第040話 ここはどこ?!
心なしか綺麗になったギルドを前に、入り口で立ち止まりキョトンとする冒険者がお二人程。一人は唖然としながら頬をポリポリかき、もう片方の獣耳っ子は腕を組んで首を傾げている。
仕事の用事ではここ数年で数えるくらいしかギルドには来ていないが、その数回でもこの異常事態には驚きを隠せない。見知らぬキツネのシルエットが刻まれた扉を二度見するなり、入るのを躊躇う、そして遠ざかるを何度も繰り返していた。
「おぉ~? なんかキレイになったなギルド。いや汚いは汚いしボロボロなんだが……見てよポッツ! 草刈りされてる!」
まず驚いたのはギルドの隣で生い茂っていた筈の雑草達が、微塵も残っていない事だ。更には壁に這う蔦もなく、見慣れた緑が南面には全く見当たらない。信じられない事に、手入れが施されているのだ。
「かっ………花壇が生きてるっ………」
あろうことか、これから世話しますよと言わんばかりの花壇のようなものさえある。自生ではなく、わざわざ育てなければならない花や緑を植えているのは、いよいよもって異常事態だ。
「花とは無縁に見えたんだけど……一体何事だ? 歩くのさえ面倒だと言ってたやつだぞ? 自分の世話すら疎かなアイリスが植物の世話などするのか?」
「何か心境の変化でもあったのか……いや、変に頑固だからアイチャンに限ってそれはないな」
獣耳少女の発言に同意して激しく頷く金髪の剣士。
怠惰である事こそ生きる力としている青髪を思い浮かべると、水まきはおろか外に出る姿さえも想像出来なかった。
「壁も完全ではないが修繕されているな」
「まだ若干穴は空いてるけど……ギルマス変わったのかな? やっぱりここは私の知ってるギルドじゃないよ! こんな可愛い動物のマークとか無かったし!」
獣耳っ子が持つ杖の指す先には、先程目にかけた大きなキツネマーク。木の扉に浅く掘り込まれた見たことのないデザインだ。
おまけに『RED FOX』と、初耳の単語さえ刻まれている。
「絶対あれ、ここのギルドの名前でしょ!? 私初めて知ったんだけど!!」
「私もだ。うーむ……しかしあのアイリスが掃除するとは思えんしな……やはりマスターが変わったのか? とうとう追い出されたか?」
「アイチャン寝てばっかりだからねー。ありうる」
「こんな事なら、もっと来てやれば良かったな」
面識ある人がいなくなった可能性に、二人して僅かばかり肩を落とす。二人の記憶によれば最近会ったのは、半年前のワイバーン討伐任務を受諾した時だ。王都の兵との共同討伐任務だったが、指図されっぱなしの二人にとってあまり良い思い出とはいえない苦い記憶である。
「さて、どうするポッツ?」
「どうするって……仕事ないし行く以外無いよ。アイチャンいないのはちょっと寂しいけど」
「まぁ……いていないようなものだったしな。それにまだいないと決まった訳でもないし」
「いやぁ、これは流石にいる可能性低いと思うよー?」
ともあれ誰がギルマスだろうと、いつもの依頼主が不在の今日、この扉をくぐらない選択肢は二人にはない。
覚悟を決めて顔を見合わせると、二人でそれぞれの前にある扉をゆっくりと押し込んだ。
「さてさて中はどんなもんかー……ん?」
「おじゃまー……ん?」
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
今日は掃除と修繕の手分け作業。
間もなく冬を迎えるこの時期に穴だらけではまずいと、残しておいた板を慣れない手つきで穴に被せるように打ち込んでいく。
バリンッ!
