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第105話 後ろの方が怖い

「こうなると選択肢はひとつ……嫌だがここを進むしか無さそうだ」


「元はそれが目的だけど、二人ってのが幸先不安よね……だってこれよ?」


 結衣が横目に見る通路は、上に負けじとなかなか薄暗い。

 冷たい風と獣臭がなかなか不安感を煽ってくる上に、上層階に負け劣らずな選択路の多さだ。一応目印用に蠟石を持ってきたから同じ道をグルグル回る事は無いにしても、この積極的に迷わせにかかる感じは流石に顔もひきつるというもの。


「ただの二人じゃありませんぜ? 結衣の言ってた通り、俺らは魔法使えないーズ。即ち『戦闘力の欠片もない二人が』って所が冷や汗もんですぜ?」


「嫌な念押しね……背中のソレに期待するしかないか」


 一応武の背中には、武器が装備されている。淫魔討伐時にデュラハンが持っていた、巨大なバトルアックスだ。しかしアイリスにはこれをブンブン振り回せと指令を受けたが、背負うと持つでは負担が比較にならない。

 念のために地上でも試し振りをしてみた武だが、振り回すというよりは振り回されているという表現の方が随分とお似合いだった代物だ。


「つってもここならギリいいけど、狭い通路でこれは振り回せんぞ。ぶっちゃけ無いよりはあった方がいいかな精神で背負ってるからなこれ」


「何故に小回りきく武器は持って来てないのか」


「ギルド受付員なもんで」


「そうだった。忘れてた」


 片や防御特化の半死鎧、片やただの職員制服。

 これで一体何を攻略すれば良いやらよく分からない。

 足元の石を投げつけるくらいが今のところ最良の攻撃手段といえよう。


「さて……どの穴から行くかな」


「這いずりながら行くような道以外なら……あと獣が出そうにない所選んでね」


「ムズい注文だなぁ……はぁ、ニーナに会いてぇ……」


 指を舐めて得意気に風の流れでも読みたい所だが、今舐めたら口の中は鉄味で満たされるのは間違いない。なので、武は壁にかけられた松明が微妙に揺れる、一番右端の円柱道を最初の攻略通路とした。


「じゃあ武先行ってね。鎧着てるんだし」


 脇に小石を抱える結衣が、武の後ろでそんな事を言う。


「今からでも貸してやろうか? 俺は一向に構わないぞ?」


「別にいいけど、例え私が着てもあんたが先導だからね?」


「紳士な俺としては、レディーファーストって素敵な心構えは一応会得してるつもりなんですがね。姫様の生まれ変わりなら、そういった事にも慣れといた方がいいと思うんですがね」


「じゃあ次はエスコートを体得できるチャンスよ。良かったわね学ぶ機会が得られて」


「……言っとくが先を歩こうが後ろを歩こうが襲われるもんは襲われるからな!! 先に不意打ちでポックリいく方が恐怖は薄いからな!! 後悔するなよ!! 案外後ろの方が怖かったりするからなぁぁぁぁ!!」


「今日一の熱弁だけど内容が果てしなく女々しいなっ!?」


 小長い言い合いの末に結局先導することになった武は、生唾で喉を軽く潤し覚悟を決めた。


 いざ、異世界人の初ダンジョン探索開始である。


「あぁ……薄気味悪いぃぃ……ひぅっ!? 今のは!? なんだ影か……」


「あんま引っ張るなよ? 只でさえ歩きにくいんだから」


「今日中のエスコート体得は無理そうね。紳士なら『足元気を付けろよ?』くらい言える余裕を持ちなさいよ」


「抱きつく時は先に言えよ? 鎧すぐ脱ぐから」


「……どこで紳士を学んだの?」


 独学である。


ー 数時間後 ー


 はてさて順調……と言って良いのか、適度に壁に目印を残しながら奥へと進み続ける武と結衣。目の感覚もすっかり慣れ始め、ギルド的な資料として壁画サンプルを模写出来るくらいには心に余裕が出てきた。


 地図の作成は『測量器具とかないと無理っ!!』って事で、だいぶ序盤で諦めた次第だ。空間認識が特化できる魔法があれば是非とも欲しい……あるいは職員に欲しいと願ったり。若しくは召喚魔法で伊能忠敬さんでも呼び出したい所だ。


「この壁画って動物なのかな? やっぱ魔獣? あ、これちょっと可愛い。なんかブルドックに似てるかも」


「カメラとかあったら資料残すの簡単なんだけどな……いや描くの全然嫌いじゃないから良いんだけどさ……ん? 今そこの壁画動いたか?」


「怖いこと言わないで!」

 

「いやここ一応魔法のファンタジー世界な訳だしな? しゃべる銅像あるんだから、動く壁画くらいあるんじゃね?」


 そんな武の適当な説明を受け、結衣は「あぁ……確かに」と相づち、素直に納得する。


「壁の奥に寮でもあるのかな……でもホント絵ぇ上手いよね武」


「いや、結衣に比べたら誰でも上手いと思うぞ」


 そう言って取り出したのは、結衣画伯による壁画サンプル模写だ。私も描いてみたいと意欲満々に言ってきたので、先ほど試しにケルベロスのような獣を描かせてみたのだが、結果として人面三首おじさんがトラウマ抱えたような独創性豊すぎる絵が返ってきた。


