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第024話 無理やりヒロイン

「つまり結衣が召喚された時点で俺の魔力は常時0で維持。それで魔力が戻る目処もないから魔法も使えない! と、いうのが俺の仮の現状かな」


「な、なるほど……ん? うーん……ん? あれ?」


 成績そこそこの脳みそをフル回転させて一時は納得しそうになるも、結衣は何やらおかしな事に気が付き頭上に「?」マークが次々と沸いてきた。


「えっとー……それだと……ん? じゃあ武の魔力を戻すには……私が地球に戻ればー……いいのよね?」


「そう。結衣を現実に戻すしかない。そしてそれは俺にしか出来ない」


「だよね。そーゆー事だよね。えっとー、それじゃあ……私が現実に戻るには?」


「俺の魔力を戻すしかない」


 ですよねやっぱりそうですよね……と。

 結衣は天を仰いで頭をかかえる。


「ッスーー…………武の魔力を戻すには?」


「結衣を現実にもど―――――」


「えぇぇい!! なにこの無限ループ!? そんな馬鹿みたいな話があるかこんちくしょうがぁぁぁぁ!!」


 結衣の理性と理解は共存出来ずに沸点崩壊。つまり先程気付いた疑問は最悪にして正しく、頭を掻きむしりながらどうあがいても自分が元の世界に帰れない事を知った結衣は、武に目掛けて捨て枝をぶん投げた。


「死にさらせぇぇぇぇぇッ!!」


 サクッ!!


「んほぉぉぉ!? 目がぁぁぁぁぁ!?」


「現実も未来も他人の苦労も見えてないそんな目なぞぉぉぉ!!」


「だから何度も謝ったじゃないかぁぁぁぁ! 俺も予想外すぎる事態なのっ! 初めての魔法で浮かれてたのっ!」


「なのなのうっさい!! いっそ反対の目も差し出せやこらぁぁぁ!!」


「この召喚獣一点物しか欲しがらねぇ!!」


「はぁぁ……なんで私がこんな目にぃ……一体何十億分の一の確率でここに飛ばされたのよぉ。こんな嬉しくない限定1名様ってありですか……ぐすっ」


 あらぬ現実を前に、椅子からこぼれ落ちてバルコニーへ項垂れる年頃の女の子は、二度と食べられない菓子達の思い出に涙する。


「うぅっ……さよならポテッチ、ジャガリコーン、柿ペー……かっぱカニせん……あぁ……暗黒サンダーよさらば」


「思い出おやつばっかやんけ」


「私の大切な時間だったのよぉ。せっかくダラける良い機会だったのにぃ」


 もっと友達や両親に思いを募らせるのかと思いきや、一番悲しむべきはおやつの損失であったらしい。案外しょうもない理由で嘆いているなと思った武は、その程度の問題なら詩織のパティシエスキルでなんとか満たされそうだなとも思った。


「そいや結衣って現実じゃ学生だよな? 高1くらい?」


「んー? 私は高2ぃー。 武は……中2くらい?」


 年頃の男子が何かを拗らせたような振る舞い、161cmの自分よりはミリ単位で低いと思われる身長。これらのデータから結衣の目測する武の年齢は、大体それくらいが妥当だったらしい。


 そして武は学生時代、ずっと低身長を弄られて散々にこねくり回されてきた人生だったので、その辺りの視線には大変に敏感である。


「今何基準で判断したんだおい? 身長か? 身長なのか? 高1だよ俺わっ!! 」


「どっちにしろ年下か……へっ」


「たいして変わんないだろ……結衣」


「年上って分かったのに呼び捨てでくるのね。メンタルどーなってんのよ倉元家」


「だって召喚してもう5日ですよー? 今さら無理ですわ変えるのー」


「まだ5日なんですけど!? 異世界来てまだ一週間でしょ!!? 全然私まだ受け入れるよ? 先輩!とか、結衣さん!とかさ。結衣先輩!のコンボでもいいわよ?」


「分かった考えとくよ……結衣」


「変える気ないのは分かったから間をおいて語尾につけるのやめて。ゾワってするから」


 そんな事で互いにあーだこーだ言っていると、森の奥から散歩に出掛けていた櫻と小さな妖精が、仲良くフワフワと漂いながら帰ってきた。


「はぁ……あ、櫻ちゃん帰ってきた。散歩する一歳児って逞しいなぁ。妖精さんも一緒とはいえ、将来凄い子になりそうね」


「もう充分凄いんだけどな」


 櫻に関しては意見が一致する二人がバルコニーから手を振ると、それに気が付いた櫻は満面の笑顔で二人の元へ駆け寄って来た。


「るぅー! いー!」


 そして当然、武と結衣の表情はだらしなくほころぶ。理不尽な出来事でも気にせず無邪気に楽しむ櫻の笑顔は、二人にとって何よりの至福といっても過言ではない。


 櫻はそのままフワフワと武達の所まで来ると、両手を広げて待ち構えていた結衣にすかさず捕縛されてしまった。


「えへへー、おかえりさくらちゃん」


「あい!」


「くふぅ……可愛いすぎて死ぬっ……!!」


 ここ数日の間で結衣のハートはすっかり櫻に持っていかれたらしく、過保護なくらいにゾッコン状態だ。対する櫻自身も結衣の存在には慣れたようで、二人ともすっかり仲良しになったらしい。


