第061話 イベント
「じゃあまた来月くる。床は下げなくていいぞカレン」
「はーい。でも私の体の鈍りを心配するなら、数少ない仕事を奪わないで欲しいですね」
殆ど借金の取り立てと遜色ない強引さで受け取った袋を脇に抱え、アイリスは地面にひれ伏すギルドの最高責任者を踏みつけて部屋を後にする。何故か全く関係ないカレンも踏んで行ったのは、やはり威厳パワーが足りていないせいだろう。
「ぅぐっ……ぐぇっ……」
しかし踏まれ所が良かったのか、グフタスはギリギリになってとある事を思い出した。
「……あっ! そうそう!これもまだ眉唾な話なんだけどね……うちの国にヤマトの民が流れ着いた可能性がある」
「…………」
何を言われても無視を貫こうとしたアイリスだったが、少々重いトーンの声色に変わったそのグフタスの発言に、一瞬だけ足を立ち止めた。
「気になるかい? 詳細は追って話すが―――――」
グフタスが意を決してクワッと目を見開きながら頭を起こすも、その先に愛弟子の姿は影も形もない。そこにいるのは、哀れな目を向ける受付嬢だけだった。
「もういないですよ」
「だと思った! 今日も最後まで自由だったね!」
「今更ですし、それがマスター・アイリスの素敵かつ魅力的な所では?」
「困った弟子だよホント……さて、アイリスで最後だし、我々は飯でも食べに行くかな? そろそろ店も開く頃だろう」
しかしここまで話し合いが長引いたのは珍しい。
過去の最短記録は12秒。ほぼ奪われる形で資金をもぎ取られた過去を振り返れば、今日の会話は最長記録かもしれない。
故に踏まれながら去られたとはいえ、グフタスは嬉しい気持ちが勝っている次第だ。
「いいですけど、私は奢りませんよ?」
「今まで奢られたことないでしょうに!? 今日は私の奢りだ。可愛い弟子に会えて気分も……あれ? 私の給料袋……」
グフタスはご機嫌に引き出しを開けて給料袋を探すが、何故かどこにも見当たらない。
いつも決まった場所にしまっている筈だがと首を傾げるグフタスだが、記憶を数分前に遡ると、弟子の脇が両方塞がっていた事を思い出した。
「弟子の手癖……ッ!」
「流石はマスター・アイリス」
グフタスがカレンを見ると、彼女は憤怒どころかアイリスの事を称賛して嬉しそうに頷いていた。最早共犯とも呼べるような態度だが、昔自分も似たような事をしていたグフタスは責めるに攻めきれず。
ならばもう、美味しい朝御飯を食べる手段はひとつしかなかった。
「カレン君……奢ってくれとは言わない。銀貨……いや銅貨でいいから貸してくれないだろうか?」
「じゃあ代わりに首切っていいですか?」
「良い訳ないよね。ギルドホールにいわく付いちゃう」
「じゃあヤですー」
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誰にも届かぬグフタスの号泣が国の何処かで響いた頃、少し離れた場所でもまた涙する少女がいた。和の侍に酷似する風貌。女性かつ異世界チックに髪は銀髪と奇抜ではあるが、淡い花柄の和服は妙に趣がある。
「やっと人とお話できたぁぁ…うぅぅ…うっ…ひっく……」
しかし折角の魅力も外の河原で泣きながらに正座、空腹によるお腹からの悲しい音色、最後にカニまみれという要素により、随分とみすぼらしい状態になっている。
「色々言いたいことあるけど早くパン食えよ……さっきからカニに食われて、俺の好意が全部エサになってんだから」
『ヘイッ! ヘイヘイッ!』
カニが「ヘイヘイ」と鳴いているのも気になる所だが、生憎そこにまで突っ込む元気は武になかった。
「そうですね……もぐ……はぁ……なんか皆逃げちゃうしぃぃ……もぐ……おいしい……」
銀髪の女の子が目の前で正座して、ヘイヘイ言わすカニにまみれて、泣きながらパンを食べている。こんな光景は死ぬまでに見れないかもしれない。
