第022話 おしどり夫婦
「しっかしこの家広いねニーチャン。見た感じ新居か? 良い所住んでるよなー!」
「ニー………チャン…………だと?」
頼んでもいないのになんたるご褒美か。ニーチャンの前に『お』が付けば完璧だったが、武としてはそれでも申し分なかった。
「ニーチャン大丈夫か? なんかニヤニヤしてるけど」
「…………ふんっ!!」
「度々自分を殴るそれ滅茶苦茶怖いんだけど!?」
「お気になさらず。そして実際、新築ホヤホヤではありますかね。まだまだ馴染んでないくらい出来て日は浅いですよ」
「やっぱりそうなんだ! この町で木造とは珍しいね。私の村かアイちゃんの所くらいでしか見かけないのに。匂いも良いしここは落ち着くよぉ………むふぅ」
「アハハ。我が家と思って遠慮なくダラけてどうぞ」
「そんな事言ったらポッツは本当に遠慮しないぞ?」
どうやらポッツにとって、木造の家は居心地の良い場所であるらしい。フィーネの忠告通り、早速日の差すカーペットの上でコロコロと寝そべっていた猫耳少女は、とても満足気な表情だ。
「因みにタケルさんは何の仕事をされているんです?」
「自宅警備及びニートですね」
もはや学生ですらない16歳。
早く文字を覚えないとどんどん世界から隔離されてゆくので、最近は読み書きに費やして一日を終える。そしてそれは結衣にしても同じ事だ。
しかし勉強の甲斐あって、少し遅くも自分の名前は書けるようになったので、そろそろ何かしらに出願はできそうになった頃合い。ただ怪しい仕事も少なくないので、行き当たりバッタリな職業は極力避けたい所である。
「警備? 衛兵とはまた違った防衛職ですかね? ニートというのも知らんが、存外儲かる仕事のようだな」
「私たちも転職するー? そのニートってやつに」
聞き覚えのない職に対してフィーネとポッツは冗談めいてそんな事を言うが、それは絶対にやめた方がいいだろう。なんせ何よりも儲からず、一銅貨、一魔石だって手に入らない危険な職業なのだ。
「冒険者の方が比較にならないくらいかっこいいですよ。ホントは俺もなりたかったんですけど、この親父が勝手になりやがったんで道が閉ざされましてね」
「君も冒険者に? 親子揃って無茶しぃだな?」
「ひと家族一人までとかルールがなければ、俺も即冒険者だったんですけどねぇ」
「「ん?」」
ため息を吐いてがっくりと項垂れる武に、二人は揃って首を傾げる。共に、まるで「一体何の事だ?」とでも言いたげな表情だ。
「えっ……もしかしてこのルール親父の作った嘘か!!? 実は全然なれちゃう系だった!?」
「いや、君たちは結婚しているのだろう? だったら問題なく申請できる筈だが?」
「違った!! んんー? どういう事ですか?」
「君はもう家庭をもつ主なのだろう? ならギルド的にも全く問題ない」
「…………ッ!!」
「まぁそんな人普通いないけどねー。頼まれても首を横に振る代名詞みたいな職業だしさ」
なるほど……と。
武の全身に雷が落ちたような衝撃が走った。
一家に一冒険者は絶対。つまり結婚しちゃえば所帯を持った別家族なので、法律的にも何ら問題なく冒険者として活動出来るという事だ。
これは何という盲点。
いや、冷静に考えれば普通に当たり前なのだが、こんなに簡単な合法的解決方法があった事に武は歓喜する。
「キタコレ!! 我の道開けり!! よっしゃあ!! 結衣……結婚しよう」
「寝言は現実戻ってから言いなさいよ」
結衣は項垂れながら即答する。
どんな状況でも隙はないらしい。
「くっ……この世界全然ラブコメできねぇな。誰かやり方教えてくれマジで。あとさっきから足踏まないでくれるかな結衣さん? めり込んじゃう。右足だけめり込んじゃう」
「わわわっ! プロポーズ見れたよフィーネ!! いいねいいね!!」
「式はまだだったか。挙げる際は是非呼んでくれ。チームメンバーの息子さんだ。喜んで祝わせて貰う」
「え? いやあの……だから違いま―――――」
「ありがとうございます。それとこんな父ですが、今後も宜しくお願いします」
「ホントにできた息子さんだな。リョーヘーももっと頑張って貰わねば」
