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第017話 親父はそれでもつき進む

 目を持たないのが特徴の白色ワーム。

 その変わりに全身で僅かな動物の振動を感知し、正確無比に獲物に食らいつく。地中で土や岩盤をも砕く強靭な顎に捕まれば、うっかり四肢をもがれる事間違いなし。

 皮膚も鎧のように固く、叩き斬るにしても相当の鍛練と技術が必要だ。


「本来避けて通る場所なのに、なんであのオッチャン自ら踏み込むかね!? しかも全然戦わないしぃぃぃぃぃ!! 何が『君たち俺と一緒にドラゴン倒さないか?』だ!! てっきり金儲けできると思ったらこれだよっ!!」


「こっちへ戻れリョーヘー!! それ以上奥にいくな!! 離れ過ぎるとポッツの魔法も届かない!」


「だって超気持ち悪いんですよぉぉぉ!! なんかこう、ドカンと一発『メテオ』とかで一掃してくださいぃぃぃぃぃ!!」


「メテオって何!?」


「その魔法は知らんが私は剣士でこの子はサポートだ!! 一掃できる魔法は持っていない!!」


「そんなぁぁぁぁぁ!!…………ん?」


 即ちこれは俺の覚醒チャンスタイムではないか?

 これは遂にその時が来たのではないか?

 息子達に自慢できる事案が来たのではないか!!?

 この窮地を脱するには、俺の秘めたる力が皆を救うパターンじゃないのかいっ!!!

 なんだ!逃げる必要ナッシング!!


 武程ではないが、亮平とて全くの無知な訳ではない。窮地で実力が開化する者こそ真のヒーロー。テレビの奥で見ていた特撮ヒーローや、映画で見ていた選ばれし者的な憧れが、亮平の脳裏を過って身体がたぎる。


「よし! 二人とも!! 後は任せてくれ! かつて妄想したシミュレーションが完成した!! 冷静に考えたらこれぞ待ち望んだ奇跡の軌跡! 刻まれるべき最初の1ページ!!」


「な、何を言っているのだリョーヘー?」


「よく分かんないけど、さっきと違って全然ビビってないなオッチャン。どーゆー事?」


「こっち来いやお邪魔虫め!!」

 

 営業マン自慢の足で大地を蹴飛ばし、ワームの群れを自らに誘導させる亮平。お小遣いはたいて買った剣を背中より引き抜き、誘導成功にニヤリと笑う。


「まさか我々を試したのか? 本当にドラゴンを倒せる器かどうか」


「にしても足速えぇぇなぁぁぁオッチャン……強化魔法使ってないのに」


「確かに………よく考えたら、逃げ切れてるあの脚力と体力は凄いな。どうやら我々は騙されていたようだ」


 各々の武器を下ろし、身を呈した男の姿に刮目する二人。

 その目には、先程までひ弱そうに映っていた冒険者はいない。


「さぁ今こそ宿れこの愛刀ラスデリに!! その力をもって、全てを掃討してくれる!!」


 亮平は遂に走る足を止め、群がるワームに堂々と対面する。そしてそのまま天に愛刀を掲げ、大胆にも目を瞑ってイメージを巡らせる。


「リョーヘー!?」


「オッチャァァァァン!!」


 俺は冒険者! しかしそれ以前に!!

 倉元家を養い、妻や子供達が尊敬する威厳ある父親っ!!


 掲げた剣に、地面を突き破って露になる無数のワームが写しだされる。舞い上がる粉塵。そして男の気迫に同調してか、ドラゴンが巣くうとされる、はるか後方の火山も噴煙を上げた。そんな神がかかったタイミングに、フィーネはゴクリと喉を鳴らす。


「山が……味方した?」


「おぉ!! いっけー!オッチャン!!」


 轟く爆煙と振動の衝撃に、一瞬ひるみ動きを止めるワーム達。なんせ元々音には敏感な虫だ。大きな音には弱い。

 そしてアドレナリンドバドバの親父は満を持してカッとその目を見開き、その一瞬を見逃さなかった。


「一体何をする気ですか!?」


『ンボォォォォォォォォォォ!!』


「唸れ豪剣ッ!! 答えろ世界ッ!! オラァァァッ!! 吹き飛べミミズ共ぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 倉元亮平の伝説が今っ! 始まるっ!!」


 遂に幕開けた記念すべき一撃にニヤリと笑ったまま、亮平は全身全霊で愛刀を降り下ろす。


「……んメテオッ!!!」


「「おぉっ!!!」」


 両手で構えた剣は今、唸りをあげて―――――――ッ!!


