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第003話 家族召喚

「俺のため息、この世界の温暖化を促進させてないかな。大丈夫かな……誰かこの漏れる息止めてくれぇ………」


 武は再び天井を仰ぎ脱力する。

 今までの人生、これほど感慨深く天井を眺めた事などあっただろうか。知らない天井ならいざ知らず、何年も見慣れた我が家の景色の筈なのに。


「息を……自殺……しようとしてるのね……」


「そんなのダメだよー! 頑張れー!」


「早まっちゃいけねぇ! 魔族に負けるな!」


 哀愁さえ漂うその姿に勘違いするギャラリーは沸く。 ハタと口を押さえる獣耳奥さんなど、劇の内容はともかく瞳を潤わせて今にも泣き出しそうだ。


 ―――そもそも普通一人とかじゃない? 召喚ものってさ。あるいは若者たちが数人ランダムに選ばれてー、とかならまぁ……分かる気もする。


 再度チラりと外を見た所、どうやら魔法の存在も期待出来そうなそんな世界。意図せず集客されるこの周辺には、儲けにあやかろうとした大道芸人達もチラホラと集まって来ているようで、水を浮かせて魚の形に造形してみたり、彩飾豊かな炎で花束を表現したり、勝手に動く人形で劇を成立させる者もいる。


 つまりあんな事を平然とやってのける、技術以上のモノがあってもなんら不思議ではない。


「やっぱ普通こういう召喚系って、膨大なエネルギーだの魔力だのを使うのが鉄則な気がするよな」


 そう考えると、やはり魔法はあって良さそうな世界だ。

 あくまで冷静を装って考えるが、それとは対象的なギャラリーは武の本当の心情など知るはずもなく、段々と賑わいを加速させているようだった。


「そうだエネルギーでぶっ飛ばせ! 魔族なんか蹴散らしちまえー!」


「むむむ………これは騎士団のお話ねきっと。それとあの服もカタストロ様のイメージからデザインしているなら納得だわ。弾ける格好良さだもの」


「弾ける……なるほど、だから泡か。鎧じゃなくてデザインで格好良さを表現するとはオツだな」


「ママあの服欲しい! マジで!」


 もっと心に余裕があれば、ギャラリーの声も聞けただろうに。向こうからしてみれば、野次混じりに期待も込めてコインをぶん投げてくるのだろうが、今のタケルにはまだそこに触れる余裕がない。例えコインが額や脳天にクリティカルヒットしようとも、こちらの疑問が片付かない限りはノイズにすらならない状態だった。


「魔法の世界に、突如降り立つ高校生……うん。一先ひとまずいいでしょう。認めたくないけど認めましょう。はぁ……でもさ――――――」


 そんなため息混じる武の視線が、今まで見ていた外から流れるように向いた先。


 そう、武はリビングごと召喚されたのだ。何も外出中であったり、トラックに引かれそうになった訳でもない。ごく平凡的に休日を家の中で過ごしていただけ。


 ならば、当然()()に決まっている。


「なんで家族ごっそりこっちに連れて来るかね!! なんで休日の食事中の家族団欒中に召喚するかねぇ!?」


 タイミングってもんがあるだろうに。

 最低限の召喚マナーってのがあるだろうに。

 しかし何度見ても視線の先、武と色違いの水玉パジャマを着こなすほのぼの家族がそこには居た。


「うそやろマジで」


 同じく後方も壁がスッポリ抜け落ちているが、ダイニング(仮)でくつろぐ父と母。次いで言うと先程から武の視界には一歳になったばかりの妹もいるのだが、どういう訳か無邪気にフワフワと宙に浮いている。


「家族で戦地に……送られてしまったのね」


「ママぁ、召喚て何?」


「この劇では戦場におもむくという意味かしらね……あぁ……この先どうなるのかしら」


「ホントだよ! この先どうなんの!!?」


「たまに質問してくるのは何なのかしら!?」


 この世界の住民にとって、この劇はとにかく臨場感や没入感が凄まじい。単に観覧者で終わるでなく、妙に体感型だ。それが面白さとして心をくすぐるのか、まるで自分も演者の一部になっているようだと、無駄に客脚は増えていく。


