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第007話 我が家のヒエラルキー

「親父大丈夫か?」


 今しがた拘留所に着き、武は猫っぽい人のお巡りさんから亮平を返却しに貰いに来た。

 先日、衛兵のキッシュが言ってた通り、お世辞にも広いとは言えなかったが、見るからに平和そうなこの町にはこれくらいでも充分だろうと思ったのが、武の正直な感想だ。


◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆


 亜人種がひしめき合うほのぼのした町の一角。

 召喚されたばかりの広場を抜けて一本道を暫く進んだ先の、小さな交番のような場所。

 周囲は商店で賑わって、お昼間近のこの時間帯の飲食店は忙しなく稼働している。


「君が引き取り人かい? 話はこの子に聞いてるだろうから、ここと……あとここにサインを貰えるかな?」


「分かりまし………うっ………」


 猫のお巡りお兄さんの肩には、ここまで案内してくれた鳥が一匹。

 着くなり中に案内されると、何枚か書類が出てきたが文字が象形文字みたいで、やっぱり武には読めない。

 当然書ける訳もなく、渡された羽根ぺンが動かぬまま羊皮紙との睨めっこが続く。


「ぬぬぬ………」


「もしかして字が書けないとかかな?」


 お分かり頂けて何よりでございます。


「すんません……読み書きが出来なくて……。お恥ずかしいです」


「いやなに、僕も君くらいの時はそんなもんだったかな? じゃあ今回は拇印で大丈夫だよ。でも今後の為にも自分の名前くらい書けた方がいいかな?」


「ですよね……助かります」


 申し訳半分、恥ずかしさ半分。そのまま流れるようにペンを置いて、赤ではなく黒インクを付けた親指で羊皮紙にドン。


「それじゃあ此方へどうぞ」


 その後案内された奥の階段を降りると


「グスッ……」


 鉄牢には膝を抱えた亮平が一人だけ。

 汚い場所をイメージしていた武だが、案外綺麗なもので普段からそんなに使われてないのかもしれない………といった感じだった。

 若しくはここの職員が極度の綺麗好きかだ。


 と、まぁ……こんな流れで冒頭に行き着く訳で。


 ホントはあの綺麗な軍服お姉様方に会うのちょっと楽しみにしていた訳だが、どうやら見廻りに出ていたらしく。

 武としては、いなくて非常に残念だった。


 そんなこんなで只今我が家へと歩いて帰路中な訳だが、倉元家のあるじは異世界に来て早々2日間拘留されたせいで、心なしか若干老けた気がする。


「逮捕歴ついちまったぁぁぁ!! 俺はただリビングにいただけなのにぃぃぃ!!!」


 さっきからずっとこの調子だ。

 こっち来てからの数日、泣いてる所しか見てない気がする。息子としてはなんとまぁ複雑な感情である。

 亮平自身『異世界』という事は、この拘留中に受け入れつつあるようだが、どうも逮捕そのものにはまだ納得いってないらしい。


「逮捕歴とか気にする世界でも無さそうだけどな……一先ず無事釈放されたんだからいーだろー」


 数時間前に、使い魔と思われるさっきの赤い鳥が武たちの元にやって来た。

 鳥が流暢に話した時は少々驚いたものだが、初日のインパクトにしてみたらさほど気にならなかった。

 長々とした説明だったので武も一言一句いちいち覚えちゃいないが、要は『迎えに来てくださーい』との事だったので、そのまま使い魔さんに案内してもらった訳だ。


「それに逮捕だけで済んで良かった方だと思うぞ? 来る世界とか時代を間違えてたら、処刑レベルの邪魔もんだぞマジで。身元不明の異国人とか怪しさマックスでしかないんだからな」


 逮捕で済んだのも、たった2日で釈放されたのもかなりお優しい扱いだ。

 一家揃って原因不明の魔法に巻き込まれた……って事で一先ず折り合いはついたらしいく。

 レインはまだ半信半疑で信じきってはいない様子だったが、一旦の仮釈放。みたいな感じだ。


 まぁ恐らくではあるが、暫くこっそりと監視されるものと思われる。手のひらサイズ程の小さな鳥も使い魔として活躍しているのだ。魔法がある世界である以上、牛乳とあんパンを持って張り込まずとも、自宅でのんびり監視する事は造作もないだろう。