 ガキィィィィンッ!!


「………あっ」


「「………………ん?」」


 何も起こらず、ちゃんと綺麗に弾かれた。


「………………お呼びでない?」


『………………ンボォォォォォォォッ!!!』


「フィーネちゃん! ポッツちゃん! 助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「「こっち来るなぁぁぁぁぁぁ!!?」」


『ンボォォォォォォォォォォ!!!』


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「「もうジッとしていろポンコツじじぃぃぃぃぃ!!!」」


 結局、追い駆けっこはまだまだ続いた。


◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆


 それから小一時間程経過して―――――


「はぁはぁはぁ……やっと抜け出せた……死ぬかと思った……」


「うぅぅぅ………ひっく……。俺の父の威厳がぁぁぁ」


「泣くなよオッチャンいい歳して……」


 その後休憩がてら年下のポッツがお茶を差し出すと、それを泣きながら無言で飲む38歳。ポッツは猫耳をピコピコ動かしながらフィーネにもお茶をあげる。二人は長年コンビで活動しているようで信頼関係も厚いようだ。


「ふぅ……それにしてもあの主婦何者かな? あの人が助けてくれなかったら、冗談抜きで死んでたかも」


「なぜあそこで買い物籠を下げていたか知らんが……今度会ったら礼を言わねばなるまいな。魔石も全部頂いてしまったし」


 そう言ってフィーネが軽く掲げた小袋には、ジャラジャラと鳴るくらいの大量の魔石が入っていた。

 一体全体何でこうなったのかは分からないが、何処からともなく現れた白銀髪の女性がワーム全てを殲滅した上に、半場強制的に魔石を譲られてしまったのだ。


 そしてそんな光景が頭から離れないのは、ポッツも同じであるらしい。


「しかも何あの魔法! あんなん巨人の包丁だよ! 途中から料理してるのかと思ったもん!」


 フィーネが持っている大剣も大概にして大型だが、先程の女性が魔法で操っていたのは、ドラゴンすらも軽く叩き潰せるくらいに規格外な剣だった。それが縦横無尽に空を飛んでワーム共を斬り回っていたのだから、その光景は圧巻と言うに他ならない。


 しかしあの時には既に疲労困憊で結構雑にフィーネに引きずられまくった亮平だけは、その貴重な瞬間を見逃していたようだった。


「よく分からんままに果物やら魚やらまで貰ってしまったからな………実力といい、配慮といい、名のある冒険者だったのかも。呆気に取られ過ぎたとはいえ、お礼をいい損ねたのは失態だったな」


「すぐ消えちゃったし仕方ないよ。多分他に大事な任務があって、たまたま私達に出くわしたんじゃないかな? 顔は覚えたしまたどっかで会えるって。その時に沢山お礼しようよ」


「………だな。ところで、リョーヘーは大丈夫か?」


「うぇっ………ひぐっ………」


 項垂れる亮平は相変わらず泣きながらお茶を啜っている。

 慰めながら話を聞くと、亮平が全然新入りの冒険者と分かり驚愕してしまったが、一連の流れを振り替えると笑いながら納得した二人だ。


「冒険者ってもっと夢のある職業だと思ってたのにぃ……」


「何を言っている。冒険者など常に死と隣合わせの職業だぞ。昨今で積極的になる人などそうそういるものか」


 え? そうなの? 憧れの職業じゃないの? 冒険者って。  

 魔王倒して名声とかお宝とか欲しいもんじゃないのか?


 亮平は心内でそう思うも、どうも思い描いていた冒険者という肩書きの強さは、認識を改める必要がありそうだった。


「え? でもほら……ゲームとかだと生き返る呪文とかあるじゃないですか? 死んだって別に大したことないんじゃ?」


 魔法世界とはなんでも有の世界じゃないのかと、亮平としては当たり前のように質問するが


「なんだそれは? 生き返る? そんな魔法聞いたこと無いぞ。もしそんな万能な魔法があったら、魔王なんぞとっくに討伐されているだろうに」


 フィーネは驚いた表情で、直ぐに亮平のバカな質問を否定した。そしてそれはポッツも同様の反応を持って、呆れるように続ける。


「そんな便利な魔法があるなら直ぐに、是が非でも覚えてるっちゅーの。もしかしてオッチャンて、おとぎ話とかも全部鵜呑みにしちゃうタイプか?」


 名も知らぬ主婦から貰った魚をモグモグと頬張りながら、ポッツが亮平を見る目はどこか残念そうだ。


「えぇぇぇぇぇ!! ホントですか!? オンリーライフなの!? 棺引っ張るのもなし!?」


あはりまへだほ(当たり前だよ)


