第035話 玄関での一幕
2025/04/19
35話を二重投稿してました。
すいませんm(__)m
「「ただいまぁー」」
出勤を終えて二人で帰宅。
家の奥からはおかえりーと声が聞こえ、家庭的な匂いにスンと自然に鼻も鳴る。肉が出るのは間違いなさそうだ。
現倉元家はバラスティア国ヤマダ町に居を構え、商店街、住宅街を抜けた森の一角に佇んでいる。
木造ではあるが、日本風ではなく別荘のようなログハウスであり、石造主体のこの街では少しばかり珍しい家だ。ここら辺は詩織の趣味とセンスにおける産物だろう。
高台に位置する為ギルドからの帰宅時は、やや勾配のある坂を昇る事になるが特段苦という訳でもない。この世界の移動手段である竜車は地味に嫌がりそうな斜度ではあるが。
高校時は片道1時間30分はかかるアップダウンのある道のりを、自転車で毎日通学していたのだ。中心街まで徒歩20分程度で行けるのは楽と行っても言い過ぎではない。
一方結衣は徒歩20分程度で通学していたらしいので、生活のリズムは特に変わっていないらしい。朝起きるのが武よりやや遅いのは、この差にあるのだろう。
ギルドの掃除と修繕はそれなりに順調で、作業人数二人にしては頑張っているのではないだろうか。
草刈りは全体の1/10くらい刈り込み、室内は雨の日メインでしかしていないのであれだが、玄関扉からホール、受付までの道は瓦礫を掻き分けて確保。
掃除出来ない人の部屋の片付け方みたいな状態だが、運よく入って来たお客もとりあえずは受付まで足は運べるようになった訳だ。床が抜けたらまぁ……それは愛想笑いとかで乗り切るしかない。
「今日も誰も来なかったねー」
上がり框に腰を据え、靴を脱ぎながら結衣が本日の感想を述べる。といっても録音してるのかと思うくらい、ここ数日は同じ感想だ。ただ別に残念という訳でも皮肉という訳でもない。ただ靴を脱ぐ一連の流れ、これで仕事からプライベートへの切り替えといった感じである。
「お陰で掃除は捗ってるけどな。嬉しいやら悲しいやら」
今日もぐっすり寝れそうだ。
そして腰を据えた頃に、帰りを待っていた櫻達がフワフワとリビングから飛んでくる。
この光景だけでも疲れが吹っ飛ぶというものだ。
「りぃー!」
「ぷわぁー!」
「お疲れ様ですー」
ブッブに跨がる櫻は万歳をし、ブッブは尻尾を小気味良く振りながら、リリィは自然に手を振るように宙を漂い駆け寄ってくる。
詩織手製の皮鞍にチョコンと座る小さな竜使いと側近の森妖精。この光景に飽きる訳もなく、結衣の鼓動は仕事時より激しさを増す。
「天使か……ハッ! こんな汚い手で触ったら櫻ちゃん達が病気になっちゃう!」
ハグしようとした手を引っ込め、結衣は驚異の瞬発力でそのまま洗面所へと駆け込むと、あるはずのない洗濯機のような音がバシャバシャと聞こえる。
その後、ウッシャー!!と気合いに満ちた声がするなり、先程まで疲労が全身に出ていた人と同一人物と思えない爽やかさで癒しに飛び込んだ。
「とぉーーぅっ!!」
ブッブごと櫻を鷲塚むとその場でクルクル回り、櫻の至高の頬っぺたを自分の頬とムニムニ擦り合わせた。律儀に手洗いうがいをしてから抱きつくあたり、櫻への愛を感じる。
「さくらちゃーん。ぶっぶー。リリィもただいまぁー。うぅ~ん……いい匂いだ……保存したい」
「この時間をか。それとも匂いをか」
どちらにしてもヤバめの変態だ。隠していた本性なのか、最近は特に変態さに磨きがかかっている。
「むにぃー!」
「ブワッ……ブッ……」
「ユイ様は綺麗な方なのに時々狂気を感じますね。姫の愛くるしさは確かに魅力的ではありますけど」
結衣の行動パターンを学習しているリリィは離れた場所からそれを眺め、ジト目で顎に手を当てがっている。
「愛と狂気って紙一重なんだろうな。ブッブも怯えてるし」
「ですね。姫は割かし楽しいようなので何よりなんですけど」
櫻的には結衣とのコミュニケーションは割りと気に入っているのか、特に嫌がる感じもない。キャッキャ言って無邪気に笑っているので、楽しんでいるなら武としても止める必要は皆無だ。リリィ的にも櫻第一なので、その笑う姿が見れればと、結衣の過剰行動力も良しとしているらしい。
「今日はリリィ達は何してたんだ?」
武は座ったまま尋ねると、リリィはクルリとこちらに振り返り、指を口に当てて一日を振り返る。
小さな精霊だが、結構しっかりしている。
面倒見もいいので櫻を任せられるし、魔法を駆使すれば小ささに関わらずあらゆる面でもそれは障害にはならない。
秘霊魔法は種によって様々らしいが、リリィは大地を司る秘霊魔法を得意としているらしい。
精霊は魔力を得るために契約を行う。
魔法を蓄積、そして解放する門を互いに繋げる事で主から活動維持に必要な魔力を分けてもらうのだ。
対価として、精霊の力を譲渡しまた生涯を捧げて主に仕え自らの使命を全うする。
リリィの国に行った後日、武も秘霊魔法を使いたいから契約したい精霊はいないかな?とリリィにたずねた。
勿論沢山いるとの事だったが、リリィによれば武に魔力の気配が無いらしく、契約した時点で魔力供給が無くなる精霊に何のメリットもない。よって契約する子は多分いないとの事だった。
