第049話 ないすたいむりー
「有罪。以後、結衣は厨房への立ち入りを禁ずる」
「そんなバカな……私に人を殺める才能があったとは……」
「アハハッ!! ユイおもしろーい!!」
武はまた、危うくまた女神に会うところだった。こんな悲しい死因で会うのは、心底勘弁願いたい話である。
「シェフはやっぱり募集で確定な。尚、異論は認めんぜよ」
「うぅ……」
縮こまる結衣の同意を得て、今日も自分の昼飯サンドイッチをシレッと食らう青虫から、武は募集の許可を貰う。
「てことなんで、別に問題ないですよね? アイリスさん」
「モゴモゴァ……? モグ……モグモ」
「じゃあ仕事終わったら、帰りに広場にでも張り出しときますね」
「モッゴムグゥ~」
「あいあい。全部やっときますからご心配なく~」
「よく分かるねタケル」
「いや全然分からんから勝手に進めた」
という訳で、厨房を預ける人は後日に期待。暫くは武の昼飯を作る為だけの、贅沢なキッチンになりそうだ。
「よしと……午後は二階の部屋を片付けっかな」
二階の両脇は廊下が走り、遮る物の無い窓から明るい光源が一階ごと包み込む。瓦礫を避けた結果、二階には厨房上と一階の部屋上に部屋があり、取り敢えず用途考え中の空き部屋状態だ。
「あそこ何部屋にするの? 今のところ、使い道があんまり思い当たらないんだけど」
「うーん……ひとつは泊まる用かね。ベッドも作れば軽く4つは入るだろ? 今後忙しくなったら泊まった方が楽な事もあるだろうしな」
「おぉ! お泊まりー! したいしたーい!!」
倉元家に度々足を運ぶニーナは、最近詩織に水玉パジャマを見繕ってもらったばかり。たまに結衣や櫻達と一緒に夜な夜な語るだけの、パジャマパーティーとやらをひどく気に入っていた。
それにまだ数える程度しか袖を通していないので、皆とお揃いの服が着れるチャンスが増えた事が、これほどニーナの目を煌めかせる原因になっているようだ。
「でもなんかさ、考え方がブラック企業みたいじゃない? 仕事用の泊まり部屋って」
対してこちらは、武の方針にやや不満気なご様子である。だがしかし、結衣を納得させるには、ニーナを納得させるのが一番楽で手早い手段だと、賢い武は既に学習済みなのである。
「でも別に嫌でもないだろ? 見てみろニーナのこの純真たる眼を」
「皆でお泊まりー♪ お揃いパジャマでパーティー♪ パーチー♪」
「くっ……可愛いッ!!」
無差別級の子供ような笑顔をぶつけられ、NOの選択肢は結衣の脳から即座に消え去った。見事、策略家な武の大勝利である。
「まぁ無くてもいいけどあった方が便利か。アイリスさんほどじゃないにしても、仮眠取れる場所は確かに欲しいかも」
「よぉーっし! では満場一致で可決っ!」
一階から「私の許可は~?」と、構ってちゃんのような声が聞こえた気がしないでもないが、武は全く気にしない。
「やたー! パンティーパーチー!」
「そのパーティーはしないからね!?」
「部屋の前も結構広いし、ここで夜な夜な踊り狂うか」
受付カウンターの上にあたる二階は、少々広めなオープンスペース。置くものもないので、一先ず円テーブルと椅子を置いてオシャレっぽい感じにしているつもりだ。きっとリンゴマークのパソコンを持った学生が……いたら居座るに違いない。
それに、二階から見下ろす景色もそれなりに清々しい。
吹き抜け部分の手摺に体を預け、数週間の苦労の日々が武の頭を感慨深くよぎる。
「これぞギルドって感じだな。冒険者が食事をして酒飲む場所があってさ。死線を潜り抜けた猛者達がここで至福の一杯飲んだり、新参者の冒険者に古株がイチャモンつけたり。金が足りずにツケが日に日に貯まる奴がいたり……ええやんけ」
今後この場所がどうなっていくのか、それを想像するだけでモチベーションも高まるというものだ。
「なにそれ? 全然楽しく無さそうなんだけど」
とはいいつつも、ここまでの達成感からか結衣の表情に不満はなく、鼻で笑う程度の笑みは溢れている。なんやなんやで、結衣もこのギルドに愛着が沸いているのだ。
「冒険者一杯くるかなー? エヘヘ。なんか楽しみなん!」
「ニーナはギルドの看板娘になりそうね。これは群がる男をはたくのが楽しみだわ。フフフ」
「カンバンムスメ?? なぁに? それ」
