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第008話 夢のない場所

 落ちる。落ちる。落ちる。

 そこは暗い暗い無限の自由。深い深い平等の枷。

 息は遠く、意識は偶然へと沈む。

 

 ここは知らない筈の、懐かしい場所。

 そんな不思議な空間で――――――


『―――――倉元武は夢を見ていた』


「んん…………ん? ここは……どこだ?」


 疲れて変な場所で寝てしまったかなと、武はゆっくりとその身を起こし、寝ぼけた意識で辺りを見渡す。しかし何処を見ても視界は真っ暗なままで、まるで果てしない闇が何処までも続いているようだった。


 少しずつ意識がハッキリしていくにつれ、段々と不安な気持ちが募り始めた頃。気のせいかと思っていたあの声が、再び武の耳に届いた。


『これから高校生としての青春を謳歌する筈だった彼は、異世界にて新たな生活を送る事になったのだ。しかしそんな新たな世界は魔法も存在する不思議な世界で、平凡普通だった少年の常識は容易く打ち砕かれていた』


 淡々と暗闇に響く、聞き覚えのない透き通った女性の声。

 姿は見えないが、何故かこの女性は武の事を知っているかのような語りぶりだった。


「え、なにこれどういう状況!?」


『彼は先の見えない、まるで永遠に続くかの様な暗闇の空間で自分の状況を理解できず…………そして目を覚ます。しかし本当に目を開けたのか、自分でも疑わしくなる程に世界は依然として暗いままで―――――』


「えぇぇーーい!! さっきから勝手にナレーションすな!!」


 流石に武も限界だった。

 変に自分の事を物語られるのは妙に恥ずかしい上に、耳に心地良く残るような声も逆に腹立たしい。


『えー、折角夜な夜な考えたのにぃ! ちぇっ、もうちょっと続けたかったんだけどな……仕方ない』


 甘く優しい声は軽やかに、そして残念気味にそうに告げる。先程までよりも随分と砕けた口調で、どうやらこれが素の話し方のようだ。


 しかしそうなってくると、武もより腹が立ってくるもので。そっちがふざけるつもりならと、武の声にもより感情が乗りやすくなるというものだ。


『で、目覚めの気分はどんな感じ?』


「近年稀にみる最悪さだわ! マジでどういう状況なんだよこれ!?」


『まぁまぁ落ち着きなさいって。別に悪い場所じゃないからさ』


「目覚めたら知らない場所に居たんだぞ! 落ち着いてられるか! そんでまず誰だお前!? そしてどこだここ!!」


『んー、私が誰なのかは一旦置いておいて、んーと、分かりやすく言えばここは君の夢の中だね』


「はぁ?……夢の中? ここが?」


『そっ。君の肉体は未だにベッドの上でぐーすかぴーだ。だから魂だけをご招待~……ってね?』


 こりゃまた随分おかしな話になって来たぞと、武はあぐらをかいていぶかしむ。


「そんな突拍子もない話を信じろと?」


『そうだねぇ。でも異世界に行くのも、結構突拍子もない話だと思わない?』


「……!」


 そこをつつかれては確かにという他ない。

 普通に考えたらありえない話……というのは、異世界召喚を経験してしまった武にとって、あまり当てにならない憶測でしかない。


 それにあまり信用したくはなかったが、やはりこの声の主は、武の現状をよく知っているようだ。 しかしそう言われても見渡す限り、ナレーション通りに全面真っ暗闇。これが本当に夢の中だというのなら、ハッキリ言って面白みの欠片も無かった。


「……夢がこんな夢のない場所なことある?」


 今の武からしてみれば、目が覚めてる時の方がよっぽどファンタジーだ。


「いてっ………ほっぺつねっても超痛いんだけど 」


『なんでほっぺつねってるの? ちぎりたいの? 手伝おうか?』


「お節介で死ぬわ! ほっぺちぎりたい人なんかいるか!! 夢かどうか調べるごく一般的な方法だっつの!」


『ふぅーん……変な方法だねぇー。じゃあ夢って納得できた感じかな?』


「いや全然。だって超痛いもん」


 それに、ここまで意識がハッキリしている夢というのもあまりピンとこない。変な人に誘拐されて倉庫にでも監禁されたと言われた方がまだ納得だった。


『えぇー……痛みだけで判断するの? じゃあその方法全然当てにならないじゃんかぁ』


「じゃあ夢にも痛覚があるって言いたいのか?」


『そりゃあるよ。ここも現実なんだし当たり前じゃない』


「……は? 夢なんでしょ!? なにこれなぞなぞ!?」


『うーん……これは夢に対する常識が結構違うみたいねぇ。そもそも夢も、あなたが体験してる現実の内の1つなんだよ?』


 声の主がまたよく分からない事を言い出した。

 これはいよいよ、夜な夜な魔法陣を描かされる羽目になるかもしれない。

 

