第068話 二つの殺意
「くっ……淫魔めが! 催淫で同士討ちさせるとはどこまで汚い!」
結衣にノックアウトされたデュラさんを抱きかかえ、ナナはサキュバスに激昂する。どうやらナナだけは、結衣の錯乱を、サキュバスの仕業だと勘違いしているらしい。デュラさんは脳震盪というべきなのか、赤い目の光はチカチカと点滅しているようだ。
「結衣のせいでちょっとややこしくなったじゃないか」
「あんた発信の事態でしょうに!?」
「賑やかな子達ね。ウフフフフフ。さてさて、私はそろそろ仕事に戻らなきゃいけないの。邪魔するか働くか決めてくれるかしら? 勿論後者をオススメするわよ?」
「誰が汗水垂らして働くものかぁ!!」
「なぁ結衣……この拒絶って正解なんだよな? 俺もうよく分かんなくなってきたんだけど……。これって国を救う依頼であって、ニートを社会復帰させる依頼じゃないよな? このドラマチックな展開にあんまり水はさしたく無いんだけどよ」
「私に聞かないでよ……でも、うーん……最終的な答えは別として、過程としてはとりあえず正解なんじゃない?」
「そっか……まぁ確かに働くを選択したら結局支配されてる事からの脱却にはならないもんな。でもなんでしょうかねこのモヤモヤ感。将来自伝を書くことがあったら、この件は原型残さず着色して書き残してやろう」
そんな武達の小言が聞こえるでもなく、サキュバスとナナは変わらず口撃しあっている。
「私は汗を流す男が好きなのよぉ。皆私が崇める愛しきお方……アリシア様のために働いてくれるのよ? フフフッ。あぁ……素敵っ! とても素敵な事だわ!!」
「……アリシア? それが魔女の名前か?」
これはまた、思わぬ収穫だ。一般的に世間に知られていない魔女の名前を、しれっと聞き盗る事が出来た。ただのこれだけの情報でも、ギルド職員である武の手札は驚く程に強くなる。それだけ価値の高い有益さだ。
「我らが主……美の象徴。あの喜ぶお顔を早くお伺いしたい。私の為の、私だけの為のあのお顔を!」
「サイコ野郎一歩手前だなありゃ。櫻を相手にする結衣みてぇ」
「私あんなとち狂ってるか!?」
概ね似たようなものである。
「貴様のくだらない思想の為だけに………私達の町は巻き込まれたというのか?」
「まさか。私の思想はどんな仕事に対しても付きまとうだけよ? そしてここを落とすのは、とってもとーっても些細な、ステージワン」
サキュバスはそう言って、指を一本立てながら静かに 微笑む。つまりこれは、始まりに過ぎないという事らしい。
「さっきから敵に自軍の情報ペラペラと話していいのかよ? こっちは有難いけどな」
「情報は伝達者がいなければ、どこにも伝わらないものよ?」
「私は貴様の下卑た魔法などに屈指はしないぞ」
「フフフ。私の魔法はお察しの通り、催淫。屈するも何も、異性にしか効果のない私の魔法は、貴女には効かないから安心なさい?」
更に武の質問の答えとして、もう片方の鞭を腰よりほどき取るサキュバス。皮肉な事にこの状況においてあの武器だけがウエスタンの名に相応しいと言えようが、先端が鋭利であるのが悩ましいところ。
そして、さもこうなりたいの?とでも言うように、サキュバスは少し離れた場所の樹木の枝を、鞭を軽く振って容易く切断してみせた。
「くっ……他の皆はどこだ!? 居場所を言わねば、只ではすまさな―――――」
「おっとと? 武器はよくないわねぇ?」
「……ッ!?」
ものの一瞬。秒にも満たない世界。
声を荒らげ、漸く腰にさげた刀を抜き構えるナナだったが、その場を動かずして放たれたサキュバスの鞭によって拳を弾かれ、そのまま捉えられた刀は鞘から抜かれた状態でサキュバスの手元へと運ばれる。
「ぐぅっ……ッ!!」
瞬時に左手を撃ち抜かれ流血したナナは、悲痛に満ちた表情で睨みをきかせた。
「ナナさんっ!? おいおいマジか! あの鞭こんな伸びるのか!?」
「大変……早く手当てしないとっ……」
「動くな結衣! 今の有効射程見たろ!」
「……ッ」
全く動かずこの遠距離での攻撃……アレはお飾りではなく、ちゃんと武器として機能している。武は地味めな武器だと内心では油断していたが、これはかなり厄介かもしれない。
「クッ…………返せっ!!」
「なるほど。これは……ヤマトの遺物かしら? 貴女が持つには、少しばかり勿体ない気がするのだけれど?」
サキュバスはしげしげと手に取った刀を見つめ、そんな言葉を口にする。薄く滑らかな刃。血とは無縁な程に磨きぬかれ、試した一振りで鋭い音が鳴る。
「それくらいっ……私も……分かっている」
思い当たる所を突かれたのか、ナナの表情は少し悲しげだった。その様子を、サキュバスは崩さぬ微笑で視姦する。
「フフフ。貴女にも美しい物語があるのね? そういうの好きよ? 私」
「ただの魔族に……理解などされたくはない!!」
「じゃあ私の片想いというわけね。手に入らない想いもまた私を美しく。貴女には礼が尽きないわね」
馬鹿にするような言葉にギリリと歯を食い縛り、血に染まった拳で砕けんばかりに刀なき鞘を握りしめ、ナナはそのまま返す言葉なく無謀にも鞘だけを構えて突撃する。
「うぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」
何かが逆鱗に触れ、僅かに涙を浮かべ、視界がぼやけながらも、ただ真っ直ぐに殺意を頼って加速する。
「無謀は……美しくないわよ?」
冷徹な目の奥に慈悲などない、もう一つの殺意が揺れる。
振りかぶった鞭は大きくしなり、空気を裂いて弾け鳴るけたましい音ともに後方の建物を倒壊させ、美しい樹木を寸断し―――――標的を確実に殺すその一点を目掛けて貫き進む。
「ふふっ。さようなら」
「私は……私は……――――――ッ!!」
それでも、ナナは止まらない。
そして……悔しさと、やるせなさと、自らの無力さを投影した短い刃が、無情な速さでナナの眼前へと伸び迫った。




