第028話 仕事はロマンで選べ
ギルド。
というものがある。
本来職業別にある組合のようなものだが、この世界においては『冒険者』なる職が集う集会場を指す。
各国、各町に存在しかつては賑わっていたものだが、戦争に次ぐ戦争でその数は激減。冒険者になって世界を旅する……といった夢見る若者も減り、かつて冒険者として名を馳せた親さえも我が子を冒険者にしようとは思わなくなった。
最もその原因となったのは魔王と魔女の出現である。
突如として現れた勢力に、世界のあり方が大きく変わったのだ。
魔族とされる勢力は爆発的に拡大。規格外の強さを持つ魔王と魔女は、恐ろしくも当時最強の軍事国家と呼ばれた国を呆気ない程に攻め滅ぼした。
古の王達は人類の『滅亡』を避けるべく、剣を向けるべき相手を変えて手を取り合った。しかし一丸となった筈の力を持ってしても、没国に住み着いた魔族を退けるのは不可能であり、平和を願って魔族に挑む人類の戦力は少しずつ、そして確実に削がれていった。
しかし、魔族は人類を圧倒出来る強さを持っていたにも関わらず、一国を滅ぼして以降は恐ろしい程静かに時を流している。
魔王、そして魔女の詳細な情報や目的は依然として不明。
また複数体存在しているという話もあるが、確証ある情報は一部のみにぞ知られる事だ。
そんな時代の流れと世界の変化で、『冒険者』は魔族に数を削られ続けて活動域も激減。かつて探索した宝石眠る洞窟も、秘宝が沈む海底も、まだ見ぬ秘境探索さえも。常に危険がつきまとう冒険に、更に魔族が追加されるとリスクしか生まれなくなった。
故に現在点在するギルド、もとい冒険者は血の気が多い。他にやる事もない、スリルを求めて、等といったやや難のありそうなクセ者が集う場に。
それも残ったと言うべきか、とり残されたと言うべきか。
今や『冒険者』は絶滅職。
近い将来ギルドという存在も無くなるかもしれない。
「ギル……ド受……付か。よしよし。割りと字も読めてきたぞ」
そんな中、時代に逆らう若者一人。
覚えたての『ミカガ文字』を無駄にせず、早速広場の求人ボードを読み漁る。
父親のせいで冒険者になれない手前、なかなか率先して手が伸びる職に出会えなかったのだが……?
そこで目に入ったのが、このやや年期の入った古めの羊皮紙。他の募集と違って何年もここに貼ってある、というより剥がすのを忘れられたような感じだ。この世界の住人ならまず目もくれないであろうA4サイズ程のボロ求人。
「ん? ここから近いじゃんか。給料も悪くないし」
地図に載っている印は広場から歩いても5分圏内。そもそも広場はこの町の中心部に位置しているので、ギルドの立地条件はすこぶる良さそうだ。
「なんか良いのあった? うぇっ……なんかボロボロねその紙。ギル……ド?」
勿論結衣も一緒に職探し。
異世界生活も、もう2ヶ月になると結衣も文字は読めるようになってきた。人間案外適応力は高いようで、成績そこそこな武でも文字の理解は割りと早かった。
他にやることが無かったと言えばそれまでだけれども。
「どーせどの職も馴染みないのばっかだし、何でもいいから見学行ってみよーぜ?」
「そりゃまぁそうだけど……もっと綺麗な奴あるのに、何でわざわざそれな訳?」
結衣的には働くのが嫌という訳ではなく、武が引き寄せられたその紙の状態に少なからずの不信感があるらしい。
しかし、それにただの一言で回答するならばと、武はペシッと羊皮紙を叩く。
