第099話 タケルハン
「まだ魔族の出現原因は分かってないって話ですけど」
「みたいですぜ? 俺はまだ行ってないんですけど、仲間のツテで聞いた話じゃかなり酷い状況らしいです。王城は跡形もないって話もあるくらいでさぁ。小難しい話はよく分かんねぇですがね」
「改めて聞いても規模が大きすぎて現実味に欠けるというか……国が滅びかけてんのにこっちのギャップったらないぞ」
反感レベルでお気楽もいい所。
妬み嫉みの対象になっても文句言い返せない程に平和そのものだ。
「ダハハハ! 辛気臭いと国も人も内側から自滅しまさぁ! 先の事は国王様や騎士団に任せて、俺らはそれを信じて乗っかるだけ。なら俺らは余計な心配させないように平常運転で良いんですよ。余計な仕事増やしちゃ申し訳ねぇ」
「武と歳変わらなさそうなのに、比較にならないくらいしっかりしてるわね」
「みなまで言わずとも痛感しとるわ」
「いやいや、俺なんかまだまだですぜ? そんで護衛のお金はどんなもんになりそうだい?」
「うぅーん、往復で一月は冒険者の仕事が固定される訳ですかぁ……20日くらいならそうですねぇ……」
冒険者も生活がかかっている。
フィーネ達の日当は、現在平均して銀貨6枚程。クルスの依頼が単純に20日かかるなら……
「やっぱどんなに最低でも金貨1枚はかかりますかね。誤差プラスで銀貨50枚前後くらいも全然覚悟すべきかと」
金貨1枚、およそ10万円になる金額は平民の給料としてはポンと出せるものではない。しかしながらクルスをはじめとするこの運搬業、貴族に限らず時に王族の獣車操舵すら任される事もある特殊職。名誉もさることながら、その際に支払われる報酬は生唾ものだ。
「そんなもんかぁ……まぁ命預けるにしちゃ安い……のか?」
「ギルドで言えば中級討伐依頼と同等って所ですかねぇ。仮に金貨1枚に銀貨50枚だとして、三人で雇えば一人頭で日当銀貨3枚に満たないくらいって感じです」
依頼は基本的に人数指定のない一件扱い。
つまり単独ですれば稼げるが危険も大きい、チームですれば楽にはなるが報酬は分割という事だ。
「ふむ……そう考えると滅茶苦茶お得に感じまさぁ。襲われて赤字なるくらいなら全然有だな」
「今の掲示は本当に最低ラインですけどね。ただ今のところ紹介出来そうな冒険者もいないんですよねぇ……うちもそれが悩みというか」
今のところレッドフォックスの依頼を処理する冒険者はフィーネ、ポッツ、亮平の三人のみ。しかもこの三人でさえウチの専属かと聞かれれば微妙な所。しかも20日も不在となると、こっちの依頼処理をする冒険者がいなくなってしまうのは耳の痛い話である。
「まぁ今時冒険者になりたい奴はそうそういないわなー……暫くは根拠のない近所の力自慢の輩を雇いましょうかねぇ」
「……なるべく冒険者が増えるよう精進しますよ」
「そいつぁ……骨が折れそうな仕事だ」
「そうなんですよねぇ……だからギルドから出てる場合じゃないんですよねぇ……こんな総出でっ!!」
借金返済は確かに最優先事項。
しかしもって今回の話は武発信の云わば妄想、空想レベルの話。確実性に欠ける戯言に、何も社員全員引っ張りだす事はないのである。
「大体俺ら行っても戦力にもならないんですけど。ホントに魔獣がワラワラ出たきたら、自分の身すら守れないんですけど」
「んぁ? だからこれ持ってきたんだろうが」
そう言いながらアイリスが移した目線の先に、実は席を陣取るもうひとつの余計な存在があった。それは最近ピクリとも動かない、黒鎧である。
「なんでデュラさん乗せてきたんですか?『だから』の意味が全く分からないんですが」
正直未だにこれが乗ってる理由が分からなかった。
最近漸く目がうっすら赤く光始めたのだが、今のところただの鎧であり、今偶然戻ってきても前回の戦闘踏まえると活躍は皆無に近い。
「これは結構一級品の鎧だぞ? だからもし魔獣が出たら、お前はこれを着て戦え。魔法が使えなくても剣か斧くらい振れるだろ? いつも無駄にブンブン角材振り回してるんだから」
「何か頭のオカシイ悪ガキみたいなイメージなんですけど……てかこれ俺が着る為に持って来たんですか!?」
