第026話 王者の処遇
「ところでリリィ。ドラゴンて結構種類もいるんだろ? こいつはなんて種類なんだ?」
「まだ生まれたてのレッドドラゴンですね。炎竜と呼ばれる炎を吐く器官を持った種類です。『天空の王者』と呼ばれたモデルで、種において最も代表的なドラゴンですかね」
小さいながらも堅固な鱗。翼を広げれば自分の体長より長く、既に櫻くらいならスッポリ包みこめそうな大きさだ。見とれる程に輝くその真紅の姿は、まさに生きた宝石とでも言おうか。生物としてとても美しい。
召喚でなく転生だったらドラゴンでも悪くないと、武も思わずそんな嫉妬に近い感情さえ抱いてしまう、まさに完成された種だ。
「空の王者がどこで間違ったら、こんなリビング内を飛び回る事になるのやら……王者の称号剥奪もんだぞお前」
「ぷぁ?」
「頼むから家を消し炭にするのは勘弁してくれよ~?」
「現段階ではまだ無理でしょうけどね。でも成熟すれば……そうですねぇ、姫程じゃないですけど森を更地にするのは容易いかと」
「容易いんだ。さすドラっす」
リリィの言う通り今のところ出せるのはそよ風靡く空気だけ……といった感じ。現段階では蝋燭にすら火を灯すのは難しそうで、今はまだ可愛いげなゲップくらいしか出ないらしい。
「けぷっ……!」
「けぷっ……!」
櫻も一緒になって練習しているようだが、天才櫻でも流石に口から炎は出せなかったようだ。
「そんだけおっかないドラゴンでも、災獣には分類されてないのか?」
「脅威で言えば確かに災害級でしょうけどね。それでも滅ぼされてきた国や町の数と規模を比較すれば、その差は歴然かと。ドラゴンが群れるという行動をすれば災獣になるかもですね」
リリィによればドラゴンは基本的には単独行動らしく、小型のワイバーンのように群れるという行動はしない生物であるらしい。そして群れを成すワイバーンが寄ってたかっても、個のドラゴンには遠く及ばないんだとか。
そのドラゴンが及ばないとされるのが災獣。
名前に偽りなき、真のディザスターモンスターなのである。
しかしそう考えると、妖精の国でレストクイーンという名の災獣を難なく討伐した櫻の規格外な凄さというのが、改めて浮き彫りになった。
「うちの妹はどれだけ凄い獣を消し去ったのだろうか……無自覚主人公してるのは間違いないな」
「なー?」
おまけに小さいとはいえ、既にドラゴンまで従えてしまっているのだ。どうやら妹の魅力は留まる事はないらしいと、兄としての誇らしい優越感に武は泣く。
「お兄様たまに唐突に泣きますよね」
「変人だからほっといていいのよあれは」
「ユイ様も割りと似たようなものですが」
「えっ」
多分病的に危ないのは、どちらかといえば結衣の方だ。可愛いを受け止められる許容を少しでも超えてしまうと、おもに鼻血や吐血といった形で壊れる。なので門言上は結衣は武と似たようなものとリリィは伝えたが、ポテンシャルは結衣の方が危ない人だとリリィは思っているらしい。
そんな危険を動物的に察知したのか、プチドラゴンは思わず結衣に噛みついた……という解釈も、けして過言ではないだろう。
「んで……生まれたてって言ってたっけか?」
「はい。どうやら別のドラゴンに親を殺されたようなんですが、食い散らされた中に無事な卵が一つだけ残っていたので、持って帰ってきたんです」
「…………」
なんてこった。
ドラゴン肉の好物ランキングは鶏の唐揚げより上だというのに、そんな切ないエピソードを乗せるのはズルすぎると、武のリストの中からドラゴン肉の順位は、同情心によりほんの少し下降した。
「卵で持って帰ってきたなら、ホントに生まれたばかりなんだなこいつ」
「はい。ホントについさっきですよ。食べようと思って火にかけたら生まれちゃいました。むむぅ……残念です」
ヨダレを垂らしつつ、レアな食材が食べれなかった無念で肩をすくめるリリィ。どうやら庭の焚き火と割れた卵の殻は、その時の名残のようだ。
「ギリギリだったなお前……」
「ぷぁぁ……」
ホントですわぁーみたいに安堵するプチドラゴン。薄々は思っていたが、やはりある程度の言葉は理解してるように思える。それに飛ぶのはまだフラフラとおぼつかない感じだが、そんな危機的体験をしても背中に櫻が乗っている事は嫌ではなさそうだ。
