第052話 モロコシ畑を取り返せ
幸福話は不幸話。
いじけ泣くフィーネにかける言葉なく、ポッツは潔く選手交代を自ら指示。若しくは、年長者の巧みな慰めに淡く期待しての、大人な退却だ。
「オッチャンバトンタッチ!」
「え!? んーっ……じゃあご褒美あるとヤル気でるし、討伐終わったら皆で焼き肉とか―――――」
「よっしゃああああい!! オッチャンの奢りで高級焼き肉ぅぅぅぅ!!」
「えっ……いや……奢りとは……」
しかも何故かフィーネではなく、ポッツからの食いぎみな叫びだ。おまけに勝手に高級な事が確定済みである。
「よし! 運動しまくるぞポッツ!! 今夜は肉だ!」
とはいえ、この話はフィーネにも効果抜群だったらしい。今だに地面に屈服したままではあるが、フィーネもやる気に満ち溢れてしまったようだ。その流している涙は悲しみなのか喜びなのか最早分からないが、この世界の住人は何かと肉に弱い。
「………」
亮平はこっそり財布を確認し、初日にしてお小遣いが消え失せる可能性を予見すると、「是が非でも今日の討伐報酬は持ち帰らねばなるまい」……そう心に誓って、フィーネとは別の意味で涙する。
チーム内では断トツの後輩。しかし年齢は断トツで最年長者という微妙なポジション。まだ変に会社員としての魂が残る亮平に、ここで首を横に振る勇気はなかった。
「さて、リョーヘーの奢りが確定したところで、もう間もなく農夫さんの畑だ。気付かれたら一気に来るから少しずつ近づくぞ。それと、単独行動は禁止だからな?」
「わかった? ポッツちゃん」
「オッチャンに説明してんだかんな!?」
暫くして目的地付近にたどり着くと、和んだ雰囲気も少しずつ緊張感も高まってピリピリし始めた。変わらずフィーネが先導し、少し高い丘の上から確認すると二人に対して無言でコクリと頷く。その合図を元に、亮平はズリズリと匍匐前進をしながら、そーっと確認してみると―――――
「何あれ!? 気持ち悪っ!!」
目の前では子犬程の大きさの蟻達が、うじゃうじゃと列を成して行動していた。口は先細るように尖って、開けた口なのはモロコシを食べるには勿体ないくらいな立派な牙が隙間なく並び、表現的には黒いワニに細い足が6本ついてワサワサ動いている……ような、虫とも動物とも断定し難い奇妙な感じだった。
そんな思わず全身が痒くなりそうな光景に軽く鳥肌を立たせる亮平の横では、同じく身を伏せきったポッツが冷静に蟻ゲーター達を観察している。
「これまた大量に沸いてるね。あーあー……モロコシ殆ど残ってないや」
畑には実をはがされ、折れに折れたモロコシの茎しか残っていない。そして今まさに器用に剥ぎ取ったモロコシの実を、せっせと運ぶ者と、巣を拡張する蟻ゲーターが岩や土を巣の中から運び出している最中だった。
巣は畑の中心に作られ、蟻塚のようにその場所だけ盛り上がり、そこから周囲数メートルは茎すら残さず綺麗に整地してある。そこに明らかな動物の骨っぽいのがあるのは、亮平としては何とか無視しておきたい所だ。
「確かにこれでは農作業もできまい」
「アリゲーターって蟻ですか!? いややっぱワニかあれ!?」
「蟻ゲーターは蟻ゲーターだぞ? 奴ら鎧みたいな硬いものを砕きたがるから、オッチャン噛み砕かれるなよ?」
「蟻とアリゲーター文字った的な感じの魔獣でしたか……え? 今なんと?」
「「噛み砕かれないように注意」」
なんとおぞましい注意事項か。
「噛み砕く!? というか、あの群れ全部と戦うんですか!?」
「当たり前だろう。何のためにここまで来たんだ。あいつらそこそこ速いから、気を付けないと大変な事になりますよ」
再び亮平がざっと見ても、見えているだけでも100は固い数。フィーネの忠告通り動きは素早く、小回りもきく。それが連帯的に行動し、しかも噛まれたらアウトな顎を持つなど、超絶なデンジャラスモンスターでしかなかった。
最初に話を聞いた時点では、ひとりで殲滅する事を内心で考えた亮平も、流石に厳しいなと汗を垂らす。
対して戦闘前は怪訝な趣だったフィーネは、顔付きを変えて早速戦闘準備に取りかかった。
「1人換算30~40匹くらいかな……よしポッツ、まずは防御力あげてくれる?」
「あいよー! 二人とも一緒にかけるから寄ってー!」
フィーネの指示でくるりと杖を回し、身構えるポッツ。
自らの身長程の杖は木製の捻れた形を成し、先端部は穴が空いている。一本の魔霊樹から削り出した品であり、精霊杖とも呼ばれる珍しい杖だ。