 そしてこの二人とはまた別に、意外と仲良くなっていたのが武と妖精リリィの二人である。


「ただいまですー」


「おかえりー。リリィも櫻の付き添いご苦労さん」


「苦労なんてとんでないです。自由に外を飛べる幸せったらないですからね。姫と一緒なら尚更ですよ」


「そりゃ何よりだ。ただ……将来櫻に寄ってくる男共は数多いる筈だからな。その時は遠慮なく吹き飛ばすか埋めてしまえ」


「そんな不届き者の輩、妖精族総出で濁った魂ごと森の養分にしてくれますよ」


「ふふふ、お主も悪よのぅ……妖精のぉ」


「ひひひ、お兄様には敵いませんよ」


「「フヒヒヒヒヒヒヒ」」


 聖なる妖精も櫻の前では下卑た者。

 リリィは櫻の契約妖精ではあるが、「世界で一番櫻が大事ッ!!」という理念が一致する武とは、かなり気の合う仲になってしまったようだ。


「まったく、何やってんのあの二人は……櫻ちゃんお散歩楽しかった?」


「んー……ったぁ!」


「んくっ……ヤバいッ……可愛いすぎて膝にくるッ……はぁ……はぁ……耐えろ私ぃ……」


「んむむ……? いー?」


 櫻の止まらぬ可愛さに結衣の膝が壊れかける一方で、どうやら櫻は結衣の抱かれ心地にやや不満を抱いているらしく。仲良しにはなってきたが、懐で気持ちよく収まるには何かがモノ足りないらしい。


「はッ!? そうだよー! 結衣お姉ちゃんだよー! お名前覚えて偉いねぇ」


「んー……ないない」


 詩織にある筈のものが、結衣にはない。

 そんな純粋な疑問からの『ないない』だが、結衣自身はその真意に気付いていないようだ。


「ん? ここにいるよー?」


「ないないっ! めっ!」


「あははっ。いやぁ~怒られちゃったぁ~……へへへ」


 櫻にペシペシと胸を叩かれる結衣だが、今日のところは幸せそうなので、武とリリィも余計な事は言わずに温かい気持ちで見守る事にした。


「あぁ……癒しは櫻ちゃんだけだよぉ。櫻ちゃんの魔法で私を現実に戻しておくれぇ……ふえぇん……」


「赤子に泣きつくなよ……まぁでも、実は一個ないでもないぞ? 微々たる可能性だが、戻る方法」


「!?」


 そんな武の発言に、結衣は一瞬固まり呆ける。


「…………え、あるの!? 戻れる方法が!? 何それ先に言ってよ!! 何々!? 私何でもするから! 滅茶苦茶手伝うから!!」


「おぉう……でも可能性の話だぞ?」


「0じゃないならウェルカム!!」


 もう戻れないと渋々諦めた所に思わぬサプライズ報告を受けて、結衣は今日一の笑顔を見せた。さっきまで低かったテンションも櫻の帰宅で無事に上がり、更に今の宣告で気分は最高潮まで回復したらしい。


「さぁ!聞かせてたもれ!」


 そのキラキラした眼差しで思わずその場に正座する乙女に対し、腕を組んで何故かノリノリになった武がその可能性を語り出す。


「フム……いいだろう。俺がたどり着いた可能性を教えてやる! 結衣が現実世界に戻り……しかも! 俺が主人公っぽくもなるというその素晴らしい可能性を!!」


「主人公とかどうでも良いからはよ!」


「どうでもよくないッ! こほん……まずこういう召喚術ってのは、所謂お約束パターンがある」


「ふんふん!」


「一般的には魔王を倒すと現実に戻る……とかが考えやすいかな。他に何か理由があるにしても、生まれ変わりの転生ではなく、誰かに呼び出された召喚系なら目的達成でお勤めご苦労さんって余地が残されてはいる訳だ」


「え、そもそもこの世界って魔王いるの!?」


「一応いるらしいぞ? 分かりやすい悪はこの世界にもいるって事だな」


 武もその辺りの詳しい勢力関係はまだまだ勉強中だが、この世界も異世界らしく穏やかでない存在がいる事は知っていた。更に言えば魔女という魔王とはまた別の勢力もいるようだが、敢えて据え置く最上悪がどっちになるのかまでは武もまだ良く分かっていないようだ。