「てっきり姫も食べたいのかと思ったんですけどねぇ。敵を助けるとは流石心がお広く慈悲深いです」
「まぁ櫻だからな。この世に救えぬものなどない」
「おまけに愛らしすぎるときたもんです。どこまで完璧なんだと呆れてしまいます」
「まぁ櫻だからな。この世に魅了できないものなどない……が、流石にこれは簡単に飼っていいもんか判断に困るな……どうしたもんかね」
武は、きっと亮平と詩織を説得するのは簡単だろうと思っている。あの二人の事だから、きっと深くも考えず大した問題にはしないだろうと、変な信頼だけはしているのだ。勿論武も、飼うこと事態に抵抗はない上にむしろワクワクすらしている。ただ問題なのは、どう飼うのが正しいのかがさっぱり分からないという事だ。
これを何となく犬や猫の感覚で飼うのは流石にダメだよなと考えこんでいると、玄関の方でガチャリと扉の開く音がした。どうやら、今日も詳細不明のパート仕事を終えた詩織が帰ってきたらしい。
「ただいまー。ごめんねー、遅くなっちゃったわ」
「おかえりー」
「今日もお疲れ様です詩織さん」
「お母様おかえりなさいですー!」
「りぃー!」
「ふふっ。今日も仲良しで楽しそうねぇ。あら? そちらの可愛い新顔さんは?」
「櫻とリリィが拾った卵から生まれたドラゴンだよ」
「あらそうなの? 美味しそうねぇ」
「プァッ!?」
「あかん!! 主婦の目になってるッ!!?」
ドラゴンがめっさ震えている。
多分自分の危機を理解している。
利口故に恐怖が倍増している
「お母様ダメですよー!!」
と、詩織の前で両手を広げて主婦のやる気を引き止めるリリィ。小さいながらも結構行動派だ。
「食べるにはまだ早いです!」
「フォローになってねぇ!!」
どうやらリリィの中では、まだ食べる未来があるらしい。
「めっ!!」
「ほら! 姫もまだ早いと!!」
「そうねぇ……確かに尻尾もまだ小さいし」
「プワワワワワワ………」
「妹の真意は分からんがあれだな。炎竜も冷や汗ってかくんだな」
最早救いの手は何処にもないのかと思われたが、ここでプチドラゴンの命を救ったのは、唯一手をガブリといかれた結衣だった。
「た、多分櫻ちゃんは飼いたいんだと思いますけど……」
「あら、そうなの?」
「あいっ! ぶっぶ!」
「ふふっ、それじゃあ仕方ないわね」
「ぷぁっ……」
危ない瞬間こそあったものの、やはり武の予想通り、ほんわか詩織からはすんなりと許可を頂けた。危うく今夜の晩御飯になりかけたプチドラゴンは、ほっと息をついて安心しているようである。
「俺も別に反対では無いんだけど、でっかくなったらどーするよ? 流石に家が壊れちまう」
以後全くサイズの変わらないワンカップドラゴンとかなら、何の問題もない。しかし生まれてすぐでも、既に中型犬サイズだ。もしかすると、数ヵ月後には象くらいのサイズなら軽く超えそうな気がするのである。
詩織と櫻の手にかかれば家の作り替えも容易いだろうが、ドラゴンを放し飼い出来る家ともなれば、それは城をも越えた要塞と成り果てるだろう。そんな場所に住まう者はどう贔屓目に見ても魔王なのでは? と思えるのも仕方がない。
本屋に『ドラゴンの飼い方』なる書物でもあればあっさり解決するのだが、それも当然存在し得ない夢の書だ。
「散歩なんかしようものなら、近所の家が全部更地なる事請け合いだ。いや、飛ぶから散飛か? リードとかいるんかなこいつ」
「ぷぁ?」
クリクリお目目で首を傾ける仕草は確かに愛らしい。誰のせいで悩んでいると思ってるんだと武がドラゴンの喉を撫でてやると、とても気持ち良さそうに喉を鳴らしていた。
そんなドラゴンの頭の上にポスンと腰かけた妖精リリィは、腕を組んで武と一緒にドラゴンの飼い方を模索する。
「うぅーん……森で離し飼いもありですが、他の住人が怖がってしまいそうですね」
「人に手懐くドラゴンてだけで、変に目を付けられる事もあるだろうなぁ」
「ですねぇ。それでうっかり食べられちゃったら大変ですし」
「…………」
武は確かに……と思う一方で、一体どっちが食べられる事になるのかは聞かないでおいた。