 実際使い魔も、すんなり武の元へ飛んできたのである。


「当分はホントにモニタリングだなこりゃ」


「ん? なんか言ったか?」


「んや……なんでもない。それより早く泣き止めよなー。親が泣く姿見せられるのは、思春期の息子としては結構気まずいんだぞ?」


「グスッ……そうだな……。でもお前さ、親父が逮捕されたとか日常じゃ体感出来ないレアハプニングを、うっかり学校で自分の存在アピールのネタとかにしないか?」


「息子なんだと思っとるんだこの人!?」


「いや俺なら絶対するぞ。つまりお前もするという事だ」


「ひでェ言いがかりだ………大体この世界のどこに俺が行ってた学校があんだよ。絶対もっと不安になるべき要素が周りで溢れかえってんぞ」


 そんなしょうもないハプニングより、もっとでっかいハプニング起こってるでしょうに。


 しかし尚も信用せず勝手にいじける亮平。

 いい歳こいてもの恥ずかしげにしているが、何やらどーしても聞きたいことがあるらしい。

 異世界に来てから少々扱いが面倒である。


「……なにさ?」


「……じゃあ俺が無事で嬉しいか? まだ頼りになるか?」


「……」


 それは息子的に非常に悩ましい質問だった。

 なんせ綺麗な土下座も見ているもので。


「目ぇ反らしてんじゃねぇぇ! 言えよ!嘘でも『あたり前だろ? 頼りにしてるぞ』とか言えぇぇぇ!! もっと俺を愛せぇぇぇぇ!!」


「首をををそんなに揺らすなななな! あばばばばばばば………首がががが………もげるるるるる」


 武は揺れる。

 どこまでも。


 しかしそれもほんの一時で終わる。

 何故ならもう、目的地に着いたのだ。


「そそそそそんな事より、見てみろよあれ」


「なにさ!」


 二人が歩いて行きついた先には、それはそれは綺麗な木造建てのファンタジーなお家があったそうな。

 

「なにこれ」


「我が家」


 この二日間だけでいつの間にか土地を手に入れ、いつの間にか覚えた魔法で、親父が捕まってる間にいつの間にか前の家より立派な家が建てられた、詩織と櫻の共同制作2階建ていつの間にかログハウス。


 建築時間、およそ5分。


 お陰で初日からグッスリ寝れた武である。


「あら? おかえりなさーい!」


 雲ひとつない絶好のお天気の元、1階のバルコニーで洗濯物を干す詩織がこちらに気付き手を振っている。

 数年前から住んでましたと言われても違和感ない程に、この世界に完全に溶け込んでいらっしゃる。


「ただーまー。親父無事だったぞー」


「そう。良かったわねぇ。うがい手洗いしっかりねー」


「はーい」


 こっちに来る前と何ら代わり映えしない会話の中、チラッと親父を見ると絵に書いたようにポカンとしている。


「大丈夫か親父?」


「………これどうしたんだ? 買ったのか?」


「んや、一から作った」


 亮平の口からえっ?………と、漏れ。


「一から? 誰が?」


「お袋と妹が」


 亮平の口からえっ?………と、漏れ。


「どうやって?」


「魔法でシュババッ!って」


 亮平の口からんっ?………と、漏れ。


「なるほど………なるほど?」


「まぁ驚きですわなそりゃ。分かるよその気持ち」


 亮平はそのまま首を傾げながら家に入ると、しずか~に家を中を探検し始めた。即席の割に、最近まで住んでた家より広く綺麗なもんだから、無言で観賞しているというより絶句に近いかもしれない。


 そんな亮平が新築我が家の間取りをダイジェストで探索すると―――――


 一階はリビングにアイランドキッチン、寝室×2※ウォークイン完備。和室×2。客間×1。トイレ風呂別かつ露天風呂あり。バルコニーを抜けて庭園。


 二階。吹き抜け、子供部屋×2※ウォークイン完備。洋室×3。トイレ。バルコニー。


 細かい収納スペースを抜きにすればざっとこんな感じで、なんということでしょうな出来映え。二日足らずで更地に、こんなにも立派なマイホームが誕生したのである。


 将来増えるかも分からない子供部屋までも完備。広い庭もあり、その奥は永遠と神秘豊かな森が続いている。そして何故かインターホン代わりには斬新にもマンドラゴラが採用されており、木の門に埋まるこやつを少し引き抜くと


