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第051話 幸福話は不幸な話

「遅れてすいません」


「別に遅れてませんよ。ピッタリ時間通りです」


「お!鎧新調できたみたいだなオッチャン。なかなか似合ってるぞ! でもまた黒かぁー。好きだねぇ黒」


 月が変わり、漸くお小遣いを詩織より授かった亮平はパジャマから卒業。前回の呪いの重装備と比べてやや軽い物に鞍替えし、フィーネのように部分的に生身を補う軽装備へと変更した。


「だって格好いいでしょ黒って! ただ今回は、軽い奴にしました。それで? 今回は何を?」


「それは歩きながら話そう」


 フィーネは何故かこちらを泣きながら見つめる門兵達を不思議に思いながら軽く会釈しつつ、先導しながら山脈地帯へと歩き出す。


「さて……大方予想はついてると思うけど、今回も討伐任務だ。山脈の麓は農家の畑になっているのは、リョーヘーも知っているだろう?」


「はい」


「実はこの時期、農作物は山から降りてきた魔獣によく狙われるんだ。今回はその畑に居座った群れの討伐だな」


 これまで三人で討伐してきたのはワームやらアラクネ、ゴブリンにメガスライム。下級から中級程度の魔獣はそれとなく戦ってきた筈だが、フィーネとポッツは今までより随分と乗り気ではない。


 そんな二人の雰囲気を何となく肌で察して、これはもしや厄介な魔獣なのだろうか?と、亮平は深読みする。


「なるほど。害獣駆除ってやつですね。因みにどんな獣なんですか?」


「今回は蟻ゲーターだよー。モロコシ畑にはよく出てくるやつだけど、巣を麓に作るのは稀だね」


 亮平にそう教えてくれたのは、最後尾をのんびりテクテクと歩くポッツだ。


「……アリゲーター?」


 だが、はて? と、亮平の頭に疑問がよぎる。


 ―――モロコシを食べるワニ?


 その魔獣の姿を知らないにしても、亮平のイメージ的には寧ろマスコット的な姿であり、肉食ではないワニは強敵と呼べるような凶悪な姿は想像し難い。それと同時に、ワニごときで怯まなくなった亮平は、自分自身に惚れ惚れしそうになる。


 そんな着々と冒険者に染まりつつある自分の血に、ウズウズとした高揚感が混ざって全身を駆け巡った。


「アリゲーター……なるほど。今日はワニですか」


 と、亮平が口にすると、フィーネとポッツは同時に首を傾げた。


「わに? わにとは何だ?」


「わに?」


「え?」


「「え?」」


 ―――あれ? 聞き違い? 確かアリゲーターって言わなかったかな? これはあれか? 遂に俺の体も老体への一歩を進めてしまったか!? 難聴というやつかこれは!?


 倉元亮平38歳。遂に老いを自覚し始める。


「あ、あれ? アリゲーターって言いませんでしたっけ? 聞き違いかな?」


 亮平は、恥ずかしくも恐れつつ、やや震えた声で答え合わせを申し出る。


「うむ。蟻ゲーターだ」


 しかし、フィーネから返ってきたのは全く聞き違えのない、花丸解答の答えだった。


「ん?」


「「ん?」」


 故に、三人で首をかしげる謎の時間が再び生じる。

 これぞ、たまに起こる異世界での認識のズレ。フィーネとポッツの二人……というより、この世界の住人がワニという言葉と無縁な以上、亮平の知識が上手く伝わる事はない。


 しかしそれもこの三人にはすっかり慣れつつある話であり、お互いに常識のズレがあるのは悲しくもお察しなのである。


「まぁ……行けば分かりそうですね」


「……だな。多分リョーヘーが思ってるやつとは違う気がするが」


「オッチャンたまに会話噛み合わない時あるよな……歳か?」


「ふぐっ!?」


 ポッツのドストレートな言葉が、グサリと亮平の胸に突き刺さる。息子とほぼ変わらない年齢の女の子に言われるダメージは、思ったよりも深くでかい。


「ニャハハッ! 冗談だってば」


 と、リョーヘーの腰辺りをペシペシ笑いながら叩くポッツ。新しいチームメンバーは、ポッツにとってイジりがいのある面白い仲間なのだ。


 そんなポッツは、ふと耳にしてしまった先ほどの門兵達の話を思い出した。


「それよりフィーネ。さっきの門兵達の話聞いてた?」


「ん? 生憎私の耳はポッツ程優秀じゃなくてな。何か面白い話でもしていたか?」


「ふふん。んーとね、通行料金上がるって嘆いてたのと、山脈のルートで鬼猿デーモンエイプに襲われたとか言ってたね」


 ポッツは耳をピコピコしながらご機嫌な弾み声で、入手ホヤホヤな情報を三人で共有する。それにフムと顎を押さえるフィーネと、デーモンと言うワードにのみピクリと反応したのは亮平だ。


「山猿どもか。まぁそっちは大した話じゃないからいいとして、問題は通行料値上げか。こっちの物価も上がるかもな」


 そのフィーネの言葉に、だよねぇ……と、ポッツの耳は分かりやすく項垂れた。


「何で値上げするかね。うちの国そんな貧乏なのか」


「国が良からぬ事する為に金を捻出してるって話もあるし、ここも城塞都市に入れるって話もあるね。多分通行料値上げって事は、他の税も軒並み上がるかもしれないな」


「貴族にでも出して貰えばいいのに、なんでこっちから徴収するかね。しまいにゃ暴動でも起こしちゃうぞ」


「あいつらが自分以外の利益に金を支払う訳ないだろう。まぁ私らは幾分か免除されるが……食べ物はそうはいかないな」


「エルサレムの物価も上がってるって言ってたよ。略奪もかなり増えてるみたいで、多分そっちも原因あると思う」


「あぁ……そうか……そうだったな」


 二人の会話についていけない亮平は、あまり介入の余地がなかった話だが、なんとなくエルサレムという国が関与しているのは理解したようだ。


 そして、うっかりとパーティー内の空気がほんの少し沈んだ事にハッとしたフィーネは、ポンと手を叩いて話題の変更を試みる。


「……と、こんなに湿った話ばかりじゃ依頼に支障が出てしまうな。もうすぐ目的地なんだから、何か気合いが入る話をしてくれポッツ」


「うぇーっ!?……急だなぁ~」


「耳が良いと、もっと楽しい話も仕入れてる筈だろう?」


 酷い無茶振りが来たもんだとポッツは一瞬嫌な顔をするが、案外そんな話も無くはないかと、まだ鮮度の高い情報を記憶の倉庫から引っ張り出した。


「うーん……あ、そんじゃあ幸福にあやかるって事で、宿屋のネーチャンがもうすぐ結婚するって話はどぅ………あっ」


「どうしたの?」


 しかし何となく見切り発車で話してしまったポッツは、あからさまにヤベッ……という顔をする。その様子を不思議に思った亮平だが、ポッツが何故そんな反応をしたのかはもう一人の反応を見れば明らかだった。


「わ、わたっ……私より年下でさえ……結……結婚……? この間まで……あんなに小さかったのに……グフッ」


 たまらず膝から、いや足首から一連の流れでしなやかにその場に身を沈め咽び泣くフィーネ。


 あまつさえタケルとユイの初々しい恋人風景を見せられ、嫉妬心で砕け散るのを耐えていたのに、今度は可愛がっていた宿屋の娘までもが結婚すると聞かされれば、体に異常もきたすというもの。


「私の幸せはいずこに……」


「あちゃ~……よし、オッチャンバトンタッチ!!」


「いま!?」


 幸福話も、人によっては不幸話になり得るのだ。

 

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