第064話 結衣はノリが悪い
デュラさんに救援を頼む上で、武が色々と有意点を考えているなか、結衣は別の心配で頭を回転させていた。
「ちょちょちょっ……え、そもそも魔女と魔王って友好的じゃないの? いくら忠誠心あっても同族と戦いはしないんじゃ?」
「魔王と魔女が仲良し?」
「え? 違うの?」
と、結衣だけが疑問に思うのは、恐らく片寄って読み漁る伝記の知識によるものだろう。特に魔王と魔女が友好関係と書かれた書は無いが、伝記はどちらも絶対的な悪として描かれている。つまりこれは、単に敵というくくりから導いた、単純な公式だった。
結衣がしっかりと他の記録帳等も読んでいれば、こうしてニーナも首を捻る事は無かっただろう。
「だから伝記以外も読めって言ったろ? 魔女と魔王の存在って別個なんだよ。向こうにもそれなりの派閥があるんだろうさ」
「ふぅーん……でもどっちも私達の敵なんでしょ?」
これは、今後も伝記だけを読み漁りそうな感じである。ちょっと意外な事実だっただけで、結衣にとっては特に興味を引く内容では無かったらしい。
それに、それよりも気にする別の心配があるのか、結衣は少し何かを考えているようだ。
「まぁね。でも向こうさんも同じ釜の飯は食わない敵同士。ニーナの案は現状かなり魅力的かもしれんぞ?」
どちらも世界の支配を目論む悪の象徴的な存在だが、それと同時に互いに邪魔な存在同士でもある訳だ。
それならこれは……うまく利用できるか? と、武の思考は段々と進む。このまま動くかも分からない青虫ギルマスに期待するよりも、怖いくらいに武に忠誠心を持つデュラハンの方が、断然戦力に期待が持てる気がするのだ。
「でも魔王軍を戦闘に使うのは倫理的に大丈夫なの? ネットで凄い叩かれそうなんだけど。非人道的!!みたいに。酷いねよりいいねが欲しいんだけど私」
どうやら何かを考えていた結衣の心配はそこにあったらしい……が、多分深く考えるに値しない、余計な不安だったようだ。
「時代背景すこぶる中世の何処に自由回線があるんだっつの。それにアレは甲冑のペットみたいなもん……略してカーペットだ」
「あんな硬い絨毯いらんし、甲冑は一般常識的にペットになりえんでしょうに」
「でも謎の忠誠心あるだろ? 魔族従える実績ってのは、この先かなり重要案件だろうしな。だったらこれは今後を踏まえての、大事な一歩を掴むチャンスでもあるかもしれないぞ?」
ギルドで魔族を従える。
これは当然異例の事態であり、万人に受け入れられる些細な日常にはなり得ない。忠誠心を確かめる意味、今後共に過ごす事を踏まえると、ナナの国が救える可能性プラス、少なからずなメリットをこの案件で生み出せると武は思ったのだ。
「一手先を読めない男が踏む一歩って、地雷あっても踏み抜くって事よね。不安だわぁ……」
「余所者の俺らにとっちゃ、元々地雷だらけみたいなもんだろこの世界。避けて進むのが無理な話だろうに。だったらもういっその事堂々と進んで、誘発で周りも弾ぜさせたら、纏めて処理もできるってもんでしょ」
「パワープレイ過ぎんか。天パちんちくりんのくせに」
「全然関係ないし、たまに出るその悪口何!?」
「あの方魔王軍なのですかぁ。だから踏み込むと消滅するとか言ってたんですねぇ」
「えっと……デュラさんて……え、本当にあの魔王軍のデュラハンの事なんです!?」
和やかなフローラの言葉を挟むも、ナナの疑問と不安は鎮火せず。聞き違いと言うには既に会話の中で連呼された後なので、どうにも頭の整理が追い付かないようだ。
しかしそれをも理解して、武はくすぶる事なく話を進める。
「敵の敵は味方、悪くないって事よ……さて、時間勿体ないし、ちょいと聞きに戻りますかな」
「じゃあ皆で一回ギルドに戻ろーう!!」
里へのご招待が無くなった割にテンションも明るさも、さして変わらないニーナは、ナナの手を取り上げてその身を起こさせた。 そうしてナナはニーナに半場強引に連れ去られる形で、武達一行は朝歩いてきた道を戻り始める。
「え? え? あのちょっと!?」
救済を頼んでおきながら強制連行というよく分からない流れになり、ナナの不安は増すばかりでずっとオドオドしていた。しかし暫く森を進んでいる内に、前を並んで歩く四人にふと疑問が過ったらしく。
「あのー……皆さんはギルドの職員なんですよね?」
そんなナナの問いに、四人は同時に返答した。
「あぁ」
「うん」
「そだよー!」
「はいぃ」
―――おぉぅ……今のいいなぁ。なんか仲間っぽかったなぁ。
意外なところで協調性を感じてご満悦になる武だが、勿論それに対する理解者は一人もいなさそうだった。
「今日は休みと言ってましたけど、そもそも平日になんで休みなんですか? 案外何処もそんなもんなんですかね?」
―――そこに気付かれましたか? 気付いちゃいましたか?
