第045話 しおりん包丁
今回の仕事は、この湖と共に現れた二匹の水竜の討伐。 数ヵ月前に地下水道を突き破って現れ、ここを巣として居座ってしまったのだ。 元採掘場の『元』は最近ついたものであり、その原因がこの依頼内容という訳である。
そこで討伐依頼が舞い込んだ3人の補助、という簡単なお仕事が、今回の詩織のパート業務だ。
「私はのんびり待ったりしないからねー! 先手必勝ぉー! いっくよー皆!」
モーラはツカツカと湖に歩み水辺で止まると、右腕に魔法陣を這わせわそのまま拳を握って目を閉じる。
「おうよ!」
「任せぃ!」
「はーい」
やがて呼吸を整え終えたモーラはパチッと瞼を起こし、太刀を両手で、斧を両手に、そして手を振る仲間達の姿を後ろ目に確認すると、思いっきり振りかざした右腕を湖の中へとぶちこんだ。
「すぅぅぅぅ…………せぇぇぇいっ!!」
瞬間―――――右腕が湖に触れるなり、洞窟の天上まで上がる激しい飛沫と共に、湖全体に紫の雷が迸る。
「紫雷電ッ !!」
モーラが今日の討伐に自信あり気だったのは、相手が水竜であったからだ。雷を主体魔法とする彼女にとって、まさに願ったりな討伐依頼であり、実力以上に魔法を発揮できると踏んだのだ。
「さぁさぁプカーッて浮いてこーいっ!!
ウキウキの少女の目には、数秒後には浮かんでくる水竜の未来の姿が見てとれた。紫雷は湖にくまなく走り渡り、洞窟内を幻想的な光が照らし続ける。
またその光景を目の当たりにしていた二人も、構えた武器がやや下へとさがっていた。
「モーラのやつ気合い入っとんなぁ……ホントにこれで終わるんちゃうか?」
「だと良いが、油断は禁物じゃぞ?」
「あら? 起きたみたいね?」
「「「えっ?」」」
詩織の言葉の直後、洞窟内が震えだし地鳴りと共に湖にからコポコポと気泡がたち始めた。モーラは尚も電撃を流し続けるが、次第に気泡は大きく、そして増え始め、やがて湖の底に黒い影が見え始める。
「ありゃまぁ……こりゃやっちったね」
モーラの情けない声と同時に水中から飛沫をあげて、2頭を持つ水竜が咆哮をあげながら陸上へと飛び出した。
『『ゴギャァァァァァァァァァッ!!!』』
鋭い牙を持ち、全身は蒼いウロコで覆われ輝いている。さながらネッシーのような体型で全長15メートル程の大型の竜だ。 どうやら陸での活動も問題ないようである。
「んなっはぁぁぁい!! 活きの良い竜が上がったよぉー!」
「いやデカぁぁぁぁ!?」
「こりゃ珍しいのが釣れたのぉ」
「あらあら。頭が二つあるのねぇ」
突進さながらな勢いの水竜を各々でかわし、直ぐ様四人で取り囲む陣形を作り出した。
『『ゴァァァァァァァァァッ!!!』』
水竜は眠っていたところを無理矢理起こされてか、非常にご機嫌斜めで、コミュニケーションを取らずとも怒っているのは明らかだった。一頭ながらも二頭分の咆哮は骨身にも響き、揺れる洞窟からも剥がれた石屑がパラパラと降り注ぐ。
「ほれみろ。やっぱりモーラが調子乗ったから、厄介な依頼に早変わったで」
「さっきは直ぐに終わりそうって褒めてたくせにぃぃ!!」
「んなこと口が裂けても言わんわい」
「ええぃ! やかましいっ! わざわざ陸に出てきたんじゃ! 後悔させる前に潰したらんかいっ!」
ドカドカと、小さい地鳴りを鳴らして先陣をきったデストロイ。その後ろでは、キングが魔法陣を展開する。
「ダルマじじぃ! 飛ばしたでぇ!」
「じゃかぁしぃッ! 見えとるわい!」
水竜があげた飛沫をそのまま空中で留めていたキングが、そこから水の槍を無数に作り出し水竜めがけ撃ち飛ばし、ウロコをジワジワと剥がしていく。
そんな魔法を器用に使うキングが度々モーラに言われるのは―――――
「今日も太刀使わんのかい」
剥がす鱗を目前に、デストロイが叩き切るであろう場所へと、モーラは肩を竦めながら移動を開始する。
剥がれた鱗の隙間を狙うのは、隻眼のドワーフ。戦車さながらの巨体から唸り上げた斧が右手からまず一撃。
「ぬぇぇぇいッ!!」
勢いそのままに回転し、左手に持った斧で二擊、そしてひび割れる鱗への三擊目に再び右腕が振り下ろされる。
「水だろうがなんだろうが、燃やしてくれるわい!!」
鱗が剥がれた地肌に斧を叩き込むと、巨大な斧は爆炎をあげて水竜の地肌を燃焼させる。瞬間、もがき苦しむ水竜の咆哮が洞窟に響き、堪らずダウン。そして肉の焼けた匂いが仄かに漂った直後に、容赦ない四撃目の影が現れた。
『グゴァ……ッ!?』
「お! ま! けぇぇぇい………のっ!! 豪乱雷ッ!!」
デストロイの後ろから迫ったモーラが、血飛沫をあげる傷口へすかさず拳を叩き込み、返り血を浴びるも怯むことなく、肉をその手で握りしめ内部から電撃を浴びせる。
