第014話 かもしれない召喚
「で、なんで倒された筈の魔王が石像彫刻で、我が家の玄関でオブジェになってんだ? 出るたび帰るたびこれの横通るとか超怖いんだが」
更に言えば、倉元家の風水的に問題ないのかも少々気になる所である。
『何かを無かったことにしなかったか? 貴様』
「無かったというか……無くなったといいますか。細かい事気にすんな魔王のくせに」
『繊細な魔王がいたっていいではないか』
石像故に表情は全く読めないが、多分落ち込んでいる……ような気がした。
「で、続けるけど何でこんなんなってるわけ? ラスボスが我が家にいるってどーなのよ今後の展開的に」
大層な宿命が武に無いのは、以前あの夢を見た時点で分かってたが、一般論としてこれは無視し続けて良い事案なのだろうかと、武は軽く唸る。
『らすぼ………? それが何かは知らんが、我を倒すことに憧れて、みな冒険者として精進しているのは確かだな。これまで葬った冒険者も数知れず。今尚あらゆる国が我らを討伐せんと、日々の鍛練に明け暮れていると聞く』
「だよな。極論冒険者って『VSお前』の職業だよな。いいの? お前ここにいていいの? 俺の親父を始めとする、あらゆる人が急に職失いそうなんだけど」
レベルも装備も充分になった所で意気揚々と魔王に挑みに行ったら、現在無期限に魔王業休業中と告げられたようなもの。きっとそこに至るまでの決意染みた葛藤や、自分を含む沢山の涙を糧にするそんな熱いドラマもあったろうに、ある意味では冒険者泣かせの酷い魔王ではある。
『うむ、だからそう単純にもいかぬと貴様の主が我の存在を残しつつ討伐した訳だ。我が倒されるとこの世界の財源や食料供給等、生活基盤にもかなり深刻な影響が出るだろうからなぁ……あ、ゴミ』
さっきゴミ付け忘れてたなコイツ。慣れてないなら早急に止めればいいのに。
「要は封印扱いみたいなもんか。てかじゃあやっぱり、魔獣ってのはお前が産み出している訳だ?」
『全てではないがな。まぁ概ねと言ってよいか。我の担当分野ではあるゴミ』
「へぇ………」
これも異世界ならではの循環というべきか。
酷く不安定なバランスにも思えるが、魔王の存在によって成り立つ日常こそが、今現在のこの世界の現状であるらしい。つまり一般的に世界を滅ぼす存在だと恐れられながらも、実は既に魔王に依存しているのだ。
「腐っても魔王な訳ね。厄介なもんだ」
『こ、こっちをそんなに見るな』
魔王の生態01―――魔王も照れる。
「石像が顔赤らめてんじゃねぇぇぇぇ!! お前がヒロインとかないから!! ありえねぇからな!!」
『我に性別などない。安心しろ』
どっちに安心すればよいのか。
魔王の生態02―――想像以上に色々イケる。
「というか冒険者でもないお袋が、どうやって魔王の討伐を?」
『時給パートで冒険者の雇われ補助をしていたな。まさか冒険者より強いとは思わなんだ……』
その当時の状況を思い出してか、魔王像は心無しかカタカタと震え出した。
「パートって魔王討伐してたのかよお袋っ!! いいの!? 冒険者以外が魔王討伐しちゃって!?」
魔王の生態03―――主婦に負ける事もある。
『すっごい我が追い詰められたから、腹いせに『我が死んだら魔獣も魔石もこの世界から消えて無くなるだろう!』 と教えたのだ。そうしたら冒険者共は泣き崩れてな。あの瞬間は実に爽快だった! フハハハハハ!!』
ハッキリ言って、魔獣の肉は美味しいものが多い。比較的楽に倒せる魔獣にしても、味の質は確かなモノ。これは食に関する刺激が五感に加えてもう1つ、この世界の人特有に備わる魔力気管への影響が備わっている為だ。
簡単な話、人が美味しいと思える要素が他の食べ物に比べて一つ分も多いのである。これは魔獣にしか持たないとされる、魔石の存在が非常に大きい。それ持つ優秀な食材がいなくなれば………確かに膝から崩れ落ちる事態だ。
