第030話 首だけの黒騎士
「さぁて……まずはどーしようかねこのギルド」
にしても汚い。
改めて見なくても汚い、カビ臭い、寒い。
何をしたらこんなんなるのか……流石の結衣も我慢の限界らしく、思い立ったように立ち上がった。
「アイリスさん寝ちゃったし……えぇい! 一先ず掃除しよう!もう無理っ!」
武もその提案には心から大賛成なのだが、お世辞ではなくこのギルドはかなり広い。学校の体育館くらいはあるんじゃなかろうか?バスケットコートなら二つくらい入りそうだ。
しかし結衣はそんなことは気にする様子もなく、袖なんか捲り上げちゃってやる気満々である。
「片付けて、草刈りとって、穴も塞いで……やることは果てしなくありそうね」
「骨が折れそうだな……二人とも魔法使えないし、いよいよただの肉体労働になりそうだ」
「体動かした方が今より何倍もマシだわ」
結衣はそう言うと、荒れ積み重なる廃材の中から藁と棒を探し当てるなり、てきぱきと即席箒を作り始めた。そしてそのまま手際よく一本作り終えると、完成品を床に置いてせっせと二本目にとりかかる。確かに箒をピンポイントでここから探し当てるよりは、作った方が効率的で早そうだ。
「(大体掃除の魔法とかないのか? なんかこう箒が勝手にサッサッサッ!みたいな。もう詠唱とかカッコいい魔法陣とかいらないんで、杖を振るだけで皆が幸せになるキラキラした魔法の粉出ませんかね? ファンタジー粉出てきませんかね?)」
杖は残念ながら持っていないので、武はおもむろに両手をヒラヒラさせて床で寝ている箒に向かって愛を込めてみた。
「届けッ!俺の想いッ!」
結衣が廃材に向けるのと同等の視線を武に向けて哀れんでるような気がするが、武は特に気にしない。
「何してんの?」
「ちょっと粉出そうとしてるから話しかけないでくれ。かつてない程集中してるから出来そうな気がする」
気分は魔法使い、若しくは傀儡師といった所か。
指先から魔力を注ぎ込む感じで、片膝を床につきながらファンタジーを期待する。しかし結衣はどうも勘違いしているようで
「粉っ!? よく分かんないけどこれ以上汚すのはやめてくれるかな!? ただでさえホコリっぽいのに!」
「ちっがうから! 汚すどころか振りかけるだけで瞬く間に綺麗になる粉だからッ! 夢見れる粉だからッ! だから任せろ! 絶対にキメてやるッ!!」
「なんか危ない薬を連想させるわね!? あんたの頭の整理する程余裕ないんだから、はよ現実に戻ってこいっ!」
「くぅ……ダメかぁ……粉ぁ……」
「粉の何があんたをそうさせるのよ……粉じゃなくてやる気だしてくれる? 元々あんたのせいでこんな場所で働く事になったんだからね?」
「こんな場所とか言うなよ」
アイリスがボソッとそんな事を言った。
どうやらこのギルドにも完全に無頓着という訳でもないらしい。
「ほら早く掃除するよ」
「ほいほい。じゃあ俺は外からしようかな。廃材と雑草でギルドが埋もれて見えるし、内面は勿論大事だと思うが、それ以上に見た目の美しさはポイント高い!! やれ家庭的な人だの? 思いやりがある人だの? 子供が好きな人だの? 違うだろ心に余裕のあるイケメンども!! 可愛いが一番の正義じゃろがい!」
「なんで掃除からイケメンへの妬みとあんたの欲望へシフトチェンジすんのよ。思ってたより正直すぎて若干引いてるんだけど……」
「お黙り美少女!! 結局お前も学園一のイケメンに実は好意を寄せられていて……でもダメなの……私は貴方とは釣り合わない……みたいな妄想するだろがぁ!! はっきり言わせてもらう!! モブから言わせて貰えばお似合いじゃボケぇ!!」
「戻っておいでー。あんたの心の叫びは充分分かったし、私が美少女なのもすんなり受け入れるから」
「受け入れるんだ。意外と図々しいよこの子」
「まぁ事実モテてはいたもんよ」
「チクショウがっ!」
ハンと鼻を鳴らす結衣は実に得意気だ。
結局世の中とは不平等で不公平なのである。
「じゃあ私は室内するよー? 早く2階からホコリと蜘蛛の巣叩き落としてやりたいもんでね。ほいあんたの分」
と、武は結衣から完成した箒を投げ渡される。即席の割には結構丈夫に作ったようだ。
「……俺に宅急便でも始めろと?」
「いやいや。飛ばずに地に足がつく生活したいのよこっちは。しかもそれなら飛ぶのは私であって、せめてあんたが股がるのはプロペラついた魔改造の自転車でしょうに」
「飛べない魔女はただの魔女だぞ」