最悪廃棄でもするのかと思えば思わぬ展開。
このマスターは、真顔で魔族を装着しろとおっしゃっている。
「そうだ。一つになれ。どうせお前ら体の隅々まで知ってる仲だろ」
「言い方っ!! 確かにバラバラにしたの組み立てたし、親父は着てましたけどっ!」
「何だ。二番目の男かお前」
「だからいかがわしく言うなぁぁぁぁ!! なんだ鎧の二番目の男って!! 妙に悔しい自分がむず痒いわ!!」
「ハイッ! 私も着たっ!」
「何となくニーナは入ってこない方が良いかなっ!!」
確かに黒い鎧で格好良い上に、見た目通り強度も恐らくは申し分ないハズだ。ただなんと表現すべきか、積極的に着たくない感じで、むしろ着るというより完全にお邪魔する感覚に近い。これを着ると精神が乗っ取られちゃう……なんて事になりやしないかと色々不安すぎるのだ。
「俺はあの頭がいっちゃん怖い。あれ被るのがいっちゃん怖い。デュラさんのキャラ知ってても怖い。なんか往年の量産人形ロボットみたいな目の光り方してるし」
武器が斧というのもなんか余計にそれっぽい。
「お前は今日から……タケルハンや」
「何でちょっと関西イントネーションなんですか……代わりに結衣が着ますよ」
「いやいらないし戦うくらいなら逃げるし……というかまだ軌道にも乗ってないのに、ギルド休んじゃって大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃないよ……大体うちのギルド、休みと不在率高すぎだぞ? 何回プニに留守番させる気だよ」
せめてナナやフローラくらいはお留守番させていても良かったものを、大量のお宝があった時の為にそれを持ち帰れる手数を増やしたいという、そんなアイリスの欲深い思惑による総出陣。今頃プニは、一匹寂しく草をムシャっているに違いない。
「乗ってないなら後で乗せればいいじゃないか軌道くらい。それにもう乗らなくても良くなるかもしれないんだぞ?」
この調子だともしギルドの借金が無くなったら……という世界では、アイリスを動かす唯一の動力源は無くなっていそうだ。
「もっと違う夢をもって目をキラキラさせて欲しいもんですね……ていうかこーゆー時こそ転移魔法でしょ? なんでわざわざ獣車でまったりなんですか。デュラさんの分まで銀貨払って、7人分も無駄な出費でっせ!? 3人に至っては席座れてないし!!」
これはデュラさんの搭乗以前の疑問だった。
こんな風に見えていても、アイリスはそこそこ便利な魔法使えるのだ。ワザワザ獣車を借りてまで1日を無駄にする必要はない。獣車の移動は徒歩より流石に楽だが、実はそれよりもっと楽な行き方が出来た筈なのだ。
「確かに! そういえばアイリスさん空間『うにょー』って出来るじゃないですか! あの変なやつ!」
どうやら結衣もその魔法については覚えていたらしいが、アイリスの様子はさして変わらない。そりゃ私だって使ってやりたいがと前置きするアイリスは、転移魔法について軽い説明を始めた。
「そもそも転移魔法ってのは、私が行ったことのある地じゃないと使えないんだよ。だれが好き好んで山なんて行くんだ。私が修行僧にでも見えるか?」
「おっと条件有りパターンでしたか」
「え、じゃあ『うにょー』の行き先ってどこでもって訳じゃないんですか?」
「当たり前だろ。私が冒険者だった時に行ったことある地で尚且つ、転移の魔法陣をマークしたところだけだ。あと『うにょー』はやめろ」
つまりアイリスの転移魔法は好き勝手にどこでも行ける訳ではないらしく、本人が立てた目印がある場所にしか再び足を運ぶ事は出来ないとの事だった。それでもかなり便利な魔法には違いないが、今回は流石に転移をするポイントが、ダンジョンの近くのどこにも存在していなかったようである。
「まぁあの空間に擬音を挿入するなら『うにょー』は合ってるな。性格といい間の抜けた感じといい、『ブォン!』とか『ズズズ……』とかよりはよっぽどこの青虫に合っている」
「お前の心の門、施錠がユルすぎないか?」
そんな会話に耳を立ていたのか、前方でブルに跨がるニーナが会話に参入してきた。どうやらニーナにとって、転移魔法は興味のある話題だったようだ。
