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第048話 エキサイティングな厨房

 シェフを募集する色々な策を武があーだこーだと考えている最中に、既に厨房内で腕を捲りあげる一人の少女がいた。長い黒髪を束ねて、ニーナとお揃いのポニーテールにすると、いつになくやる気に満ちた少女はフンと鼻息を鳴らす。


「よし! それじゃあさ、私やってみていい? 詩織さんの料理に憧れとかもあって、ちょっとやってみたかったのよね!」


 どうやら、結衣は料理人として志願したいらしい。


「おぉー! ユイの料理食べてみたいん!」


「ふふぅ~ん! でしょ?」


 期待のニーナと、自信の結衣。しかし、倉元家で結衣の料理が一品でも振る舞われた事はない。故に、その力量は完全に未知数だ。


「結衣……料理できんのか?」


「フッフッフ……忘れてるようね武? 私は、独り暮らし歴2年の大ベテランよ! 私の女子力甘くみないでっ!」


 結衣は変わらずヘヘンと鼻を鳴らし、武はここ最近で一番勝ち誇った視線を下される。しかし武は思うのだ。結衣が自信を持てば持つほど、その期待度が急転直下で減少している気がすると。


「2年は全然アマチュアだと思うが……でもシェフはギルドが賑わったら受付より過酷かもだぞ? いいのか?」


「だって掃除と改修終わったら、やること無くなるじゃない。料理人雇うまでの代理でもいいしさ。それに、受付に武と私とニーナってのも現状多すぎるでしょ?」


 今でこそ掃除と修繕のお陰で仕事をしてる感があるが、このリフォーム作業が終われば確かに受付に三人は多い。となると、お客さんが増えるまでは、確かに結衣の提案は理に叶った申し出だった。


「確かにそれは言えてるな……因みに得意料理は?」


「お湯を入れてから時計を見ずにジャスト3分! 弁当及びパスタの表記を見ずしての適切な温め時間の把握っ! さも手作りかと思わせる冷凍食品にまみれた弁当のぉ……誤魔化し方っ!!」


期待以下インスタントッ!!」


 中ニ的に目を手で隠し、誇らしげに含み笑いをしているのに全然カッコ良くない。間違いなくシャッターチャンスなポージングではあるが、決してカッコ良くはない。


「しかもカップ麺もレンジもねぇし、恐ろしくいらねぇだろその特殊能力。しかもどちらかと言えば、女子力の過剰欠落ですらある!」


「むっ!? 分かってないわね! タイマー無しで3分計れるのは料理以外でも役に立つわよ! そう例えば……敵の襲来時とかに、程よいタイミングでジュワッチ出来るとか」


「ウル○ラマンか貴様は」


「因みに誤差は前後15秒くらい」


「ジャストとは!?」


「くらぁー! また二人だけしか分からない事話してるぅ!! ずーるーいぃぃ!!」


 嫉妬に満ちたエルフが、たまらず仲裁に入った。

 しかし酷いくらいに大した内容ではないので、これしきで拗ねるエルフに心底申し訳なく思う二人だ。


「じゃあそうだな……お昼も近いし、折角やる気になってんなら、結衣に何か作って貰うか? お手並みを見せて貰わんと、その3分の重要性もよく分からん」


「さんせーい!」


「ふっ……刮目して待つがいい飢えた子羊どもよ。今宵は、私の才が満を持して花開く時っ!」


「……そのポーズ気に入ったのか?」


「それなりにね」


「ユイかっくいー!」


 その後、「厨房は料理人の聖域なのよ」と、既に口だけは一丁前な結衣に追い出され、武とニーナは本来冒険者が座るであろう椅子に腰掛けて待機する。


「楽しみな~ん♪ ユイは何作ってくれるんかな~?」


「野菜炒めとか茹でるだけのパスタとか、大体そんな所じゃ――――」


「――――ッシャァ!!」


「!?」


 武がウキウキで揺れ待つニーナに、過度の期待をしないように釘を刺そうとした所、丁度結衣が作業に取りかかったらしい。


「おぉ! ユイやる気満々なん!」


「こっわいなぁ……」


 そして、そんな無駄にヤル気に満ちた声が短く響いた後に、実にエキサイティングな音が後を追う。


 ズダンッ! パリィーン!


 ズダダンッ!! パリリィーン!!


「…………」


「これ何の音なん?」


「分からん。ただ料理ではあって欲しい」


 ダダダダダダダダダダダッ!! ズゴンッ!! ドゴシャァッ!!


「……紛争地帯にでも迷いこんだのか俺ら。確かに飲食店の厨房は戦場だとか聞いた事はあるけどもよ」


 しかし、どうしたってワンオペで賑わすような音ではない。心なしか、ギルド全体も揺れている気がした。


 ーーーー―ブヘァッ!!……ガはッ!?


「おい何の悲鳴だ!? 今の誰の悲鳴だよ!? 」


「何かさばいてるんかなぁ?」


「やったんか!? 人やっちまったんか!?」


 エルフの耳でも把握しきれていない得体の知れない音と声の後に、厨房では見たことない巨大な火柱が、結衣の姿を隠すように燃え盛っている。


 ゴォォォォォォォッ…………!!


