第002話 本音荒ぶる奇劇場
一旦。
ここは一旦『なんで!?』と言わせて頂いた。
だがそんな武の全身から沸き起こる疑問を簡潔に放った短い一声で、先ほどまで半ば楽しげにこちらを見ていた異世界の子供達は、驚いたように一目散に散らばっていった。
「「「わぁぁぁぁぁ!!?」」」
「誰か衛兵さんを呼んでーー!!」
声を出しただけで衛兵を呼ばれるとは、流石異世界恐るべし。人生ハードモードである。
「驚かせてマジゴメンね! でも限界なのよ俺!!」
ソファに預けた身を漸く引き起こし、武は頭を抱え込む。
意味が分からない、一体これは何なんだと。
「イヤイヤイヤ……もっとこうさ! この世界の為になる人一杯いるってマジで!! ないよー? 俺なんもないよー? この世界の事情とか知らないけどさ? どーせ出てくんでしょ!? 魔王とかっ!! 何か平和に逆らい蔓延る輩がいるんでしょ!?」
冗談ではなかった。
そもそも日本という国、都会ではないがそこそこ便利なあの街の事が武は気に入っているのだ。程よい数の友人もいて、学生生活もそれなりに楽しめている。ざっくりではあるが、将来進むべき道だって決めていたのだ。
それがいきなりどんな悪運が挟まって、こんな運命路に放り出されてしまったのか。
同意無しの無許可な引っ越しの上に、その先が異世界という実にふざけた場所ときたもんだ。受け入れようにも、落ち着いていられる筈がない。
「………ンもて余すッ!! 世界を救うためとかに異世界人呼んだんなら、もっと査定基準厳しくした方がいいぞマジでッ!」
心からの本気の叫び故に、マジでがマジ止まらなかった。
「勿体無いよー? 絶対救えないよ俺。若さより実経験豊富そうな大人を召喚しようよ? そんでさ? 普通さ?」
そして自分でも引くくらいに独り言も止まらない。
周りがザワザワしてきたような気もするが、武としてはそこも一旦どうでも良かった。
「ママぁ……これなんかのお芝居なの? あのお兄さんずーっと一人で喋ってるよ」
「うーん……どうなのかしらねぇ……?」
散らばった子達が再び集い、そしてその親達が集い、集いに寄せられ道行く人が寄り集う。
しかし武は自分が大勢の人を招き寄せている事などつゆ知らず。
「なんかこう車に轢かれたー……だとか? 誰かに呼び出されたー……だとか? ね? 色々あるじゃんか? ここに来るきっかけポイントが普通あるじゃんか?」
遂に座ってるだけではいたたまれず、ブツクサと漏れる独り言が足と連動するように、武は元リビング内を右往左往し始めた。
「よく分かんないけど、普通あるんでしょうよ? そーゆー異世界マニュアルブック……ないんですか?」
そして急に問いかけられた買い物帰りであろう獣耳奥さんが、ビクリと肩を上げて驚く。
「………………え? 私に聞いてますか!?」
どう反応すれば良いかも分からない獣耳奥さんは他の婦人仲間に視線を向けるも、右に左に全員が勢いよくブンブンと首を横に振るだけで、誰も助けてくれる気配は無かった。
「どう思います?」
「えと…………まにゅ……ぶっく……とは?」
しかし目の前であたふたする獣人達には気にも止めず。答え待たずにくるり身を翻す武は、再びリビングを右往左往。そして独り事の声も段々と大きくなっていき、感情の爆発と共にその動きもオーバーリアクション気味に大袈裟なモノへと変わってゆく。
「普通なんかこう、神聖味溢れる部屋だ~とか! 現世を見下ろせるような美しい天界だとぉ~か!! そこで女神やらとあれやこれやの対談があるんじゃないの!? 現世での労いを経てから晴れて『好きな能力を与えましょう』とかがあるんじゃないの!? 俺知ってるもん! 本に書いてたもん!!」
この際もう転生だろうが転移だろうが知ったこっちゃない。うるせぇ黙って神を出せ。お怒る武の心情はそんな所である。
「独り言なの!? お芝居なの!? どっちなのこれは!?」
「流石に……お芝居じゃないかしら? まずこんな舞台天幕見たことないし」
「そ、そうよね。流石に芸事よね」
「ママー! あのお兄さんなんか面白いよー! 私も見るー!」
「舞台セットはかなり凝っているようだけど、チケットは……ないのかしら?」
「どうやったか知らんが突然現れたし、ゲリラ公演だろ。チップだけで良いんじゃねーか? 面白かったらだが」
「これは喜劇になるのかしらね?」
「お? なんだ? 面白い事でもやってんのか?」
武的には何にも面白くはないこの現状。
何故ならこの先の未来、勇者だの魔王だのと、この異世界にとっての明暗を分けるそんな大事な運命が託されちゃう可能性があるのだ。
「……やだもう重い!! 俺の運命急に重いッ!!」
地面に打ち伏す休日の男子高生。
願わくばこのまま土下座に移行して、神に日本への帰還を申し入れたいところだが、このスルー具合は完全においてけぼり。放置プレイもいいとこだ。
「喜劇ではなく悲劇なのかしら……でも内容がよく分からないわね。どこの国のお話なのかしら」
「アハハ! 話分からなくても動きと顔が面白ーい!」
外部の視線もなかなか群れをなして突き刺さってきた。
そしてテレビ台の隅には何故かコインが積まれ始めているが、それは当然に見たことの無いデザインのよう。10円に近い銅のような色と質感だが、上から叩き潰したのかと言うほどに薄く、円形や長方形などと形にもバラつきがあるようだ。
「たとえ召喚者?……が女神とかじゃなくとも相応の『もてなし』ってあるもんだと思いますよ。説明なりをしてくれないと急にこの世界に飛び込んでいけないですよ。救命具なしで荒海に飛び込めと? 鬼ですかマジで」
そのまま床に落ちたポテッチを掃除しつつ、武は再びソファに座する。足を組み、指を組み、心を落ち着かせ一先ず心を冷静に。
「召喚……荒海……もしかして魔女の話かしら?」
「鬼とも言ってたぞ? やっぱ魔王の話じゃないのか?」
足を止める異世界の住人達は最早これを劇場だと認識し、酒を片手に観覧する者まで現れた。
お向かいは食処なのか居酒屋なのか、窓を開けて客と一緒に従業員さえもこちら覗き見ている。
「はぁ……まぁいいやこれは。今は無くとも後からイベントもあるはずだ。というか文句言いたいから『原因』がいてもらわないと困るッ!」
原因即ち召喚者。
この際別にチートなどいらぬ。
超絶に日本に帰りたい。
そんな事を思う感じで突如、そして勝手に。
武の新たな生活が始まるのだった。