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第077話 玉知らず

 フローラが声をかけた男の名はツァレル。

 この通りでは知らぬ者はいない商人であり、この町でいくつかの娼館を経営している男だ。最近、フィーネと呼ばれる冒険者を雇い入れようと熱心に口説きにかかっているが、いつも隣にいる猫獣人に邪魔をされており、その願いはまだ叶っていない。


 目標叶わず仕方なしに別の女性を昨晩に仕入れ、半ば不機嫌に朝まで飲んでいた次第だが、たった今目の前に現れた女性を目の当たりにした瞬間に、ツァレルの苛立ちも、眠気も、酔いも、その全てが綺麗に吹き飛んだ。

 

 何故なら自分が今まで出会った事もない、絶世の美女がそこに立っていたのだ。 美しく赤い髪は腰まで流れ、着飾るドレスも其処らの安い品ではない。商人として、男として、ツァレルの喉がゴクリと鳴る。

 

 そして今から丁度行こうとしていた場所に何としても招き入れたいと、ツァレルは慎重に、あくまでも冷静を装ってその口を開いた。


「……私に何か?」


「あなたは冒険者と呼ばれるお方でしょうかぁ?」


「あはは。私が? いいやまさか。私はただの商人ですよ」


「そうですかぁ。実は今、冒険者の方を探していまして。どなたか助けてくれる方をご存知ないですかねぇ」


 冒険者?と男は考える。

 そんなもの中央広場に行って、その辺の壁にでも貼り出された紙で適当に探せば良いではないかと思ったが、そもそも長年この町に居座り続けてこんな女性は見た事がなかった。

 恐らくは高貴なお嬢様と言った所だろうが、何にせよこの町に来るのは初めてなのだろう。


 でなければ世間知らずな美しき女性が、一人でこんな場所に来る筈が―――――


「実はさっき見つけんだけど、逃げられちゃったんよー」


「…………ッ!?」


 フローラの後ろで口を開いた子供に目をやったツァレルに、またも衝撃が走った。


 そこにいたのは正に原石だ。天を流れる星の川のように美しい髪を持つ少女はまだ幼さこそあるものの、綺麗さと可愛らしさの両方を兼ね備えている。何も疑う事を知らない無垢な少女が無邪気に笑うその仕草だけで、ツァレルの心は危うく綺麗になってしまうところだった。


 この二人だけで充分、他の娼婦はいらないとさえ思う、正に奇跡の組み合わせだ。少し考えるだけで舞い込む金貨の計算式が倍へ倍へと膨らみ、このまま行けば貴族に肩を並べるのも夢物語ではないと、ツァレルのニヤニヤは止まらない。

 

 しかしツァレルのプロの商人だ。無論その表情は表には出さない。笑うのは、完全に取り込んだその後なのだ。


「……一見さんだと、冒険者はこの町ではなかなか捕まらないかもしれませんね。見た所、お二人はこの町の方ではないのでは?」


「そうなんですぅ。よくお分かりになりましたねぇ」


「すごー! 何で分かったん!?」


「ふふっ。あなた方のような綺麗な人は、お目にかかった事がない。もしも以前からこの町にいらっしゃったのなら、この私が見過ごす筈がありませんからね」


「えへへ。綺麗って言われちった」


「ニーナの価値が分かる人もちゃんといるのですねぇ。少し安心しましたぁ」


 見るからに無用心。

 色々と訳ありそうな美女。それも二人。

 ツァレルはこれほどにまで神に愛された自分の運命を心より称賛した。


 獲物は向こうから勝手に飛び込んできた。後は巣穴へと案内するのみだ。しかし怪しまれては元も子もない。自分は他のバカ共とは違うのだと、ツァレルはあくまでも冷静に冷静に事を運ぶ。


「困っているなら、私が冒険者を紹介しましょう。知り合いが何人かいるので、手を貸してくれると思いますよ。それと、申し遅れましたが私はツァレルと申します」


「本当ですかぁ? やりましたねニーナ」


「流石フローラなん!」


「…………」


 握手を交わそうとツァレルが手を差し出すも、二人は綺麗にスルー……というより、それがどういった意味かがイマイチ分かっていなかったようだ。


 ツァレルはそんな悲しい無視をされたものの、これくらい問題ないと自分に言い聞かせて、若干恥ずかしくなりつつも静かにその手を引っ込める。


「と、とりあえず向こうで話しましょうか。どんな依頼か知りませんが腕に自信のある猛者ばかりです。それだけは保証しますよ」


 実際、これから彼女達に会わせようとしている者達の腕は確かなものだ。多少金はかかるものの、仕事はきっちりとこなしてくる。本来あのフィーネの拉致を依頼する予定で集わせていたのだが、最早そんな事どうでもよくなっていた。


 ツァレルは二人を裏町の奥まで丁寧に案内し、やがてその一角にある古びた店へとたどり着いた。とはいえ経営はしておらず、完全な空き家状態。その内部は店の名残か、酒ビン等が乱雑に転がったり砕け散ったりしている。


「ここです。陰気臭いのは許して下さいね。男の世界はあなた方みたいに美しくはないものですから」


 そう言いながら、店の床を引き上げたツァレルが手を差し出した先は、地下へと続く暗い階段。通常ならここで逃げようとするアクションを何かしらするものだが、フローラとニーナは特に驚きもしない。