「魔法使えるならただの魔女でも願ったり叶ったりだし、作品違うし。ほれ、いいからさっさと掃除するよ」
そんないつものつまらないやりとりをしつつ、箒を肩に乗せて戦闘体制な結衣。倉元家にいる時はそんなに綺麗好きなイメージはないが、変なスイッチが入った結衣は妙にやる気満々だ。
「よーし! やっるぞーーーーぉぉぉ…………ッ……」
しかし意気揚々にそのまま互いに別れて仕事をしようとしたら
「へぶっ!?」
「おわぁぁッ!?」
強力なゴムで結ばれたかの如く二人の体は互いに反発し前に進めなくなり、ギリで踏ん張りその場に留まる武に対して、結衣は万歳ポーズでなんとも滑稽にコケ倒れた。
勇ましくやる気満々だっただけに、落差の激しい悲しき絵姿である。
「うぅぅ……ぐふっ…うぅ…」
積み重なった色んな思いがジワリと崩れたらしく、地面を抱えてプルプル震える乙女と、その頭の上で一緒にプルプルと震える赤いスライム。自分と同じ動きをしている結衣を見て、スライムは仲間と認識してしまったのかもしれない。
「……どんまい」
「死ねぃッ!」
「ら~~」
「……危ッ!? スライムの投擲はお止め下さいッ!?」
「むにゃ……お前らもう少し静かにベフッ…………ごぽっ……」
これ以上余計な声をかけたら結衣の癇癪でアイリスがスライムまみれになるか、床と壁に更なる穴が空きそうなので、武は結衣の機嫌が戻るまでそっとしておく事にした。
その後暫くして何とか結衣がカムバックしたのは良しとして、流石にこの拘束状態では室内と室外の分担作業は無理そうだ。なので、折角の箒の出番は今日はお預けとして、二人で一緒に外から掃除をする事となった。
「にしても絵に描いたような瓦礫の山だな……何日かかるか分からんぞこれ」
「中もアレだけど、外も大概だねこれ………あれは倉庫か何かかな?」
二人がギルド小屋の裏に回ると、本館とは別に石造建築物がひとつ建っていた。本館と比べると大きくはないが、一般的な二階建て住居くらいの佇まいだ。こっちは劣化は少ないものの、どうやら鍵がかかって開けられそうもない。
「んー………鍵かかってるね」
「だな。開かないしこれは後でもいっか。壊れてる感じでもないし」
「お宝とか眠ってるのかなぁ?」
「そりゃないだろ。だとしたら鍵一つはザルセキュリティだ」
「確かに」
あとは雑草が生い茂った庭広場に、無造作に置かれた廃材達。木材は穴を塞ぐのに使ってもかなり余りそうだ。ひょっとしたらここにも、元々別の木造小屋が建っていたのかもしれない。
「さて……まずはこのジャングルをどうにかすっかな。我が家の森よりモリモリしてるわ」
「全部終わった時私はムキムキになってそうなんだけど」
「暫くは筋肉痛との戦いだなこりゃ……よっし! 廃材は俺が纏めるから結衣は草刈りを任せる」
「うーい」
という訳で、距離制限ギリギリの範囲で分担作業を開始。
結衣は箒作成時に偶然探し当てた鎌で、早速草を狩り始めた。柄に鎖がついてるのでどこか見た事があるような殺傷武器ではあるが、特に気にしない辺りが逞しい。多少邪魔くさいのとジャラジャラうるさいのはご愛嬌だ。
一方で武は長さも大きさも素材もバラバラな廃材を、結衣が草を刈る場所付近からせっせとどかしてゆく。元倉元家リビングの廃材を持っていく業者がいるくらいだ。後で衛兵のレインに聞けば、廃棄場所は困る心配もないだろう。
その後も昼休憩を挟みつつ黙々と作業を続けていると、二人の耳にやや聞き慣れた野太い声が近くから聞こえてきた。
「ん゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
「うわぁっ!? 何っ!?」
「どこでも自生しやがるなあいつら……こっちから聞こえたか?」
「多分……そこの廃材の下あたりかも?」
植物型魔獣マンドラゴラ。
見た目は案外可愛い奴らだが、性別の有無は関係なしに低い声で唸る低級のモンスター。
頭から生えた二枚葉以外は地面に埋まり、年中地中で過ごす堕落魔獣といっていい。引き抜く際も特に抵抗せず、すんなりあらわになる無抵抗っぷりは潔いやら切ないやら。植物のくせに太陽を嫌がっているようにしか見えないのである。
「ん゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
「ここか? ほいほーい。ここはお前の居場所じゃなぁー……」
「……んぁ?」
スパァァァーーンッ!!!
