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第055話 プニ得

「しぇっ……シェフ!? 誰がですか!?」


「私ですがぁ」


「シェフって料理人のことですけども!? 認識は合ってます!?」


「はいぃ」


 どうやら聞き違いではなかったらしく、この美しい女性は、武達が一番考えていなかった要件でここに来たらしい。


「私の飯当番が遂に来たか」


「あんたの飯当番ではないっ! 黙って寝とれやもう!」


 今のところ、呑気にヨダレを垂らしてウェルカム状態なのは、惰眠ギルスマだけのようだ。

 

「え、ホントにここで料理してくれるんですか!? 嘘ですよね!? 一体誰からこんな嫌がらせを受けたんですか!!」


「警察呼ぶ!? これは事件よ!! こんなに綺麗な人がこんな世も末みたいな場所で働いて良い筈がないもの!」


 勢いよく机を叩く計4本の腕、そして身を乗り出す二人。

 正直、あんな貼り紙に期待はしていなかった。なのに貼り出してまだ数日。しかもそれを見つけてここへ来たのは、目も眩むような圧倒的美人お姉さん。ならばこれはもう、事件でしかなかった。


「お前ら最近酷くない? 最初の頃はもうちょっと可愛かったぞ……てか、料理人の募集をかけたのはお前らだろうに」


 最近は二人の発言に優しさの欠片も無いので、アイリスの眠気纏う瞼もよりいっそう細くなる。

 

「それで……場所はここでいいんですよねぇ?」


 興奮状態の二人をさておいて、変わらずの声色で問う赤髪の女性。この状況でも落ち着いているのは、大人な証拠。そんな対応をされては武もギルド職員として流石に恥ずかしくなってきたので、かなり手遅れ気味に気持ちを落ち着つかせる。


「こほん……えっと、残念ながらここですね。すいません……正しく地図を描いてしまいました」


 愚かにも正しいギルドの位置を、しかも可愛いキツネのイラスト付きで描いてしまった事を武は悔やむ。彼女の人生にこんな汚点場所に立ち寄らせる機会を与えてしまった事に、ガクッと首を落として心からの謝罪を申し入れた。


 その隣で結衣から「なんで丁寧で真面目な仕事してんのよ」と理不尽な蹴りをゲシゲシと入れられているが、全くもってその通りだと共感する武は、今ならどんな罰でも受け入れる所存である。


「はい。お陰で迷わずに来れましたぁ。それで、まだ料理人の募集はされていますかねぇ?」


「それはまぁ……絶賛募集中ですけど……」


「ふふっ。それは良かったです」


 手を合わせてニコッとした笑顔、この揺るぎない善意に武は成す術もなく押し込まれる。世の中には、正しい事をして追い込まれる罪悪感というのもあるらしい。


「そのー……なんというか……ここでいいんですか?」


「?」


 何がですか? と、口には出さないが首を傾げる女性。

 どこかエルフであるニーナに似た、その純心とも言える眼差しには一切の迷いがない。それに彼女は、この外観ギルドのくたびれ具合を見て、納得の上で扉を開いている。この程度の見た目で、彼女の意識は何も揺らがなかったのだ。


 これ以上は彼女の覚悟に失礼に値すると踏んで、武は漸く面接モードへシフトチェンジする事にした。


「いえ……変なことを聞きましたね。色々驚いてしまったといいますか。それで、お名前聞いてもいいですか?」


「あ、申し遅れました。私、フローラと申しますぅ。宜しくお願いします」


 改めてペコリとお辞儀をする彼女の姿はやはり品がいい。正直奥へ隠れてしまう料理人よりも、表立って受付をやって貰った方がギルドの格式も上がりそうだと思った武だが、ここまで誠実な人に自分の打算を押し付ける度胸は流石に無かった。


「フローラさんですね。突然で驚きましたけど、正直かなり有難いです。お酒出せても料理出せる人が皆無だったもんで。折角の厨房もまだスタンバイ状態のままなんですよ……な? 結衣」


「…………」


 武はチラリと結衣に目を向けるも、さっきまで意気投合して目も合いまくっていたのに、全く視線がぶつからない。料理が下手という自覚を持っているのが、せめてもの救いといった所か。