「ロマンッ!」
それに対して結衣は、男って……と頭を抱えて項垂れた。
「大体ギルドってあれでしょ? 大衆酒場みたいなとこでしょ? むさ苦しいのは嫌なんだけど。襲われたらどーすんのよ」
「襲われた時に考えよう」
「ロマンより安全性を重視しようか天パちんちくりん」
「やだっ! ギルドで働くんだいっ!」
「やっぱ子供じゃん!?」
天パちんちくりんは親父ゆずりの頑固な性格なのである。
「はぁ……もっと現実的なところで働こうよー。他にちゃんとした募集もあるんだからさ?」
「つっても結衣のそれ多分厳しいぞ? 僧侶とか心清らかじゃないと無理だろ」
結衣が手にしていたのは、僧侶、巫女類いの求人。ギルドとは正反対に位置しそうな職業だ。
「何言ってんの? 超清らかなんですけど。のど越し抜群なんですけど」
櫻と遊んでる時の顔は結構ヤバいと思うんだがな……。
清らかな人は、赤子にミルク飲ませるだけでハァハァ言わないし。ブッブが毎度噛みつくのも、本能的な近づけちゃダメ感を察知してるかもしれんし。
「嘆き悲しい事に魔法が使えないからな俺ら。大体の専門職はお払い箱だからそこんとこ忘れんなよ?」
「だよねぇー……」
文字は読めても、魔法は相変わらず。
結衣がヒョイと指を回すも、ため息に勝るものは何もでない。
「てことはある程度やることは絞られちゃう訳だ。ギルドは受付募集みたいだし、場所が特殊なだけでそんな難しい事でもないっしょ」
「受付ねぇ……」
「これ以上自堕落に過ごせば、俺達の将来はスライム以下だぞ? 結衣は櫻に服とか買いまくりたいんだろ?」
「そうだった!! うぅーん……まぁ見学くらいならいっか」
「フッ。容易いわ」
と、意気込みレッツらギルド。
人生初職場にウキウキしつつ、歩みを進めた先に待っていたのは、一軒のオンボロ倉庫みたいな場所だった。
武が念入りに地図と見比べても間違いなくこの場所であり、右にも左にもそれらしき建物はない。
「ここ!?」
「求人紙に違わぬボロボロ具合だな……まさか潰れた後とは思わなかった」
「いやいや! 大いに予想できたでしょ!?」
まさに廃墟同然。
小石のひとつでもぶつければ倒壊してしまうかもしれない木造の建物。石造が主のこの町ではかなり珍しい建物だが、景観は見るも無残。これを見せられては木造が流行る筈もない。
植物は自由に生い茂り、壁はおろか屋根にさえ届く猛者もいる。高さからして二階建てのようではあるが、この様子だと内部もかなり悲惨な状態と思われる。幽霊さえも嫌がりそうな佇まいに二人の顎は重力に逆らえず。
「大昔からタイムスリップでもしてきたのかここ……この世界にしたって劣化がすぎるだろこれ」
「……でも日当たりよさそうよ?」
「そりゃまぁこんだけ穴だらけならな。洗濯物はよく乾くだろうよ」
無論雨なら室内は大惨事だろう。
扉を開けずとも壊れた壁の外から室内の様子が難なく伺えそうだが、身を寄せてまで確認する必要は無さそうだった。
「で、どうするの?」
「どうするったって……ん?」
そんなボロ屋敷に見とれていると、中からギシギシと足音が聞こえてきた。 どうやら誰かいるらしいが、こちらの話し声が聞こえてか徐々にキシむ音が迫ってくる。
「な、何か近付いてきてない!? ねぇ!?」
「おおおおお落ち着け! 俺が後ろに隠れる!!」
「私を隠せッ!?」
もしや社会のはみ出し者でも住み着いてるのか!? と、二人が思う間に―――――
ドォーーンッ!!
