第011話 チェックパジャマ+1
イヤイヤイヤ!!流石にこれはダメだろアカンだろ!!
いや可愛い。確かに可愛い子だ。うん認める!!
見た感じ多分同い歳くらい。更に長髪黒髪のオーソドックスタイプ。胸は……今後期待するとして、展開的に言えばまずヒロイン候補だ。
俺の目の前にいるのは勿体ないくらい可愛い!!
必要成分! 間違いなくこの世界に足りなかった成分!
キャッハウフフの種が今目の前にっ!!
しかし。
流石に他人巻き込むのダメでしょこれ!!
自分で蒔いたけど育てちゃダメな種っ!!
かといって枯らすのはもっとアカン!!
一応ある。武にも良心とかはある。
第一、何故記念すべき最初の魔法が召喚術なのか。
「ほいでまたパジャマだよ。今度はチェックパジャマだよ。何ですか、この世界のルールですか? パジャマ着てるタイミングでしか召喚出来ないのかこの世界」
水玉一家に続き、今度はチェック柄パジャマが異世界に降り立った。今のところパジャマ召喚率は100パーセントである。
「ここ……どこ?」
ボーッとしながら膝を折って正座する形で地面に座る少女は、目をパチクリとさせている。最初こそ扉を開けた直後のようなポーズだったが、あまりの景色の変化に腰を抜かしてしまったらしく。
「………ドアどこ?」
振り返ってもドアないですゴメンね。
どこでも行けるドアじゃないですゴメンね。
「……へぇ?」
「ですよねそうなるよね。俺も数日前そうだったから分かる」
しかしまぁ、町の中で晒されるよりは、幾分かはマシといった所だ。
「おーい……大丈夫ですかー?」
武は申し訳ないと思いつつ、呆ける少女に近付き声をかけてみるが、未だに頭が真っ白な様子。彼女はとりあえず自分の経験と知識の中から、今我が身に起きたあらゆるパターンの出来事を考えているらしい。
多分誰も助け船を出さなかったら、あの頭は数分後にはプスプスと煙を吹く事だろう。
「おーい……おーい?……おーい!……おーいっ!!」
「……んぁ!!? 何っ!?」
これで一旦一安心。
しつこい武の問いかけは、彼女の頭が爆発するその前に、我に返させる事に成功したようだ。
「おぉ……やっと聞こえたみたいだね。ちょっとは思考に余裕が出来た?」
「え……全然」
「だよね」
「………ここどこですか!? 私の家は何処いったの!?」
やっぱそこが一番気になっちゃいますよねと、武は腕を組んで悩み苦しむ。そしてこのイカれた状況をどう説明すれば良いものか一通り考えると、とりあえず召喚云々の事は差し置いて、先ずは素直に今いる場所を教えてあげる事にした。
「その説明が滅茶苦茶難しいんだよな………。んー……簡単に言うと、ここは異世界というやつですね。ウェルカムトゥアナザーワールドってやつですね。えぇ」
「…………」
まぁ予想出来た事ではあるが、こんなふざけた本当の話を聞いた少女は『何言ってんだコイツ?』的な感じで、武を冷ややかに見つめ上げる。多分きっとこれが、ゲボクズを見るような目だろう。信用や安心からはほど遠く、ほんのり後退すくらいには武への不信感が積み上がったようだった。
「異世界? 何言ってんの?」
「………気持ちは非常に分かる。理由は違えど境遇は一緒だから」
「?」
何かを憂うように遠い目をして語る男の言ってる意味が益々分からないと少女は首を傾げるが、それでも武は一旦構わずに話を続ける事にした。
「とにかくここは異世界。地球でも日本でもない別世界って訳。まぁ今は存分にパニクっていいと思うよ。うん。俺も完璧にゃ説明出来んし」
武が淡々と異世界と言うもんだから、やべぇ奴に絡まれた感が彼女から増し増しに漂っている。そしてこのままこんな話を飲み込んではマズいと思ったのか、彼女はとりあえず異世界の事は頭から切り離し、自分なりに記憶を辿り始めたようだ。
しかしその場に頭を抱えて座り込み直し、う~んう~んと唸り始めたが、何度シミュレーションをしても自宅の玄関扉を開けた所で記憶が躓くらしく、その過程が鮮明なだけに余計パニックになってしまったらしい。
「まてまてまて……えーと……確か今日は休みでさっき玄関開けて……で今は森で男の子がいて……? うあぁぁぁぁん! やっぱり意味分かんない!!」
可愛い子がワンワンと泣きながら項垂れて、地面を殴り付ける姿はなんともシュール。日常ではまず見れない、ある意味貴重な絵姿だ。
「え? 何これ何事? いやいやちょっとお待ちなさいな………は? 落ち着け私ぃ………冷静に考えれば大した事ないって………えーと………」
ここが異世界? そんなバカな事があるかい! と。
少女は何度も記憶旅行をやり直す。
そしてそんな彼女の姿を、武は大人な立場でしみじみと見守る。そのついでに、自分のやらかした魔法についての軽い分析も始めたようだ。
「てかその姿で外出とか勇者だな。パジャマで外出とはやりおるわ……だから召喚されたのか? 世間体を気にしない鋼の精神持ってるからお呼び立てされたのか? だとしたら選ばれし勇者の選考基準激ユルじゃね?」
まぁ適当な女神に適当な魔法を授かったのだ。結局はきっと深い意味がない事が正解なのだろうと思っていると