「うぅーん………………よし!」


「全然良しな火力ではないんだが。時期外れのキャンプファイアでもしてるのかアレは」


「あとは……んーと……アレとコレとソレとえっとんっと……ん? うん……うん?……よし! いけッ!!」


「なんかリズムで迷いを誤魔化してないか結衣さん?」


……ボチャッ!!


「ジュワッチゃぁッ!?」


「早速ジュワってんなぁ……」


「3分たったん?」


「多分な」


 ゴポァ………ゴポァ………ボボボボボボボ………………。


 その後も厨房に似つかない音が幾度となく奏でられると、調理開始時には白いエプロンを着こなしていた筈の結衣が、何故か血潮を浴びせられたようなスプラッターな姿で料理を運んで来た。


「おっ待たせー! 出来たよー! ……何かが」


「何かが!?」


「おぉー……なんかボコボコ言ってるん」


「すげぇ……料理界隈で見たことねぇ色してるんだが」


 机に差し出されたのは、確かに何かだ。

 断定しがたい何か。

 少なくとも知性ありし者が口に運んではならない何か。

 これは果たして出来たと言えるのか。

 出来てしまったが適切ではなかろうか。


「ユイ、頬っぺたにも赤いのついてるよ? お肉の血? それともお魚?」


「ん? あれ? 肉も魚も使ってないんだけどな。何の血だろ?」


 頬からサッと拭き取った自分の指を確認して、結衣は不思議そうに首をかしげる。ついでに、その時になって漸く自分の服が鮮血に染まっている事に気が付いたらしい。


「なんじゃこりゃあァァァァァァァ!?」


「どこぞのホラーですかね。見覚えのない血を何故浴びている」


「……まぁ料理したんだから、そういう事もあるか」


「あってたまるか」


 結衣は、驚異的なポジティブ解釈でスンと落ち着いて納得したようだ。この切り替えの早さはある意味優秀である。


「何故何も理解していないんだ。料理中に記憶失う呪いでもあんのか……? 因みにだけど、味見はしたんだよな?」


「そりゃ勿論……あれ? したよね? 確かしたと思う」


「おい……その血、結衣の血じゃないのか? あのオッサンみたいに吐いた音、結衣が血ヘド吐いたんじゃ? 味見して記憶失ったんじゃ?」


「いやいや、そんな毒じゃあるまいし」


「じゃあ今ここでもっかい味見してみろや!?」


「…………なんで?」


「ほらもうちょっと拒絶入ってるじゃんかよ!?」


「まぁまぁ、食べてみなさいって! 食べれる物しか使ってないんだから大丈夫だってば」


 料理が出来た達成感からか、結衣は非常に幸福に満ちた顔で皿を武の方に押し込んでくる。女の子の手料理。これはこれまでの女っ気の無かった武の人生において、間違いなく他人に誇れるイベントだ。


 将来的に、その話何度も聞いたわぁ……と、友達の耳がうんざりして擦りきれるくらい自慢できる、そんな武のトップオブマイヒストリーとなるに違いない。


 だがしかし、これを正史にするにはかなり上部だけで語る必要がありそうだ。


「いや……なんちゃって召喚の件もあるし、俺に恨みがあるのは重々承知してるんだけど、その報いにしてもこれは人権を無視してない?」


「してないわよ失礼な。そんな見た目ほど禍々(まがまが )しい料理じゃないってば。流石に死ぬまではいかないから安心なさい」


 とはいうものの、料理の横をたまたま飛んでいただけの小さな虫が、いつの間にかひっくり返ってピクピクしているのを見ると、その説得力も皆無である。


「……小さき命が召されたんだが?」


「虫と人間じゃ全然違うって。ダイジョブダイジョブ」


「ギリいかなくても、死ぬ一歩手前まではこいつに連れてかれるかもだろ!? 可愛い天使が向こうで手招きしてたら、後はレッツヘブンだろこれ! 最後の晩餐前に昼飯で死ぬとか勘弁極まりねぇです結衣先輩ッ!!」


「ごちゃごちゃうるさいなぁ………黙って食え。ほれあーん」


 手料理。そしてセットとも言えるべきあーん。

 それは夢にまでみたような理想のコンボ。結衣が持つスプーンから掬われた何かが、半場強引に武の口へとねじこまれる。


「いや……ちょっ……せめて自分のタイミングで……むぐっ!?」


 これではあーんというより、どーんに近い。

 それに多分ご褒美というより、殆ど拷問である。


「なんか、タケル涙目で震えてる?」


「おやおや、そんなに美味しかったのかね? まいったなこりゃ。てへへ」


「~~~~~ッ!!」


「フフフ。可愛い女子にここまでされて、武ってば幸せもんよねぇ。いやはや、これは別料金が発生しても良いサービス…………」


「ブヘァッ!!?」


「……あれ?」


「カッ………ハッ………!? ぁ……南無………はひゅっ……」


「タケルぅぅぅぅ!!?」


 どうやらこれは、まだ人類には早すぎた産物だったらしい。


 口に含んだ瞬間から全身を貫く暴力的な刺激で一気に青冷めた武は、ガクガクと震えながら味の向こう側で、小一時間ほど走馬灯の景色を楽しんだ。

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