第013話 お裾分け
とある日の早朝。
「ん゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
「んおっ!?」
倉元家の門柱のマンドレイク(インターホン)が声をあげ、室内に植えられ魔法でリンクされた花から声が漏れる。何も異世界の重圧に打ちのめされた武から漏れた声ではない。
「な、なんだチャイムか………いやチャイムと呼んでいいのかアレは………」
全然声が響かない上にもっ凄い怖い。
夜だったら間違いなくチビっている。
もっと鈴とかで良いと思うの。それでなくてもノックで良くないですかね?と、心臓が毎度ながらバクバクする武であるが、一方で詩織はマンドラゴラには全く違和感を感じず、掃除する手を止めてパタパタと玄関に向かっていった。
「はいはーい。あらぁー! 先日はどーもぉー」
うっすらと玄関から声が漏れてくるが、どうやら詩織の知り合いらしい。いつどこで何をしてたらそんなに交流関係が広がるんだ?と、我が母親ながら武は関心する。
普段見てるかぎり買い物くらいしか外に出てない気がするが、主婦というのは人付き合いが上手い。
武の母親が例外なのかもしれないけども。
「さてさて……えーっと? どこまで読んだっけか?」
武はといえば基本的に雰囲気で本読んだり、櫻と遊んだり、それとなくこの世界について勉強してる風な振る舞いをしながら、基本的にはダラダラと過ごしている。
今はこの世界で最も一般的な文字である『ミカガ文字』を勉学中だ。これが読めなければ、町に貼り出された職業案内も分かりゃしない。
文字は全部で26文字。一つだけで意味を成すものもあれば、当然無数に組み合わせがある。
文字数は武もよく知るアルファベットと同じだが、字体は漢字のなりかけみたいな感じだった。木の意味を成す字はまんま木の絵だし、これだけで自然だの、癒しだの、回復だの、他の字体との組み合わせで意味合いがコロコロと変わる。
アルファベットのAに位置する最初の文字だけで水、海、広大、Bだけで空、世界、無、みたいに個別に意味を持つようだ。
単に単語を並べ無くても、数文字で文面が理解できるようになるらしく、僅か一文字における情報量はかなり濃密だ。
更に面白い事に、この文字は鏡のように反転する事でアルファベットと同じように使う事も出来る。つまり、文字数は増えるがローマ字表記でカタコトの日本語を書いて伝える……みたいな扱いも出来るらしい。共用語ながら、実に遊び心が満載だ。
とにかくこの字体を頭に叩き込むのが当面の武の過ごし方であり、今ではこうして雰囲気読書を楽しめるまでになった。
ただし書物はバカ高いので、読書といってもあからさまな自作で手書きな僅か数ページの『ももたろう』なのである。しかも反転文字表記なので、一見して英語のように見えるが、実は日本語のローマ字表記……みたいなニュアンスだ。
しかし第三者視点的に見える武の姿は、休日を優雅に嗜む読書家インテリボーイ。この絵面を客観視出来るだけで、なんかこう……気分が上がるのだ。
「鬼狩り………か。フッ………あ、この字なんだっけ」
因みに作ったのは詩織であり、正確な所有権は櫻のものだがその辺りは気にしないのである。
「いえいえこちらこそー。たまたま近くを通りかかってねぇ。ご挨拶にと思って」
「あら、わざわざすいませんねぇ。隊長さんのお怪我はあれから―――――」
ここから玄関の声だけを聞けばいつもの日常なのだが、宙を浮きスヤスヤと眠る妹に、その妄想は数秒と持たない。寝息をたてて何とも気持ち良さそうに宙をフワフワ漂っている。
「スヤァ………」
「ハハハ。毎度ながら器用だなー」
現代娯楽がなくても、本以外でも目の前で当然のようにファンタジーしてるので、飽きない日々が続くから助かってはいるが。
「あ、そうそう。これよかったらどーぞー」
「あらぁ。悪いわねぇ。いいのかしら?」
「勿論!」
ん、また何かお裾分けだろうか?