「看板に張り付けて見せしめにするんだよ。可愛い少女はそうした避けられない運命にある」
「見せしめの張り付け!? 悪いことしてないのに!?」
そんな恐ろしい掟があるのかと、ニーナはガクガクと震えだす。外の世界の言葉はそれなりに覚えてきた筈だが、嘘とホントの見極めはまだまだ勉強不足のようだ。
なので時折こうして可愛い反応をするエルフをからかう事が、武や結衣としても結構楽しかったりするのである。
「可愛いはね……時として罪なのよニーナ。だからニーナの存在は犯罪級なの」
「可愛いは罪ッ!?」
ガーン!? という擬音が似合うほどニーナは落胆し、それはもう俊敏な速度で泣きじゃくった顔が武に向けられた。外の世界を知らなかっただけに、未知を吸収するのは残念レベルで早い。
「張り付けるのはユイにしようよタケルぅぅぅ!! ユイの方が絶対可愛いよぉぉぉ!!」
「えっ……そぉ?」
ニーナに可愛いと言われて満更でもない結衣は、何故か張り付けを受け入れそうな勢いですらある。
「真の看板娘が誰かは、今後来てもらうお客さん達に委ねるとしようかね。可愛い職員も、まだまだ増えるかも分からんし」
「そんな簡単に増えるもんかね? 可愛い子はニーナだけでも充分でしょ」
「私は可愛いくなーい!」
「えー? でも櫻ちゃんに、ニーナは可愛いお姉ちゃんだって教え込んでなかったっけなー?」
断固として看板娘にはなりたくないニーナに対し、おやおやぁ? と、結衣は意地悪くニーナを攻め詰める。
「……言ってないもん」
「何それ可愛っ!」
しかしニーナは何としても逃げ切りたいので、大胆に嘘をついてプイッと視線を逸らしてみるも、その対応は結衣には逆効果だったようだ。
「おいっ……タケル……おいっ!」
「ん?」
「……んっ!」
結衣とニーナの微笑ましいやり取りの最中で、可愛いのならもう一人いるぞと、恥ずかしげもなく自分をチョイチョイと指差すギルドマスター。ここまで何にも貢献してない癖に、看板娘にはなりたいらしい。
「一切手伝わないくせに、チヤホヤはされたいってか? おこがましいなあのギルマス。大体可愛いって歳でもないだろうに」
「あ?」
「あれ!? 聞こえてた!?」
小声でボソリと言ったのに、エルフ並の聴覚で拾い上げるアイリス。冷ややかに睨み上げる眼光が真っ直ぐと武に突き刺さる……その前に、武はそそくさと目を反らして次の話題へ移行した。
「よ……よし! 後は温泉もあったな! そう……是非とも欲しいジャパニーズ温泉っ! そして混浴っ!! これぞハーレム定番イベンッツ!! これを作らずして一体何を作るというのか!」
「おんせん?」
「そうだな、分かりやすく言うとー……温かいお湯はった池?」
「ほほぅ?」
「池って……この世界も一応浴場はあるんでしょ?」
「貴族が嗜む娯楽だけどな。ニーナには池の方が分かりやすいだろ。とにかく熱い池だ」
風呂さえも一種のステータス。
水に火をかければ誰でも入れるというのに、町にある住居には風呂場は常設されていない。多くは井戸から組み上げた水で体を洗う程度だ。しかしこれが当たり前。住人一人として疑問を持つものなど普通はいない。
なので倉元家にちゃっかり釜焚き風呂が備えついているのも、かなり特殊な環境なのである。
「ふぅーん……熱い池かぁ。あんまり想像つかないね。水浴びでも全然気持ちーのに、わざわざ熱いのに入る意味あるん?」
「水浴びで慣れてたら確かに熱いかもな。そういえば、ニーナは我が家の風呂入ったこと無かったっけか?」
「ないー!」
するとその一言で、ギラリと目が光る人物が一人。
キスにも迫る勢いでニーナに詰め寄り、これはチャンスとばかりに両手を掴みとったのは、勿論結衣である。
「ニーナ! 今日お風呂体験してみる!?」
「わっ!? へ? 今日?」
「今日! 最近櫻ちゃんが遠慮しちゃって寂しいの!! 恋しいのっ! 人肌がっ! 一緒に入ろうよ! ねっ!?」
「遠慮と拒絶は全然違うと思うぞ?」
それにしても必死すぎて目がヤバい。
きっと櫻は、この辺のヤバさを知って避けているのだろう。流石は人を見る目が妹だと、武は誇らく感心した。
その点、ニーナは基本的に騙されやすい性格なあたり、すんなりと結衣の勢いに飲み込まれてしまったようだ。
