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第005話 リビングデッド

 倉元家にも劣らずな不毛な会議が暫く続き、何かを決心した金髪お姉さん―――――レインと呼ばれる女性がこちらに目を向ける。ただし亮平が怯えていたのを学んでか、今回は剣は鞘に納めた状態での対話を望んでいるようだった。


「と、とにかく通行の妨げになって邪魔です! 直ちに立ち退きなさい! さもなくば強行手段を取らせて貰う! ……あと!!」


「……あ、あと?」


 何やらレインの様子がおかしい。

 初登場時までは頼りある格好良い上司のような立ち振舞いだったのにも関わらず、今はどこかモジモジと心落ち着かない少女のようだ。


「こほん……。き、君達の身分は……その……貴……貴族とかではあるまいな! ……でしょうか?」


 一体何語なんだろうかそれは。

 それで貴族? 誰が? 自分達が?

 まさか。


「……き、貴族に見えます?」


「んーーー…………見えないていでここまで話を進めた事をとりあえず謝罪したい」


 向こうで一体どんな会議をしていたのか分からないが、急に声に覇気が無くなった。心なしか身も縮こまって、三秒以上も視線同士がぶつからない。他の部下にしてもレインの立っている場から一歩半は下がったような気さえする。


「なら謝罪はお持ち帰りください。貴族じゃなくて根っから平民ですので」


「……話を続ける!!」


「結局剣抜いたっ!?」


 もし貴族だったらどうしていたんだろうか?

 しかしどうやら、その可能性を危惧してのヒソヒソ会議が行われてたようである。であれば手順としては非常に手遅れだった気もするが。


「いかなる事情があるにせよ、この公共場所への無断建築は認められない! 先の通り、立ち退かないのであれば強行手段を取らせて貰う!」


「なんか急に自信に満ち溢れましたね……」


 先程までのたどたどしさは何処へやら。完全に血色も戻ったレインは自慢の剣をブンブンとリズミカルに揺らすくらいには、身も心もウッキウキになったようである。


「すいません……うちの上司、結構勢い任せな所もありまして。まぁそこが可愛いんですけど」


 そう言ってきたのは部下であろう一人の女性。

 こちらは日本人が見慣れている黒髪で、眼鏡をかけた風貌はなんとなく秘書っぽい。


「貴族じゃないと確認取れたから安心して剣を抜いた訳ですね。成る程」


「さっきまで斬首の可能性にプルプル震えてたんですけどね。良くも悪くも極端なんですうちの上司」


「そこが魅力的な訳ですね。あ、お茶どうぞ」


「分かりますか? でもあの性格なんで男に全然恵まれなくてですねぇ……。容姿は中の上くらいはあると思うのですが。ズズッ………あ、なにこれ美味しい」


「厳しいですね。上の中くらいはありますって」


「いやいやそれは言い過ぎですってば」


「いやいや……」


 武は思った。

 この人は話の出来る良い人だと。


「「ズズッ………ほふぅ」」


 似たような趣味嗜好を持つ人と一緒に飲む茶は旨い。


「何を仲良く話しているのだキッシュ……。立ち退かせる建物内で茶を飲むなバカもの。クローネも勝手に赤子と戯れるな」


 どうやらやり手秘書の話の通じる美女はキッシュ、興味津々に浮遊する櫻といつの間にか楽しそうに遊んでいるのは、クローネという名前のレインの部下であるらしい。


「あぁ……いいところだったのに……お茶ごちそうさまでした~」


「あぁっ………せっかく遊んでたッスのにぃ………」


 普段からこの二人には翻弄されているのか、アポンの実に引けをとらないほど顔を真っ赤にさせた上司は、キッシュとクローネの襟を掴むとズルズル引き戻していった。


「因みになんですけど、その強行手段というのは? 逮捕とかもされちゃう感じですかね?」


「この建造物と共にバラバラになって貰う」


「俺らごとと来ましたか」


 まさかの人もろともバラバラEND。

 そんな笑顔で楽しそうに言うこっちゃないだろうにと、武は震えた。


「思ったより斜め上の強行してきますね!? ちょっと強く行きすぎじゃないですか!?」


 何これ異世界超怖い。


「まぁそれは冗談としても、手荒になる事は間違いないですね。正当な理由があれば別ですが、君の父親も謎のポーズで謝罪しかしないですし」


 困った表情でレインが見下ろす先で、亮平は今も尚土下座中。人類最強の謝罪ポーズも、この世界では意味をなさないただの謎ポーズで片付けられていたようだ。


「だってよ親父。俺らのんびり会議してる場合じゃなさそうだぞ? 野次馬も増えてきたし……ホントに馬みたいな奴も湧いて来てるし一旦家出ましょうよマイファザー。バラバラはシャレにならんですよマイファザー」


