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第039話 レッドフォックス

 結衣の言うとおり数秒後には、フードでスッポリ頭を隠して直射日光を遮る形でアイリスは静かになった。ただしまだモゾモゾと動いているので、継続的な微量のダメージは受けているようである。


「意地でも寝るとは逞しいな……」


「今更でしょ。ほらほら! 早く次の荷物降ろすよ!」


「うーい」


 とりあえず一階に降ろした年季の入った家具たち。

 汚いのは間違いないが、意外な事に壊れてる箇所は大してない。机やボードは、磨けばまだまだ現役として使えそうだ。この見るからに金回りの悪そうなギルドで一から買い揃えるには、お金もかかるし嬉しい誤算だ。リサイクルは大事なのである。


「目立った故障がないヤツは、とりあえず一階に纏めとこうか。原形もよく分からん……こんな壁の修材にもならなさそうな板切れとかは、後日に外の廃材と一緒に捨てようかね」


「おっけーい! この調子でじゃんじゃんいこーう!」


 そう言う結衣のやる気は全く衰える様子がない。ここまでかなりの数で階段を往復している筈だが、その足取りはまだまだ軽そうだ。


「なんやかんや結衣って結構足腰強い方だよな。体力も結構あるし」


「ふふん! これでもテニス部でブイブイ言わしてたもんでね! そんじょそこらの小娘には負けんぜよ」


「そっか。じゃあ肩に乗ってる黒光った虫も大丈夫そうだな」


「イヤァァァァァァァーーーーーーッ!!?」


 小娘には負けないが、小虫には負けるらしい。


 そんな小ハプニングもありつつ、その後も作業は順調に続き、一日かけて二階はかなり片付いた。おかげで一階とアイリスは再び埋もれる事になってしまったが、それは明日にしようと諦める。悲しいかな、疲労困憊の状態ででギルマスがどこに埋まってるのかを捜すのは、武にとって特段優先すべき仕事ではなかった。


「ふぃ~……自分を褒めたいくらいだわ。よくこれだけの荷物を降ろしたもんよ」


「まだ半分くらいだけどなー」


「でも掃除して一番の収穫あったじゃん! 本はあんまり無かったのは残念だけどさ」


「確かに。これは大収穫だな」


 二人が嬉々として見つめる先。

 今日一番の収穫は、ちゃんと座れる椅子を発掘した事だろう。


 同じ装飾の施された椅子が三つ。脚もあれば背もたれもある。見えてる限りあと数脚はありそうだが、とりあえず間近に埋もれた三つを無事に救出した訳だ。


 一階と違って二階には家具がかなり多い。二人で運ぶのは難しい大きなテーブルも逆さまだけど置いてある。なのであと数日もすれば、これらの家具を置き直すだけでも、少しはギルドらしい空間に出来そうだった。


「あぁー……座れるってこーゆー事よねぇー……普通ってさいっこうだわ」


 結衣はさっそく見つけた椅子に座り、受付カウンターに項垂れる。隣に座る武も勿論同じ体勢だ。


 ベンチと受付で寝ても問題ない時間が生じる、この悲しいギルドの実態たるや。そんな虚しい数秒間を武と結衣の二人は感じつつ、互いに沈黙で顔を埋めていると、丁度良く外からも作業終了のお知らせが聞こえてきた。


「タケルー! ユイー! 草刈り終わったーん! おぉ! こっちも綺麗に片づいてるん!」


「思ったより時間がかかってしまった。申し訳ないタケル様」


 窓からひょっこりと顔を出す二人は、気持ち各々にやり切った表情をしている。ニーナに関しては実に爽やかだが、デュラさんにしてみれば、自分の手際にあまり満足はしていないようだ。


「お、二人ともお疲れさーん。結構広くて大変だったろ?」


「んーん! 我が家に比べたら全然だったん!」


「流石森っ子エルフは頼りになるな」


「えっへん!」


「明日も問題なければ続きを頼むよ」


「明日? でももう刈るとこないよ?」


「え?」


 そんな馬鹿なと。

 武は腰を上げて、こてんと首を傾げたニーナが顔を出す窓から外を眺める。するとそこには、綺麗見事に開けた素晴らしい空間が広がっていた。


「ははっ……マジか」


 細かい場所までとても綺麗に整地され、ちょっとした公園よりも広い。どうやらたった一日、たった二人きりで、外の作業を終えてしまったようだ。


 武の後から遅れて窓を覗く結衣も、見変わった景色に驚いている。


「二人ともすごー!! 私達の草刈りほぼ無意味じゃん!!」


「だよなぁ。想像以上に驚いた」


 一日であれを片付けるとは、やはり魔法は便利だなと、武は素直に感動を覚える。デュラさんもなんやかんやでちゃんと手伝っているようで、余計な心配もなさそうだ。


「てへへ。でもホントは、もう少し早く終わる筈だったんだけどね。天気が良いからちょっと日光浴しちゃったん」


「一日中寝てる虫もいるんだ。日光浴くらい幾らでもしてくれ。デュラさんも、好きな時にマンドラゴラしてくれていいからな」


「むぅ……タケル様も意地が悪い」


「ハハハ」


 そんな冗談も交えつつ、折角なので二人が頑張った庭を間近で体験しようと、武と結衣は裏口から外へ出る。ここの扉も何気に開かなかった筈なのだが、ニーナとデュラさんが綺麗にしたお陰で、問題なく使用出来るようになったようだ。