「武ー。追加の板と釘ちょーだーい」
「へいよー。そっちどんぐらい塞がったー?」
「んー……最初三つあった穴が五つになったー」
「そっかー。こっち七個あったのが五個になったから、プラマイゼロだなー」
本日の打ち込み班は武と結衣の二人。互いにあぐらをかいて隣り合う二人はもくもくと穴を埋めてはいるが、力加減の間違いで時折穴を増やす羽目になっているのは、内緒の話である。
そして掃除班に任命された新入社員の二人は、せっこらと厨房の荷物をかき出してはそれを磨きあげている。デュラさんの魔法を使えば瞬時に片付くが、まだ貴重な本やらが埋もれてるかもしれないので、原則室内ではデュラさんの魔法は禁止だ。
そんな朝の作業を続けていると、なにやら結衣が外の異変に気がついた。
「武ー。なんか外賑やかじゃなーい?」
「んー? こんなとこに客来ないっしょー。幻聴だよ幻聴ー」
朝からトンカントンカンと、一定のリズムが耳にこべりついているので耳がもっていかれたのだろうと。なのでたまにバリンッ!と、うっかりミスで壁が壊れたような音が聞こえるのも気のせいである。
「私の耳も遂に来るとこまで来たか……そうね、こんなとこ来ないよね」
「そうそう」
「ヒソヒソ話はヒソヒソするもんだぞお前らー。あとここから出してくれ。埋もれてるよ。お前らのマスター埋もれてるよ。それも昨日から」
なんか積み上げた瓦礫の奥から籠った声がする。
しかしきっとこれも幻聴に違いないので、聞こえてない声として無視する事にした。
「でも……ほら。やっぱり入り口で誰か話してるみたいだよ?」
「んー?」
武はながら作業で玄関口の方に視線をむけると、確かにまだ塞いでいない壁の隙間から、チラチラと人の影が伺えた。
「女の人二人なん。一人は成人、もひとりは子供……かな?」
そう公言するのは、入り口とは正反対の一番遠い場所にいるエルフっ子だ。ニーナの担当している厨房はギルド内で最も奥にあり、その位置からだと扉の外を確認するのはかなり難しそうだが、どうも何故か見えているような口振りをする。
「ニーナ、そこから外見えるの?」
自分達がいる中央付近からだと、二人組というくらいまでならなんとなく分かるが、扉の奥でチラチラと見えている程度では、流石に性別と年齢までは断定できない。
しかしニーナがそう感じとれたのは、どうやら魔法や視力に頼った訳ではないらしく、正にエルフらしい特技のお陰のようだ。
「んーん! 流石に目が良くても扉の奥まで見えないよー。声だよ声ー。なんかビックリしてるみたいなん」
エルフの聴覚は獣人さえも凌駕する。
視力も並外れているが、より特質すべきは数百メートル範囲の音すらも難なく聞き入れる、そのソナー並の聴覚だ。この世界では『エルフは耳で見る』という言葉も存在するほど、その能力は万人周知の事実とされているらしい。
「にしてもそこまで声聞こえるか? 俺ん所でも微かなんだけど」
「私は何となく女の人かなって感じなんだけど、凄いねニーナ。流石はエルフ!」
「むふふん! エルフをナメるでなぁ~……あ、デュラさん! それ壊しちゃダメなん! 後でそこに食器並べるん!」
「む? しかしボロボロだぞ?」
「削ったり磨いたりすれば問題ないん。まだまだ使えるのに壊すの勿体ないよ」
「ふむ……そういうものか。承知した」
武や結衣も、使えるモノはなるべく修理をモットーにしているので、ニーナの心掛けは非常に助かる。デュラさんも文化違いの感覚に時折戸惑っているようだが、意外と真面目にやっているようだ。
そしてそんな事をしている間に、自分達以外で開くことが無かった扉が、掃除した数日を経て遂に冒険者によって開かれた。
「さてさて中はどんなもんかー……ん?」
「おじゃまー……ん?」
実にめでたい偉大な進歩。11日と半日にして、遂に! 漸く! 従業員以外の手によって、ギルドの玄関口が役目を果たしたのである。
しかも来訪者は、武と結衣には見覚えのある金髪の女性と猫耳少女。鎧姿と大剣、猫耳型のフードを被る杖持ち魔法使い。いつの日か我が家に亮平を担ぎ込んで来た、冒険者達だ。
「あれ? フィーネさんとポッツちゃん?」
新生レッドフォックスへの初めてのお客さんは、久しぶりのお客さんだった。
しかし、扉を開けるやいなや、今まで見慣れた筈の景色と違うのか、受付に向かうまでの二人の歩みがかなり遅い。足元、壁、二階、天井へと、視線や首があらゆる方向に踊っている所を見ると、二人の心境は「ここどこ!?」がベストだろう。
辺りをキョロキョロ見渡しながら驚く顔をみると、頑張って掃除したかいがあるというものである。
「「はぇ~…………」」
とにかく気になる箇所が多すぎて、武や結衣の存在にはまだ気が付いていないようだ。
「あの二人って……前におじさん連れてきた人達だっけ? 確かリーフラビットとかいう冒険者の」
「そうそう。挨拶もなくシュークリーム食い始めるくらい寝惚けてたけど、ちゃんと覚えてたか」
「……思い出したくないからヤメテ」
恥ずかしくなって顔を隠すあたり、あの日の一件は一応結衣の黒歴史にはなっているらしい。
「しかしやっと初めてのお客様が来たな~。予想してたよりだいぶ早い訪問で心踊るってもんだ。漸く本来の仕事も出来るぞ!」
忘れかけの本来の仕事は、あくまで受付業務。
冒険者の無事を祈りつつ送り出す、カウンター奥の仕事こそが本業なのだ。
「こんな修繕作業なんか早く卒業した……」
バリンッ!