勘の鋭い侍は嫌いじゃない。
なので、武はありのままの事情をナナへと伝える。
「今日はギルマスが国から金をむしり取りに行ってるから、休みになったんだよ。そんで俺らも予期してない休みになって、よっしゃ遊ぶぞー!とルンルンで出掛けた所に……運悪くナナさんが出てきた訳だ」
「運悪く!?」
「そうだ。凄い迷惑な出会いだ」
「な、なんて迷いのない返事か……。いやまぁ有難いから一切の文句は言えないんだが……。というか、魔王軍だとか金をむしり取るだとか、今のところ悪人のイメージでしか無いんですけど、本当に大丈夫ですよね!?」
「だって事実なんだもの! 俺らの給料がかかっているんだから、青虫にはせめてそれくらいはして頂きたい!」
「虫!?」
「むしろボーナスを貰ってもいいくらいだ。でも確かに悪人ぽいな……よし、もういっそ我がギルドの方針にするか」
「……はい?」
これは良い助け船を貰ったと、武はいつかの結衣が気に入っていたポーズに習って、シャッターチャンスをキメにかかる。
「そうだな……俺たちは血塗られた赤い狐! レッドフォックス! ありとあらゆる手段を使って、どんな依頼でも解決してくれるわ!!」
「おぉ! なんかカックイイ!!」
「ぱちぱちぱちー」
ニーナの同意とフローラの拍手が、勝利を確信した武の耳に心地よく届く。指先で表現する武のアレンジ狐のポーズは、ニーナも直ぐに真似をするくらいに好評のようだ。
―――これは決まった……絶対に決まった……。今、俺は完全に主人公をしてやった!! どやぁ!!
「やだそんな悪をもって悪を制すみたいなキャッチコピー……」
まさかの不評。
一名様御反対である。
「一人全然ノってないね!? ダメ!?」
「うん。ヤダ」
「くそっ!! 速攻否定ですか!! ダメ? いいじゃんか! かっこいいじゃんか!? 悪で悪を討つ!! 無法者みたいでゾクゾクしませんかね? 個人的にぴったりだと思うんですけどね!?」
「イヤ」
「二文字っ!! どうしてもか!? こんなにカッコいいのにか!?」
「そうだよユイ!! カックイイじゃん!!」
「私はニーナの全てに賛成ですぅ」
「じゃあ……いいんじゃない別に……」
「やだその面倒くさい感じ!! どっかの女優を彷彿させる!!」
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
そんなこんなで森を抜け、四人は漸くギルドへ辿り着いた。本当なら今ごろ、エルフの里で楽しい一時を過ごしていたかもしれないというのに。
「おや? タケル様? もう戻られたのですか?」
「今日は予定がトコトン崩れる日らしくてな」
「ほほほほほんとにデュラハン!?」
ナナはさっきまで何かの冗談かと少々疑っていた疑惑が、デュラさんを見て事実だと確信してしまったようだ。
「おい……大丈夫か?」
「………………」
「タケル様。こやつは何者で?」
「簡単に言うと色々可哀想な人だ」
絶句して動かないナナはさて置き、武はデュラさんにひとまずここまでの経緯を話すと、案の定『魔女』という単語を出すとピクリと反応し、討伐の話に乗ってきた。
「魔女ですか? ほう、我々より先に落としよったか。生意気な」
「そうなんだ。それでそこを奪還してやろうと思ってな。どうだ?」
「我らより先に踏み入るとは向こうもやりおるわ。いいでしょう。我が誇りに賭け、叩き潰してくれる」
「頼りにしてるわ。あとあくまでも対象は魔女。その他への被害は一切の禁止事項とする」
「承知」
―――よし、やはり分かりやすく敵対心はある。この提案をしてくれたニーナには感謝だな。
と思っていたら、我に戻ったナナが不安げな小言で武の耳元に囁いてきた。
「あのぉー……非常に頼もしいんですが、これって結局勝っても魔王軍の支配化になるんじゃ? それではあまり意味がないというか……」
「ん? あぁー……そうなるのか」
確かに……と、武は遅れながらに納得する。ナナ視点にしてみれば、結果論が何も変わって無かったのだ。魔女も魔王も同じ敵なのだから、彼女の言うとおり、デュラハンが勝ってもその故郷には不安要素しか残らない。
「あんまり難しく考えなくても良いんだけどな……仕方ない。俺も同行するか」
「え? いいんですか?」
「デュラさんだけ行かせるのは確かに誤解を生むしな。その辺は俺が向こうで説明するよ。薄々行く気はしてたし」