「小学生くらいまでなら全然脅しに使えるイラストだぞこれ。タイトル何よこれ。オジベロスか?」


「何そのキメラネーム!? そこまで酷くないわい! 目ぇ大きくして可愛くしたかったの!」


「こんなブラックホールみたいな目のどこに愛らしさがあるんだ。自分の魅力もろとも全部吸い込まれてんだろこれ」


 お陰で緊張感も段々となくなる。しかし、これだけ和やかに焦らず探索を続けているのは、他にも理由があった。


 このダンジョン、広いだけで魔獣が全く出てこない。


 恐らくだが、運良く魔獣に出会わずに進めている……とかいうレベルではない。お陰で手に負担のかかる巨斧はめでたく武の背中へ収納されている訳だが、ダンジョンとしては酷く異質だ。


「絵なんか日常でそうそう描かないから普通はそんなもんよ……にしてもホントに魔獣出ないね……わぷっ……虫の数は相変わらずだけど」


 序盤はビクビクしながら武の両肩を掴みながら進む結衣だったが、今やこうして先導するまでになっている。

 階段を降りた時には虫にすらギャーギャー言っていた結衣だが、小さい虫が口に入る程度では殆ど動じなくなるくらい逞しくなっていた。少なからず、やはりダンジョンとは人を成長させるモノであるらしい。


「絶えず獣臭がする割りには魔獣に一切出会わないな。まぁ迎え撃つ手段がないからありがたいんだけどさ」


「私も出てこないならそっちの方が断然いいかな」


 頻繁に襲われるのは勘弁願いたいが、全く出ないのもかえって不安になる。昨日出現したばかりのダンジョンな訳だし……まだ出現するに至ってないだけか?と色々な考えも過るが、まだまだ判断が難しい。


「やっぱダンジョンとは違うのかねぇ。罠って罠もあの落とし穴しかないし、敵の出ないダンジョンてのは存在価値あるのか?」


「まぁこれでナナさん達が無事な確率も上がったじゃない。でもじゃあなんなの? 結局ここは只の遺跡って事?」


「さぁね……けどこれじゃ、例え全員一緒でも今日中の探索は無理そうだったな」


 淡々とここまで描き付けてきた目印のお陰で迷いはしていないが、広さだけは一流のダンジョン。このまま出口が見つからなければ、大規模な蟻地獄とも言えそうだ。


「早く皆と合流出来ればいいんだけどねぇ……」


「俺が機具するのは、あの青虫が既に入り口に転移してる事だな。俺らを探す事を早々差し置いて、地上で呑気に待ってる姿が想像に容易いんだけど」


「そんな訳ないじゃん!……て言い切れないこの切なさたるや」


 考えても仕方ない。

 今は嫌でも先に進むしかないのだ。


「それよりこの先進んで出口あると思う? あんまり登ってる感じは正直しないんだけど」


「さぁな……ダンジョンマスターにでも会わないと分からん」


「ダンジョンマスターって何? そんなのいるの?」


「呼び名はさて置いて、ここを造った奴は多分いるんじゃないかな。ダンジョンのあるじ的な奴が」


「え……じゃあ急にラスボスみたいなそんな理不尽もあると?」


「全然有り得る」


 その話を聞いて、結衣は若干先導から後退する。

 するとそこで、武がふとおかしな事に気がついた。


「…………」


「どったの武? 顔が変だ……よぉぉぅ……」


 さて、率直な疑問だ。

 魔獣が出ないと分かって結衣が先導するようになりましたが、では何故武の肩にはまだ手が乗っているのか。歩みを止めて漸く気付いたこの不可解な現象。心なしか、「ンフフ……」と、何かを含んだような笑い声が聞こえる気もする。


 ―――魔獣差し置いて霊的な奴はダメだって! 違うっ! そんなんダンジョンと違うっ!!


 次いで不思議なのは、振り返って相対している結衣と一向に視線がぶつからない事だ。その過度に瞬く視線の先は、どうも武の左肩の上を見据えている上に、その体はジワジワと武から離れるように後退しているのも気になる。


「ところで結衣さん、俺と目ぇ合ってないのに何と目ぇ合わせてるのかなっ!? 何にカタカタ震えてるのかなっ!!? 俺の後ろに何かいるのかなっ!?」


 人の顔を変と言っときながら、結衣の顔もなかなかに酷い。口をパクパクしながら、もう絶叫一歩手前まできている有り様だ。


「振り向かなきゃダメか? そんな決まりないよね? 見ずに行くのもありだよね?」


「………………」


「結衣会話しよう! 独り言は辛い!!」


 なんて事を考えてる間に、どうやら後方にいる何かが先に武の耳元へ囁いてきた。


「んふふ……じゃあ私とお話しましょう?」


 想像よりは野太い声。しかしそんな事はどうでもいい。


「「……でたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」


 気付いたら二人で全力疾走。一体何に遭遇したのかと考える前に、闇雲に走って迷うかもしれないと考えるその前に。利害一致の絶叫をダンジョン内にこだまさせ、二人は後先考えずにひた走る。


「ほーらやっぱり後ろの方が怖かったぁぁぁぁ!!」

ー リリィとブッブと時々詩織 ー


「ブッブ! 守護者足るものいざというとき反撃もせねばなりません!!」


「ピィ!!」


「一先ずあそこの丸太を燃やすのです!! 炎が出せて初めてドラゴンですよ!」


「ピィィィィ……プァッ!!」


ボッ!!


「おぉ! 燃えました! いい感じです!!」


「お風呂の薪燃やせたかなぁ? 二人ともー」


「バッチリです!」


「プアッ!」 ボッ!

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