「棺引っ張るとか死者への冒涜も良いとこだぞ……なんだそのシュール極まりない行動は」


 だってそんなゲームをして育ってきたんだもの……と、言った所で伝わる訳もない。元気になる欠片だけで瀕死から甦る世界もあるというのに。


「一体どんな常識で育ったんだオッチャン……私達より人生刻んでる筈だろ?」


「ここでの人生に関してはまだ一歳以下だよ……ハハハ……」


「一歳? どゆこと?」


「治癒魔法なら無くはないが、細胞を活性化させて傷を無理矢理塞ぐから逆に寿命が縮んでしまうぞ? 禁忌とまではいかないけど、推奨された魔法ではないな」


 スープを取り分けるフィーネは、温かい食事とお酒があれば治癒などいらないと微笑んだ。今日の野営にしてみれば、あの助っ人のお陰でいつになく余裕ある豪華な食事だ。これだけでも嫌なことを忘れて心踊るというものである。


「なんですかそのリアルなそれっぽい設定は。勢いでなるもんじゃないんですね冒険者って……じゃあお二人はなんで危険な冒険者に?」


「私たちは単に金が良くてやってるからな。小さな魔獣でも魔石は出るし数匹でも倒せば一日は暮らせる。貧乏だったから最初はそれしか選択肢が無かったんだ」


 これは掘り下げたら結構泣けてしまう話なのかもしれない。涙腺の弱ったおじさんには刺激が強い身の上話な気がすると踏んで涙をグッと堪えた亮平は、分けて貰ったスープを静かに頬張った。


「……ん、うまい」


「そりゃ良かった」


 どうやらカボチャベースの濃厚な味のようで、割りと亮平好みの味だったらしい。


「因みに今日の稼ぎだと、どれくらいなのかな? 結構平均的?」


「まさか。あそこ一帯のワームを蹴散らして貰った上に、その全ての魔石を譲って貰ったんだぞ? 軽く見積もっても普段の10倍以上の収入だ」


「そんなに!?」


 魔石は燃料や魔道具の材料として、広い範囲で取引されている。純度や大きさで価格は左右されるが、さっき逃げつつも何とか討伐出来た数匹のワームから採取した魔石なら、最低でも1つ銀貨8枚相当。その他の草食魔獣等の魔石の価格からすればかなり高額だ。