「ん゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 と唸る。

 これだけは怖い。


 この声量では室内に届かないだろと思いつつ、武はデモンストレーションを終えて静かに埋め戻した。

 家にあがると木の良い香りが鼻を優しく刺激し、アロマテラピーこの上ない。


 そしてしれっと詩織が回収している一枚板の見慣れたリビング机も、新しいリビングに見事に馴染んでいる。


 流石は匠。今と昔の素晴らしい調和だ。


「異世界も悪くないじゃないか」


 そう。


 ここは異世界なのだが、気分は最早海外に別荘!みたいな感覚に陥りつつある。


 武がここ二日程で分かった事は、この国はバラスティアという大国らしく。今いるヤマダはその国の最南端に位置しているらしい。小国が集まり今の国となっている背景があるらしいが、詳しい歴史はまださっぱりだ。


 この世界は少なくとも戦争中の物騒な真っ只中!という事は無いらしいが、全くの平和と断言するには少々引っ掛かりのある『魔族』『魔獣』なる単語も割りと耳にする。


 大陸図で見る限りは海を跨ぐ国は3つだけ。

 それ以外は全て連なって、見慣れた世界地図より大陸面はかなり多いようだ。

 土地が有り余ってるせいなのか、この町の緩さが原因かはわからないが、容易く土地が手に入ったのもそれなりに頷ける。


 この国も連なる国の一つであり、中でも『バラスティア』、『アランドール』、『エルサレム』は大国とされ他の国より技術的にも勢力的にもまさっているらしい。


 ただ、武個人的には海の向こうにある『パーム』という国に少しばかり興味があるらしく。特に核たる理由ないが、何となく島国日本人のさがとして、くらいの気持ちである。


「いやー……いいね異世界って。捕まったのが最早良い思い出になりつつある」


「前向きで何よりだな……てか心変わり早いな」


 自分の必要性の無さに絶望する所か、むしろ亮平は嬉しそうだ。プライドとかそんなものは、丸ごと日本に置いてきたらしい。


 あんた捕まっとる間に女手二人で建てたというのに。


「うんうん。いいじゃないか魔法。憧れた時期はあるからなぁ! もし俺が異世界に行ったら?なんて妄想もしたもんだ。はっはっはっはっはー」


 この親にして子ありだな……。

 てか妄想したのにあんなにのたうち回ってたのかよ!!

 まぁ分かるけども!実際俺もまだ馴染みきってはないけども!


「て訳で、職もないし俺は冒険者になることにしたから」


「どんな訳ですかね」


 にこやかに宣言されましても。


「冒険者って……歳考えろよもう40だろが。老いさらばえた営業マンが剣なんか振れるのかよ?」


 あの土下座を見る限り、ペコペコと首を振るのは小慣れていそうだけども。しかしそんな心配空しく、亮平の顔はやる気と希望で満ち満ちている。


「バカいうな! こーゆーのはな? 自然と何かしらの力が目覚めるってもんだ。巻き込まれ主人公のポテンシャルったらもう………ねっ!!」


「何かしらってなんだ………」


「大体歳も関係ないし、見た目の割にまだ38だ俺は。まだ30代だ。そう考えると………なっ? どうだ? これはもういける気しかしないだろ」


「いけない気しかしない………やだもうこの人ヤル気出ちゃったよ」


 しかし冒険者とは、なんともまぁ男にしてみれば甘美な響きだ。折角な異世界、武もなってみたいと思える訳で。


 親子二代で伝説になっていく……一人もカッコいいが悪くない! そんな思考が武を巡る。


 ………が。


「まっ! そーゆー訳で、俺はもう拘留所で登録したから。お前は何か別に職探せな?」


「…………はぁ!? いやいや俺も冒険者なりたいっての! せっかく異世界に来たんだし! 俺だって魔法使ってみたいし!」


 武の反論に、亮平は気持ち悪い笑みを浮かべている。

 武はド突きたい気持ちをグッと堪えた。


「クックックッ……いつから冒険者になれると錯覚していた?」


「錯覚はしてねぇよ………いいだろ別に親子でなったって。異世界に来た奴の使命みたいなもんだろうが。勇者だの冒険者だのって」


 そう呆れてモノを言う武に対し、亮平は甘い甘いと指を振って得意気に舌を鳴らした。


「チッチッチ……実はな、冒険者は各家庭お一人様限定らしいぞこの世界。だからお前はもう無理だ………悪いな息子。諦めろ。将来、この町の偉人像になるのは、お前じゃくて俺なんだな」


