第036話 みっけ!!
この世界で魔王1体、そして同時期に生まれたとされる魔女1体……が、一般的に最重要討伐リストとして掲げられている。
といっても、実際に討伐に出向く者はほとんどいない。何故ならどの書を見ても、力の差が歴然過ぎるのだ。万を投入する軍を、個で亡き者とする……それが、魔王と魔女なのである。
しかし何冊かに目を通した記録と、埋もれたデュラハンの発言からするに、魔王は1体でないように思える。無論、魔女もしかりだ。
「何故そう思う?」
「王って別に一人じゃないだろ? 魔族にも派閥があるんじゃないかと思ってな。昔の記録帳とか読んでると、魔王の特徴にバラつきもあるんだよ」
勿論明確に違う種であると断言した本は今のところない。なんせ、武はまだ数冊しか読んでいないのだ。
帝戦記、レンカーヴァの魔獣生態図鑑、世界図、オリオン、そして3冊の厚い記録帳。
その中でも記録帳は王都により発行された本で、ギルドに等しく配られる物らしい。当時の新種の情報やその分布図、討伐記録等が記されている。
しかし討伐済、討伐不可程度かつ文面のみで、魔獣の姿図などの絵の表記はない。その辺はレンカーヴァの図鑑と照らし合わせで大体は確認する事ができた……が、この記録帳は冒険者が記した物を国が回収して清書されたファイルであり、真実であって真実ではない……と、武は読み取った。
魔王の記述は、どれも漆黒の翼を持ち全身を覆い隠すローブに鋭い眼光……と、一見してどの書も共通。だが、目の色、体格等に細かな違いが見られた。
黄金の尖眼、深緑の瞳、眼前で混じりそうな角、裂けるような大口、その他目撃された場所や寒暖の時期などなど。魔王の恐ろしさを表現するのに用いられる文字の羅列は、異なる情報の統合記録故の曖昧さを生んでいる。
「結衣が読んでる伝記では、魔王の姿が山羊の化け物みたいだった。羊も角あるけどさ、どっちかっつーと牛だろお前」
玄関にいるこれは、山羊と牛の2択クイズなら全員が牛と答える自信がある。魔王と呼ばれるこの石像は、武の知っているモンスターに当てはめるなら、ミノタウロスが一番しっくりくるだろう。
一方の山羊の魔王も角はあるが、側頭ではなく頭頂付近から角は生えている。記録上の眼前で交わりそうな角は、この山羊の魔王には当てはまらない。
「書に書かれていること全てが正しいとは思わないがな」
それは当然だ。
魔王も全てをさらけ出してるとは思えない。
「そりゃね。ただ伝記は着色あるにしても、冒険者の記録は今後の生死に関わる情報だ。些細な事も書き記すのが何よりも重要だろ? 逃げるにしても、倒すにしても、相手の情報はひとつでも多い方がいい」
では何故些細ながらも違った情報があるにも関わらず、魔王複数体説及び変身説が生まれずに、それが広く出回らないのか。
それは個の驚異で手に余る魔王を複数いると認めた場合の兵の士気力、そして国民の平和意識の目に見えるまでの低下、それらを恐れた結果かもしれない。そうなれば実的被害も勿論だが、混乱の一言では済まされない無重の圧力が全土を覆うだろう。
ならば意図的な情報の改変は、当然あるといえる。
知るより知らない方がいいことだって、世の中にはいくらでもある。それは武の人生でも、何度か経験していることだ。
「我らからすれば、貴様らゴミの情報は別に大した事ではないがな」
王たる振る舞いで武の案を蹴落とす。
眼下で腰据える青年を鼻で笑うが
「でもお前討伐されてんじゃん」
「…………」
見も蓋もない発言に、魔王の見下す目が泳ぎまくった。
王たる振る舞いどこへやら。
その大したことない筈の情報から討伐されたので、見事に打ち負かされた。完全に沈黙してしまったので、武は流石に可哀想に思い謝罪した。
「……ゴメンな」
「……許そう」
意外と優しい魔王様。
「とまぁ、本から予想したっぽく言ったけど、実はほぼ核心あってこんなこと聞いたんだけどな。知識欲の一環だからまぁこれは今はいいわ。本題はその核心を聞いた奴のことなんだよ」
聞きたい事は山ほどあるが、別に冒険者でもないし危機を伝えるような冒険者もギルドに来ないので、急ぐような情報でもない。これからもたっぷり時間はあるので、要所要所で情報を絞り出せばいいのだと、武は回りくどく本題へと移った。