なので、武は不覚にも思ってしまった。
なんだこれすげぇ面白い、と。今もしもスマホを持っていたら、迷わず写メっていたところだ。
「そりゃ逃げるだろうよあんな胡散臭い芝居。あんな棒読みで助け求められても、怪しさマックスでしかないぞ。見てみろ? 今尚興味を示さないあいつらを」
折角武がなけなしの善意を振る舞っているのに、一緒に来た筈の3人は目の前の川原で無邪気に遊んでいる。
今やっているのは、いかに石を積めるかという非常にシンプルな遊びをしているようだが、どんなに暇人でもあんなに高く積める人はそうそういないだろう。
「みてみてー! こんなに積めたん!」
ニーナに関してはアーティスティックなまでのバランス力で積み上げ、積んでいるのか浮いているのかもうよく分からない作品へと仕上がっている。
「何これどーなってんの……凄いバランス力ね。石ってこんな積めるもんなの?」
「流石結衣。俺と感性が似ている」
「へっへへーん! 真ん中見つけて重ねれば、どこまでもいけるよー」
「流石ニーナですねぇ。私も負けてられません」
「二人とも凄いわね……よっしゃ! 私も負けないっ!!」
とまぁご覧の通り、フローラはまだ出会ったばかりでその心情は掴みきれないところだが、あの世話焼きお節介なニーナですら、こっちに関わろうとしていないのだ。
普通なら『大丈夫?』くらい聞きそうなもんだが、もう見なかった事にしているのである。つまりそれくらいに、この銀髪侍は胡散臭いのだ。
「だからその裾を掴む手を離してくれませんかね? 俺も向こう行って遊びたいし、ニーナの家でゆっくりしたいんです。忙しく暇なんですよ俺」
武は先程から隙あらば引き剥がしを試みるも、見かけによらない握力で見事に捕獲されてしまっている。
「ここに来るまで色んな町に……うぅぅっ……行ったのに、話しかけても……ぐすっ……誰も聞いてくれないし。もうホント駄目かと思ったありがとぉぉぉぉぉぉ―――――っ!!」
「へぶあっ!!?」
カニまみれのまま、抱擁とは言い難い頭突き先陣のタックルをかましてくる銀髪和服娘。そのまま武にスリスリと首をすりつけて泣きわめく度に、バブリークラブがみるみる泡立ってゆく。
『ヘイヘイッ! ヘイッ!』
「泡とカニまみれの状態でやめて頂きたい! 刺さってる! カニ刺さってるから!!」
「うわぁぁぁぁん!」
彼女の泣きつく首の左右運動でみるみる視界は泡だらけ。服の繊維も擦りきれてしまいそうな勢いだ。詩織に紹介すれば便利な洗濯係として才能を発揮出来るかもしれない。
「間に合ってる! 毎日洗濯ちゃんとしてるから間に合ってる!! 汚れ無いからっ! 洗わなくていいからっ!! 分かった!分かったってば! 話聞くから!! だから泣くな! 擦るな!! 拭くな!! カニ飛ばすなぁぁああ!!!?」
「恩にきるぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
『ヘイヘーイッ!』
武はゼーハー言いながらひとまず彼女を引き剥がし、ついでに踊り狂うカニもまとめてお返しした。
「ずびっ……」
「はぁ……はぁ……それで? 出来れば手短に頼むな」
『ヘイッ!』
「カニの方が返事いいやんけ」
「はい……私はナナと言います……ぐすっ。故郷を救うべく、少し離れた所から助けを求めてこの地へ来ました…うぅぅ」
鼻をすすりながら、再び正座で話を始めるカニ銀髪。その辺は見た目通りの作法を心得ているのか、律儀な所はあるようだ。
「故郷を救う……ね」
しかしこれは、思った以上に何か重大そうな事件の香りがした。冒険者でもない非力な一般人にこんなイベントを急に持ってくるんじゃないと、武は自分の運命を静かに呪うのだった。