「外野うるさいっ!! 考えがまとまんないでしょうがっ!!」
ちゃんと怒られた。
「すんませっ!! ……でもそろそろ異常事態にはお気付きでしょうよ? 夢にしちゃ鮮明。ドッキリにしちゃ壮大。ここは紛れもなく『異世界』という新しい現実な訳」
「うぅぅん……そう言われてもなぁ……」
「有り得ない事が起こっても理屈で考えちゃうよねそりゃ。でもいくら時間をかけても、理不尽に変化はないんだなこれが」
「異世界……異世界? いやいやいや……」
やはりこの少女の反応はとても新鮮だ。
普通はノーリアクションで近所付き合いを始めたり、何となくで宙を漂ったりする余裕はない。
普通はこのアホみたいな異世界にオロオロするのが当たり前なのだ。
「ハハハ……ホントに? 異世界……なの?」
「あぁ……困ってるなぁ。うんうん。これが普通の反応だよなぁ…………ん?」
なんて彼女の葛藤を温かく見守っていると、何故かボロボロな姿の亮平が武の背後から現れた。どうやら買ったばかりの剣を息子に見せびらかしがてら、朝の素振りでも始めようとした際に、武の魔法で派手に吹っ飛ばされていたらしい。
「おい! 今さっきのはなんだ武! 剣が吹き飛んだじゃないか! 俺の愛刀ライトニングストロングデリシャ……おや? この子は?」
「最後デリシャスって言おうとしたか親父? なんだ? 旨いのかその剣。ライトニングくらいで止めときなさいよ。それでも若干ダサいけど」
「ダサくない」
亮平のネーミングセンスは基本的に残念。
あと剣なのか刀なのかハッキリして欲しかった。
「なんでもないから心配せんとその愛刀とやらで、さっさと冒険者らしくドラゴンでも魔王でも倒して来やがれ。完全歩合給なんだろ冒険者って」
固定給などある訳もなく、実力に見合った成果が分かりやすく付いてくるのが冒険者。昨日は日の暮れない内に武器屋とギルドを探し回っていたらしいが、ギルドまでは見つけきれなかった亮平は今のところ無所属のフリーターみたいなものである。
とはいえ、武を差し置いて冒険者になった亮平はずっとヤル気満々だ。生きる事に変な刺激を感じているのか、その行動力は今までの亮平よりも随分若々しく思える。
ただし防具を買うお金も全部武器に注いだのは、少々はしゃぎすぎな気も。攻撃は最大の防御だと亮平は言い張っているが、攻撃する前に攻撃されることは多分考えてないのだろう。
「おいおい、次期伝説になる男にその口の聞き方か! でもいいなドラゴンか……確か隣国付近の渓谷で目撃情報があったとか言ってたな」
「てかホントにいるのかドラゴン……流石異世界と言うべきか」
武は適当に口走っただけだが、亮平曰くどうやら実在しているらしい。昨日も最終的には酔っぱらって帰ってきたので、酒屋で情報でも仕入れたのだろう。そう考えると酒が飲めるというのは、情報収集における大人の特権なのだ。
「よっしゃちょっと行ってくる! 討伐討伐♪ やっほーぅ♪ やっほーぅ♪」
目指せ伝説の冒険者。
そんな気持ちで足弾む亮平は、夢のドラゴン討伐へと―――――
「いい歳こいたおっさんが、そんなにはしゃいでスキップしたら誰かに……」
「……へぶぁっ!?」
旅立ちの終わり。
言わんこっちゃない。これまた綺麗にぶつかった。
ドラゴン討伐の前に、家先で熊みたいな獣人大男に阻まれる亮平である。
「あぁ? どこ見て歩いてんだおめぇさんよぉ……」
「あっ……っとぉ……アハハハー?」
あんな血の気の引いた笑顔に幸せなどない。
ジリジリと詰め寄られる亮平の体は、空気を抜かれた風船の如くみるみる縮こまってゆく。
そんな亮平を取って食わんばかりに詰め寄る熊男だったが、ふと亮平が腰に据えていた剣を見て態度が軟化する。
「ん? お前さん良いもん持ってんな。丁度いい、ちょっと来いや。今日人手が足りてねぇんだわ」
「なーに悪いようにはしねぇよ。へっへっへっ。ちゃんと給料も出らぁさ!」
「やー。えぇもん拾っただな。でもおいさん、あまり見ない顔やね? 何処のギルドのもんだべ?」
いつの間にか泣く子も黙るようなイカつい面子が三人もいる訳だが、各々が作物を入れる竹かごを背負い、土を耕すクワを持ち、長年の汗が染み渡る歴戦の作業服を着こなしているのを見るに…………アレは完全に農家そのものだ。
「えとー……ギルドはまだ無所属でしてぇ……」
「そいやったらなんの問題もねぇな」
「えっ……」
そんな農家のパワーたるや凄まじく、熊の大男は亮平を軽々と片手で持ち上げて、ヒョイと自分の肩に担ぎ上げた。
「え、いや……ちょっ……なぁぁぁぁぁぁあああ!!?」
「あいあい行くべー。見所あったらうちのギルマスに口添えしてやっからよぉー! ダハハハハ!」
「ちょっくらコイツ借りてくだねー。夜までには返すからよー」
「どうぞご自由にー。お仕事頑張ってくださーい」
先日の逮捕に引き続き、よく連れ去られる人である。
しかし生憎、ポンコツ親父に構っている余裕は武にない。今はチェックパジャマ召喚少女の事で頭が一杯なのだ。
「いやだぁぁぁぁ!! 俺に冒険をさせてくれぇぇぇぇ!!」
流石倉元家におけるオチ要因。
結局亮平は、今日も冒険者にはなれなかった……とさ。