第019話 めっ!
「国とかっ………マジか。えっ………俺の妹一歳で一国救っちゃたの?」
「はい」
「ち、因みに一体どのような案件を?」
「櫻ちゃん何者!?」
驚きのあまり冷や汗止まらぬ武と結衣だが、リリィはお構いする事なく嬉しそうに続ける。
「『レストクイーン』と呼ばれる植物型災獣の討伐です。妖精を補食し、数多くの森を腐敗させていたのですが、ようやくその歴史に終止符がうたれました」
「「…………」」
予想を遥かに越えた櫻の偉業がリリィから告げられた。開いた口が塞がらないとはこの事だろう。
リリィが櫻を慕っているのにそれなりの理由があるとは思っていた武だが、それが聞くからにヤバそうな『災獣』なる化け物を討伐したからだとは夢にも思わなかった。
「因みにこの中心町の名前は、既に『サクラ』で満場一致の決定事項です!」
「まさか日本要素が増える瞬間に立ち会えるとは思わんかったな」
しかし、これが本当の話ならそれも納得出来る話。もう町の看板も出来てるんですと、意気揚々に紹介するリリィの興奮も頷ける。この調子だと、ヤマダの町で伝説の冒険者としての銅像を建ててもらうと息巻く亮平よりも、妖精の町で櫻の銅像あるいは石像等が建つ方がよっぽど現実的な話になりそうだ。
「その災獣ってのは初めて聞くんだけど、魔獣とかとは別個なのか?」
「はい。魔獣は魔王、及び魔女が使役するとされる獣の事ですが、災獣はそれよりも昔から存在する個体と言われています。詳しい生態までは知られていませんが、生き物というより文字通り災害として扱われていますかね」
災害を討伐する赤子とは一体。
その規模感があまりにも大きすぎて、ピンと来るのも難しい。
「思ったより、もっ凄い怖いことやってのけたな我が妹……なにそのレジェンドクエスト。生後間もない子がやる案件じゃないでしょうに。お兄ちゃん心配だよもう」
「凄いなんてものじゃないですよ。レストクイーンは森そのものの災獣ですからね。今まで普通の森だった場所も、明日にはレストクイーンとなっている事もあります。そして普通ならその変化に気付けるのは不可能に等しいです」
「考え方が難しいな……寄生植物みたいな事か? それともこれはもう、土地に宿る悪魔とか神様を相手にするみたいな規模の話……か?」
「寄生は近しいニュアンスかもしれませんね。もう一説も仰る通りで、土地柄によっては災獣を『神獣』として信仰している地域もあるそうです」
「そんだけ出鱈目な存在だったらそれも道理だわな」
「さっきの凄い結界を作って貰っても見つかっちゃうの?」
「流石に災獣相手に限っては難しいです。レストクイーンは最終的に森ごと食い潰しますから、結界もまるごと飲み込まれてしまいます。それが絶対的優劣、理というものです」
「……異世界怖すぎない?」
「ホントにな」
「その生命力も桁外れでして、幾度となくエルフ等と結託して迎撃は試みたのですが、最終的には森を燃やして被害を最小限に止めるしか手立てが無かったのです。棲み家もどれだけ転々としたか覚えていませんよ」
冒険者なったらそんなのとも戦ってたのかなと……そう考えるだけでも恐ろしい。
リリィが持ってきた先代妖精による絵巻を見せてもらうと、森から伸びる黒いツルのようなものに捕縛されている無数の妖精達の姿があった。その中心には禍々しいまでの巨大な怪物が描かれているが、これはレストクイーンの恐ろしさを伝える為の抽象的な表現であるらしい。
そしてその表現方法は武や結衣にも正しく伝わり、絵巻の中から妖精達の悲鳴が今にも聞こえてきそうだった。
「……これを櫻が討伐したのか?」
「はい。どうやらお散歩中に我々の国に迷い込んだらしく、その時はもう我々はレストクイーンに養分として吸収されている最中でした」
「マジかよ」
「ある日突然に、私は状況を理解する間も無く羽をもがれたように地に落ちました。そこから見える景色は悲惨で、仲間達が自分と同じように次々と地面に落ちていく光景を見せつけられました。動こうにも力は入らず、森の鼓動が止まっていくのを感じて、そこで漸くレストクイーンの食事の最中にいるのだと気が付きました」