「……いもんだよな」
じゃないと、自分で壊しては自分で直すという、こんな賽の河原みたいな仕事ばかりだと気が狂う。なるべく丁寧にやってるつもりだが、年季が入り過ぎて想像以上に脆いのだ。
「だー! もういいや! 休憩がてら受付しよっ!!」
「休憩で受付ってのもおかしな話……ってわぁぁぁぁ!!?」
「どした!? 穴が一個増えただけだぞ!?」
突然叫びだし、ワタワタと慌て出す結衣。
そしてまた瓦礫の下から、「穴増やすなよ……」と幻聴が聞こえた気がしないでもないが、武はまったく気にしない。
「こんな埃っぽい服じゃ、私の受付嬢デビューが彩らない!!」
自らの服をつまみ上げ、結衣は後悔の念に包まれる。
別にみすぼらしい格好ではないが、確かに受付っぽい華やかさは服から感じる事はできない。
結衣の格好は、町のどこにでも売っているような普通の衣装だ。その中でもここに来る時は汚れてもいい服や、作業用で動きやすい服装をチョイスしており、オシャレと呼ぶには少し難しい。
「どうしよう!!」
「いや、超絶気にしなくていいと思うけど。むしろバッチリ溶け込んでるといえるぞ? 木を隠すなら森の中。ゴミを隠すならゴミの中だ」
「誰がゴミか!? あと隠す意味よ! 見た目の印象を最重要視してるのどこのどいつだったかな!?」
(俺だがっ!!)
「しゃべれ。せめて」
「まぁ今日は仕方ないじゃんか。初対面ならまだしも知った相手だし、多少の小汚なさは大目に見てもらおうや」
「うぅ……詩織さんが作ってくれた可愛い服とかいっぱいあるのにぃ……」
「諦めろ。受付業務なんかどうせないと油断した結衣の落ち度だな」
「うっ………たまに正論言うよね。次回から受付用の着替えも持って来とかないと」
でも確かに、そのうち職員用の制服なんかもあった方が良さそうだと、武はフムムと考える。余裕が出来たらそっちのデザインも考えるとしようと思っていると、フィーネとポッツは漸く離れた心を取り戻して来たようだ。
「いやぁー……意外と広かったんだなこのギルド」
「まず真っ直ぐ歩ける事に驚きだよね……あり? あぁぁぁー!!」
「どうしたポッツ?」
変化に慣れてきたころに、漸く二人の存在に気がついたポッツ。フィーネが再び差されたその杖の先を辿ると、自分の相棒が何故叫ぶに至ったのかが分かった。
「ほらほら! オッチャンとこの!」
「ん? おぉ? えーっと……タケルさんだったか! ご無沙汰だな」
「はい。お久しぶりですー。やっと気づきましたね」
感動そこそこな再対面を果たす武は笑顔で返事をすると、そのまま社交辞令的に握手をかわした。
「なにしてんのこんな所で二人とも? あ! まさか結婚してついに冒険者に?」
「そうだったのか? 教えてくれと言ったじゃないか水くさい」
「あ、分かります……」
「もういいよ!? 飽きるわそのパターン! 普通にここで二人で働いてるんですよもぉー!!」
どうやらフィーネとポッツは、未だに武と結衣が夫婦と思い込んでいるようだ。武的には絶賛ありがたい勘違いなのだが、結衣は頑なに冗談でさえ受け入れない、そんな鉄壁の拒絶を続けている。
だが結衣の弁明の言葉は汚名を返上するどころか、フィーネとポッツを更に困惑させる事になった。
「ここで? ギルドでという意味か? よりによって!?」
「悩みあるなら聞くぞニーチャン達」
武は二人に肩を掴まれ、犯罪に手を染めそうな人を止めるように心配される。特にポッツに関しては、若干目の潤いが激しかった。