「……怪しい哲学か何かですか?」


『全然違うよぉ…… もぉー! 一体どうすれば夢って信じて貰えるのさ!』


 そんな事を言われましても……と。

 武は面倒臭そうに肩を落とす。


「とりあえず真っ暗で何も見えないしさ……夢ってもっとこう、何でも思いのままみたいな所あるじゃんよ。メジャーリーガーやサッカー選手になるでもいいし、一度夢見たスーパーヒーローになるでもいいしさ」


 別に頭上から声が聞こえている訳ではないが、何となく武は上の方をチラリと見上げる。


『そんな事でいいの? じゃあ適当に想像したらいいじゃない』


 すると、なんともまぁ単純な解決方法が返ってきた。


「え? 想像するだけでいけんの?」


「だってここは貴方の夢なんだから、なりたい自分になれば良いし、見たいものくらい自由に出したら良いじゃない。宇宙に行くロケットでも、有り余るご馳走やスイーツでも、金に溺れるプールでも、可愛い女の子に囲まれるでも何でもさ」


「そりゃそっか夢だもんね!」


 武は急にテンションが上がり、迷わず念じる。


 美少女、美女、美少女、美女ぉぉぉぉぉぉ!!………と。


 武とて、ただの男子校生。人間なんてそんなもん。

 欲望には夢でくらい忠実でありたいのである。


「んむむむ………むむぅ?」


 すると、魔法の練習の時と違ってすんなりと何かの手応えを感じ始めた。強いて言えば小さな脱力感、そして触れてもいない空間の一部が粘土のように崩れ落ちる、そんな不思議な感覚。自分の身体ではない、自分の一部。それは次第に、武の想像力そのものを型どってゆく。


『そう……それだね』


「…………ッ!!」


 やがて少し周りが明るくなると、武の目の前に三つの人影が現れた。正直もっと大人数を期待したものの、出ないよりは全然オッケーだ。むしろ上出来である。


「ん出たぁぁぁ!! ……のにナニコレ怖っ!?」


 ただし、クオリティは別として……だ。


「マネキン!? というか俺の想像力上の美女のクオリティ低くない!?」


 現れたのは鉛筆画がそのまま飛び出て来たような、生身の人間とはほど遠い何か。もっぱら絵心はあると自負している武だが、この現れた何かはあまりにも酷い仕上がり。

 表情も固定、瞬きすらしていない。これだけでホラー作品一本撮れそうである。


 武は思った。

 なんだこれ。


 この感じなら、無闇に立体的にしないで欲しかったと思っていると


「タケルノコトナンカ、スキジャナインダカラネ」


 なんか喋った。


 しかも泣く子も黙るツンデレ属性持ちだ。

 角かと思った頭の横から生えた何かは、どうやらツインテールだったらしい。多分だが、あれは地面に刺さる。


「アンタバカァ?」


 どうしよう。

 何かよく分からない理論で人類を救おうとする計画に巻き込まれるかもしれない。でも逃げちゃダメだ。


「タケル、ヒザナグリシヨウカ?」


「膝枕じゃなくて殴るのか。いやその足曲がるのかそもそも」


「イコウトオモエバ」


 何それ怖い。


「じゃあ多分それ膝じゃないわ」


「ドコミテンノヨ。エッチ」


 これは恥ずかしがってるのだろうか?