あの日の事を思い出すだけで、リリィは身震いを起こす。しかしそれはけして恐怖から来るものではなく、その後に起こる奇跡を目の当たりにした事に他ならない。そしてこの事を次世代の妖精族へと語り継いでいけるのは、リリィとしては最大級に喜ばしい行いなのだ。
「やがて周りから悲鳴も聞こえなくなって、私を含む誰もが死を覚悟していました。ですが、そんな時に現れたのが姫です」
「「姫ッ!!」」
「妖精一同顎外れるくらい衝撃を受けた一瞬でした。姫が『めっ!!』っと言った直後には、結界内の森は全て更地になりましたからね」
「森が全部!?」
「なんというか……世界最強のお叱りね」
「ふふっ。姫の言葉通りに滅されましたからね。お陰で私の知る常識も壊されましたよ」
言葉にすれば物騒な話だが、リリィはあの時の幻想的かつ美しい光景を忘れる事はないだろう。キラキラと輝く無数の光の粒が、悪しき土地を浄化するように世界を包み込んでいたのだ。あれはけして土地の終わりを目の当たりにしたのではなく時代の変革を拝見出来たのだと、リリィは今でも心からそう思う。
しかしそれを討伐したとなると、いささかか疑問な点もあると武は首を傾げた。
「でも森はまだあるよな? どゆこと? ここがその更地になった森じゃないのか?」
「森をすっ飛ばした後に、姫が新たな森を創造して下さいました。顎を戻す間もなくそれはもう一瞬の魅業でしたね」
「ワォ」
どこぞの女神よりもよっぽど慈愛に満ちた行いをする妹様に、武も驚きすぎてリアクションが薄くなる。これは下手をしなくても人類最強なのではと、今後起こり得る妹へのしがらみを考えれば武の兄心は少々複雑だ。
「なるほど。それで丸っと解決した訳か……なるほどねぇー………納得……できないけどお兄ちゃん我慢するッ!!」
櫻は櫻の道を進めばいい。
もしもその道を下世話に利用する輩が現れようものなら、それが例え国の王でも喉元に噛みついてやると不適に笑う武の表情は、姫と愛される櫻の兄とは思えぬくらいに悪魔的だった。
「なんか変な事を考えてそうな顔付きね」
「妹への保護欲が増しただけだ。気にするな……フヒッ」
「こんな顔付きの変な兄がいるだけで大分風評被害なのでは」
「お黙りなさい」
でも完全には否定しきれない武である。
「でも良かったねリリィちゃん。きっと櫻ちゃんと出会えたのは運命みたいなものだったのかな」
そんな結衣の言葉に、リリィは嬉しそうににこりと笑って舞い飛んだ。
「はい! 私もそうだったら良いなと願っています!」
「どこでどんな出会いがあるか分からんもんだねぇ。でもこれでこの国の現状がよく分かったよ」
「今まではいつかレストクイーンに壊されると身構えていたので、妖精族の家は移住前提の簡易的なモノが一般的でした。なのでこんなしっかりした家は作った事がないのですが、お陰で今まで作りたかった家をそれぞれ惜しみ無く作っているのです」
リリィ達にとっては、初めての定住出来る国。
今まで夢物語に思えた理想の時間が、遂に現実のものとなったのだ。こんな景色が見れる幸せは他にないと、リリィは感謝を込めて涙ぐむ。
「そっか。それでこんな楽しそうな訳か」
「ふふっ。これからどんな素敵な国になるか楽しみだね」
「はい!」
「でも木材運ぶの結構大変だろ? 資材運搬とかなら手伝おうか?」
嬉しそうに笑うリリィに武がそう提案するも、リリィは慌てて首を横に振る。
「いえいえ! それには及ばないです! 国を救って貰っただけでも大きすぎる借りなのですから! それに全てが本当に楽しいのですよ。こんなに歌が森中に響くのも今まではあり得なかったですからね」
居場所をわざわざ知らせる行為が出来ないのは当然。その全てがデスソングになりかねないのだから、そんなバカな事をする妖精はいなかった。どれだけ素敵な詞を思い付いてもそれが世に出される事もなく、思い貯めた詞が意味もなく積み重なるだけ。
それが、当たり前だった。
だから世界はおろか妖精族すらも知らなかったのだ。
彼女達が、こんなにも美しい音色を奏でる声を持っている種族だという事を。
心が揺れれば体も揺れる。
