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第018話 お兄様への相談事

 異世界に来て数日が経過した。

 時は現在よりほんの少し遡り、今回はここ数日の間で武がかなり気になっていた妖精のお話―――――。


 とある日の事、武は妖精の国に招待された。

 彼女は妹の櫻にしれっと付いてた『リリィ』という名の、緑色の小さな女の子の妖精さんだ。リリィによればどうやらただ仲が良いだけといった間柄ではないようで、思った以上に櫻とは深い繋がりがあるようだった。


 そしてそんな彼女に初めてまともに声をかけられたのが、つい一時間ほど前の事。何やら櫻には言えない相談があるらしく、密談がてら自分達の国に是非来て欲しいとの事だった。


 大体そんな訳で、武は道無き道の森の中を進んでいる状況だ。


「まだ歩くのかリリィ。もう結構歩いたぞ?」


「すいません~。もう少しですので」


 申し訳なさそうに先導しながら空を飛ぶ、ポケットサイズの妖精に案内されるがまま。その後も暫く歩き続けると、リリィはとある場所でピタリと空中に立ち止まった。


 どうやらここが、妖精の国の入り口であるらしい。


「お、着いたのかな?」


「はい! こっちですー! そのまま進んで下さいねー!」


 リリィはそう言うと、そのまま真っ直ぐ飛び進む。

 すると、一見して特に周りに生い茂る木と相違ない普通の木だが、先導していたリリィはその木にぶつかる事なく、スルリと吸い込まれるように木の中へと消えてしまった。


「これ……木じゃないのか?」


 大丈夫と分かっていても潜り抜けるのは少々怖い。

 何処かの駅の柱に突っ込む、そんな有名な魔法使いの気分が今では分かる気がした。


 武はほんの少し息を飲んで意を決すと、止まった足を地面から引き剥がし、手の指先からからゆっくりと木に突っ込む。すると先程消えたリリィと同じように樹木へ干渉する事なく、武の指先はその奥へと吸い込まれていった。


「おぉ……おもろっ!」


 特に触った感触もなく、温度的な変化も感じられない。

 指先に次いで、斧を持った鬼人小説家の如くルンルンに顔を潜らせた先は、同じく森。

 ただ、視界の先に広がるの森は、今歩いて来た森とは明らかに違う雰囲気が漂っている。木の種類も土や草の香りも、初見で異変を感じるくらいに完全な別の空間だった。


 その後全身も無事に潜り抜け、振り向いた場所にあったのは通り抜けた木とは別の樹木。再び手を伸ばせばやはりそこから空間が歪み、元の森へと繋がっている事が確認出来た 。


「へぇ~。結界……ってやつなのかな?」


 武がそうポツリと言葉を溢すと、待機していたリリィが嬉しそうに答えてくれた。


「はい。簡単に見つかる訳にもいかないので。精霊様の恩恵で隠して貰っているんですよ」


「精霊様? 妖精とはまた違うの?」


「それはもう! 偉大な精霊様に比べたら、私達の存在なんてゴミ虫以下の腐れ枯れ落ち葉です!」


「それは悲観しすぎじゃないのか?」


「アハハ。いやいや本当ですよ? 精霊様あっての私達ですからね」


 流石に自虐評価が過ぎると思った武だが、リリィからしてみれば精霊とはそれだけ敬愛するに値する存在であるらしい。そしてそれはリリィだけに限らず、妖精族総意での感想なのだそうだ。

 

「精霊様かぁ。そんなに凄い人なら俺には縁が無さそうだな」 


「そうですか? 私はそんな事ないと思いますけど」


 何となくそういう根拠を持っているのか、リリィは今後武が精霊と関わっていく事になると踏んでいるらしい。そしてその根拠が何か明らかになる前に、リリィの先導が丁度終わりを向かえたようだ。