話が勝手に進む恐怖に結衣はオロオロする。そんな武たちのやかましいやりとりに目を覚ましたのか、奥の和室から、スゥーっと宙を漂いながら櫻が顔を出した。目をこすりながらまだおねむの、武のマイエンジェル降臨である。
「るぅー…… みぃーくぅ……」
災獣倒しちゃった妹が頼りにしちゃっているこのギャップたるや。武はアホな茶番を直ぐに取り止めて妹の朝食作りに取り掛かった。
「起きたのかー。待ってろー今作るからなー」
「わぁ! ちょっと急に動かないでよ!! 引っ張られて危ないんだから!!」
「櫻が空腹で泣いても良いってのか!」
「それは絶対に許されないっ!!」
本日の二人の距離制限はかなり短いようで、今日はいつにも増して二人は隣接気味だ。日によって変動する距離制限の力関係は若干武の方が強いので、基本は結衣が追従する。
反発しようものなら、まるでゴムのようにビヨンビヨンと弾力を持つ力が互いを強制的に接近させるので、大人しく着いていく方が得策なのだ。
しかしそんな面倒な制限がある事を知る筈もないフィーネとポッツにしてみれば、どこからどう見ても仲睦まじい三人家族にしか見えないようである。
「もう子供もいるのか……何と微笑ましい光景だろうなポッツ」
「奥さんも文句言いながら、なんやかんやニーチャンに付いていってるしなぁ。というか、あの赤ちゃん何処かで見たことあるような?」
「一月前くらいに中央広場にいた子だろうな。宙を浮く赤子などそうそういまい」
「あー! あの時の女の子かー!」
ほんの少し面識のあった櫻の事も思い出し、二人の胸はポカポカと温かくなる。
「どうやったらこのリョーヘーからあの息子が産まれるんだろうな」
「ニーチャンはママに似たんじゃ? 男の子は母親に似るって聞いた事あるよ」
「どんな素敵な母親か是非とも会ってみたいものだな」
実際は既に詩織とも面識があるので、フィーネとポッツは倉元一家を人知れずにコンプリート済みだ。そんな二人が再び台所に目をやると、夫がミルクを作るまで妻が子をあやしているという、微笑ましい家族の姿があった。
しかし、「母乳はでないのか?……それともアレでは出せないのか?」……と、結衣の控えめな胸を見て、子を持たないフィーネは少し興味津々にそんな事を思った。
「ん? なんか今胸がえぐられたような気分に………」
「元々えぐれてんだろ」
「えぐれとらんわっ!! まったく………櫻ちゃーん。結衣だよー。おはよー?」
「よー……マンマ」
「んふぅ……今日も可愛い……」
結衣の心は殆ど櫻に支えられてると言って良い。兎に角何をしても可愛いく、何をしゃべっても可愛いのだ。この世界で唯一心安らぐ天使として、溺愛しているのである。
「えへへ、ママだってぇー。可愛いなぁー。まだ1歳くらいかなぁ? あの子」
「奥さんも楽しそうじゃないか。これ以上邪魔する訳にもいかないな……今日はこの親父は宿まで連れて帰ろう」
「だねぇ……ニーチャンの家に置いておく訳にもいかないし。やれやれ、結局オッチャンの家は何処なんだ?」
櫻のミルク作りがもう間も無く終わろうとした頃に、二人は亮平を肩で抱えあげ、何やら身支度を始める。どうやらここを武と結衣の新居であると勘違いしたフィーネとポッツは、三人の大事な時間を尊重しようと早々に帰る選択をしたようだ。
「あれ? もう行っちゃうんですか?………なんでまた親父を担いでるんです?」
「急に邪魔してすまなかったな。この親父は連れて行く。心配するな任せておけ」
「は、はぁ……。じゃあ………宜しくお願いします?」
てっきり仕事は終わったのかと思っていたが、まだ何かあるのか? 親父を届けに来ただけかと思ってたけど、冒険者とは案外ブラック企業みたいなものなのだろうか?……と、武は武でそんな勘違いを起こしている間に 、二人は既に背を向け終わっていた。
「また来るねーお二人さーん!! お茶ごちそーさーん!! しゅーくぃむもありがとーう!」
そう言って無邪気に手を振るポッツに武も手を振り返し、段々と去って行く二人を三人で見送った。
「冒険者って大変そうね」
「だなぁ………想像以上に過酷そうだ」
「みーくうまっ!」
ー 櫻と結衣 ー
「ミルク出来たよーさくらちゃーん! 上手に飲めるかなぁ?」
「パイパイ」
「ん?」
ポフッ
「ないない」
「……あるっ!!」