです〜!!」
ぶんぶんと腰を回し、屈伸まで始めた。
うん、無事治ってよかった。
「ありがとうございます!アキオさん!」
「いえいえ。それじゃあ、また気になるところがあれば気軽に来てください」
「はい〜!」
こうして、診療所の初めての診察は無事に終わった。
そしてその日から。
どうやらミーシャが嬉しそうに話して回ったらしく、
「腰が一瞬で治ったらしい」
「ミーシャちゃんのお墨付き」
そんな噂と一緒に、ぽつぽつと人が訪れるようになったのだった。




