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第069話 最初の被害者

「デュラぁぁぁぁぁぁぁ―――――ッ!!」


「承知」


 武は叫ぶ。それと同時に、既に足は動いていた。

 デュラハンに指差す先は結衣、自身が動く先はナナ。指示を理解したデュラハンは結衣の前に武器を構えて立ち、手早く役割分担を終えた武は、結衣を守る盾を信頼してただがむしゃらに駆け抜ける。


「たけるーーーッ!!?」


「奥方は私の後ろへ」


「嫁違うっちゅーの!!」


「んぐっ……」


 デュラハンにゲシっと蹴りを入れる結衣は遥か背後。


「間に……合え……やぁぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!」


 最後の踏み込みを血眼になってキメた武は、持てる限りの脚力でナナの脇腹へとタックルをかました。


「…………なッ!?」


 鞭の刃は、驚くナナを庇った武の背の上をヒュッと音を鳴らしてかすめ取り、武の采配正しく結衣の前に立つデュラハンの元へと流れる。


「むんッ!!」


 そして魔法が間に合わなかったが為にデュラハンは大斧を軽々しく回すと、鞭は激しい金属音を鳴らして弾かれた。


「んおぉ……ありがと」


「指示を出したのはタケル様だ」


 無事な二人がいる一方で、武は奇跡的に鞭に触れこそしなかったものの、鞭による風圧でジワリと服が赤く染まっていた。


 ついでに言えば、武は自分の人生において無縁と思えた、俗に言うお姫様抱っこをナナに行使している。命の危機ともなると、案外恥ずかしさの欠片もないものだ。とはいえ、想像以上の窮地越えに安堵してか、武の両膝はプルプルだ。


「……ッデェ―――――!!? お前はアホか!? 武具無しで正面突破は無茶過ぎるっての! お陰で剣士になれなくなったぞ俺! 見ろこれ! こんな見事に恥が刻まれちまったじゃねーかッ!」


「…………?」


 タックル状態の流れからナナを抱きかかえつつ、武は声を張って説教をかます。言われた意味はイマイチ分からず困惑しているものの、ナナの瞳は未だ潤ったままだ。


 そんな武にどう言ってよいもの言いあぐねているであろうナナに変わり、無事な二人にホッと胸を撫で下ろし終えていた結衣が、格好良くはなりきれなかった武の立ち姿に思わず呆れ笑う。


「膝めっちゃワロてるやん」


「だって超怖かったからな!? でもそれを差し引いても、一般ピーポーにしちゃ加点でしょ今の頑張りっ!!」


「主人公になりたきゃセリフも『大丈夫か?』の一言でいいのよ。イチイチ無駄が多いから……でもまぁ少しは―――――」


「え? 少しは何!! まさか遂に結衣にデレ期が!?」


「やっぱ無いわ」


 一瞬結衣の頬が染まったような気がしたが、やっぱり違ったらしく、その感情は一気に冷めている様子。そう楽しげに何とか背中の痛みをまぎらわせる中、武の腕の中でナナは縮こまり、傷ついた武に申し訳なさそうに声を震わせた。


「…………なんで」


「ん? なんでもどうしてもあるか。依頼者を目の前で死なすとか、どんな失態を俺に背負わせる気だッ! これから順風満帆なギルド職員生活送りたいんだから、いきなりの悪評は勘弁してくれよマジで。それに一人で戦うなら、最初から助けなんて求めるんじゃねぇ。無駄な善意空回りだろうがまったく!」