 もういい加減に諦めましょうや……と、亮平に説得を持ちかける武だが、父からの返答は何もない。しかし頭の中では色々と考えているのか、床につく両拳が段々と強く握りしめられているようだった。


「………………」


 お前達の言い分は分かると、それが正しい事も分かっているんだと、そんな言葉でも言いたげな亮平は、ゆっくりと片膝をついて立ち上がる。


「…………ッ」


「親父……」


 こんな真剣な表情をする亮平を、武は見た事が無かった。

 決意を曲げずに運命に抗う男気溢れる立ち姿が、大きな背中が、そこにはあったのだ。


 そう、彼は腐っても倉元家の主。

 そう簡単に折れる筈が……


「あ、すいませぇん。すぐどけますのでぇ、ほら!さっさと行くぞ武! 皆さんの邪魔になるじゃないか! 何を呑気に座ってんだ!」


「こいつホンマ……」


 多分亮平の男気の芯はパスタ一本分くらいである。

 折れやすいしふやけやすい。


 さっきまで一歩も動かないと言った割には情けないほど腰が低く、足取りがもっすごい軽そうだ。 


「おい、親父の威厳はどこへいったんだ。壁と一緒に日本に置いてきたのか?」


「ふっ、慌てるな……今出す時じゃない」


「今やろ絶対。後で出てももう取り返せねぇよ。お袋も既に親父をあてにしてないし」


「いやいや、そんな馬鹿…………あれ!? 俺の詩織どこ行った!? 俺の詩織ぃー!?」


「恥ずい恥ずい!! いちいち誰のもんか主張せんで良いっつの!! 」


 因みにいつの間にかいないと思ってた詩織に関しては、もう自由勝手に買い物をし始めている。お金は何処から手に入れたのだろうかと一瞬疑問にも思ったが、先程まで飛び交っていた投げ銭が大活躍していたようだ。


「はぁ……やれやれ。さくらぁ~。取り敢えずお外行こっか」


「あいー!」


「相も変わらず普通に浮いてんね。歩くより浮くのが早いとは思いもしなかったよお兄ちゃん」


「んにぃ!」


 だっこもベビーカーも必要なくなって、ちょっぴり悲しい兄心。そして玄関もないので裸足にパジャマで外に飛び出す倉元一家。地震も火事も無しに冷静に寝間着姿で外に出るのは、なんとも奇妙な気分である。


 そして一先ず外へ出て見て分かったが、ここは町の広場のような場所にあたるらしく。気持ち新たに背伸びをしながら辺りを軽く見回すと、そこには石積の家や店達が広場を中心として四方八方に広がっていた。

 どうやらこの場所はこの町の中心付近に位置しているようで、人通りが多いのもこれで頷けた。


「四人で全員か? 中にはもう誰もいないな?」


「はい。まごうことなき四人家族ですね」


 ならば良しと、レインは早速作業に取りかかる。


「フム。しかしどっから持って来たんだこの木枠達は? 代わった加工で興味深いが……よし解体するか。クローネ、キッシュ、宜しく頼む」


「了解ッス! 力仕事はお任せッス!」


 クローネはそう言いながら片腕をブンブンと振り回した後、その小柄な全身が見違える程の筋肉を膨れ上がらせた。


「危ないから下がって下さーい」


 対するキッシュはずっと片脇に抱えていた手持ちの本をパラパラと捲ると、奇妙な光を発すると共にたちどころに無数の鎖を出現させる。


「いっくよー!」


「いきますねー」


 そうして二人のやる気に満ち溢れた掛け声と共に始まるのは、倉元家のリビング解体ショーだ。


「えいさぁーー!!」


 バキッ!!っと柱がへし折れた。


「ほいさぁーー!!」


 バキバキッ!!っと床が剥がされた。


「クローネー! ただ投げるんじゃなくて纏めて頂戴よ? 前みたいに散らかすと縛り難いんだから」


「あいさぁーー!!」


 慣れた手付きでえっさほいさ。有無を言わさずほいさっさ。テンポよくクローネが分解していく木材達を、キッシュが鎖で淡々と縛りあげる。


 そうして絶妙なコンビネーション作業で解体された倉元家のリビングは宣言通りあっという間にバラバラになった後、荷車に乗せられて何処かへと運ばれていった。

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