第004話 倉元家緊急会議
「倉元家ッ! 緊急会議を行ぁぁぁぁーーーう!!」
亮平が腕を組み、高らかに声を荒らげた。
普段おとなしめの父親だが、流石に現状況に困惑してるのだろう。右に左に目が泳ぎまくっている。
この異世界に野ざらしにされたリビングの一室で会議とは、一体どんな羞恥プレイなのか。
―――えぇそうですとも。ご存知異世界召喚NOWな訳ですの我々。
「詩織も早く座りなさい!」
「はーい」
そう亮平が妻を急かすと、詩織は獣耳奥さんとの談笑を終えてからのんびりと椅子に腰かけた。そして今度は何やら見た事のない赤くトゲトゲした果実を机の上に並べ始める。どうやら見たところ、それはリンゴの亜種みたいな果実だった。
「これさっき近所で奥さんに頂いたのよー。食べましょー」
「…………」
「……詩織これは?」
「アポンの実ですって。旬らしいわよ?」
「そうか……」
美味しそうな果実と甘い匂いなのはさておき……一体いつ貰ったのか。自分の母親とはいえこの吸収力図り知れんなと、武は関心する。
マジで何処でも馴染めそうだなと。
倉元家の男性陣は理解に苦しむ状態だというのに、女性陣といえば特に気にしている様子もない。亮平と武は視線を合わせると、互いに無言でアポンをシャクリと頬張る。
「ん……うまいなこれ。見た目ヤンキーだけど根は超優しい……みたいな感じだな」
亮平の表現力の無さはさておいて、味はそこそこに美味なよう。リンゴっぽい見た目に反して、マンゴーみたいな果肉の柔らかさと味である。 さっきのスライムを出されるくらいなら、こっちを絞ってジュースにして貰う方が100倍健全だろう。
「どうした武? アポンは苦手な味だったか?」
「いや旨いけどさぁ……味の余韻を楽しむ状況ではないというか……」
やはり武としては無視しきれないのが外の住民の視線だ。
呑気に果実を頬張っている場合と違うのである。
「なぁ……とりあえず場所移動しようぜ親父。町の人の視線がもっ凄い恥ずかしいんだが」
服装もパジャマ。Theパ・ジャ・マッ!!
しかも一人ならず、家族で仲良しお揃い水玉パジャマ。こんなもん異世界前の現実で同級生にでも見られた暁には、武は悶絶して死んでしまう自信があった。異世界だからギリ耐えれるが、それでも恥ずかしいは恥ずかしいのだ。
しかし亮平的にはあまり気になる所ではないらしく、あくまでも会議を続行する気のようだ。
「一応再確認だが、武が何かをしでかした訳ではないんだな?」
「まだ疑ってんのかよ……逆に何をしでかしたら、こんな状況に持って来れるんだ。俺は映画を見てただけなんだぞ」
「ふむ…………詩織はどうだ? こうなる状況に何か心辺りはあるか?」
そんな亮平の問いに、詩織はアポンをシャクシャクと頬張りながら悩みこける。そして数秒考えた後に、何かをハタと思い付いたようだ。
「んーーーーそうねぇ。あ、洗濯にいつもと違う柔軟剤使ったせいかしら?」
それで異世界に飛ばされようものなら、日本はそのうち空っぽになりそうである。なので、亮平は華麗にスルーする事にした。
「そうか、無さそうだな。櫻は…………何故浮いてるんだ?」
「だ?」
「今頃気付いたんかい。つーか、親父こそ何もないのかよ。美人なお姉さんにまんまと騙された宗教教材とか買って、夜な夜な起きては家族に黙って魔法陣描いてたとかさ」
「何に切羽詰まった世界線の俺なんだそれは」
「へぇ~、そうなの亮平さん?」
そんな武の話を聞いて、亮平大好き詩織さんは笑顔で笑う。宗教教材までなら許すが、美人なお姉さんにチョロく騙される夫はけして許さないぞと。そんな事実があった日にゃ、亮平のHPは多分来世分まで削られる事になるだろう。
「目ぇ怖ッ!? 俺そんな事してないからな!? 全部武の妄想だぞ詩織!? 」
「やれやれ……つまり、だーれも心当たりはない訳だ……ハハハ」
結局は予想出来た事が、ただ事実になっただけ。