 しかしそういう事ならと、結衣は自分が帰れる条件を先走って導き出した。


「ほう!じゃあ魔王倒せばいい感じ? でも結構難易度高いな……魔王ってラスボスってことだよね?」


「まぁね。でも生憎、そもそも俺の召喚された理由は別に『この世界を救ってくれ!』じゃなくて『あ、勢いとノリで』ということなので」


「よくそれで受け入れたわね……ちょっと尊敬すら芽生え始めてきたわ私……」


「つまり俺は目的があって召喚された訳じゃないから、例え魔王を倒しても現実に戻れる保証がそもそもない」


 戻れるというから聞いてみればきっぱり戻れないという単語が出てきて、結衣は少し不安めいた表情になった。


「え……詰んでない? これ大丈夫??」


「ちっちっちぃー。違うんだなー。まだ話は終わっちゃいねぇですぜ奥さん?」


 しかし人差し指を小賢しく左右に振る武は、この数日分で得られたその知識の差を存分に堪能する。


「顔腹立つけどまぁいいや!! それで?」


「今のは俺に限った話だ。でも結衣は俺が召喚した訳だから、俺はある目標を立ててる中でこの召喚術を使用してしまった……筈ッ! 俺達の理不尽家族召喚と違って、結衣には俺の召喚理由がある!!……筈ッ!!」


「おぉ! なんかそれっぽい!! この際『筈』はいいや!! で? 何をお願いしたの!?」


 それを叶えれば日本へ帰れる。

 魔王を倒す程難しくなければ自分だって協力出来る筈だと、結衣は完全に武の力になると決めて両拳を握りこんだ……のだが。


「ヒロイン欲しいなって」


「……は?」


 この数十分でこうも理解できない事が続くと、流石の結衣も純粋に聞き返すことしか出来なかった。無論聞こえなかった訳ではない。単純に意味が分からないから聞き返したのだ。だが演説を終えた武はやりきった顔で再び告げる。


「ヒロイン欲しいなって」


「聞こえなくて聞き返した訳じゃないからね!? なにそれヒロイン? どゆこと!?」


「だって折角異世界来たのに美少女もなく女神も無しだよ? 理由なき召喚の後でそりゃないっしょ!! ロマンのへったくれも無い!! 同情するならヒロインくれ!!」


「知らん!! それはマジで知らん!! ちょっと待って……え? じゃあ何? 私が戻れる理由って……」


「自分の感情押し殺して己を騙してまで無理矢理俺のヒロインになる」


「なにこの超難問。解き方知らないんだけど」


 さっきまで協力する気満々だった自分が恥ずかしく。

 まさか魔王を倒すよりも難しい願いが来るとは思ってもいなかった結衣の目の光は、完全に死に消えた。


「とまぁ、ふざけてると思いきや割りと現実味のある話でした。お便り待ってます」


「終わった……私の人生……」


「あらら~?」


 あげて落とされる無情な宣告に次こそ涙を溢して項垂れ、それを櫻が隣で頭をペシペシ叩く絵面がシュールさを更に引き立てる。


「まぁまぁ。もうひとつ聞いていきなさいよって。考えようによっちゃ選ばれた存在な訳だ。オンリーワンだ。世界で一人だ。だから例え帰れなくてもさ、実は異世界出身で記憶を失ったお姫様が現代に!とか、太古の王女の生まれ変わりの正体が結衣だった!! なんて事が後々発覚してくるかもしれないぞ?」


 なんて、たった今思い付いたような即興話で武が笑いながら慰めようとすると


「……確かに!」


「あ、そこは食いつくんですね」


 その手の話を今まで幾らでも妄想してきた結衣にとっては、これこそが一番納得出来るワクワクした妥協案だったらしい。


「……今からでも扇子持って一人称「余」とかにしとこうかな。そこの天パちんちくりん。余と姫に菓子を持って参れ」


「結衣の王女像ってそんななんだ」


 女の子は、いつだってファンタジーな生き物なのである。

ー 結衣と結衣と突然武 ー


「はぁ……いつか日本に帰れるのかな私……」


「きらーん☆ ふっふっふ………帰れる訳がないだろう?」


「だ、誰っ!? 何処から声が!?」


「私は女神。世界を惑わすその美貌を、元の世界に戻す訳にはいかん。故に、貴様はこの世界で天パちんちくりん少年の奴隷となり、その美しさの罰を受けるがいい!」


「そ、そんなっ!? 女神様! 私の美しさは罪だという……」


ガチャッ!


「結衣ー。もうすぐご飯だってよー……どした?」


「な、なんでもない……」

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