そして当然に魔石そのものも、冒険者にとっては大事な収入源であり、魔法ありきのこの世界では、最早言わずもがな………な万人共通の必需品である。これもこの世界から無くなるともなれば、生活水準は著しく変わる事になりそうだ。
先程の依存性の実態についても、人々がこの現状にどれだけ理解を示していたか…………それは泣き崩れたという冒険者達の反応を聞くに大体お察しである。
まぁそれにしたって……
「追い詰め方が女々しいなアンタ」
まぁ実際まんまと生き仰せているので、有効な手札として間違ってはいなかったのだろうが、なんというか、死を間際にしてそれを盾にするのは、実にコスい生き物である。
『手段を選ばない、それが魔王ぞ?』
「そっか。魔王だった」
冷静に考えて、『神』に引き続く滅茶苦茶強いパワーワードな気がした。
『しかしパート魔女にあっさり石化され存在しつつも封印された我は、討伐メンバー以外誰にも知られる事なく、巡り巡ってここにたどり着いた訳だ」
つまり、ただのお裾分けではなく面倒事の押し付けだったらしい。全然『よかったらどうぞー』程度で片付く話ではなかった。まぁこんなんでも魔王ではあるので、誰も家には置きたくないのは納得だけども。
「まず俺のお袋、石化とかも出来んだ。前世はメデューサか?」
『メデューサはまだ存命ではなかったか?』
「いるんだメデューサ。ファンタジーこれでもかってくらい詰め込んでくるな今日」
やっぱり異世界超怖い。
『という訳でチャンスさえあれば復活するから、精々震えてるがいいゴミ』
「さっきまでゴミついて無かったぞ。キャラがブレブレじゃないか」
『………………』
そんな魔王と少年の嘘みたいな些細な会話が続く中。この賑やかな非日常に2階の部屋から一人、まだ眠たげな顔をした少女が遅れながらに加わった。
「ふぁぁ………ねむ………」
理不尽転生者第2号の結衣である。
「今日も賑やかねぇ……異世界って毎日こうなの?」
「今日は特段濃いな」
「そなんだ………ふぁぁ………てか勝手にあっちこっち動かないでよね……朝起きてベッドから落ちてるならまだしも、廊下で目覚めるとかあちこち痛くてしょうがないんだから」
目やら腰やらを擦り、2階の廊下から顔を出す元女子高生。そんな結衣が朝早々から少々不機嫌なのは、けしてうるさかったせいではない。
召喚した者、された者の『とある制約』のせいでご機嫌斜めなのだ。それも日が経つにつれて幾分かマシにはなってきたのだが、今日は賑やかさも相まって、いつもより目が細い上にしかめっ面である。
「日々驚きの連続だよマジで。それに階段下で目覚めないだけ進歩でしょうに。てか普通ベッドから落ちた時点で目覚めそうなんだけどな」
「はぁ……私も自分の睡眠の深さに日々驚愕してるわよ。で、なにそれ?」
手摺に体を預けて項垂れる結衣は、完全に無気力な状態で自分のタフさに呆れている。ため息を一回つくと、一先ず目の前の光景に気持ちを乗せ代えたらしい。
これから我が家に一緒に住む訳なので、武はいつも通り簡単に紹介しておくことにした。
「こちら魔王」
『宜しくゴミ』
本日も、これで説明終了だ。
「ホントに驚きの毎日だわ……いちいち体力勿体ないから激しくは驚かないけど」
本人に然程自覚はないようだが、結衣はこの数十日で着実に異世界に順応してきているらしく、もう多少の事では驚かなくなってきた。特に倉元家に関しては非日常の受け入れが加速度的に異常なので、嫌でもその空気間に飲み込まれる事が多いのである。
すると魔王は、そんな結衣へ興味が沸いたらしく武へと尋ねる。
『………おいゴミ小僧。あのゴミは貴様の知り合いか?』
「ん? あぁ、俺の召喚嫁だ」
そんな武の流れるような返答を危うく聞き逃しそうになった結衣の目は、ここにきて完全に冴え渡ったようである。