「「ギャアアアアアアア!!?」」
潔く開けられた扉が惜しみ無く破壊されて、ホコリ舞う建物内からケホケホ咳き込む人影が現れた。
「エッキシッ!!……んぁぁ、花粉か?」
「純度100でホコリでしょうに」
クシャミを何回かした後、ズビッと鼻をすするなりそのままのっそりと近づいてくる。その人物は軽く見た限りやや猫背気味で適当な身だしなみをしており、覇気や生気も感じられない陰気な雰囲気を持つ女性だった。
「……ホームレス?」
「ここが家ならレスではないんじゃ?」
「それもそうか。よし帰ろう」
「そうね」
ここは働けるような場所ではなかったと、共に身を翻してサクッとその場を立ち去ろうとするが、二人は謎の人物に頭をがっしり掴まれた。
「…………」
「んななななななな!?」
「ぬぉぉぉぉ……今朝詩織さんにセットして貰ったのにぃぃぃ」
「…………」
「「なんか喋って頂けるとっ!!」」
その後、謎の人物はガクブルに震える二人の反応をひとしきり堪能すると、二人の頭から離した指でパチンと音を……鳴らそうとして空ぶったのだが、そこにツッコミ余裕が二人には無かった。
「「…………」」
「ん……採用」
「「!?」」
―――――と、謎の人物からサムズアップを貰ったのが、つい一時間程前の事だ。
はい。という訳で本日からヤマダの町でギルド受付のお手伝いをする事となりました。
驚く事なかれ全然稼働してましたよこのギルド。
しかも面接なしかつ建物入る前に採用ですよ。えぇ。
今は何してるかって? 受付ですよ。えぇ。
「暇だなここ……」
「暇過ぎね……これって仕事なの?」
「仕事ってこんな過酷なの? 皆こんな耐える事やってんの?」
「あ、またスライム沸いてきた」
「「「すらぁ~」」」
予想通りというか、内部も錆び付き蜘蛛の巣は垂れ、屋根、床、壁は穴だらけ。室内なのに木やよく分からん植物が生え、最近見慣れてきたスライムが一応の室内でウロウロしている。
二人は今までスライムの発生源を見たことはなかったが、どうやら地面から沸いてくるものらしい。それがギルド内で見れるのも如何かと思うが、来た時は二匹だったスライムが今では四匹まで増えてしまっていた。
色味も赤、青、黄、黒と多様に取り揃っており、あと一匹でも増えれば『ぽよぽよ戦隊スライムジャー』でも結成出来そうだ。
「ううっ……寒い……」
「暖炉っぽいのあるのに瓦礫に埋もれてっからな……柱でも引き抜いてくべてやろうか。燃料は腐るほどあるぞ」
あらゆる穴から吹き付ける風の音が何とも虚しい……。
天井仰げば、岩でも降ってきたのかと思わんばかりに穴だらけ。そこから差し込む明かりは不規則に室内を照らし、舞うホコリが悲しい事にキラキラ光って見える。
「てかギルドってもっとガヤガヤした酒場みたいな感じじゃねぇの? 色んな物語が始まる所じゃねぇの? 想像してたギルドの斜め下すぎて未だに衝撃が隠せないんだけど」
「私も居酒屋みたいなの想像してた。なにこれ人よりスライムの方が多くない? 私を襲う不届き者とそれを助けるお金持ち爽やかイケメン勇者どこよ?」
「ヤメテ。俺の存在感薄めるイベント望まないで」
「水はこれ以上薄まらん。味のしない無色男は黙ってなさい」
「ひでぇな。しかし……この世界のギルドってどこもこんな感じなのかねぇ」
受付とは名ばかりの丸テーブルと、段ボールみたいなガタガタの木の椅子。そこに座るのは武と結衣の二人のみで、見える景色がさっきから全然変わりゃしない。せいぜい地面を這うスライムが右往左往するのを、目で追うくらいのものだ。
「すぴぃ……」
ここに半場強制気味に二人を招き入れた人物は、ボロ壁に取り付けられたボロボロのベンチでスヤスヤと寝むりこけている。どうやらあの場所が普段からの定位置らしいが、こんな状況でもリラックスを貫けるのは相当な自由人に違いなさそうだった。