どこに加害者がいる訳でもなく、やはり家族全員が仲良く召喚されたというのが今の現状のようだ。
「はぁ……じゃあなんだこの異世界に突如現れた水玉パジャマ一家!? 異世界in違和感だよ!! この世界の為になる所か通行人の邪魔でしかないぞ!? 救えねぇ! むしろ救って欲しい今この状況!………あとさっきから痛い!! なにこの嫌がらせ!?」
一家で正常にパニクる武は尚も落ち着かない。
そして武がパニクる度に何故か観衆が沸く。
異世界住民は、未だに一風変わった劇が続いているとしか思っていないのだ。故に、投げ銭が度々武や亮平にクリティカルヒットしたりしているのである。
「やっぱ俺ら異世界に歓迎されてないんじゃねーの!? 可愛い息子の身体がアザだらけになる前に、とっととここから離れようぜ親父ぃ。お袋もそう思うだろ?」
「そうなの?」
「そうなの」
「ここは……痛ッ。俺の家で俺のリビングだッつぅ………だから一歩も痛ッ。動かんッ!! …………痛ッ」
「めちゃめちゃ動いとるやんけ」
―――頑固。
変に頑固ですよ我が家の大黒柱。
残りのローン考えたら気持ちも分かるけども。
でももう払う必要が無くなった訳ですし。
「とは言うけどよぉ……まさかこのままここに住み続けるとか言うなよ?」
武はそう疑問を溢すも、亮平の答えはやはり変わらず。
「まさかも何も、ここ以外に倉元家が何処にあるってんだ!! 帰ってくる場所も出ていく場所も、ここ以外にあるわけないだろう!!」
「イヤイヤイヤ、明らかにこのままここには定住できないだろ? 見てみろこれ! なんの公開処刑だ! 小屋! 家というか見世物小屋だよこれもう! よく分かんないけど既に滅茶苦茶人集まってるし! モニタリングされまくりだよ! バレてるよ! 隠れてないよ! プライベートどこよ!? 」
もっと言えばもうトイレも風呂もない。それぞれが持っていた個部屋もない。雨風凌ぐ屋根も壁も何もない。ここにあるのは野ざらしの死んだリビングだけなのだ。画角を寄せて見れば成り立つ部屋だが、引きで見たらその辺のキャンプテントよりも家としてのクオリティは低い。
だがそれでも、亮平の意見はやっぱり変わらないらしい。
「ならば今日からの家訓だ。プライベートはさらけ出すスタイルでいこう」
「ヤダもう公式に家出したい……」
「あら反抗期? いいじゃない!」
「お、反抗期か? いいね!」
「思春期を喜ぶな変人夫婦共」
しかしまぁ、武とて親父の言い分が勿論分からない訳じゃない。苦労して建てた家をそう簡単に手放せる訳がないのも重々承知だ。今の今で決断するにはあまりにもこの家に思い出が多すぎる。
いや実際問題、しみじみと懐かしみを思い出せそうな部屋の殆どは既に消失しているのだが。
「世間の目線など気にするな。倉元家の長男がそんなヤワでどーする!」
「世間の目線を直で浴びるのはきちぃよ……仮にこのままだとしてもこの先どーすんだ…………よ?」
さて、どう説得したもんかなと。もう最悪、さっきのスライムをまた口にねじ込んでやろうかと画策した矢先の事。先ほどまで賑わっていたギャラリーの、ザワつきの質が変わった事に気がついた。そしていつの間にか多くの人はこちらではなく後ろの方を向いており、一塊だった群衆は次第に真ん中から割れるように分断されてゆく。
「はーい退いて退いてー」
やがて声を上げると共に割れた群衆の中から顔を出したのは、黄金色の長い髪を揺らす女性を筆頭とする計三人の勇美な女性達だった。そして一番前にいる女性に限り、綺麗な装飾をあつらえた立派な両刃剣を腰に据えている。
そんな女性が今、剣に手を置き軽く体重を預け、不思議そうに見上げる形で確認したのは、謎の建築物の中で謎の統一柄の服を着ながら団欒しているようにも思える怪しい人物達だった。
「これか……? なるほど。確かに未申請の建造物だ。さっき嫌に光ってた場所もここか?」