一度耳を傾けてしまえば、武や結衣のように自然とユラユラ揺れてしまうのも、種族の歴史を考えれば実は貴重な体験なのである。
「そっか。楽しみを横取りするのは野暮だな。でも困った事があればいつでも言ってくれ」
「私も手伝うよー!」
「うぅ……お二人ともありがとうございますぅ」
「というかリリィちゃんは櫻ちゃんのお礼がしたくて、今まさに困ってるんだよね?」
「そうだった」
「そうでした!」
というかむしろこれが本題である。
でもこれで、何故櫻にお礼がしたいかのあらすじは大体理解した訳だ。
「じゃあ櫻ちゃんの好きなもの探る為に、リリィちゃんはいつも側にくっついてたの?」
「それもありますが、姫は契約もして下さったので。姫程の力を持っていると意味は無いのですが、微力ながらサポートをさせて貰ってます」
「契約?」
何やらファンタジーっぽい単語がまたでてきた。
俺も召喚された身としては、そういう契約みたいなの欲しかった……血でも酒でも契りを交わす何かがよぉ……。
すぐ側にある筈の魔法の世界に手が届かず、その虚しさと悲しさに武は思わずホロリと涙する。
「どったの武?」
「憧れた世界が俺の周りで溢れてるなって思って……」
「言ってる意味がよく分かんないんだけど……それでリリィちゃん。契約って?」
「はい。妖精は魔力供給を人間から行うのが効率がいいんですよ。正確には魔力を持っている種族なら誰でもいいんですけど、ヒト族は魔力の絶対量が比較的高いんです。互いのゲートを繋ぐと安定して生きられるので、多くの妖精は成熟するとそれぞれ契約主を探すんです」
「な、なるほどぉ……?」
質問した割りには知らない単語が飛び交い過ぎたのか、結衣は早々に離脱した。既に本能は、妖精の町を楽しむことに切り替わっている。
「ユイ様? 大丈夫ですか?」
「それは暫く放っておいていいよ。それより大気中とかで魔力供給できないものなのか?」
「できますが森を維持するのにギリギリの量ですからね。そんなにガツガツ貰ってられないんですよ。私達のしきたりとしてそう決まっているので、んーと、お兄様達の世界でいう法律みたいなものですかね?」
「しきたりか……にゃるほどねぇ。 災獣の脅威だけでも心休まらんかったろうに、妖精も生きるの大変なんだな」
「なので、マナを貰う代わりに妖精の秘霊術を使って私達は主のサポートに努める訳です。秘霊術は魔法と同じく貯めた自身のマナを使いますが、契約後は主のマナでもありますので、あまり胸張って言える事では無いですけどね」
そんな事を言いながらナハハと、リリィは申し訳無さそうに笑う。
「メリットの大きさで言えば、私達の方が遥かに得る物が大きいので、主従の関係は絶対なんです」
要するに、契約すると契約主は妖精分のマナを余分にストック出来る……という事でいいのだろう。自分の魔力+αで最大量が増え、妖精は外付け記録媒体のような扱いになるという事だ。そこから契約主本来の自分の魔法に加えて、さらに秘霊術と呼ばれる妖精特有の魔法も使えますよ、という事らしい。
リリィはメリットは妖精の方が大きいと言うが、人間側のメリットも結構大きいなと武はフムフム納得する。勿論ただの仮説上の話だが、例え違くてもこれならリリィが心配する必要も無いかと、武は安心した。
「まぁ何となくの事情は分かったかな。因みには契約ってのは同意あっての事だよな?」
「勿論です! ゲートを繋ぐ事に許可を得られなければ、契約は不成立ですから。むしろ姫はこちらの提案前に私にマナを分け与えて下さったのですよ」
じゃあ尚更リリィの心配していた問題は簡単に解決しそうだなと、武は自信を持ってリリィに告げる。
「そっか。じゃあ櫻へのお礼の必要は無さそうだな」
「………えっ!? なぜですか!? それでは意味が無いですし、助けて貰ってばかりです!!」
オロオロと困惑するリリィだが、話を聞く限り特に考え込むような問題でもない。確かに救われた身としては不服かもしれないが、多分もう櫻の欲しいモノを今から与えるのは不可能だと、武は兄として確信しているのだ。
「でも契約しちゃったんだろ? だったら櫻の願いは叶っちまってると思うぞ?」