 ただ、そんな事は武にとってはすこぶる後回しなどうでも良い事な訳で


「親父に! お袋に! 俺! そして妹までも! ふぅっふー! 贅沢に四人も一気に召喚してやがるぜ! しかもリビングごとだぜマジパネェ!!」


 ここまでくればもう、無理矢理はしゃぐ他自分を騙す手段はない。むしろ召喚された身としては、漸く正しい反応として追い付いて来たくらいだ。


「あの兄ちゃん、現実を受け止めきれなくてハイになってやがるぜ」


 お目が高い。その見解は大正解である。


「ママぁ、リビングって何?」


生きた(リビング)デッドの事かしら……これは死後のお話なの? 内容が難しいわね……」


 本当に理解しがたい難しい人生になっちまったもんだなと。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。


「詩織~コーヒーくれー……ブラックで」


 ―――親父、コーヒー飲んどる場合か? ないよ? その新聞とか多分もう意味ないよ? 

 その世情、この世界のどこも反映してないよ? てかなんで落ち着いてんの? あれですか? これが大人の貫禄ってやつですか? 


「はいはーい。武も早くご飯食べなさーい。櫻も浮いてないでこっちにおいでねぇ」


 ―――お袋……俺もそれが何かは分かんないけど多分水ではないっ! 経験的に水は掴めないっ!

 だからそのスライムっぽいのを無理くりコップに押し込まないでぇぇ!? なんかすっごい可哀想だからぁぁぁ!!


「ふわふわぁ!」


 ―――産まれたばかりの妹は仕方ないとして、もっと焦ろうよ! もっとパニクろうよ!? え? 何? 俺の情緒がおかしいの?


 尚もほのぼのしているのに我慢ならず、ダイニングテーブルを両手で叩くも思いの他勢い良すぎて超痛い。

 でもそんな事にめげている場合ではないのだ。


「親父! お袋! なんでそんな落ち着いてんの! 倉元家最大のピンチなんですけど!? 見ろよこれ!! 超絶ファンタジーin倉元家なんですけど!?」


「さっきからブツブツと何言っているんだ? お年頃なのは分かってるから、黙ってご飯を食べなさい」


「別に思春期を悟って欲しくて暴れてる訳じゃねぇのよ」


 武の父である倉元 亮平りょうへい(38)はいつものように新聞を広げ、朝食後のコーヒーを所望。

 武の前では何故かブラックで飲むらしいが、実際は苦手のようだ。


「うーん……今日も良い香りだ。何かこう……何か良い」


「見栄張る余裕あるなら早く現実を直視していただきたい。お先真っ暗だから。超ブラックだから。コーヒーとか目じゃないくらいに、それはもう」


「ほら武も早く食べなさい。折角作ったのに冷めちゃうでしょ?」


「ズズッ……ん? ズズズ……んんっ? 詩織これコーヒーゼリーか? 固まってるし全然飲めん上に心なしか動いて……ゴパァ!?」


「……」


 ―――おかしい。

 何故コーヒーを飲もうとした親父は、黒いスライムに襲われているのだろうか。


「武もコーヒー飲む? リンゴジュースは冷蔵庫消えちゃって出せないのよね。後で買い足しに行かなくちゃ」


 そう言いながら小さなオニギリをモグモグと頬張り続けているのは武の母、倉元 詩織しおり(32)。


 愛する旦那が陸地で溺死しそうなのにいたって平常。しかし現実が見えていないのかといえば、どうやらそういう訳でもない。むしろ詩織だけは、こんな状況でもマイペースを保てる人なのだ。


「イヤだ……そのコーヒーは是が非でも飲みたくない……見てみろ親父を、むしろ飲まれているぞ。口はおろか顔面もろとも覆われてるんだぞ」


「ゴフッ……ゴポッ……」


「おかしいだろ、飲み物に飲まれるっておかしいだろ。あれ絶対コーヒーゼリーですらないよ」


「そう?」


「いや絶対そうだって! そういうこともあるよねぇー……の範疇では絶対にないっ!」


「どーしたのよさっきから……落ち着きないわねぇ」


 詩織は優しくて、器用で、頼れて、料理も絶品だ。

 照れ臭い所ではあるが武の自慢のお袋には違いない。


「まだコーヒーが苦手なら、今は水しかないわね」


 しかし行動が読めない事もシバシバ。

 出されたコーヒーや水もまさにそれだ。


「結局色違いスライムが出てきたねこれ。今までの我が家のささやかな日常コースの一体どこに、こんなトリッキーな項目がありましたかね」


 いつもなら毎朝リンゴジュースを入れて貰う筈のマイコップには、プルプルと揺れる無色透明のミニスライムが陣取っている。何を考えているのかはさっぱりだが、何となく居心地は良さそうだ。