寝ていた結衣にその事を伝えると、まぁ期待してなかったけどねとキッパリ言われたのが、もうかなり昔に思える。
「……それからー、今日はお母様がお休みだったので、一緒にお菓子を作ったり……えーっとその後は……」
(しまった。聞いといて前半全く聞いて無かった)
が、リリィも目を瞑って思い出しながら教えてくれているので、気付いてはいないようだ。
「要するに充実してたってことだな」
その一言に、リリィは満面の笑みを浮かべる。
「はい。といっても、ここに来てから充実していない日はまだ無いですけどね」
「ははっ。それは櫻にとっても嬉しい事だな。それよりその腰のはなんだ?」
目についたのは、侍のようにリリィの腰に添えられたバターナイフ。不届き者にバターでも塗りたくるつもりなら、是非結衣の顔に塗りたくってほしいと思った武だが、今のところリリィにその気は無さそうだ。
「姫とブッブで獣操師団ごっこをしてたんですよ。獣に跨がる戦士の真似事みたいなもんです」
獣操師団は確か隣国の正規軍だったっけ? と、武は勉強の日々を振り返る。ギルドにあった書物によれば我が国の騎士団のようなもので、獣に股がって猛々しく戦うその様は、自国だけによらず他の国でも人気のある軍隊であるようだ。
「獣操師団かー。いいね。我が家の安全は暫く保証されそうだな」
「お任せあれです!」
子供らしいごっこ遊びに武が笑いながらそう答えると、リリィも胸を叩いて嬉しそうに同意する。
「櫻ちゃん今日こそ私とお風呂入ろ!!」
「んやっ!」
こちらは結衣がお風呂を櫻に要求し、それにフルフルと首を横に振る光景が暫く続いていた。結衣に慣れてきた頃、初めて一緒に入った時に何をされたのか知らないが、それ以来櫻は一緒にお風呂に入ろうとはしない。
「えぇー……楽しいよー? 結衣おねーちゃんとのお風呂でガールズトーク!」
「めっ!」
っと、櫻は結衣の顔にペシッと平手チョップをくらわせた。
「くふぅ……拒絶されてるのに嫌にならないこの感じ……まるで私が変態みたいじゃないかっ……」
が、結衣にとっては、むしろご褒美でさえあるお叱りであるらしい。下手をすれぱ災獣を消し飛ばした威力を放たれるかもしれないというのに、それを毛ほども気にせず欲に忠実になる姿は、ある意味逞しいものだ。
「いやもう立派なもんだよ。うん」
「入ろーよー! ちょっとだけ! ねっ?」
「んやっ! のー!」
必死に懇願するも答えはNO。
そして結衣に抱き抱えられ続けたブッブは、遂にこの長いやり取りに限界がきたのか、プルプルと震え出した。
「ブゥ……ブ……プァァァァ!!」
「どしたのブッブ!?」
ガブッ。
「おぉっふ……」
櫻に取り巻く可愛いガーディアンが成敗にかかる。
ブッブは一日中櫻とくっついて行動しているらしく、すっかり馴染み、主人を独占されると嫉妬心も重なりかぶりつく。
以降も結衣の手をガジガシして漸く捕縛からスルりと抜け出すと、ブッブは櫻を背負ったまま一目散にリビングへ逃げ込んで行き、リリィも慌ててそれに続く。
この流れも最近では見慣れつつある、定番化した鬼ごっこのようなものだ。
「逃げろぉぉ!! 敵は手強いですよぉぉ!」
「だぁー!!」
「ぷあーーっ!!」
「ふふっ。待て待てぇー! 逃がすかーーっ!!」
ともかく皆仲良くやっているようで、見ていてなんとも微笑ましい。武はバタバタとリビングへ消えて行く三人と一匹をひとしきり堪能してそれを見届けると、横でスースー言ってる玄関彫刻野郎にちょいとお尋ねする。
「おい魔王。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「……むぅあ? 我に質問となぁ?」
パチッと目を開けこちらを覗き、魔王像は寝ぼけた声で答えた。これでも世界を恐怖に陥れる存在。魔族の王にして混沌を撒き散らす悪の象徴だ。
どんな間違いからか、何故か倉元家の玄関でこうしてオブジェとして置かれている。その見かけから連想するならば牛だろうか? 石かつ単色なので、元の風貌がいまいち想像はできない。
「むぅ………良いだろう聞くがいいぃぃ……ごみぃ」
「やっぱ寝てやがったな」
アイリスと違って、する事ないし仕方ないっちゃ仕方ない。封印されて眠りにつくのも、魔王の運命っちゃ運命だ。ただ我が家でってのが少々頂けないが、それも今さら事である。
「あと寝ぼけながらも、ゴミをつけるのを忘れなかったのは誉めてやろう」
「個性だからな」
魔王も意外とアイデンティティを大事にしているらしい。
「その体って眠くなるのか? てかお前らって睡眠とるんだな」
「別に取らずともよいがな……他に何をしろというのだゴミ。それで? 我の睡眠を邪魔してまで聞きたい事とはなんだ」
ゴミと言う割にやや声色がウキウキしている。
武達は魔王の存在に慣れすぎて最近スルー気味だったので、相手にされるのが嬉しいのかもしれない。
「ちょっと嬉しそうじゃねぇか。対話するの久々だもんな」
「……そんな事はないゴミ」
(可愛いなこの魔王)
「ちょっと間があったけどまぁいいや。んーとそうね……最近多少なりともこの世界の知識がついてきたんだけどさ、お前ら魔王って何体かいるもんなのか?」
すると寝ぼけた感じが嘘のように、魔王像は黄色い眼光を尖らせて、真っ直ぐに武を見下ろした。