「……どういう事ですか? まだ何も叶えてないです。むしろ図々しく契約して貰ったというのに」
訳も分からず羽を畳んでシュンとする妖精に、武は妹の考えを簡単に意訳する。
「俺の妹は流石に恩とかまで理解できる歳じゃないよ。単純に遊ぶ友達が欲しかっただけだと思うぞ? 何でも興味を持つお年頃だからな」
「ともだち……ですか?」
それだけ? と、リリィは全く納得していない様子だが、リリィに付きまとわれている櫻の反応を普段から見ている武にしてみれば、実に可愛らしくも分かりやすい振る舞い方なのだ。
「そっ! だからリリィは今までどーり遊んでくれればいーの。もしそれでもお礼がしたいって言うなら、妹が成長してから自分で聞いてくれ。どーせ今後も一緒にいるんだろ?」
「は、はぁ。それが……姫の願いですか? そんな事でいいんですか? もっとこう……物欲的なものは? 第一さっきも言いましたが、主従の関係ですし友達というのは………」
「一歳児が金品なんか欲しがらないって……。断言するけど櫻は今の現状に満足してるよ。それと、櫻はリリィを従えてるとは思ってないと思うぞ?」
むしろリリィと一緒にいるようになってから、更に生き生きとしているくらいだ。夜もリリィが側にいないと少しグズって寝ないくらいなので、小さな櫻の小さな拠り所にもなっているのだろう。
「姫の器大きすぎます……うぅっ……そうですか……グスッ……分かりました。ならば今は与える礼ではなく、姫の楽しい日々を絶やさない事に尽力させてもらいます」
「おう! 今後も仲良くしてやってくれ!」
「はいっ!」
どうやらリリィは納得してくれたらしい。武個人的にも櫻の遊び相手がいるのはかなり嬉しいものだ。小さいながらもリリィはしっかりしているし、簡単なお世話くらいなら頼まずともやってくれる信用高い存在なのだ。
「ところで何で櫻を姫って呼んでるんだ? それも何かのしきたりとか?」
「いえ、単純に世界一可愛いからです」
「天才かよ」
雑な理由だが、武的には滅茶苦茶納得できる理由だった。
しかしこれで万事解決。不安の無くなったリリィはすっかり元気を取り戻したようだ。
ならばここからは我が物欲の時間だと、武はとある話を聞いてから沸き立っていた好奇心に火をつけて、ギラリとその目を光らせる。
「それでさしあたっては俺からのお願いなんだが、俺にも妖精族の秘霊術とやらを教え……」
「お兄様! ユイ様! 今日は本当に助かりました! お忙しい中、貴重な時間を預けて頂きありがとうございます! 直ぐにご実家の近くにお届けしますので! はぁ~姫に早く会いたいですぅ~!」
問題解決にホッとしたリリィはやけに早口で、最早武の言葉は耳に届いていない。
「いやあの……リリィさん。俺にも魔法を……」
「やはり相談すべきはお兄様でしたね。今後とも宜しくお願いします! では!」
「聞いてる!? ちょっ……あっ……」
発言終える前に、見慣れた森がそこにはあった。
どうやら秘霊術を使われたか、結界を閉じられて一瞬で自分達の家の裏森に戻ってきたらしい。再び町に行こうにも、リリィの案内無しでは入り口がどの木だったかサッパリ分からない。
「はぇー、こんな事も出来るんだ! 凄いね武!」
「チクショウ!!俺にも妖精と契約させるのが櫻の願いとか言っときゃよかった!!」
リリィ的には束縛しすぎて時間を使わせては悪いと、完全な好意一筋でここまで帰してくれたようだ。だがその優しさが切ないのなんのと、武は泣きむせながら膝を折って地面を殴りつけた。
「もう憐れでしかないわね……ちょっと良いことも言ってたのに、最後で台無しじゃない」
「…………秘霊術覚えてたら、結衣も日本に帰れたかもよ?」
「リリィかむばぁぁぁぁぁぁぁっく!!!!」
この後滅茶苦茶二人で地面を殴りつけた。
ー 武と結衣 ー
「どう? 何か魔法使えたか?」
「うんにゃ、ぜーんぜん。あんたが言う『えむぴー』もよく分からんし」
「だからこう……体の中にフツフツと沸き起こるエネルギーみたいな奴だ。強いて言えば……性欲みたいなやつ」
「やだそんなファンタジー!!」