「あ、ありがとぉぉぉぉぉぉぉ!! ……ぐほぉっ!?」
「カニいなくてもまだ生臭いから抱きつくのは禁止だ」
「…………はい」
誤魔化す意味も込めて勝つことを前提に入れると、同行した方が都合も良さそうだ。そうなると、最低限自分の身を守る廃材物色の必要も後々ありそうである。
抱き付きを阻まれ自分をスンスン嗅ぐナナに対し、武の嫁(仮)さんは、勝手に進む話に少々困惑している。
「それって私も強制参加になるんですけど!? 聞いてる? おい? こら?」
武との間に謎の束縛魔法のようなものがある以上、どうしてもその道は避けられない。だからせめて私の意見も聞きなさいよと結衣は武をゲシゲシと蹴っているが、既に独断で決定事項にしてしまった武は、清々しいまでにノーリアクションである。
「となると早い足が二つは必要ですね。少し下がって貰えますか?」
デュラさんはそう言うと、草を刈っている広場の方へ手をかざした。武達は言われるがまま、大人しく数歩下がりつつその光景を黙って見ていると、突然空間上に灰色の魔方陣が二つ展開した。
「おぉ……」
そして次第にそれは空間にモヤのかかったような穴を開けると、そこから大きな黒馬が二頭、姿を現す。
一応馬と認知出来たのは、なんとなくのその流線的なフォルムのお陰。やや自信がないのは、デュラさん同様に二頭とも頭が無いからだった。ただ間違いなくデュラさんの愛馬であるのは明確であり、首から漂う仄かな青白い炎を見てもそれは納得できる。
首が無いせいか鳴き声はないようだが、主人と会うのが随分と久しいのか、二頭とも甘えるようにデュラさんにすり寄っていた。
「これは召喚魔法か?」
「この程度しか出来ず申し訳ない」
「あぁ……いや……」
全然充分です……の言葉は、恐らくデュラさんには届かなかった。
一頭は柄が長い巨大な大斧と剣が背中に乗っていて、多分こちらがデュラさんの相棒的な馬なのだろう。纏う鎧は共にメタリックな赤、最近の亮平の装備より随分と重装備で、突進でもされようものならひとたまりもなさそうだ。
最近見たものの中では断トツでカッコいいかもしれない……武はそんな事を考えていると、好奇心旺盛すぎるニーナは馬の回りをグルグル走ってはしゃぎまくっていた。そのまま無遠慮に馬をツンツンしたり撫でてみたりと、一切ビビる様子もなく無邪気なものである。
「おぉ!! カックイイ!! えっと……なんだっけ……んと……クマだ!!」
「惜しいッ! 熊じゃなくて、馬な。多分馬って言おうとしたんだろうけど」
「馬か!!」
ニーナはまだまだこの世界の言葉を勉強中なのである。でも体格の大きさで言えば、ギリギリ熊でも納得は出来そうな存在感だ。
「ちょっとぉ!! ねぇ!? 聞いてる!? 私の意思は!?」
「ないっ!」
「あれよ!?」
行くとカッコつけた手前、結衣の同行は既に決まっているのだ。コレがつまり、世に言う亭主関白的な振る舞いなのかもしれない。多分。
「それじゃあ私たちはどーすればいい? 一緒に行った方が良いんかな?」
「いや、行くのは俺と結衣とデュラさんだけでいい。ニーナとフローラさんは、ここに残ってアイリスさんが戻って来た時に報告を。そんでもし……多分無いけど、誰か冒険者に会ったらこの話を伝えててほしい」
これで少しでも援軍が来れば万々歳だ。
今思い付ける事はこのくらいだろう。
あわよくば討伐したい所だが、情報を提供するギルドとしての立場を考えれば、調査のみに切り替える事も忘れてはならない。受付員の仕事は依頼解決ではなく、解決の手助けまでが本来の責務なのだ。
「なるほどおっけーい! それじゃあこっちは任せてー!!」
「無理なさらずにぃ」
「私も待機がいいんだけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」
ー デュラさんとプニ ー
「お前もタケル様に忠義を尽くしたのか?」
「すらぁー。ムシャムシャ」
「まったく呑気なやつめ。もっとを気を引き締め……」
「あのぉ……果物店てこっちでよろしいんですかねぇ」
「ん? この道を真っ直ぐ行って3つ目を路地を左だ。曲がれば看板ですぐ分かるぞ」
「どうもご親切にぃ」
「……気を引き締めて砦を守れカースト底辺魔獣が!!」
「ムシャムシャ」