死に迫る咆哮をあげて暴れる水竜に、モーラは情けをかけず最大火力ならぬ最大電力を流し込むが、当然向こうもさらさら死ぬ気である筈がない。
『グガッ…………ゴガァァァァァァ――――ッ!!』
「い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛っ゛!?」
のたうち回るひとつの首がモーラを捉えると、首より長い尾が上空へしなり、ハエを叩くように降り下ろされる。
「危ッ……!?」
しかし自在に動く尾は避けたハエを逃さず、モーラの足が地につく前に水平になぎ払われた。
「んっ………………なくそぉぉぉ!!?」
腕でガードするも抗えず、尾の勢いそのままにモーラの体が空をきる。
「……ギッ!?」
「モーラッ!!」
「おうおう!? まだ何かする気やぞこいつ!!」
起き上がる二頭の口から、魔力収束の兆候が現れ、二頭から熱い視線を向けられたモーラは、飛ばされながら焦りを見せた。
「ンヤバッ!?」
『『バァァァァァァァァ――――ッ!!』』
壁の感触が激しく伝わる頃には、二本の線がモーラに襲いかかっていた。レーザーの如く真っ直ぐと伸びる水撃がモーラを捉える前に、キングは水の盾を何層にも並べて減速を試みる。
「止まれやボケぇ!! 水障壁!!」
しかし威力弱まらず、一枚、そして一枚と容易く盾をただの水へと戻しながら、水のレーザーは貫き続ける。そして最後の盾を突き抜け、モーラの目には差し迫る二本の水柱が映し出された。
「ちょっ……!?」
「アカン!!」
ドゴォォォォォン!!
何かを言い切る前に水撃は変わらぬ速度、水とは思えぬ爆音をたてて、洞窟の壁ごとモーラを吹き飛ばした。
「「モーラぁぁーーーッ!!」」
『『ゴギャァァァァァァァァァァァ!!』』
緊迫した空気が流れ、水竜も仕留めた手応えに咆哮をあげる。
しかし心配する二人をよそに、モクモクと粉塵をたてる煙の中から、ケホケホと咳き込む少女が地面を見ながら手をあげた。
「「モーラ!」」
「ててて……ダジョブダイジョブぅー……」
何とか無事だったモーラを見て、キングとデストロイは、ホッと胸を撫で下ろす。
モーラの身は怪我どころか、かすり傷ひとつついていない。うまくかわしたところで間違いなく深手を追う攻撃だったが、全くの無傷。しかしこれは、当然彼女の力ではない。
「ブヘッ……サンキュー……しおりん」
「いいえー」
魔法陣を張り防御支援を使っていた詩織は、今日の晩御飯の変更メニューを考えていた。といっても、変更するのは……使う素材だ。
「水竜は……美味しいのかしら?」
『ゴッ………!?』
「「「ッ!?」」」
突如としてブワッと殺気だつ詩織に思わず一歩引く3人と、異様な相手を察知してたじろぐ水竜。
そして詩織はその場から動かずに左手をかざし、幾重にも重なる黒の魔法陣を空に並べ始めた。
「異類収納」
そこからズズズとゆっくり現れたのは、人の手では到底持つ事の出来ない巨大な剣達。出てきた剣は全部で6つ。それぞれが違う形を成し、血が無縁な程に研がれ、その全てが鏡の如く煌めいている。
「で、でたぁ………しおりん包丁………」
因みに、これは勝手なモーラの命名だ。彼女としては何回もこの光景を見ている筈だが、この迫力ある景色は何度見ても慣れるものではないようである。
『『ゴッ……ゴギャァァァァァァァァァァァ!!』』
その刃が自らに襲い来る前にと、モーラを襲った水撃を放つ水竜。慌ててキングが盾を張ろうとすると、詩織は大丈夫ですよーとニッコリ笑顔で返す。そして次に詩織が指を振ると、二つの刃がそれを刃先で捉え、二撃の水柱は四つに分断された。
「ぅおっ!?」
「ぬぅっ!?」
「しおりんさっすがぁー!!」
そして分けれた水擊は後方に控える三人の横を霞めとると、そのまま洞窟の奥壁へと飛散する。
ズガガガガァァァァァアン!!
「あらあら。これ以上は洞窟が壊れちゃうから危ないわね」
これは最早詩織にとっては勝利宣言だった。
場所柄、戦いを続ける事が危険だと判断した詩織が両手をパンッ! と、叩いた瞬間―――――
『『ゴァ………ッ?』』
いつの間にか6つの剣は、水竜を取り囲んでいた。
水竜は慌てて逃げようと湖への後退を試みるが、どうやらそれを考えるのは少し遅すぎた。
『『……グガ……ギッ…………』』
剣は攻撃の為に取り囲んだ訳ではなく、既に仕留めた後。
無数の赤い筋が、水竜の体に縦に横にと表れると、六芒星をかたどった魔法陣へ剣が消えると同時に、水竜は瞬く間に肉片へと形を変える。
「「「…………わぁお」」」
「柔らかい肉で美味しそうですね」
詩織の満足気な笑顔によって終演。
水竜討伐は、こうして無事に達成されたのだった。