「厨房というのは奥に見えているやつですかねぇ?」


 フローラが目を向けたのは、ダラダラと冷や汗を垂らす結衣ではなく、ニーナ&デュラハンによって綺麗に改善された厨房だ。


 既に見かけだけは随分立派な場所へと変わったが、相変わらずギルドの賑わいに比例した存在感。ガランとした内部を行き交う姿は1人もいないのが現状だ。


「はい。最近まともに使えるようにはなったんですけどね。じゃあ厨房見てみますか? 結構広いですよ?」


「いいんですか? 是非是非~」


 再び両手を合わせて、その提案にフローラは満面の笑みを浮かべていた。募集張り紙を見て足を運んで来ただけあって料理が好きなのか、確かに得意そうな雰囲気はある。


 そのまま武が案内すると、フローラは覗き込むように頭から厨房へとお邪魔した。


「わぁ! 立派ですねぇ。とっても大きいですぅ」


「ぐふっ……」


 倉元武は20のダメージを受けた。

 目を閉じてもう一回聞きたかったが、純情ボーイにそんな暇はない。


「い……一応腕前見せてくれます? 大丈夫とは思うんですけど、基礎的なモノがみたいんで」


「腕前ですかぁ……ふむむ~」


 結衣の事案があるのでお手並みは把握しておきたい所だ。

 すると、口に手をあて天井を見ながらフローラは数秒考えこむ。その後置かれた食材達にも目を通すと、何かを思い付いたのか武の方へと身を翻した。


「それでは、お座りして待っててください~」


 そう言われたので、武は期待しつつ受付カウンターへと戻る。お座りと言われて若干ペットの気分ではあるが、美人に言われるとそれはそれで……な感じだ。


 トントントントン……。


 暫くして、厨房から心地よい家庭的な音が鳴り始めた。

 倉元家でもよく聞こえてくる、あの小気味いいリズムだ。

 見た感じ随分と慣れているようで、ご機嫌な鼻唄交じりに料理を作る姿は、やはりとても絵になっている。


 まだ見慣れないツルのようなものが時折ウネウネしてるが、結衣と違って期待出来そうだ。


「今私と比べてたでしょ?」


「ちょっと。勝手に俺の心に土足で入らないで」


「許可とって入るほど綺麗なもんじゃないでしょ」


 ―――ひどい。


 それから数十分後、料理が出来るまで依頼書の整理を進めていたら、両手に二皿抱えたフローラがこちらにやって来た。


「お待たせしましたぁ」


「「!!」」


 厨房からは黒煙もなく、酷い匂いも漏れていないだけでも安心感は凄まじい。一体何が出来たのだろうと、期待も高まる二人の心はワクワクだった。


 それに料理の匂いが二人の鼻を捉える前に、フローラから漂う様々な花の香りが、食欲と共に癒しく体を包み込む。


「どうぞぉー。簡単なものですけど」


 そう言って微笑を浮かべながら、皿は1枚ずつ武と結衣の元へと置かれた。おい、私の分は? と隣のベンチから聞こえたが、絶対に気にしない二人である。


「わーい! 美人お姉さんの手料理最高~! ワクワク~!」


「どれどれぇ~いただき……なにこれ!? 草っ!!」


 皿に盛り付けられたのはまさに葉っ!!


 綺麗に盛り付けられ、ここに料理を乗せればかなり上品にはなる。しかしメインディッシュが全部草。葉に葉がしかれ、更に葉が盛り付けられている。サラダでももうちょっと彩り豊かだろうに、見るもの全てが綺麗に緑一色だ。


 一緒に置かれたナイフとフォークを一応の流れで手に取ってみたものの、使い道が全く分からなかった。


「くぅ……盛り付け上手いですね」


 結衣は変な所で感心している。


「あ、あのぅ? これは一体……」


「見て楽しむのも食の在り方かと。新鮮だから味も美味しいですよ?」


「し、新鮮……なるほど」


 フローラは笑顔でそう言うが、仕入れた食材の中にこんな植物が無かった事が一層怖い。武がうっかり目移りしてしまうのは、フローラの身体の周りで常々にウネウネと動いている例のアレである。


「結衣……食べてみてよ。サラダ好きだろ」


「私っ!? うぅ~ん……サラダ……まぁサラダも突き詰めれば草だし、女子的にはヘルシーなのかこれは?」


 意外と怖いモノ知らずな結衣は「美人さんの手料理なら大丈夫」という謎の信頼感を持ってご丁寧にナイフで切り、フォークで葉切れを一刺し。


 ドレッシングも何もかかっていないそれは、どんな角度からみてもやはりただの葉っぱである。


「それじゃあ……いただきまふぅぅぅぅぅ―――――んっ!?」


 直後に身をよじっているのは、出来ればこの葉っぱと無関係の行動であって欲しい所である。


 そして何故か悶絶している結衣の頭の上からピョンと机に降りたスライムのプニは、結衣の食べ残した残り葉をムシャムシャと食べ始めた。


「らぁ~♪」


 どうやらプニ的には割と気に入った様子。かなり反応の個人差は激しいが、一部の方には需要はあるらしい。


「くぅおっ……み……みずっ……」


「あ、でしたらこちらをどうぞぉ」


 次にフローラから結衣に渡されたのは、いつの間にか水が注ぎこまれたグラスだ。


「あ、有り難う御座いまふぅぅぅぅぅ――――――んっ!?」


 飲んだ直後に身をよじっているのは、出来れば水と無関係であることを願いたい所である。


「ぐふっ……ぁうっ……しゅご……ぃっ……」


そんな意気消沈する結衣に変わって、武の質問タイムが入った。


「えぇーと……一応確認なんですけど、この料理は?」


「見ての通り、私の葉っぱと私の天然水分です~」


「ナチュラルにきましたね」


 きっと、葉と水の前に「私の」とついているのは、自分が育てた作物という意味合いより、自分自身から採取した……と認識する方が適切な気がする武だった。

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