ご近所付き合いが多い詩織だけに、結構お裾分けが多いのだ。今武が食べているおやつにしても、頂き物の何かの薫製肉だ。しかし美味しいから何かはもう気にしてない。いちいち気にしてたらこの世界やっていけないのである。
「それじゃまた、機会があったらお願いしますねぇ」
「いえいえこちらこそー」
どうやら地域コミュニケーションは終わったらしい。
「お願いされた所をみると、職場での知り合いか?」
詩織は出稼ぎパートで家計を支えてるが、何の仕事かは武及び亮平さえもよく知らない。本人曰く家政婦みたいなもんよって事らしいが、親父の塵クズみたいな給料よりよっぽど稼いでる気がするな………と思う息子である。
「たけるぅー!ちょっと手伝ってくれるー?」
「んー?」
手伝うって事は何かを結構大量に貰ったのだろうか? ソファからよいせと腰をあげる武は少しワクワクした。
お肉? 魚? 美味しいものだと有難い。見た目は中々抵抗感あるものが多彩な異世界だが、味は結構イケるものが多いのだ。そこに詩織の料理スキルが加われば、大概賛辞に値する言葉が自然と漏れるものである。
「はいはーい。また何かお裾分けー? こないだの魚みたいなのがいいなー………っと」
「えぇ。魔王頂いちゃった。玄関にでも飾るから手伝ってくれる?」
「へぇー魔王ね……魔王!?」
人間驚くと、本当に二度見をするらしい。
「そっ。魔王」
通常運転の詩織を見るに、聞き違いでは無さげである。
「お裾分け!? 魔王お裾分け!!!? そんな事ある!?」
「あったわねぇ」
「思ってたのと全然違うし、全然動いてないけどなにこれ!? 今日も俺は日常回だと思ってたのに何この不意討ち!!」
「フフッ。食べ物じゃなくて残念だったわね」
「いやっ………何かそんなゆるふわ次元の話じゃないぞお袋!? 岩!? 彫刻!? こわっ!! でかっ!! ざっと見2メートルん! 角あるしマントもそれっぽいん! 色味も固さも石膏っぽいけどこれどーゆーことん!?」
恐る恐る指先でツンと触ってみるも、やはり材質は石っぽい。それに重厚そうなその佇まいからして、たしかに魔王っぽさもある気はする。
「角も生えてるしな………ミノタウロスか?」
フムムと武は考えた。一概に魔王と言っても、認識の違いはあるんじゃなかろうかと。日本にもいるかも分からない、いたかも分からない神話じみた生物など幾らでもいたのだ。
「魔王”像”って事? 魔除けみたいなもんなのかな?」
早とちりは良くない。なんかこう………シーサー的な物かと考えると、そこそこ気持ちも落ちつき始めようとした時
『………おいゴミ小僧』
「………………ん?」
『我を運ぶがいいゴミよ』
「……………」
……喋りやがったぁ!! これただの石像じゃねぇ!?
『YES』
なにこれ目だけ動いてませんかね!? もっ凄い気持ち悪いんですけど!! え、これマジ魔王なの!? 本物!? なんで彫刻で、なんで我が家にお裾分けられたの!? 理解に苦しむNOW!!
『貴様の主に討伐されたのだ。本当に屈辱なくらいボッコボコにされたのだゴミよ』
討伐!? 主って親父のことか!? マジか!! マジで伝説なりよったか!! 最近帰ってないと思ったら意外と頑張ってたか!!
『違う。魔女にだゴミよ』
違うんかい。危うく尊敬しかけたじゃないか。
ん?……魔女? うちのお袋の事言ってんのか?
『そうだゴミ。お前の主は恐ろしかったゴミ』
心なしか震えている気もする魔王像だが、武としてはそんな場合ではない。
『だからゴミよ………』
「―――――ッ! ゴミゴミうるさいなもう!! お前の方が充分ゴミだろぅ!? そんで普通に会話してっけど心読むなよ!! 読心術とか思春期には辛いぞマジで!!」
まさか夢以外でテレパシーを経験する事になろうとは。
お陰様にこの数十分で、この場の異世界濃度がかなり濃くなった気がした。
『ならば早く運べ。滅ぼすぞゴミ』
なんて生意気なやつだ。
いや、魔王なんだからこれくらい当然か。
『フッ………我魔王なり』
なんか凄い誇らしげだ。石像のくせに。
「え? 魔王ってホントにあの魔王なのか? 世界を混沌におとしめるあの魔王? なぁお袋……あれ?どこ行った!?」
主婦にはやるべき家事が沢山あるもので。
『まぁ運びたまえよ』
「………悪のトップを簡単に招き入れてよいものかちょっと迷わせろよ」
『考えるより先に行動する事も大事ぞ、ゴミ』
少しイラリとしながらも、武は魔王像を傾けた。
「ったく………いくら異世界でももっと順序なり説明があるでしょうよ……つか重いなお前!!」
『石だから当たり前だろうゴミ』
イラり。
「………削っていいか?」
『それはヤメテ欲しい…………何処からそのハンマー持ってきたのだ。削る道具じゃなかろうに』
「はぁ………何キロあんだよお前。くっ……持つとこ少ないし……ちょっと角借りるぞ」
『えっ………』
武は魔王像に生えていたこめかみ付近の立派な両角をガシリと鷲掴み、一気に引き倒してとりあえずゴリゴリと引きずりながら玄関へと運び入れる。このまま置いといてもいいが、通行人が怖がって下手に注目あびるのはゴメンだった。
『ちょっ……我輩のチャームポイン……折らないでね? 折らないでね!? 痛覚が無いのが今凄い怖いのだぞ!?』
「あっ………」
『あって何!?』
「………………」
『ねぇ!?』
ちょっと先端ぎ欠けたけど多分大丈夫だろう。足元も心なしか削れた気がするが、重いんだからしょうがない。
その後玄関までの数メートルの道を奮闘しつつ、休憩しつつで漸く武は荷物を運び終えた。
「ふぅ……まぁちょっと金持ちの玄関かと思えば違和感は案外ないか」
以前の家だったらきっと邪魔だっただろうが、この新築の家には割りと馴染むデザインかもしれない。引越祝いにしてはかなり異質な送り物だが、まぁコレが異世界流なのかなと、極端な思考で武は受け入れた。
『その拳に握ってるの我輩の角? ねぇそれ角?』
どうやら目と耳は機能しているらしい魔王像。武の両手に握られた何かの欠片が気になるらしいが、武は細かい事気にしなさんなと満面の笑顔を魔王へと届ける。
そして―――――
「……そぉーーーいっ!!」
『!?』
証拠隠滅。
とりあえず森の方へ遠投をかまし、欠けた何かは森の微量な肥料にしてやりました。
育て。森。