「……でもっ!」


「捨て駒あるから将棋もチェスも嫌いなんだよ。まぁでもあれだな。倉元武の今後語られるであろう、華々しい武勇伝の一説に協力してくれたのは有難いけどな!」


「武……今のキメにいった?」


「分かってても言わないのが一応のルールとしてあってだね!?」


「今のはとっても格好良かったわね」


 緩く拍手をしながら楽しげに笑うサキュバスの方へと振り返り、武は怒りを募らせる。倉元家においての教訓その1。男性陣の死ぬまで家訓。


 女性は傷つけるな……だ。


「完全に殺す気だったなお前。催淫だけかと思ったら足元掬われる所かえぐれちまうじゃねぇかよ」


「制約有りの魔法だけだと、どうしても力業になることもあるのよ? 傷付けないと思ったら大間違い」


「人生初のムカ着火握り拳をぶつけてやりたい所だが……女性に手をあげるのは男じゃないってのが我が家の家訓でな。ひっじょーに残念だ」


「種族差別の上に女性差別は良くないと思うのだけれど? もっとも……私に届くその前に、腕が付いてるかは別としてね? フフフ」


「差別なんかするか。これは特別扱いってんだよ」


 この状況ではかなり部が悪い。

 武は一度撤退すべきかを判断するが、中距離攻撃の絶妙な距離感かつ怪我人を抱きかかえた状態では、正直それも難しい。


「それは嬉しい事ね。さて、では好意に甘えてこちらへ来てもらおうかしら?」


「家訓その2。浮気もノーセンキューだバカめ!! 俺には既に嫁がいるっ!!」


「だから私は嫁違うっつの!! だとしても一回誘惑に負けてんだからアウトでしょ!?」


「どこまでセーフでどこまでアウトか今後話合…………?」


「はいはいそこまで」


「―――――ッ!?」


 サキュバスが口元に寄せた手のひらに優しく息をかけた途端、周囲に甘い匂いが立ち込め、武の戦意もろともその意識を奪う。鼻が刺激されたときには、既に武の意識は表になかった。


 ―――な、なんだ!?


 自分の中にいるのに、感覚もないまま身体を動かされる奇妙な感覚。これは紛れもなく魅了チャームの効果であり、視覚も聴覚さえも機能せず、情報は全て遮断されてしまっていた。


「…………」


「言ってるそばから二回目っ! おいっ! ……武!?」


「ぁうっ……お、おい……タケ……駄目だ!」


「…………」


「フフフ。そう、貴方は私の物。こっちへいらっしゃい?」


 ナナを乱暴に地面に降ろし、視界も意識もハッキリしない状態で武の足は素直に進む。自分の意思とはそぐわない形で淫魔に引き寄せられ、指で滑らかに手招きされるままに距離を詰めていくのだ。


 ここは音もないただの暗闇。女神に呼ばたあの時の夢とは違い、暗闇には見えない圧が混ざりこんでいる。


 ―――これはちょっとマジでヤバ…………?


 そして自分の中に囚われ、もがき苦しみながら自分の意志が完全に何かに上書きされそうになったその時――――――


『こっちだよ』


 誰からも届かない筈の声が、確かに武の耳に小さく届いた。

 

 ―――だ、誰だ?


『こっち』


 一瞬聞こえた誰かの声をダメ元で信じ、沼を掻き分けるように手繰り寄せ、武の意思はそのまま流れるように、あるべき場所へとたどり着く。


 ―――ここは……


『…………またね』


 多分、最後にそんな事を言っていた。しかしお陰で意識は戻り、身体はかすかに動く。だから武は、人生初の怒りの乗った握り拳を、自らの右頬に食らわせた。


「…………ダァーーーーッぶねぇッ!?」


「何を!?」


「ふぅ……俺の拳の最初の被害者俺だったかチクショウめが!」


 危うく自分を失いかけた武は汗を拭い、何とか足を止めてその場に踏み留まった。この短い間に何が起こった分からないサキュバスは驚愕し、誘惑に負けずに自我を保った武に結衣は一先ず安心する。


「ホッ……流石真正ド変態エムだわ」


「戻ってきたのになんたる汚名!? ……でも出口教えてくれたの結衣か?」


「出口? 何の?」


 その不思議そうな反応を見るに、どうにも違うようだ。

 正直実際に聞こえたのかどうかも疑わしいが、現にこうして戻ってこれた。可能性として女神アリアの線が濃厚だが、何となく声色がもっと幼くも感じたようで、武はムムムと考える。しかし今のところ直ぐに答えは出なさそうなので、一先ず保留事項とした。


「私の魔法を振り切った? 一体どうやって……? フフフ、面白い。俄然貴方が欲しくなったわ」


「!」


 サキュバスが再び武へ催淫をかけようとした矢先に、巨斧を振り降ろす一つの鎧影。唸り落とした大斧は地面に終着するなり、地面ごと砕いて周囲に噴煙砕石を飛散させる。


「叶わぬ夢は抱かん事だ淫魔」


「不意打ちは騎士道的にどうなのかしら?」


 それを華麗にかわして空中へと留まるサキュバスと、斧を軽々しく引き抜き噴煙を払い除けるデュラハン。


「それよりそこの人間の逃げを嘲笑った割に、尻尾巻いた貴様もどうかと思うが?」


「あら? 私は貴方に背中を見せてないけれど?」


 空中より加速し、ナナより奪った刀を振りかざすサキュバスと、頭を持たぬ豪腕の右腕で、地面をえぐり上げるように斧を振り上げるデュラハンの、真っ向衝突が始まった。

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