「ん? 何か明るくなってきたか?」


「ふふっ、さぁ! お待たせしました! ようこそ私達の国、フェアリーサトウへ!」


「おぉう…………山田の次は佐藤ときたか」


 国名のダサさがまた残念すぎる。

 辺りを見てもねじれた木々が生い茂っていたり、どう見てもクラゲみたいな神秘生物が宙を漂っていたり、見た感じ申し分ないファンタジーの中でも美しい世界なのだが、国名だけがこの雰囲気にまるで見合っていない気がした。


「うぅん……なんかスナックみたいな国名だな。この世界の地名とか何故日本の苗字っぽいんだ?」


 もしかすると、かつて召喚者や転生者といった日本人がいたのかもしれない。なんせ酒でうっかり召喚させる女神がいるのだ。きっと遠い昔に神がやらかしたその名残が、こうして証拠として残ってるのかもしれない。


「?」


 しかし日本人についてはリリィの知る事ではないらしく、武の疑問には首を傾げている。

 そんなリリィに武は笑って「なんでもない」と告げ、共に再び森の奥へと足を進めた。


「にしても、結界の中に国を丸ごと隠せる森があるって凄いもんだな」


「人間の世界では珍しいですか?」


「ん~……俺は見慣れた光景ではないかな~。結界を通るだけでも結構貴重な体験だったよ」


「それは良かったです!」


 そんな他愛ない談笑を続けながら暫く歩き続けると、遂にリリィが住んでいるという、まるで人形の家みたいなログハウスが見えてきた。更に視界を凝らすと、あちらこちらの木の上にそれぞれ異なった家が作られている。どうやらここが、彼女達の暮らす町であるらしい。


「お客様?」


「お客お客!」


「人間?」


「人間人間!」


 可愛らしい世界に武が見惚れているすれ違い様、逆に来訪者に興味津々な妖精達はリリィへ質問をしてくる。

 ただし手も足も羽も止まる事はなく、質問も返答も随分と簡易的だ。


「うぅ……騒がしくて申し訳ないですぅ」


「アハハ。でもホントに妖精の国に来たんだな~って実感が沸いて来たよ」


「そうですか? ……といっても、ご覧の通り建国真っ只中なんですけどね」


 リリィの言う通り、全体的によく見れば確かに建設途中の家が多い。さっきから資材を持つ妖精がやたら多いなと思っていた武だが、どうやら殆どの妖精達が家作りの最中だったらしい。


「建国中? 勝手に長い歴史があるもんだと思ってたんだけど、国自体は最近出来たのか?」


「いえ、国の歴史は数百年とそれなりに長いです。実はこんな状況になってる事も、今日お話ししたかった事と関係がありまして」


「なるほど?」


 ひょっとして暗めの話になるのかと少し身構える武だが、その割に国の雰囲気は不思議と明るい。せっせと仕事をしている妖精達は忙しいにも拘らず、とても笑顔で楽しそうにしているのだ。その作業中に森に響く歌声も花咲くように陽気で、自然と微笑んでしまうくらいに心地良かった。


「良い雰囲気の所だな。何かドキドキしてきたよ。絵本とか童話の世界にでも迷いこんだみたいだ」


「そう言って貰えると嬉しいのです。ささ、どうぞどうぞー」


  リリィはにこやかに自宅へ手招きするも、コンパクトサイズの家には流石に入れなかったので、武はその場で地面に腰かける。


「よっこいせっと。ふぃ~、歩き疲れた~」


 そしてその隣でもう一人、実はずっと武とリリィに同行していた人物がストンと腰かけた。


「…………で? なんで私まで一緒なんですかね? 今日も魔法の練習しようと思ったのに」


 今日もご機嫌斜めな結衣は、日々の魔法訓練に精を出している。しかしその成果はあまり出ていないようで、今の武と同じく自分や周囲が歓喜するような魔法はプスリとも出ない。才能がないのか、はたまた魔力がないのか分からないが、今のところミリ単位で体が浮く事も無さげのようだ。


「お二人ともお疲れ様でしたー。妖精自慢の果実絞りです~」


 リリィはおもてなし用に飲み物と木の実を持って来てくれたが、カップの大きさがなんとも可愛らしい。指先で慎重につまんで持ちあげるも、うっかり壊れやしないかと心配になる。