 直立不動で言われても、心動くモノは何もなかった。


「くまなく見たのは謝るけど、そこに欲はないんだマジで………てか喋るなら口開けて!? せめて!」


「タケル」


「やだもう夢に出てきそう………夢だったこれ!!」


「イッショウイッショニイヨウネ」


「断る」


 これなら孤独の方が断然良い。

 そんな事を思いながら残りの二体はどんな属性をお持ちなのかと、恐る恐る顔を確認すると――――――


「ハァ? アンタナンカゲボクズノキワミヨ」


「ゲボクズの極み!?」


「ナニミテンノ? モグゾ?」


「どこを!?」


 まさかの全ツン。

 ポテンシャルは全部一緒だった。


 そしてほぼほぼ悪夢に近い何かを体験した武に、声の主はクスクスと笑いながら心ばかりの慰めをかける。


『イメージって自分が思ってる以上に形にするの難しいの。ましてや生きてるものを複数人なんて、並大抵の想像力じゃないよ?』


「早く言って欲しかった………寝て見る夢でどんだけ集中力とエネルギー使わせる気ですか。寝過ぎて疲れるのも何か納得だよマジで」


 とりあえず、このまま一緒にいるのはご勘弁と。

 武は全く心惜しまずに項垂れながら、念じたイメージをかき消した。


「「「マタネ」」」


 そう言って、溶けるろうのように崩れる彼女達。


「もう二度と出てこないで」


 既に涙目の武にとって、これもまた若干のトラウマになりそうだった。


『まっ、初めてにしちゃ上等だよ。自我あるだけで凄いもんだって』


「夢でも才能無いのか俺は……夢って夢見させてくれるから夢なんじゃないの?」


 もうひとつ武が余計に学んだのは、夢でも涙は出るという事。夢という現実は、思ったよりも残酷な場所だった。


『まぁ結果はどうあれ、夢って事は理解出来たかな?』


「もうなんでもいいよ……こちとらファンタジー世界すら受け入れた身だからな。てかあんたはいつまで自分を出し惜しみしてんだよ? そろそろ姿を――――――」


『あ、顔は恥ずかしいからNGで』


「…………」


 顔出しNGとか………。

 こちとら異世界召喚の初日から、散々顔を晒されたというのに。


「はぁ……じゃあいいよこのままで。で? 誰が何の用事で人の安眠を妨害してくれちゃってんの?」


『別に大した正体でもないんだけど。んー……まぁ、君達を異世界に飛ばした元凶といいますかな?』


「………………ん?」


 全然大した正体だった。

 薄々感じてはいたけども。


「やっぱてんめぇぇが俺達をすっ飛ばしやがったのかぁぁぁ!!! 尚更顔出せやこの野郎!? 何を一丁前に恥ずかしがってんだ!! 大体普通初日で出てくるじゃろがい!! 何を呑気にほったらかして自給自足させてくれとんじゃ!!」


『おぉう……止まんないな文句が。ゴメンて、まじゴメンて』


「謝罪が軽いわクソったれぇぇぇ!! 誠心誠意土下座しろぉぉぉぉ!!」


『んもー、今回だけだぞ? ………………はい。まじゴメン』


「だから見えねぇんだっつの!?」


 なんだコイツは散々家族ごと巻き込んどいて………。


 神だか天使だかは分からないが、コイツはどうもダメパターンな、外れパターンな臭いがプンプンする。


「はぁ………そんで? 何で俺達を異世界に? まず冒険者にすらなれてないんですけど!! しかも全然魔法使えてないんですけど!? 悪を成敗するには色々不足しすぎなんですけどっ!!?」


 お怒る武の猛口撃。

 ここ数日で溜まっていた不満鬱憤が、滝のように溢れ出した。


「さぁ洗いざらい話してもらうぞ。一体俺の運命はどこまで苛酷で、この先どれだけの壁をぶち壊し、あるいは越えていかねばならんのかも!」


『なんかこう、勢いでなっちゃったよね』


「………?」


『………? え、もうこれ以上ないけど』


 説明会が終わった。


「………終わりッ!?」


『俗に言うノリという奴だな。酔い潰れた勢いで。特に理由とかない』


 ノリっ!! 理由なき異世界召喚っ!!?


「……え? 特に理由ねーの!? 魔王討伐とか国救うとかじゃないの!? 異世界召喚てそれが醍醐味みたいな所ない!?」


『確かにそういうお願いはこっちですることもあるよ? ただ君に……君達に関しては、そーいった条約は結ばれていない………そうッ! イレギュラーという訳だな! 好きだろ? イレギュラーって言葉!』


 この声の主は、さぞ『おめでとう!!』みたいなテンションで語る。いやなんか、勢いで乗り切る感じがしなくもない。


「待て待て………え、じゃあ使命もなく、ホントにアンタのノリで俺ら召喚されちまったのか?」


『だからそう言ってんじゃん。理解が遅いね君』


「あ、ヤダ。重めにド突きたい」


 いつか姿が見えたら絶対にシバき回してやろう。

 そう心に誓う武だった。

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