63歳 X
第1部の最終章が始まります。
よろしくお願いします!
俺は、『残された手記』を閉じた。
前世の享年に先月追いついた。
レイ歴327年4月10日。
この年齢になるまで、色々なことがあった。
サティスと2人、『無敵』を目指して走り続けた。
沢山の出会いと別れ。
失敗と成功。
努力。
果てに、俺たちは『無敵』に至った。
俺たちが『無敵』となってしばらく。
前世の年齢に追いついたことを思い出し、この世界で歩んできた今までの軌跡を振り返ることにしたのだ。
今俺は、家族と仲間を巻き込んで生まれ故郷にきている。
『プランター村』『跡地』。
『村長宅』だった廃屋。
『2階』『ソシエゴの部屋』だった場所。
俺は『残された手記』を棚に戻す。
ソシエゴがこの村で生きていた確かな証。
『ディナステーア』で毎年購入していたであろう、羊皮紙で作られた丈夫な手記。
さすがにボロボロになり、汚れなどで読めないところもあった。
それでも、俺とサティスが乳幼児期を過ごしたこの村での事を思い出す助けになった。
ソシエゴが俺たちの事を大切に思ってくれていたことが嬉しくて涙ぐむ。
今、棚に戻したのは彼女が20歳の時の手記だ。
棚には15歳から5年分の手記。
・・・おかしいなもう一冊あるはずなのだが。
部屋の中を探してみるが見あたらない。
俺は部屋を後にして階段を降り、玄関だった場所から外に出た。
『深紅』がそこに立っていた。
花束を持つ、彼女。
63歳に思えない美貌。
妖艶さを含んだ美しい笑み。
ハリのある肌。
『長耳族』の血が混ざっているためか、老いが『人族』よりは緩やかだ。
30代と言われても納得してしまうだろう。
「『ファセール』が次は『ブランコ村』に行きたいって」
身長は俺より少し低い。
それでも、全盛期のプロポーションを維持し、175センチあるモデルのような肢体は決して彼女を小さくは思わせない。
腰には、『赤い』宝石が剣の柄についた、曲剣。
母から譲り渡された時とは少し変わってしまったが、それでも、今なお彼女と共に戦い続けているその曲剣が腰に帯剣されている。
「あぁ、ちょっとまってくれ、探したい物がある」
「あら、そうなのね。じゃあファセールに伝えてくるわ」
言いながら振り返る。
腰まで落ちる美しい『深紅』が弧を描く。
頼もしい背中。
彼女はもう1人の家族の元に向かっていった。
「探し物はなんだい?僕でよければ一緒に探すよ」
唐突に、俺の後ろにコルザとラーファガが現れた。
栗色に青のインナーカラーがあるポニーテール。
身長は俺より高く、185センチ。
66歳になるはずの彼女の姿は、とある事情で全盛期のまま止まっている。
若い姿のまま。
中性的だが、美しい。
母譲りの切れ長の目に収まる赤みの強い橙色の瞳が俺を見つめている。
「私もお手伝いします!」
コルザの左手に抱き着いているのはラーファガ。
黄緑のセミロング。
垂れ目に収まる、大きな黄緑色の瞳。
こちらは、『長耳族』の血が混ざっているだけではなく、元々童顔なため20代に見える。
「あぁ、ソシエゴ・・・この村で世話になった人の『手記』を探してるんだ・・・もう一冊あるはずなんだが」
「ソシエゴ・・・あぁ、『喫茶店』のウェイターさんだったね。この村に来たときに、とてもよくしてもらったから覚えているよ。君が探しているのは彼女の『手記』かい?」
「あぁ、その通りだ」
「うん、それなら僕が見た。もうここには無いだろうね。まぁ、あったとしても見ない方が賢明だ」
「・・・なんて書いてあったんだ?」
「・・・うん、あまり話したくはないけれど、どうしてもって言うなら教えて上げるよ」
俺から目を逸らし、辛そうな表情になる。
「・・・そうか。頼む。例え、どんなことが書いてあろうと、それは彼女の生きた証だ」
「わかったよ。じゃあ、伝えてあげる」
最後の一冊。
この村で過ごした、最後の年。
あの、最後の日。
あの日のソシエゴは何を思っていたのか。
または、前日か。
なんでも良い、知りたかった。
「・・・と、書いてあった。酷いものだろう?」
俺は、歯を食い縛った。
彼女の最後は知っていたが、まさか、その瞬間に手記を書いていたなんて。
拳を握る。
「フェリス。この件はもう過ぎたことだろう?何年経っていると思うんだい?」
俺は気を取り直す。
「そうだな、俺とサティスはこの件に区切りをつけている。それでも、やっぱり、思うところはある」
「あぁ、それは仕方ないことだね。でも、あまり思い詰めては行けないよ?」
俺は頷く。
この件はもう何年も前にケリをつけている。
それでも、大切な人の最後は堪えるものがある。
俺は深呼吸する。
「コルザ、俺はもう少しこの村に居ようと思う。サティスとファセールを連れて先にブランコ村に行ってくれ。俺も満足したらそっちに行くから」
「わかった、早く来るんだよ」
俺の頷きに微笑みを返すコルザ。
そのまま彼女は、隣で涙を流しているラーファガの手を繋ぎ、消えた。
俺は振り返って、あの丘の上に向かう。
しばらく歩いて、丘の上。
あの日も最後まで立っていたあの木。
そこに背中を預けて座る。
懐かしい景色だ。
実に57年ぶりか?
あの日までは、いつもの景色だったが。
今では、その面影もない。
思い出の建物はどこにもなく、崩壊。
57年もの年を跨いだ。
それなのに、あの日のままに放置されてしまっている、忘れられた廃村。
『プランター村』。
変わり果ててしまった故郷に俺はため息を吐く。
あの日を思い出す。
思えば、あの日までが俺とサティスにとっての『プロローグ』だったのかもしれない。
一生を努力に注ぎ、本気で『無敵』を目指す。
そんな物語の『プロローグ』。
『プロローグ』というには長すぎた6年。
それでも、あの日までの事がなければ俺たちは『無敵』まで至れなかったかもしれない。
そう考えなければ、未だに悔しさで押しつぶされそうになる。
唐突に、ふわりと『深紅』が目の前に広がった。
俺を見下ろす家族。
「・・・サティス?どうしてここに?」
「ここには一緒に来るって約束してたじゃない。ファセールはコルザに頼んで先に行ってもらっているわ」
俺の右隣に腰を下ろし、今はもう繋げない右手の変わりに腕を組んでくるサティス。
あの日と同じ。
あの日もこうやって一緒に村を見ていたんだ。
いや、距離はここまで近くはなかったな。
「・・・あの日の事を思い出していた」
「そう、私も一緒に思い出してもいい?」
「いいのか?」
「当然よ!私とフェリスは『2人で無敵』なんだから、どれだけ辛い過去でも平気よ!」
「そうか、ありがとう。それじゃあ、少しだけここで話をしよう」
「えぇ、母様たちが最後に見た景色を見ながら、ちゃんと思い出すのよ」
サティスは言いながら花束を目の前に置いた。
「あぁ、そうしよう」
俺たちがちゃんと、この村の人々の事を覚えておく。
あの日の事を最後まで覚えておく。
それが、『プランター村』の人々が生きた証になるはずだから。