「えっ……」


 嘘ですやん……と。

 まさかそんな変則ルールが定められてるとは思わず、武は目をパチくりさせて立つくす。


「なんですとっ!? そんなルールありか!? 各家庭お一人様限定とか何ですか!! 安売りティッシュとか卵みたいな言い方しよってからに!! え? なに俺、冒険者もうなれないの? いよいよ来た意味ないじゃんこの異世界に!!」


「やーいやーい!」


「腹立つな!? え……マジでもう俺、冒険者なれねぇの? じゃあ俺の輝かしいチヤホヤ生活は?」


「悪いがそれがこの世界のルールらしいな。昔は大きな戦争も多かったらしくてな、世界人口が大きく減ったやらその他色んな影響あって法律で決まってるんだとよ」


「でも若い戦力は国的に絶対いるっしょ!?」


「そういう奴は都会の方で騎士として育てるんだとさ。かくいう俺を逮捕したレインさんも、王都から各地方に派遣される騎士の内の一人らしいぞ?」


「マジかよ。親父と違って滅茶苦茶エリートやんけ」


「ほっとけ!? 因みに、騎士には騎士による推薦でしかなれないらしい」


「詰んだ」


 武の主人公ステータスがメキメキ下がっていく音がした。


 だだをこねる程冒険者になりたかった訳でもないが、いざなれないとなると少々釈だ。しかも外部ではなく内部から未来の選択肢を潰されるとは、とんだ伏兵が身内にいたものである。


 就職難が危ぶまれた現実世界もさながら、異世界でもなりたい職につけないとは酷いものだ。


「ご飯出来たわよー。今日は皆大好き、唐揚げに挑戦してみました~」


 詩織は詩織で、メキメキと魔法を吸収している。

 料理も洗濯も掃除も全部魔法で行い、空いた時間は何処かでパート仕事をしているらしい。


「おー! 旨そうだなぁ。これは何の肉なんだ詩織?」


不死鳥フェニックス


「「えっ」」


 不死鳥とは、あの不死鳥か?

 あの漫画やアニメで見るような燃える鳥の事を言っているのだろうか? このホカホカと湯気をあげるから揚げが、死の概念を持たない筈の伝説の鳥だというのか?


「ちょっとお仕事をお手伝いしたら、お礼にって頂いたのよ」


「お礼に不死鳥を貰える仕事って何?」


「お袋はまずそんな仕事を何処で見つけて来るんだ? ギルドみたいな集会所があるのかな?」


 どうやら詩織の異世界への馴染み力は、日に日に浸透率を上げているようだ。そして詩織に負けずとも劣らない馴染み力を発揮しているのが、うら若き倉元家のアイドル、倉元櫻である。


 櫻に関しては、もう何か妖精的な奴が一匹くっついている有り様だ。手のひらサイズのそれはそれは可愛いフェアリーが、いつの間にか櫻に懐き回っているのである。


「待って下さいよ姫ぇー! 私もお手伝いしますぅー!」


「やー!」


 昨日の夕方辺りからくっついているあの妖精の振る舞いを見ていると、なんかこう、櫻が姫と呼び慕われるような重要な出来事とかがあったんじゃなかろうか? と、武は勘繰ったりもしている。


「私は姫の力になりたいんですよぉー! お願いですからお側にいさせてくださーい!」


やはり単に好き好んでというより、あの妖精からは櫻に対する敬意のようなものが感じられるのだ。はてさて、兄の知らぬ所で一体どんな人生経験をしてきたのやら。


 しかしお片付けをする天才櫻は楽しそうにこう言う。


「ないないねー♪」


 何も、大した事はしていないらしい。

 二人が友達になるのは、まだこれからのようだ。

ー 倉元家の晩御飯 ー


「こっちはフェニックスの唐揚げね。ラムンは絞りたい人だけご自由に~」


「不死鳥って唐揚げにできんの? てか調理出来んの? 死なないから不死鳥なんじゃないの? あとラムンて何だ」


「お~! うん、んまい」


「マジでっ!? よく躊躇なく食えたな親父!?」


「詩織の料理だからな」


「信頼感ヤバ」


「はーい。こっちは焼き鳥ねー」


「不死鳥を焼き鳥って何かちょっと悲しいな……既に燃えてなかったっけか。これも皮肉というか……もぐもぐ……なにこれ超絶うめぇ!」


フェニックスも結構いけた。

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