青を基調とした軍服っぽい格好で、どうやら服装的に見回りか警備兵……といった所か。その表情はあまり穏やかな様子ではない。それは後ろに控えている二人の女性も同じだった。
同じく軍服っぽい服ではあるが、見た感じ上司と部下!といった感じだ。こちらも共に女性のようだが、歳はかなり若いように思える。
一人はドレッドヘアで軍服をラフに着飾る女性で、身長は子供のように随分と小柄。褐色の肌も日に焼けたものではなく、恐らく人種的なモノだろう。
「んん~? さっき巡回した時は無かったッスよねぇ? こんなの。はーい皆どくッスよー! これ以上たむろするとしょっぴくッスからねー」
「住民の話では急に現れたとか何とか。いずれにしても迷惑行為に変わりないですね」
もう一人はキチッとした着飾りで眼鏡をかけ、何かを記録する用の本を片手に持っているあたり、真面目タイプの女性のようだ。きっと淡々にモノを語るタイプの優秀キャラに違いない。
そして軽いブーイングを溢す群衆を大方散らした所で、遂に上司であろう女性は正式にこちらに向けて声を張り上げた。
「諸君! 一体何なのだこの建物は! 君たちはここで何をしているんだ!」
ビシッと問い詰める警備さんの腕からついでに伸びたのは、野菜や肉を切るには少々大きすぎる長い刃物。現実世界ではお目にかかる事のなかった、剣と呼ぶに相応しい本物の武器だった。
「………………ッ」
その構えた刃の先に、倉元家の主が居た。そしてその緊張感の溢れる言動を前にして喉をゴクリと鳴らし、亮平はゆっくりと椅子から腰を上げると
「そこの男!! 答えよ! 一体これは―――――」
「ひぃぃぃぃ!! 命だけわぁぁぁぁ!! 何卒ご容赦下さいぃぃぃぃぃ!!」
それはそれは綺麗な土下座をかました。
「まさか親父のこんな綺麗な土下座を見れる日が来ようとは。なんだろうねこの複雑な感情は」
実の父が息子の前で土下座をする。
思いの外辛かった。
そしてそんな高速土下座にうろたえる人物がもう一人、何を隠そう剣を差し向けた張本人である。
「え……いや……命までは取らんから、ここで何をしてるかを教えて頂ければ……」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいぃぃぃぃぃ!」
「いやだから……その理由をだね……」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
―――アカン。
親父が思ったよりポンコツである。
倉元家当主、結構ヤワである。
「わ……私そんなに怖いか?」
ちょっと傷ついたっぽい軍服お姉さんは、心なしか涙目だ。そしてそんな思わぬ過激な反応に肩を落とす上司を励ますのも、勿論部下達の仕事の範疇である。
「大丈夫ッス! 姉さん今日もかっけぇッス!」
「今日も変わらず男らしいです。問題はないかと」
「いっぱしの乙女には辛いフォローね………」
どうやら上司のお姉さんは、見た目と裏腹に繊細なハートをお持ちらしい。
―――すいませんねうちの親父が……。
こっちも結構豆腐メンタルなものでして……。
しかし方や小刻みに震えて、方や肩を落としてますが、一体これは何の時間なのか。
まぁ向こうの人達にとっても、当然この野晒しリビングはよくある事では無いのだろう。かなり興味ありげだが、同時に動揺も隠せていないご様子。
「すいませんすいませんこの家建てるのに相当背伸びしたんですよ俺。だってほら同級生の『やっちん』とか『とむ坊』とか20代で家建てたしですね、老後も考えてバリアフリーとかにもしたわけですし、いやまぁ今となっては段差どころか壁やら二階やらもごっそりなくなってしまった訳ですけれども―――――」
とりあえず警備兵から亮平にチラッと視線を向けると、動揺に関しちゃこっちの方が1枚ほど上手らしく。黙々と喋り続けながら通知機能ばりに震えてらっしゃるので、一先ず武は情けない親父の代わりに質問に答える事にした。