「おぉ! 秘密の部屋? カックいい!」


「ここから下へ降りればいいのですか?」


「ええ。ここは会員制の特別集会場なんですよ。足元に気をつけてくださいね」


「お気遣いどうもぉ」


「お邪魔しまーす!」


 そのままツァレルが先導し、その後ろからフローラ、ニーナと続いて奥へと進む。最後まで大人しく着いてきた二人を背に、この暗闇ならもう大丈夫だろうと、ツァレルはつい頬が緩みニヤケだしてしまった。


 笑い声を押し殺すのが愉快でならない。 まだだ、まだ吹き出してはならないと、ツァレルは口を手で押さえて歓喜に震える。


「さぁ着きました。ここで暫くお待ち下さい。私はお酒でも持って来ますね」


「ありがとうございますぅ」


「なんにもない部屋だねー。倉庫だったんかな?」


 着いた部屋は、椅子が乱雑に置かれただけの小さな小部屋だった。上層からは水が滴り落ち、地下だけあって仄かに肌寒い空間だ。こんな場所ではあるが待機という事なので、適当な椅子に素直に二人は腰掛ける。


 そしてツァレルが奥にある扉の中へ消えると同時に、上のほうからガチャリと音が鳴った。そのまま二人は特に気にせず、薄暗い闇の中で待機していると―――――


「おわっ? なんだこれ?」


「これは? 何かのもてなしでしょうか?」


 ニーナ、フローラ共々椅子に座ったまま、瞬く間に麻縄によって拘束され、急に身動きが取れない状態となった。どうやら魔法によって操作された縄らしく、気がつけば二人は部屋の中央にて捕らわれの身となる。


 その手応えを感じてか、先程ツァレルが消えた扉の奥からゾロゾロと武装した男が入ってきた。人数にして五人。そして悪びれた様子もなく、酒を豪快に飲みながら六人目としてツァレルが顔を出す。


「オイオイ、マジかよツァレルさんよぉ! 何処で見つけて来たんだこんな女!」


「急に依頼変更とか抜かすから殴りとばす気だったんだがなぁ。成る程、これなら納得だ」


「道端に落ちてたから拾ってきたのさ。掃除をして町を綺麗にしなきゃね」


 何やら男達は一人残らず興奮している。

 酒ビンで乾杯しながら大いに賑わい、何か良い事でもあったのだろうかと、ニーナも何故かワクワクしている。


「おぉー! この人達が冒険者かー! 皆宜しくねー!」


「まだ混乱してるみたいだな嬢ちゃん。冷静ぶってるのは大したもんだがな。まぁその内に現実が分かるさ。ククク」


「何か楽しそうだねぇ~。誰かの誕生日とかなん?」


「デハハ!! お前らの新しい人生の始まりを祝ってるのさ」


「フローラぁ……さっきからこの人達の言うことが全然分からん」


「どうやらここもハズレみたいですかねぇ? まだまだ勉強不足のようです」


 フローラがニーナに教えてあげると、そうさ! と声を荒らげたツァレルが酒ビンを床に叩きつけた。


「そうとも。勉強不足さ! 世の中綺麗な事ばかりじゃないんでな。君たちは、今日から晴れて奴隷娼婦になるのさ。過去最高に金になるぞお前らは……ククク……あはははははは!! 笑いを堪えるのが大変だった!!」


「笑いたいなら笑えばいいのに……なんで我慢してたん?」


 人間とのコミュニケーションは本当に難しいなと、ニーナはムムムと唸る。そもそも縛られているのは、一体どんな習慣なのかと考えた。


 たしか以前、看板娘になれば外で縛られると武や結衣から学習した。となれば縛る理由はやはり看板娘かとニーナは賢く思い至る。さっき綺麗と言ってくれたし間違いない。そう、人間は可愛い娘を看板に張り付けにする文化があるらしいと。


「もしや私を看板娘にする気かぁー!!」


「看板娘? まぁ目玉商品にはなるさ。そこは自分に自信持っていいぜ嬢ちゃん」


「目玉……商品」


 また知らない単語だった。

 この冒険者達は自分達の『目』が欲しいのかと、ニーナは恐怖に怯えてカタカタと震え出す。ここに来て、まさか目をくり貫かれるとは思わなかった。流石のニーナも分かる。これは痛い。


「これだけ上玉なら貴族も買ってくれるんじゃねぇか? 大金が期待できるぜ?」


「上……玉」


 また違う玉が出てきた。

 よく分からないが、玉に飢えているらしい冒険者達。

 目玉は諦めてもらって、別の玉で納得してくれたら幸いだが、ニーナの知識上にはあげれそうな玉がないのでワタワタと焦り出した。


「うぅー……私玉持ってないよぅ」


「あぁ? 付いてたら困るわ、んなもん。ふざけんな」


「えっ……いらんの?」


「いらねぇよ!! ちょっと黙ってろ!!」


 今度は怒られた。

 商品にするといった割には別に玉はいらないらしく、ヒトの考えを理解するのは、すこぶる難しいと項垂れる。


「貴族に売るだと? バカ言え。白金貨数枚でも売ってたまるか。バカな小金持ちに定期貸し出しした方が儲けはデカイ」


 結局、依頼主ツァレルの言い分で王都付近にて商売をする事に落ち着いた。これから男共には出荷の際の護衛をしてもらうことになるだろう。この業界もライバルが多い以上、強奪はよくある事なのだ。


「人にも値段がつくのですねぇ。勉強になります~」


「看板娘って難しいな……やっぱユイにしてもらおっと」


「君達は高級品だよ。今でも完璧なのは間違いないが……どんな品も欠陥品であってはならない。故に、今から隅々まで精査させて貰うよ?」


 ツァレルのその言葉を機に、男達の目がギラリと光った。

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