「…………は!?」
『ヨメ? あぁ、パートナーの事か』
「そっ。マブ嫁」
「よよよ嫁とか言うな!! 言っとくけど、まだ私は帰る事諦めてないからね!?」
うちの嫁、今日も狼狽えて可愛いなぁ……と。
武は染々と結衣の挙動を見守る。
「なにその憂いた目ッ!? 愛でるな私をッ!!」
お陰さまで怒り浸透の結衣は、ペタペタと音を立てながら階段を降りてきた。しかし途中でふと何かを思い出したのか足を止めると
「あれ? それが魔王だったら、倒してジ・エンド………私現実世界へ戻れるパターンじゃないの!?」
実は以前、武は結衣にとある仮説を話した事があった。それは魔王討伐と結衣の帰還条件の関係性を語った話であり、結衣は『魔王』と言うキーワードを聞いてその話を思い出したらしい。ただ、以前にしてもまだ理解はしきっていなかったようなので、改めましてな感じで武は告げる。
「いや、だからな? まず俺が異世界に来たのは、別に魔王討伐が目的じゃない。ということはその俺が召喚した結衣も、別に魔王討伐が理由で呼ばれた訳ではない」
「うぅーん? うん」
「あと捕捉条件として、俺に魔王倒す力量は微塵もない」
ここ滅茶苦茶大事である。
「………………」
「あぁ、せめてヒロインがいたらな……ぐらいの気持ちがあって魔法を使ったもんだから、俺と幸せになればきっと俺が満足した段階で結衣は現実に戻れる……かもしれないって何度説明したら―――――」
「はいそこっ!! かもしれないって大事よね!? 見逃せないよね!? 召喚理由めっちゃ不純だし!!」
あぁ……怒ってらっしゃる。嫌がってるなぁ。
「だからその目ヤメてッ!?」
「ものは試しで仮嫁60年くらい頑張ってみよう」
「仮の時間がえげつないんだけど!? 勝手に異世界放り出されて勝手に結婚とか無理だから!………てか仮嫁ってなんだ!? 60年はもう仮じゃないでしょ!」
「時間をかけて感覚をマヒさせればいけるかと」
「ヤバいなこいつ。可能性微々たるものなのに、そんなもんに人生全て預けるとかあり得ないから」
「いや、8割くれればいいよ。うん」
「全部貰わない奴の何処に惚れろと言うのか。この前、姫とか王女みたいだなって言われた時は………そりゃあ………まぁ………少し危なかったけど」
危なかったんだ。意外とイケるのかもしれない。あと修正はしなかったが、別に姫とか王女みたいとは言っていない武である。
『先程からよく分からんのだが、貴様らはこの世界の住人ではないのか?』
魔王的には話の筋が全く読めず。しかし『召喚』『異世界』等というワードが出てくると、少し気に掛かる事があるらしい。最もそれは、結衣を見た瞬間から思った事だったようだ。
「まぁな。こっちに来て、ようやっと1ヶ月くらいって所だ」
『………ほう』
そう。
なんやかんやで、この地に降り立ち1ヶ月経った。
気がついたらなんてもんじゃないくらい早さで、あっという間の1ヶ月。
『成る程………成る程。フフフ……面白い』
「まぁ今後は番犬ならぬ我が家の番魔王として、精々玄関の護衛でも宜しく頼むよ」
「ちょっと!! 武聞いてる!? そんな訳で私はイケメン貴族に――――」
「いやいや、そんなら俺は一国の姫に――――」
「だからその場合姫が私で――――」
魔王を置いて、二人は今日も各々の妄想を膨らませ語り合いながら、いつの間にやら漂う朝食の匂いに誘われてリビングへと消えていった。
『フハハ………人間の召喚ねぇ。これは何年ぶりぞ?』
これは面白い所に放りこまれたなと、石像にされた事も些細な事実のように、一魔王は外見からはけして分からぬ顔で笑うのだった。
ー 詩織と魔王 ー
「スンスン……おい魔女よ。ここは何か臭いぞ」
「だから今こうして消臭してるのよ?」
「招集!? 何を招集する気だ!?」
「何って……臭い?」
「更に!? 地味な嫌がらせかッ!?」