武は持ち上げた板の材を勢いよく叩き戻した。それはもう瞬間的かつ記録的な速さで。
一瞬ではあったが、そこにいたのは予想した二枚葉ではなく、何やら首らしき物体。しかも心なしか赤く光る目が見えた為、反射的に板を叩きつけた次第である。
「……ん? 何かいたな、確実に首っぽいのいたな。やっぱここ幽霊でも住み着いてるんじゃないかこれ? 成仏できないの住み着いてるじゃないかこれ?」
目をごしごししつつ、武は先程の光景を振り返る。
そしてそれは結衣にも見えてしまったのか、青ざめて目線を下げずにカタカタと震えていた。
「ななな、何あれ首っ!? 超唸ってたんですけど!! 口から未練がましい何かが漏れてたっぽいんですけど!!?」
「知らんッ! い、一瞬だったから見間違えただけかもしれん! 今度は結衣が確認して来てくれよ!」
「ずぇーーーーったいに……イヤッ!!」
「くそっ……なんかないか~……もういいやこれで!」
生憎戦える武器はない。
なので武は手頃な廃角材を片手に、意を決して再びそぉーっと板をめくりおこす。
「どうか間違いであれよぉぉぉぉ………?」
「ん゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛………ん?」
「…………こんちゃっす」
「…………こんちゃっす?」
「……なぁああああああ!! やっぱ首がしゃべったぁああああ!!? もうやだ!! 怖い!! 埋まれッ!! 埋まれッ!! 埋まれぇぇぇぇぇッ!!!」
とりあえずの恐怖につき、武は廃材を上から全力で叩きつけ、全力で叩いて、全力で叩き込む!!
「あでっ……いたっ……やめっ……ちょっ……」
「この鎧ヘルメットは絶対ヤバイ奴だ! いちゃまずいやつだ!! 召されろ!! 成仏!! なんまいだぁぁ!! 唸れ俺の侍スピリッツぅぅぅ!!」
「あっ………生っ………くびっ………アハハ」
結衣は口を開けたまま最早動かない。
完全に逃避モードに入ったようだ。
「埋まれっ! とにかく埋まれっ!? コレは見間違いッ! お前はマンドラゴラだっ!!」
「痛ッ……ちょ……ちょ…埋っ……ッ!! やめろぉぉぉ!!」
「…………」
「……いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
「まだ喋るかコイツめ! 俺の召喚嫁ビビらすなコイツめ!! アタックオブ廃材食らって死ねぇ!! 今日からこれが俺の愛刀じゃボケぇぇぇ!!!」
今度こそちゃんと喋った首に、武はリズミカルに木材を叩き込む。通行人が見る限りは、ただの大工作業には見えず。とりあえず見てはダメな人だと、怪しいながらも立ち止まる人は誰もいなかった。
「ぐふっ……あれ!? ちょ……全然やめな……タイムタイムタイム!!」
「はぁはぁはぁ……くっ……ダメージなしか」
「いや割りとあるのだが!? 見てこれボコボコなんだけど!? 初対面で埋めにかかるとか相当ヤベェよあんた!?」
「俺の経験上生首で喋る方がヤベェって絶対に。結衣をみてみろ。綺麗な顔で寝てるだろ? あれで気絶してるんだぜ?」
「元々こうだから仕方ないだろう。デュラハンなのだから」
「デュラ………ハン?」
デュラハンとは首が無い騎士であって首だけがある騎士ではないのでは?……と。変な鎧兜を被った奴に自己紹介をされた武は、そんな疑問を持って冷静さを取り戻した。
「正体分かってからの方が冷静とは変わった奴だな貴様。自分で言うのもアレだが、名を聞けば多少は恐れられたものだぞ?」
「ちょっと現代っ子過ぎるもんで、その辺りの知識はまだ鈍いんだ……てかデュラハンなら体はどこだよ? 首と一緒でどっかで廃材に埋ってんのか?」
「む? いや分からん」
首だけデュラハンは悲しげもなく、淡白にそう答えた。