「エットデスネ……」
武は初手でうわずった。
「あぁぁぁぁぁ! 今の無しで! ヤダなにこれ恥ずかしいヤダぁ!」
冷静に他人の分析をしてる場合じゃなかった。
豆腐メンタルを引き継ぐあたり、そこはちゃっかり親子である。
「「「?」」」
勝手に悶絶する変な少年に少々困惑気味な警備兵たちだが、武は咳払いを1つする事で今の失態は一旦無かった事にした。
「こほん……ここで何をしてるかと言う事ですが、それについてはこっちも整理したい事が山々な所でして。なんと言うか……そのぉ、えっと……とりあえず住まわせて貰ってました……かれこれ十数年ほど……」
嘘ではない。
物心ついた時から既にこの家でスクスク育った訳で。
「十数年だと?」
「まぁ……現状の説明ではそうなるかと……」
何してるかと言われたら、住んでましたとしか言いようがない。こちら側としても衝撃の事実なのだが、警備兵達はすっごいバカにしてるような冷ややかな目を差し向けてくる。
この説明で納得出来る人がいたら武としては万々歳だが、これは多分、見た目通りの返答を言われるに違いない。
「……バカにしているのか?」
「ほらごらんなさい」
「何が!?」
「いや、バカにするようなそんな余裕あったら幾分か気分もマシだったかもですね……はぁ……」
こちらの世界に来てからというものの、この家のリビングには負のオーラしか漂っていない。
ここを最早リビングと呼んでいいのかは不明であるが。
軍服さん方も、勝手に沈んでいく男性陣に少々戸惑ってらっしゃる。
「姉さんこれどーゆー状況ッスか? あとあの四つん這いポーズはなんなんですかね」
「私が聞きたいわね……で、少年。先ほどから止まらない小言を喋りながらそこで震えてるのは、そのぉ……君の父で良いのか?」
「恥ずかしながら」
衣服も証言も建造物の何もかもが、こちらの世界にとっては全てが謎。どうして良いか分からない度合いは案外ドッコイドッコイである。
そしてそんな未経験な事態を前に、三人のお姉さん方は何やらヒソヒソと会議を始めたようだ。
「ここに住んでるって、何か事情があっての虚言でしょうかね? あと結構しっかりした作りですよあの小屋。技術はかなり精巧ですね」
眼鏡をかけた女性がまず素直に驚いたのは、建物の構造だった。この辺りではあまり見た事がない妙な作りをしており、露出した柱にしても神の御業と思えるくらいに直線的で美しい造形だった。
内装のデザインにしてもかなり前衛的な作りをしており、それだけで違う国の文化をヒシヒシと感じたくらいだ。
「んむぅ、身なりも随分変だが………奴隷の類いではないだろうな。逃げ出したにしては容姿が綺麗すぎるし、緊張はしていたようだが言葉遣いの奥に品性も感じられた」
「確かに」
「それに未だに口を挟まないご婦人は茶を嗜むくらいに余裕がある。この状況で平然としているのはよっぽどの胆力だぞ」
「え、じゃあまさか貴族ッスかね……?」
生まれてこの方まだ貴族を見たことがない褐色肌の女性が恐る恐るに尋ねるも、上司の女性はその線は多分無いだろうと首を振る。容姿や身なりだけに注力すれば確かにあり得た話だが、仮にも貴族である一家の主が平民に頭を擦り付けるなど聞いた事がない。
「まさか、貴族がこんな片田舎に住むものか。そんな勘違いをしたら今頃私達の首は飛んでいる」
「恐っ!!」
「『達』ではなくレインさんだけですけどね。あの弱腰の謝罪の時点で私も違うと確信はしていますが、刃向けたのはレインさんだけですし」
え、うそですやん……と。
レインは無情な切り離しを行う可愛い部下に、呆れた視線を投げ返す。
「……私の事敬ってるよね? 生きるも死ぬも一緒よね?」
「ケースバイケースです」
「私は生きる時だけお供するッス」
「聞きたくなかった」
悲しいかな。
彼女達も一枚岩では無かったらしい。