「ささっ。奥様もどうぞ」


「だから私は奥様と違うよリリィちゃん!?」


「? ……あぁ! 言われ慣れなれてなくて、照れていらっしゃるんですね!」


「そうだ」


「そうだじゃねぇよ」

 

 ツンデレへの道はまだまだ険しそうだ。

 

「私にプライベートはないのか………はぁ………あ、美味しい」


「仕方ないだろ。結衣は俺の召喚獣扱いなのか、一定距離以上離れられないんだ」


「なんてはた迷惑なのか」


 どういう訳か、武と結衣は互いの間に距離制限があるのだ。離れようにも、自由に動こうにも、よく分からない縛りがかかってしまいかなり不便な状態にある。今回一緒に同行して来たのも、コレが主な原因だ。

 

 固定した距離までは分からないが、せいぜい10メートルが今のところ限度だろう。更には日によって変動するもんだから、たまに2~3メートルの日もあって中々苦労を強いられる事もしばしばだ。早朝に結衣がベッドから落ちたりする明らかな原因もまた、まさにコレである。


 一応に召喚者としての権利なのか、その起点は武を軸とするものだ。結衣が反抗的に引っ張るよりは、武が引っ張る方が僅かであるが強いらしい。


「ペットの方がまだ自由がある気がする………はぁ」


 これではリードのない首輪が繋がれているようなもの。ため息で我慢できているだけ、結衣の理解はまだマシな方だ。


「ゴメンね召喚しちゃって。ホント悪いと思ってるんだよ?これでも」


「死んで詫びてほしい」


「早い。その選択肢はまだ早い」


 本気度高めなのがまた怖い。

 二人の不毛なやり取りを見せられ、リリィは大層困っているかと思いきや


「改めまして、姫にはいつもお世話になっております」


 二人を呼んだ目的は変わる事なく、予定通りに頭をペコリと下げた。


「姫? あぁ櫻の事か。今日はゴメンな。お袋と買い物行ってるんだよ」


「いえいえ! 実は今日はお兄様に用があり……」


「……お兄さまだとっ!?」


「…………ッ!? な、何か不敬な呼び方でしたか!?」


 武の急な気迫の上がりっぷりにたじろぐリリィだったが、勿論不敬な事は何もない。むしろその呼ばれ方に、武は震えるくらいに感動しているのだ。

 なんせ普通に生きてて絶対に言われない兄の称号のような呼び名だと思っていた訳だが、まさかこんな唐突な形で呼ばれるとは思っていなかったのである。


 なので、武は今一度おかわりを所望した。

 この辺りに全く遠慮はしない。それが武である。


「もう一度言って」


「はい?」


「もっかいお願いします。お兄様と………さんはいっ!」


「えと……お兄様?」


 武の寿命が5年は延びた。

 これで暫く生きていけるだろう。


「素晴らしい。おっけいです。続けてください」


「は、はぁ……」


 なんのこっちゃ分からないリリィは困惑しているようだが、武はホクホク顔で今日一番に満足気な表情だ。


「ここでも遺憾なく変態発揮するわね……」


「変態とか言うなよ。ちょっと自分でもアレかな?とか思う日もあるけど変態ではない」


 変態だとしても、ちゃんと理性のある変態紳士である。

 そんな全人類の妹の味方である変態紳士は、誇り高い気品を持ってリリィの話を聞き入れる。


「それで? リリィはこの武お兄様にどんな話があるのかな?」


 そしてそんな武の問いにリリィはグッと力を入れて、どこか悔しさすら入り交じる、そんな真剣な表情になった。


「はい。実は姫に国を救って貰ったお礼をしたいのですが、いかんせん私が未熟すぎる故に言葉が通じないもので……一体何が一番喜ばれるのかとお兄様にお聞きしたかったのです」


「「…………国っ!?」」


「はい。私がいるのも、みながこうして歌えているのも、全ては姫のお陰なのです」


 森に住まう妖精の頼み事。

 どうやらそれは、しれっと国を救っていた櫻への恩返しに関する、そんな壮大な相談事だったようだ。

 

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