「よく分かんないけど、ユイが勧めるならお邪魔しよっかな?」
「よっしゃぁぁぁ!! 有り難う神様ぁぁぁ!! この世界に呼んでくれてぇぇぇ!!」
「呼んだの俺なんだけどな」
膝を折って天を仰ぎ、結衣は勝利を確信した。
しかもあわよくば櫻も取り込んでしまおうと、性懲りもなくブツブツと何かを画策しているようだ。
「エルフとお風呂………ハァ………ハァ………」
「ユイどったの?」
「前に出た症状と似た奴だ。気にしなくていいよ」
「そっか。そいえばデュラさんは? さっきから全然みかけないけど、どこ行ったん?」
「ん? それならまさに作業中だよ。この前、ニーナも裏口側を手入れしてくれただろ? 今度はそこに、浴場を建設して貰ってるのさ」
「それでいなかったんか~」
「え? デュラもげさん、温泉作ってたの?」
「誰それ!? いや、結衣には温泉の事、散々説明したろうに」
「……そだっけ?」
結衣はとぼけた顔を見せるが、この感じはホントに覚えてない時の顔だ。しかし、結衣が櫻に添い寝してる時に話した自分が悪かったのだと反省する武は、大事な話はタイミングをしっかり考えようと学べただけでも良しとした。
「でも温泉て、そんな手軽に出来るもんなの?」
「流石に天然は無理だろうけどな。でも大浴場くらいはできそうだろ? だからデュラさんには、その基礎を今掘って貰っててさ。肉体疲労のないアンデッド大活躍という訳だ」
「そのうちバチ当たりそうなくらいこき使ってるわね……」
「率先して仕事求めてくるんだから仕方ないだろうに。数時間置きに「タケル様、タケル様」言われたら俺でも照れ死ぬわ。だから時間かかりそうな仕事を任せたんだよ」
デュラさんは何故か忠実だ。これはもう立派な部下と言っていい。しかも、扱える魔法は泣く子も黙る消滅魔法。これはもう温泉掘削の為に生まれたといって過言ではない。残土すらも出さないとは、何と財布に優しい従業員なのか。
何はともあれ頑張ってくれているので、二人を連れて進行具合を確認しに行こうとした所、丁度タイミングよく裏口の通路が開かれた。
「あ、タケル様。ちょっと宜しいですか?」
「う、うむ」
―――恥ずかしい。
「どんな感じだ? うまいこと掘れたか?」
「それがですね……」
「?」
魔法でも消しきれないような岩盤地帯にでも突き当たったのか、珍しくやや落ち込んだ雰囲気を漂わせるデュラさん。
「あり? 雨降ってない?」
「え? 晴れてるよ?」
「でも……ザーザー言ってるん」
しなし窓の外は変わらず快晴。 ギルドの天井にも、雨が降った時に揺れる独特の波紋も広がっていない。
が、確かにニーナの言うとおり、ギルドの裏口方面からは雨が降るような音がしていた。
「滅茶苦茶局所的に雨が降る事もあるのか?」
そんな疑問を抱きつつ武が扉を開けると、そこには雨というより最早滝とも呼べる壮観な光景が広がっていた。ただし滝のそれと違うのは、流れる方向が勢い任せに重力に逆らい、まるで地面から天にでも登るように湯気立って吹き出す、巨大な水柱である事だ。
「「「わぁーー」」」
「タケル様。なんかお湯が吹き出しました」
「わぁーぉ。ないすたいむりー」
「すごー! 噴水だー! でも熱いっ!? なにコレー!? すごー!」
大量の湯気と独特な臭いを充満させ、基礎となるべき筈の場所には既に熱湯が満たされている。ニーナはアチチと言いつつ、無邪気にお湯柱の周りを駆けて楽しんでいるようだ。
「そういや深さについて指示してなかったなー……ナハハハ……」
どうやら魔族に浴場の基礎を掘ってくれとお願いすると、地下宮殿でも作る勢いで掘り下げてしまうらしい。種族の価値観の違いをもっと考慮すべきだったが、結果オーライな展開に運良く救われたようだ。
「私初めて見たよ。温泉噴き出すとか漫画だけの世界かと思ってたわ」
新しい従業員は頑張りすぎた結果―――――
「あぁ………天然キタコレ!!」
温泉を掘り当てたようです。
ー ニーナと結衣 ー
「早く入りたいなーオンセン!」
「私の国では大人気なんだよー? お肌もスベスベになるんだから!」
「ほへぇー。じゃあオンセンは魔法の水だ!」
「そう言われればそんな感じね。疲れも取れてサッパリするんだからまさに魔法の水ね!」
「脂肪もとれるん?」
「どこ見て言ってるのかなニーナ?」