「おぉ! ポッツちゃんそんな魔法使えたの!?」
「使う前にいっつも誰かさんが勝手に動くからでしょうが! 動いてると敵にも当たっちゃうでしょ」
「すいません……というか敵にも魔法効果与えちゃうんだね……魔法が効くから当然と言えば当然か」
「ほれほれグチグチ言うと日が暮れちゃうよー………防御強化!」
ポッツが木の杖を両手でかざすなり、青白く光る薄いカーテン、そのオーロラに酷似するような美しい光が、フィーネと亮平を包み込む。
「おぉ~……すごい!」
あまり実感が湧かないが、どうやらこれで防御力が上がったらしく、フィーネも背中に背負った剣を構え準備を始めた。
「ん、ありがとポッツ」
「どんとこいっ!」
フィーネが構えるのは、細い体にはもて余しそうな巨大な剣。これがフィーネの武器であり、名を"ラプター"と命名している片刃の業物だ。
少し前に一度持たせて貰った事のある亮平だが、悲しいことに地面から剣先が1ミリも上がることは無かった。しかし戦闘ともなれば、フィーネはこの大剣ラプターを軽々しく振り回し、その圧倒的パワーで敵をねじ伏せるのである。
「よし……攻撃力は私と亮平は申し分ないはずだから、攻撃強化の類いは使わず、その分の魔力は温存。ポッツは炎系統の魔法で支援しつつ、モロコシ共が私とリョーヘーに群がる間に、巣を燃やしてくれるか?」
「モロコシ共て……まぁ任せんしゃい!」
「よし、では行くか。行くぞリョー……」
「おらぁぁぁぁあああ!!」
丘を風切るように下りながら疾走し、既に男らしく亮平は正面から突撃していた。いつもながら、実力に見合わないやる気だけは素晴らしい。あれはもう、冒険に酔いしれる無謀な特攻隊なのだ。
『『『……キィ?』』』
すると亮平の雄叫びと、自分達の巣に突進してくる外敵の存在に気付いた蟻ゲーター達から、キィキィとした金切り声が波打つように巡り広がる。そして縄張りへの侵入者を迎撃すべく、各々の仕事を投げ捨てて牙を向け、こちらも決死の突撃をし始めた。
『『『ギィッ!!』』』
「おらおらおらぁぁぁぁ!!」
「防御力あげたからヤル気満々だなリョーヘー。少しずつと言ったんだが………まぁ今回は大丈夫だろうけど」
「オッチャン、機動力だけは随一だよなぁ」
いつもの亮平にやや呆れ笑いつつ、フィーネとポッツが少し出遅れる形で後に続く。手のかかる後輩冒険者ではあるが、あれでいて、チームの士気を上げるのは意外と上手かったりするのだ。いわゆる、お調子者のムードメーカーのような存在なのである。
「おらおらおらぁぁぁ!! いくぞラスデリぃぃ! あのモロコシワニ共は、全て纏めて俺たちの経験値にしてやろうぞぉぉぉ!!」
『ギァッ!?』
亮平が腰から疾走任せに引抜いた水平切りの愛刀が、飛びかかる獣の顎を捉えて上下にスライス。蟻ゲーターの見事な二枚おろしが、草原に崩れ落ちた。
「ふっ……決まった……」
「おぉ! オッチャンやるじゃん! 綺麗に真っ二つ!」
「だいぶ様になってきたなリョーヘーも。さて……私も負けてられ……ッ!」
こちらには群れで飛びかかる蟻ゲーター。
しかし開かれた顎がフィーネに到達するよりも早く、なぎ払われた剣が一閃。
「…………ふんりゃァ―――ッ!!」
ズバァァァァ―――――ッ!!
『『『グギャアァァァァ―――――ッ!?』』』
斬るというより吹き飛ばしたとも言える勢いで、フィーネは敵血で畑を赤に染めながら、絶命した魔獣もろとも巣の方へ吹き飛ばした。
『『『ギッ……ギギィィ―――――ッ!!』』』
それが更なる刺激を生んだのか、蟻ゲーターは更なる仲間を募って巣の中からワラワラ沸いて来る。
「むっ!」
「怒ってウジャウジャ沸いて来たぁ!?」
「任せろ!! 炎槍ッ!!」
『『『ギァッ!?』』』
第二陣の群れが前衛二人に迫った頃合いに、矢の如く放たれた無数の炎の槍。
ズドドドドドドッ!!
それは寸分違わぬ正確さで飛び付く獣達を打ち落とし、優秀な後衛は二人の道を作り出す。
「いぇいっ! どんなもんだいっ!」
「すごー! 何今の滅茶苦茶カッコいいね!! ありがとポッツちゃーん!!」
「ふふっ。今のは100点だったなポッツー!」
「いっつも120点だってのー!」
「よし! このまま攻めきるぞ!」
「「おぉー!!」」
数こそ多く、噛みつかれれば厄介だが、蟻ゲーターの個の強さは初級レベル。連携に余程の穴がなければ、100でも200でも討伐は難しくはない。
そう……穴がなければ……だ。