「ほう?」
「実はお前んとこのデュラさんがギルドで体無くしてマンドラゴラになって酷く底辺生活送ってんだけどあれの体どこにあるか知らね?」
「言ってる意味が恐ろしくサッパリ分からぬゴミよ!?」
折角早口でギュッと絞って説明したのに、武の努力は実を結ばなかったようである。
「耳の穴詰まってんじゃないだろうな?」
「石だからな。今はギッチリしておるわ」
そうだった。
「んーと………デュラハンて知ってるか? 向こうはお前の事当然知ってたけどさ」
「デュラハン?……あぁ首なしか。あやつなら我が作った殲滅隊の隊長ゴミだ。使役する部下では非常に優秀な奴だが」
「何だ隊長ゴミって」
しかし、やはり知っていたようだ。こいつはデュラさんの言うとおりの魔王であるらしい。
「そっか。やっぱあいつの言ってた通りなんだな」
「せ、殲滅隊ぃぃぃッ!!? とか驚かないゴミか?」
「物騒な名前だけど詳しくは知らんし、今は興味ねぇのが本音だな。聞いたら飯の時間逃しそうだし」
「我が言うのもなんだが結構名の知れた奴らぞ?」
驚かない事に驚いてるところを見ると、本当にそうなのだろう。しかし魔族が何を殲滅するのかは、想像に容易い。
「俺らが異界の者ってこと忘れてんぞ、デミオン」
「何故その名をッ!?」
「デュラさんから聞いた」
「…………口の軽いゴミめ」
「んでそのデュラさんがさ、うちのギルドでマンドラゴラやっててな?」
「なんでっ!?」
「……第二の人生的な?」
「……えっ。我の殲滅隊のリーダー、マンドラゴラしてるの?」
実の部下が急に植物やってたらそりゃ衝撃だろう。
しかも隊長という、それなりの地位クラスの家臣だったらしい。
「まぁお前も俺んちで石像なってるし、この現状を聞いたらあいつもショック受けると思うが……。んでな? あいつ今体無いんだけど、作ってやれねぇのか? なんか手伝う気満々だから、戻してやりたいだけどよ」
「貴様らの手伝いだと? あいつがそう言ったのか?」
「むしろ手伝わせてくださいー! な感じの勢いだ。間もなく第三の人生始めようとしている」
「……落ちたものだな」
「そうだな。我が家で石像やってるお前も全然他人事じゃねぇぞ?」
因みにデュラさんが逆らったら、アイリスにしばいて貰う手筈である。そういう所は容赦なく人頼みだ。口約束ではあるが、まがなりにもギルマス。可愛い社員は是非とも守って頂きたいと思う武である。
それでなくとも角材で多少は埋めれので、武でも何とか出来る気がしないでもない。
「ククククク……我に出来たとしても、貴様らゴミに協力する理由はないな。だがもし本気で我に手伝って欲しいのならば、あの魔女に言ってこの封印を……」
「あ! あと馬とかも出してくれよ。なんかデュラハンっぽいし」
「おぉ……続けるゴミか。流石魔女のゴミ息子。図太いゴミ精神だ」
「一応褒めてくれたんだと受け入れてやろう」
「はぁ……体は戻せぬな。作る体に魂ひとつ。あいつがまだ消滅せずに存在しているのなら、あいつの体は一つきりだ。予備も複製もゴミもない」
「ゴミ無いとかエコかよ。でも魔王も案外摂理守ってんのな。もっと手段は問わないもんだと思ってたが……お前ホントに魔王か?」
「たわけがっ!! 殲滅隊は、我の魔力を直に分け与えた腹心なのだ。1度魂を抜き取ってやれば、別のデュラハンは作ってやれるぞ……ゴミ」
どうやらデュラハンは他の魔族とは違う存在のようだ。
しかし……
「そゆとこは魔王っぽいな。でもそれじゃあ、あいつ報われねぇじゃんかよー。お前の事すげぇ崇めてたぞ?」
本人は1000年で朽ちるつもりだったみたいだけど。
でも慈悲というのか、何も無いのは少々可哀想だ。
「……でも我も、頭と体が分離して生まれるとか、ゴミ予想外だったし」
「……ん?」
軽くは聞き流せない魔王の小言に武はやや困惑し、思わず体を引き起こし前のめりになる。
「生まれたのが予想外って何だよ?」
「うむ。暗黒騎士でも作ってやろうとしたら失敗してな。なんかデュラハン産まれちゃったのだ……ゴミが」
(それだとデュラさんがゴミっぽく聞こえるよ!? いや仮に意図的に付けたならもう、それは……失敗作? え……なるべくして生まれた訳じゃねーの? なにこの救えない話ッ!!)