「でも転移魔法ってスゴいよねー!! 最初アイリスが使ってたときビックリしたん」
「だろぉ~? 人は見掛けによらんもんだぞ?」
「それって自分で見た目は問題ありって認めてますよね? まぁでも……アイリスさんはそうですね。見た目腐った感じですけどたまに必要性あるから……納豆みたいなもんですかね。お金に粘着質ですし」
「よく分からんけど、多分礼を言うには及ばない奴だろそれ」
「腐った豆の食べ物です」
「思ったよりエグい食べ物これいかに」
因みに最近詩織が鋭意制作中である。
「どうでもいいけどそんなに凄いの? その……転移うにょ」
「どうでもいいとか、実はタケルより辛辣だよな……ユイって」
「誰でも使えるって訳じゃないですねぇ。使える人は僅かじゃないですかぁ? サクラちゃんの浮遊魔法しかり、ここ数日で結構お目にかかれない高度な魔法が飛びかってますよぉ」
どうやら精霊であるフローラにしても、転移魔法はかなり特殊な存在であるようだ。
「浮遊魔法も珍しいんですか? ほう! さすが俺の妹だ!」
この青虫と同等の扱いを受けてるのが若干ムカつく武だが、それでも非常に誇らしい。とはいえこの世界の事情を全く知らなくても、櫻の身の回りの状況がかなり突出してるのは武も理解しているつもりだ。
この先の将来、櫻が自分くらいの歳になる頃には、冗談抜きでこの世界の誰もが知るような、そんな存在になってるかもしれない。そしてその間、櫻の魅力に吸い寄せられた男共を何人埋めれるかも、武としては今後の見所である。
後はアイリスのように、こんなドヤ顔を見せびらかす子に育ってほしくないのが、兄としてのささやかな願いだ。
「転移魔法の使用は、昔の知人に血脈が大事だと聞いた事があるんですが、どうなんでしょう?」
ふと、フローラがそんな事を言った。
すると、アイリスは少し考えた後に口を開く。
「んー?……多分関係ないな。他の魔法と一緒で個々の才能みたいなもんだ。私の他にも使える奴はいるが……先祖は間違いなく一緒じゃないだろうな」
「なんで分かるんです?」
「そいつとは、根本的に種族が違うんだよ」
ただでさえ愛弟子愛弟子とうるさいのに、アレと身内なのは勘弁してくれと。この魔法を教わった変わり者の師を頭に思い描くアイリスは、本当に嫌な顔をしている。
「そうなんですか……ねぇ武? あのうにょ魔法って、たしか詩織さんも使ってなかったっけ?」
「……シオリ? てかもうユイはうにょでいくのか」
「可愛いじゃないですか。詩織さんは武のお母さんですよ。あれって、アイリスさんの魔法と何か似てない?」
「そういや仕事行くとき使ってるなぁ。結構頻繁に見るから、正直そこまで凄い魔法とは思ってなかったよ」
「ふぅーん……」
身近に転移魔法が使える人物がいたことに不服だったのか、アイリスは少し悩ましげな表情を見せた。
「あ、もしかして自分だけの魔法じゃなくなったから拗ねました?」
「こんなんで拗ねるか」
そう言いながら、アイリスは再び眠りにふける。
記憶の片鱗に『シオリ』という名を残して。
ー フィーネとポッツ ー
「む……しまった……ふぁぁ……起きろポッツー……朝だぞー……テテテ……飲み過ぎたな」
「んむぅ?……ハッ!? 変な悪夢を見た気が!? 」
「大丈夫か? んんっ……あぁ。しかし誰もいないな? 皆どこ行ったんだ?」
「昨日の遺跡に行ったんじゃない? うわぁ!! あぁ……なんだオッチャンか……びっくりした」
「なるほど……しかしギルドでこうして酒が飲める日が来るとは思わんかった。タケルの発想は結構面白いものがあるな。国の運営機関で酒とは中々大胆というか」
「そもそも名持だったのが未だに驚きだよ……でもホントあぁ見えて、結構頭回るよなニーチャンて。ユイも可愛いし仲いいし、あれが幸せっていうんだろうねぇ~」
「幸せかー……ねぇポッツ。我々の幸せはいつ来るのだろうかー」
「幸せが要らないと感じた時……かな」
そよ風さわわ~
「深い言葉っぽいのじゃなくてもっと現実的なやつ!!」
「必死すぎるの捨てたときかな!?」