 一般的な草食魔獣は大体、銅貨にして8枚前後。おおよそ一日分の食事代かつ魔獣のお肉も取引されるので、冒険者だけでなく狩人からも生活基盤のターゲットになっている。


 一方でワームの肉は食べれた物ではないので、わざわざ魔石採取の為だけに狩る者はいない。命を計りにかけて銀貨8枚では、成果に見合わないからだ。


「まぁそんな訳で今日はかなり特別な潤い方だから、あまり基準として考えない方がいいな」


「そーそー。毎回こんなに死に目にあっちゃ身も懐もすぐボロボロだよ」


「この度はご迷惑おかけしました……」


「アハハ! まっ、たまには良いんじゃない? んー! スープんまっ!」


「ポッツちゃんが冒険者になったのもフィーネちゃんと同じ理由?」


 スープを飲むポッツも『大体そんな感じだよー!』と、耳をピコピコさせながら頷く。瞬く間にペロリとたいらげ、小さい体ながら2杯目を所望のようだ。


「ポッツとは2年前くらいに会ってね。それまでお互い一人でやってたんだけど、気が合ってこうして組んでいる」


「けぷふぅ………まっ! 私のお陰で仕事の幅は増えたねっ! 感謝するがよい!………けぷっ」


「はいはい。感謝してますよ~だ」


 おかわりを言わずとも、ポッツから差し出されたお椀にスープを継ぎ足すフィーネ。どうやら馴染みのあるやり取りらしく、妹の寸劇に付き合う姉のような感じだ。


「でもまさかオッチャンが新入りとは思わなかったな。こう言っちゃなんだけど見た目以下だよ」 


「うぐっ!?」


 急なエグい発言が亮平の急所に突き刺さる。

 交じりっけない事実は何よりも凶器だが、弁明の余地はない。


「お、俺も自分の能力の無さに絶望しきった所ですよーぅ……でも家族養うには職をまた変える訳にもいかないし。先が思いやられますね。ふぅ……」


 フィーネとポッツは、同時に顔を見合わせる。この哀れな男とはもう付き合うまいと思っていたが、妙な所で母性が擽られた。

 互いにクスりと笑いながら、はぁーっとため息をつくとフィーネから先に口を開く。


「もぉー、仕方ないですね。自分で戦えるようになるまで私達が補助しますよ」


「ニヘヘ。だねー! 折角貴重な冒険者だし。だけどもう勝手に動くの禁止だぞ?」


「何かの縁でもあるし、臨時のパーティーといきま………どうしました?」


「いかん………おじさん泣いてしまう」


 アラフォーに突入し、最近は特に涙腺がユルユルなのだ。さっきの身の上話はギリギリ我慢出来た亮平だが、今回は流石に無理だった。


「ありがとうなぁ……おじさんがんばるよぉぉぉぉ」


「アハハ!! だからいい歳して泣きなさんなってぇ! 家族がいるなら頑張らないとなオッチャン!!」


歳に差はあれ、冒険者の先輩として後輩を支えるのは当たり前なのだと、ポッツはケラケラと笑いながら亮平の背中をベシベシ叩いた。


「ふふっ、そうですよリョーヘー。では一度戻りますかぁ。ギルドで魔石を換金しましょう」


「久々に金貨が拝めそーだねー!」


「…………よっしゃ! じゃあ暫く宜しくお願いします!フィーネちゃん! ポッツちゃん!」


 ともあれ、涙を拭い新たなスタートを亮平は決意する。


 そうだ。こんな序盤で強くなったら後々つまらないじゃないか! 苦難あっての伝説だ! 敗北とこの世界の事実を知った俺は、今っ!歩き始めるっ!!


「はい。よろしくおねが……リョーヘー! そっちわダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 追い駆けっこはまだまだ続いた。


◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


 ー 拘留所 ー


 問題の種も無くなり、普段の日常に戻りつつある職場内。

 キッシュの散らかった机も見事にピカピカになった。

 一番嬉しい事として、喉を通らなかった食事も好調に運ばれて行く、そんなお昼頃。


「おっべんとー♪ おっべんとー♪ わはー! レインさんの弁当相変わらず可愛いッスねぇ」


「フッフッフッ………女子としてこれくらいはな! クローネのは肉しか入ってないじゃないか………そんなんじゃモテないぞぉ?」


「モグモグ………可愛い弁当作ればモテるんスか?」


「………………いただきます」


「モグモグ」


 モテる筈なのだ。

 まだモテてないだけで。


 まぁ何にしても普段通りの平和な日。生意気ながらも可愛い後輩達と、他愛もない会話をする日常に戻っ―――――


「―――――え? あの人冒険者になったの?」


 キッシュの報告でレインの手が止まる。


「えぇ、本人が絶対それがいいと。剣も買わずに名前まで決めて帰りましたよ。名前は………えぇと………ライトニング………ストロング………デリシャス?」


「ず、随分長いな………意味は?」


「意味はよく分からないですし、本人もよく分かってなかったです」


「何故に」


「モグモグ………でもこのご時世、冒険者って珍しいッスね。自殺願望でもあるんスか?」


「家族がいてそれはないと思うが……使い魔で監視してる感じはどんな様子なんだキッシュ?」


「奥様はいつの間にか立派な家を建てて、娘さんは妖精付き。息子さんは恋人が出来たようで、リョーヘーさんは基本魔獣に追われてますかね」


「ぇー………」


 やっぱ勘を当てにするのは少々早すぎたと思う数秒の間が、食事を再び塞ぐ時間に巻き戻される。


「食べないんスか? もーらいっ! ンマーー!!」


「釈放して良かったんですよね? ホントに」


「…………うぅぅん」


 彼女達の日常は、実はジワッっと崩れ始めている。

ー フィーネとポッツ ー


「あのオッチャン見たことない装備だな。どこの冒険者だ?」


「堂々たるものだな。我々と違って手練れの騎士か何かだろう」


「魔法でも組み込まれてるのかな? あの布切れ。ちょっと可愛い」


「きっと高い代物なんだろうなぁ」


※水玉パジャマ。上下セット3980円。

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