「すらぁ~」


「目ぇ合っちゃったじゃん。無理。飲めない。これは絶対飲めない。というかこの世界でもスライム飲む奴いないだろ絶対」


「らぁ?」


 差し出されたコップをそっと遠ざけささやかな抵抗。

 これを飲むくらいなら、壁の奥で見えてるあの噴水にでも飛び込んでしまいたかった。そもそもスライムが『すらぁ~』と鳴くのはいかがなものかと思いもしたが、きっとそれも些細な事なのだろう。この世界ではきっと、普通なのだろうから。


「ゴポ……ムグッ……」


 そろそろ亮平が残りの寿命を理不尽に持っていかれそうな頃、ギャラリー達は相変わらずザワザワしていた。台本のないストーリーがリアルタイムで進行している事など知る筈もなく、各々が勝手に舞台劇だと思いこみ、独自解釈を広げているのだ。


「父が毒で暗殺……なんという……」


「きっと奥さんは現実と向き合えてないのね……その気持ち凄く分かるわ」


「これは苦難を乗り越える家族の物語か……へっ……俺もワイフを一人にしちゃいけねぇな」


 そして巻き起こる意図せぬ大喝采。

 即席ノンフィクションストーリーが異世界人の心に無駄に突き刺さった。


「てか呑気な休日送ってる場合じゃないぞ……いい加減見ろよ外! いや実際は既に外にいるんだけ……ど?」


  ふと武が机を見ると、カタカタと小刻みに振動している事に気づく。地震か?と思ったが武だが、視線を下げて足元を見たら原因が直ぐに分かった。


「ごぽっ…………しぬ…………」


「あ、流石にヤバい」


「ゴファ……ムグ……だばはぁぁぁぁぁぁ!!?」


 流石に顔面にヘバリつくスライムに痺れを切らした亮平はゴポゴポ言いながら、武の助力を経てなんとか引き剥がす事に成功すると


「はぁ……はぁ……はぁ……。 ふぅ……なにしたんだ武ぅぅぅぅぅ!! いくらお年頃でもこれはやりすぎだろうがぁぁぁ!!」


 長めの時差を詰めて、漸く吠えた。


「俺のせいじゃねぇぇぇぇぇ!! むしろ俺が倉元家で一番まともに驚いてたわぁぁッ!!」


「犬や猫拾ってくるならまだしも、コーヒーに命を与えるのはお父さん認めないからな!」


「頭バグりすぎて驚きポイントがまだちょっとズレてるって!」


「なーんだこれ?! どーこだここ!! 俺はこれから仕事なんだぞぉぉぉぁぁぁぁあああああ」


 休日出勤無くなって良かったと慰めるべきなのか。

 手で顔を覆い漸くブラックな現実を見始めたようだが、そうパニクった親父の顔を見て武はどこか新鮮な気持ちになる。無駄な時間こそ多かったが、これで気持ちを分かち合える人物がこの世界で漸く二人になったのだ。


「お、落ち着け親父! 俺が言うのも何だが冷静になれ!いいか? ここは多分異世界というや……」


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「聞けぇぇぇーーーーーぃ!!」


 床を転げ回る亮平さておき詩織は順応早く、既に路上の獣耳奥さんと談笑している。

 早い。この世界に馴染むのが恐ろしく早い。 


「武ぅ。ここヤマダって町みたいよ? いいところねぇ」


「……そうなんだ」


 ―――なんだ? 他にもタナカとかスズキの地名があるのかこのファンタジー世界。もっとカッコいい名前あっただろうに。違うんだ俺が日本要素を求めてるのはそこじゃないんだ。そーゆー事じゃないんだ……。


 家族だというのに、何故こうも感性がバラバラなのやら。

 妹の倉元 さくら(1)も無邪気に魔法を使って、さも当たり前のように自分を空中に浮かせている。


「るぅ!」


「さくらぁ……浮くの楽しそうだな」


「あーい!」


 ―――とりあえず誰が召喚したのか知りませんが

 今すぐ日本に返してください。


 ―――切に。

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