「すごーい!! こうして見ると結構広かったんだねー」


「こりゃ日向ぼっこしたくなるのも納得だな」


 同じ場所の筈なのに、奥まで見通せるようになると、随分と印象も変わっていた。穴空きの壁とはまた違った意味で、風通しも良くなったようである。


「にしても大量のゴミと草はどこいった? どっか捨てに行ったのか?」


 廃材の引き取り業者はまだ呼んでいない。なんせ週の中日はお休みなのだ。よって自分達が出した大量の瓦礫も纏められていた筈なのに、どういう訳かそれも綺麗さっぱり無くなっている。


 だがどうやら、そんな問題も容易く解決出来る職員が、偶然にも存在していたようだ。


「僭越ながら、私の消失魔法で全て異空間に飛ばさせて貰いました」


「マジかよ……やるなデュラさん……」


 武に誉められ、デュラさんは心なしか嬉しそう。

 とはいえ、滅茶苦茶怖い魔法を凄い無駄に使った気がしないでもない。


「まぁいっか……それにしても全然見栄えが違う!! ちゃんと地面の石畳が見える!! 外壁も地面との境界線がしっかり見える!! あとは穴を埋めてやれば全然オッケイ!! グッジョブ二人とも!!」


「「なんのなんの」」


 と、照れつつ手を振るニーナ&デュラさん。

 互いの親睦もこの1日でそれなりのようだ。


「あ! そうだ! こっちも見て欲しいん! ほらほら! キツネが出てきたんだよー!!」


 照れ終えたニーナが何かを思い出したのか、武と結衣の手を掴み、玄関口へと小走りで案内する。


「「キツネって??」」


「うん! ほらっ!!」


 手短な先導を終えたニーナは、ジャジャーン!!と両手を広げて玄関口の辺りを二人に見せるも、特にキツネの姿は見当たらない。


「どこ?」


 もしやエルフと人間では、キツネに対する認識の違いがあるのか?……と武は思考を巡らせるも、その考えは早々に無駄となった。


「わぁ! 可愛いね!」


 どうやら、結衣はキツネを見つけたようである。


「え?どこっ!?」


 結衣が後ろでそう言うので武は再び目を凝らすが、やはりどこにもキツネは見当たらない。


「これはあれですか? もしや心が荒んでると見えない的な、そんな神聖な動物だったりするんですかね? 神社とかでも狐は神様の使いだって言うし……え、俺のハート薄汚れてんのかな!? 全然見えねぇぞ!?」


「そんなの今更でしょうに。ほらほら、もっと下がって見なよ」


「そーそー! タケルは視野が狭すぎなーん!」


 ニヤニヤと優越感に浸る結衣とニーナにグイッと袖を引っ張られて数歩後ろへ下がって見ると、遅ばせながら武も漸くキツネの姿を拝む事が出来た。


「ととっ……? ん? おぉっ!! 本当にキツネやんけ!!」


「「ね?」」


 三人で見上げる先。 

 ギルドの玄関口である巨大な木製の両開きの扉に、赤黒く描かれた動物のシルエットが入っていた。これは確かに、二枚合わせで一枚絵になる、巨大な赤狐だ。


 こんなギルドには、なんとなく名前なんて無いと思っていた武だが、ちゃんと丁寧に名前まで掘り込まれていた。


ー『RED FOX』ー


 それは反転されたミカガ文字。

 その名前ギルドネームは、キツネが大切に抱き込むように刻まれている。


「なんだちゃんと名前あったんだな。結構格好いいじゃんか」


 武は正直、センスは悪くないと思った。

 有か無しかで言えば、全然有り有りだ。下手にドラゴンとかが描かれているよりは、実に武好みなデザインである。


「なんか……うどん食べたくなってきた」


「だよな……俺も厚揚げ食いたくなってきたもん」


 これも日本人故の反応か。赤い狐という言葉は、二人の口の中を懐かしさで恋しくさせる。これはまた、詩織に作って貰うレシピが増えそうだ。


「うどん? 何ソレ? たべものなん?」


「あぁ。うどんは滅茶苦茶旨い……紐だ」


「紐!? 紐食べるん!?」


「あはは。大丈夫だよニーナ。ツルッといけちゃうんだから」


「むむむ……長いモノが好きなんかな。人間はつるも食べるんか……すごい……」


 ニーナはまた一つ賢く(?)なった。


「これ他に、緑のたぬ吉とかいうギルドもあったりしないかな」


 あれば是非とも懇意にしたいものだ。


「でも何か良いな。何か狐に見守られてるって思うと、余計に綺麗にしたくなってきたよ」


「確かに。ちょっと気は引き締まったかも」


 とりあえずこれからお世話になる狐に謝罪と感謝を込めて、武と結衣は二拍手で手を合わせてお辞儀する。その不思議な行動に首を傾げるのは、ニーナと、その脇で眺めるデュラさんだ。


「二人ともどしたん? 頭なんか下げて」


「うーん。なんとなくかな? ご利益ありそうだし」


「あと謝罪だな。今まで汚してすんませんって事だ」


「ほう、それは面白い文化ですね。では私も真似るとしましょう」


「私もするーん!!」


 ギルド―――――レッドフォックス。

 マスター1名。従業員4名。

 気持ち新たに稼働開始!!

ー ニーナとデュラさん ー


「デュラさん、頭持ったまま草刈りできるん?」


「愚問だな。片手で出来ずして何がデュラハンか。見ているがいい! ふんっ!!」


「おぉ! 凄い魔法なん!! ゴミが消えちゃった!! ねーねー! 私のことも消せる!?」


「当たり前だろう。タケル様を侮辱したら、貴様もただでは済まさんぞ? クックックックッ」


「すごー! ねぇねぇ! やってみて! ねぇ! 消してみて! 消えてみたいん! ねぇ! 一回だけ!」


「え? いや……ちょ……危ないから……ちょ!? 命を粗末にするなぁぁぁ!!」

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