第071話 罵り合戦
視線の先に佇むは、ギルドのお昼寝青虫。
寝癖が立った短い青髪といい、若干気だるげな感じと少し気を抜くと猫背気味になる姿を見ても間違いなかった。
救援に来る可能性でもっとも可能性の低いと思われた怠惰マスターが、ため息混じりに武達を見つめている。
「んあぁぁ……日差しが目と体に突き刺さるぅぅぅぅ……。お前ら無事か~?」
「あおむ……青虫さん?」
「留まったなら言い直せ。せめて」
やっぱりアイリスである。
ただ危機的状況に現れた救いのヒーローポジションである筈だが、期待を預けるには全体的に覇気がない。
一言で表すのであれば、そう……面倒くさそうだ。
思わぬ登場に、拘束された結衣も正直驚いていた。屈強な男どもにナナもろともギチギチに拘束されているのに、心配するのは我が身より、アイリスの行動の方が僅かに上回っているらしい。
「アイリスさんが……一人で外出してる……嘘でしょ?」
「いやいや、朝おもっくそ外出して別れたのにその驚きはおかしくないか?」
確かにそうだが、結衣の驚きももっともだ。
二人とも、今日一日アイリスが外にいる姿しか目にしていないのだから。思い出語る程長い時間を共にした訳ではないが、濃いすぎた数ヶ月を考えたら充分に異常事態だ。
武にしてみれば、櫻が初めて掴まり立ちした時と似つかわしい衝撃レベルである。感動という意味では、櫻が何百歩も先をリードしてはいるが。
「実は髪の分け目が逆な出来の良い双子説とか……やはりアイリスさんが来るのはおかしい気が」
「実際来てんだから受け入れろやい。あと意味不明な戯言言ってるけど双子じゃな……」
「言われてみれば寝癖にも張りがない気もするわね……髪の分け目は普段どっちか覚えてないんだけど……どっちだっけ武」
「聞けよお前ら……」
残念評価の部下に、既に猫背のアイリスの背もいっそう丸くなる。もっと敬い労って欲しかったのにと。
「クッ……こんなことならもっと前髪にフューチャーしとくんだった。双子なら髪の色とかで勝負するのがマナーだろうに、偽リスさん」
「なんだ偽リスって。双子だとしても偽はおかしかろうに……というか、さっきからちょっと酷くないか? もっと感激してもいいくらいだぞ? 寝る楽しみ捨ててまで参上した私に他に言うことあるだろうが?」
「ホントにアイリスさんですか? 嘘ですよね? ホントは何リスさんですか!」
「何でさっきからリス残しなんだ。大体、本人を前にして嘘ですよねってどんな質問だよ」
「だって普段から愛ないでしょ……ナイリスさん」
「あるっちゅーの。よく見ろ? こんなキューティクルなギルマスそうそういないだろうが」
こんなに自己評価が高い人はそうそういまい。
あの誇らしげな憎きドヤ顔は、誰が見ても我がギルドのマスターである。
「あれは確かにアイリスさんね」
「だな。ムカつくし」
「多分私の予想と違う形で納得したろお前ら」
不服。二人の部下に思う事は、もうただそれだけだ。
「「はい」」
そして考える余地無しの即効肯定。
正直すぎる部下を持つ上司の顔は悲しく冷めきっている。
「……お前たち正直すぎるから嫌いだ」
「だって不安でしかないんだもの! 蟻ゲーター討伐し損ねたとはいえ、親父はさておきまだフィーネさんとポッツちゃんの方が信用できる!! 感激したと思ったらすぐ悲劇に変わりそうで、まだ半信半疑なんですぅぅ!!」
「しかしまだ元気そうだな。助けるの飯食ってからでいいか?」
ふてくされて拗ねたまま、キュルルと鳴らしたお腹をさするアイリス。目線は可愛くない部下から、隣の団子屋らしき店に奪われている。というか既に片足は踏み込んでいる。
「悲劇っ! すいませんて!」
「早く助けてくださいよぅ……」
重い空気は一変。
アイリスの登場で場の空気は完全にマスターが支配している。
拘束されていなければ、会話の内容はいつもと何ら遜色ない。
「フフフ……随分と自由な乱入者が来たもんね」
当然目先の邪魔者に対して敵意は尽きない者が1人。
片腕を押さえながら睨みをきかせ、不適に笑みを浮かべている。内情は楽しみを邪魔された事の怒りしか沸いていない。
「私の自由な休日を邪魔しといて何を言ってんだか」
「大体何者ですか? このエグれ胸は。可哀想にぃ。少しくらい分けてあげたいですね」
心なしか、アイリスからプチンとした音が聞こえた気がした。
「そんな肩こりそうで無用なもん要らないですぅー。大体貴様の垂れ下がってんじゃないのか? 歳取ると大変だな?」
続いてこちらからもプチンと音が聞こえた気が。
そして暫くバチバチとにらみ合いが続いた直後に、再びの罵り合いが始まる。
「確かに未だに大きくなってるからそこが悩みなのよねぇー。いいわよねー。現状維持って悩みがなくって。ドレインて脂肪も吸えたらいいんだけれど。ウフフフフフ」
「胸に栄養吸われて脳ミソ空っぽだから、そんなキッツい格好してるのか? そもそも悩めるだけの脳ミソ詰まってるかも怪しいぞお前」
「「……殺すぞてめぇ」」
仲のよろしい事で、結果的に同意見へと終着。
殺意に関しては、めでたい事に相思相愛のようだ。
目に見えた戦闘はまだ始まっていないが、互いの逆鱗に僅かでもかすったのか、空気が一気に張りつめている。
「やめてっ! 恐いからもうやめてっ!」
しかし武の声は届かない。
「胸なんぞ余計なもんいらんから、そんなもんより私に時間と労力と自由と金くれよ畜産動物。それか黙って四つん這いでのんびり芝でも食ってな」
「傲慢だなこの人!? ホントに助けに来たんだよね!? 既に闇落ちとかしてないよね!? 労力に関してはあんた次第だよマジでっ!!」
「それわかります。胸が全てじゃない。私くらいが丁度いい」
肩こりに同意してる結衣は、首がもげそうなくらい頷いている。しかし、自分で納得させてる割りには歯軋りが凄い。
「小皿くらいの大きさが丁度いいのか?」
「「あ?」」
「ごめんなさい」
―――そんなに睨まれるとは思わなかった……。
今日一で恐いかもしれん。
やっぱ気にしてるんだよね。
そうだよね。
「おぉ……自由……おぉ……」
一方で自由に同意したナナは、何故か青虫に対する憧れの視線で目がキラキラしている。
流石同類と言うべきなのか……似たセンサーを瞬時に感じ取ったらしく、うちのフリーダムゴッドにすっかり魅了されているようだ。
「にしても珍しい魔法を使うわねペチャパイ……どこでその魔法を覚えたのかしら?」
「魔族に教える事は何もないな。強いて言うなら、生まれつきの才能だな」
「教えとるやないかい」
自慢する事は我慢出来なかったらしい。
しかしサキュバスが押さえている手はなんだろうか、と武の頭に疑問が過る。今尚押さえ込んでいるサキュバスの腕からは、いつからか白い蒸気のようなものが立ち込めていた。