「ほ、本人に言ってやるなよ? そのエピソード……」
これには流石の武も同情が止まらなかった。
「うむ……流石にそこまで非情にはなれなかった。貴様の言う通り、すっごい忠誠心だったゴミし」
「ゴミしってなんだよ……じゃあ自力で見つけるっきゃないのかー……ほぼ無理だなこりゃ」
どうやらデュラさんの、生涯マンドラゴラ計画がほぼ決定したらしい。無念すぎる結果だ。
「だから魂を抜けば簡単だと言っているだろう。我としても忠誠心を貴様に捧げるようなら、直ぐにでも葬りたいところだ」
「魔族ってのは愛がないねぇ」
「愛あってこそよ。離反は他の部下にも示しがつかん。子に過ちを教えるのが、親の務めというものだ」
「こういう価値観の違いで戦争って起こるんだろうなぁ……まぁとにかく、無理って事が分かっただけでもいいわ」
「な、なんだ……もう聞きたい事はないゴミか?」
「魔王が寂しがるな」
一段落の話を終え、若干の物足りなさにいじける魔王を放置して自分もリビングに行こうとした所、丁度亮平が仕事を終えて帰って来た。
「ただいまぁ……今日も頑張ったぞ俺ぇ……」
甲冑はボロボロで全身は泥だらけ。普通なら驚く所だが、帰る時はだいたいこの様子なので今更武も驚かない。そして武は亮平の後ろをチラりと見るが、残念な事に今日も一人のようでガッカリと頭を落とす。まだ一回しかご対面していない美人剣士と猫耳少女に会いたい武だが、ちょっと町外れにある家だと流石に頻繁には顔を出して来ないようだ。
「おかえりー。毎度満身創痍で大変そうだな冒険者って。今日もエリンケルさんとこの依頼?」
エリンケルさんは肉屋の主人だ。
どうやら魔獣の討伐依頼を、定期的にフィーネ達に直接頼んでいる関係らしい。エリンケルさんは報酬プラス、加工した美味しいソーセージもくれるので、割りと有難い依頼主なのだ。
因みに、勿論ギルドは仲介していない。
「そーそー。今日はいつになく大変でな……死にかけた」
今日だけどころか、いつも死にかけている気がする。
毎度無事なのは、フィーネ達の助力が大きいのだろう。
ただこの袋一杯のソーセージだけは、大の肉好き妖精であるリリィが喜びそうだ。
「新調した鎧が勝手に動いて、マジで死にかけたんだよ今日……呪われた武具かもしれんぞこれ」
「勝手に?」
武が改めるよてく見ると、確かに武具が少し新しくなっている。呪われた武具とは、武なんかそそられる物があるな……と。ちょっと怖いが、武は玄関で甲冑を脱ぐ亮平の装備を、手に取ってまじまじと観察してみた。
「んー………見た感じ普通っぽいけどなぁ……」
ちょっと重めな黒鎧。
新しく買った防具かと思ったが、結構年期が入っている上に、以前使っていた人が受けたであろう古い傷が、生々しく刻まれている。恐らく亮平は、中古で買ったのだろう。
「異質な感じは特にしないが、怨念とかでも宿ってるのか?」
「ん? おい、貴様それは……」
「お前何か知ってんのか? もしや昔作った防具と…か……ん? 内側に何か書いてんな。なんだ?」
「…………」
武が注意深く見ていると、甲冑の襟元に何か文字が書かれている事に気が付いた。しかし、少なくともミカガ文字ではない別の言語らしく、読み解くのはかなり難しそうだ。
「古代言語とかで呪いの呪術でも刻まれてんのかな」
この他に文字は書いていないか、武はそぉーっと顔を近づけて確認してみる。
「んー………ん?」
すると、どうやら一部だけではあるが、生産者と思われる文字は読み解けそうで、目を細める武は黙してそれを読み上げた。
ー NO.01 デュラハン ー made in maou ー
「…………みっけ!!」
運命って、意外と簡単に転がっているもんだな……と思う武であった。
ー 亮平と商人 ー
カランコロンカラーン♪
「防具防具ーっと……うーん全部高いなぁ……」
「何かお探しで御座いますかな?」
「初心者向けで安くてカッチョいい防具ないです?」
「ソナタ……人とは違う臭いがするな……もしや選ばれた……いやまさかな」
「えっ」
「暫しお待ちを………もしやと思うが………」
ガサゴソガサゴソ
「ワクワク」
「これを着てみるがいい。まぁ着れんだろうが……なんと!? 着こなしおった! これは神のおぼしめしかっ!?」
「……お、お釣要らないんでこれください! 絶対これで!」
カランコロンカラーン♪
「……ひゃっほ~い! やっとうるさい鎧が売れたぜ! うひょぉぉぉぉぉぉぉ!」