『逃避行編』 『頼み』 3
俺は、会長からの突然のカミングアウトに戸惑っていた。
『一人の女性として愛しているのだ』
いや、確かにカップルかと言いたくなるくらいには仲が良い兄妹だなとは思っていた。
少し、距離が近すぎないかと言うくらいには。
でも、そう言う兄妹もいるかと言う認識だった。
だが、今会長が言ったのはそう言うことではない。
本当に妹の事を一人の女性として愛していると言うことだ。
隣の副会長は、会長の言葉に頷く。
「私も、マトリの事を愛してるわ。 誰よりも、なによりも、失いたくない大切な人なのよ」
どうやら本当に愛し合っている男女らしい。
だが、血の繋がった兄妹だぞ?
俺はサティスとファセールを見る。
「なよに? そんなこと? 見てればわかるわよ?」
サティスは肩の力を抜いて笑う。
「わかった。 そう言うことか。 つまり、兄妹での結婚は難しい。 加えて2人は王族。 嫌でも違う相手と結婚させられる。 つまり、互いを守るため、一緒に生きるため、この国から逃げたいんだね?」
当然のように受け止めて、話の予想をつけて話すファセール。
「話が早くて助かりますわ」
満足そうに笑うスィダ。
どうやら、違和感を感じているのは俺だけらしい。
いや、だって実の兄妹だぞ?
創作の中では禁断の愛だとか、許されない恋だとか言って良く使われた物だが、それはあくまで創作物だ。
創作物の中だから受け入れられるものだ。
これが百歩譲って義理や、形式上の兄弟とかなら受け入れられたかもしれない。
だが、血の繋がりがある実の兄妹だ。
やはり、前世での価値観を持つからか。
それなりの嫌悪感があった。
と、隣のサティスが俺の顔を見ていることに気付いた。
他の者も皆俺を見ていた。
「あ、すまん。 正直に言うと、俺は今少し戸惑っているし。 言ってしまえば反対だ」
俺の返答に会長が頷く。
「それが普通だ。 すまない。 突然こんな話をしてしまって」
頭を下げる会長とそれに続く副会長。
「頭を上げてください。 別に謝って貰っても困ります」
俺は2人にそう促す。
別に怒ってるわけでもないし、困惑してるだけだ。
謝られても困るし、反対を覆すつもりもない。
「ねぇフェリス? 前世では兄妹で一緒になることは駄目なことだったの?」
サティスに聞かれる。
「それはそうだ。 もし、子どもができたら、その子どもは普通の人ではない形で生まれてくる」
「それが理由?」
「・・・まぁ。 そうだ」
「2人は子どもを作るのかしら?」
サティスは2人に確認するように問う。
「いいや。 そう言う行為をしたい気持ちはあるが、私達が子を残す事をしてはいけないことを理解している。 もししてしまった先に待っている不幸も。 だからしない。 それでも、私は、彼女とともにいたいのだ」
本気だった。
本気で隣の人を妹としてではなく、一人の女性として愛していることが伝わってきた。
・・・結婚してそう言う行為をしない。
それは本当にまかり通るのだろうか。
確かに前世ではそう言う行為を一切しない夫婦は存在した。
だがそれは、互いにその行為に嫌悪感を持っているか、そう言った欲が無いから出来ていたことだ。
どちらか一方にでもそう言う欲があって、そのような夫婦関係を維持できた試しは無い。
大抵は、我慢できなかった旦那が無理に襲うか別の女を抱くか、寂しさを紛らわすために妻が別の様々な男と寝るかで終わる。
「今はそうでも、これから長い時間一緒に居るんだろ? 耐えられるのか?」
つい、聞かなくてもいいことを聞いてしまった。
相手は王族だ。
不敬極まりないだろう。
だが、それでも聞かずにはいられなかった。
恐らく俺は、2人に子を作ってほしくないのだ。
もちろん、障害持ちを否定するわけではない。
好きで障害持ちになった人は聞いたことがない。
これでも、前世で福祉系の仕事に携わっていたのだ。
そう言った子と関わることだって多かった。
だからこそ分かっている。
障害を持って生まれてしまった子が、苦労して生きていることを。
健常ならしなくて良い努力を強いられ、哀れみや嫌悪、同情なんて言う普通なら向けられない目を向けられる姿を俺は何度も見てきた。
だからこそ思うのだ。
障害はいらないと。
ゆえに、障害を持つことが分かっていて子を成す者達への嫌悪感も強い。
だから。
俺はどうしても実の兄妹で一緒になることに嫌悪感が拭えない。
「・・・耐える。 私は、彼女を不幸にしたくはない」
本気なのだろう。
今は。
「私は賛成だよ」
と、俺が少し苛立っているのを見透かしてか、ファセールが口を挟んだ。
俺はファセールを見る。
「ごめんフェリス。 私は、どうしても他人事とは思えない。 好きな人と同じ気持ちで、一緒に居る事でお互いに幸せになれるって分かっている状況で黙って別れるなんて事。 耐えられない」
立ち上がってエンシアとスィダの間に立つ。
「あまり、戦力になれないかもだけど協力する」
「なに言ってますのよ。 ファセールが後ろに居ることがどれだけ心強いか」
スィダが嬉しそうに微笑んだ。
「フェリス。 2人の事信じてみない? 私は、好きな人と幸せになれるならなんでもするわよ?」
サティスの説得。
だが。
「・・・信じる信じないじゃない」
意地の悪い返答だと思う。
「・・・そうね。 じゃあ、反対のままで良いわ。 でも、私を信じて? あの2人の覚悟はちゃんとしたものだから。 お互いの事を本気で思ってるのがわかるもの。 ずっと羨ましいと思っていたわ」
俺はサティスの目を見る。
俺を諭すような優しい微笑み。
「・・・それは、狡いだろ。 俺がサティスを信じないなんて事あるわけ無い」
嫌悪感は拭えないし、まだ反対だ。
「ふふっ。 ちょっと仕返しよ」
悪戯っぽく笑うサティス。
敵いそうに無い。
「それにね? 多分、私達がなにもしなくてもあの2人は勝手に逃げるわ。 どんな危険な事でもすると思う」
サティスは続けながら会長と副会長を見る。
「・・・好きは止められないもの」
こちらを見ないサティスの表情はわからない。
だが、その呟きは同感を示すような言い方だった。
サティスはそんな呟きは無かったかのように続ける。
「だから、私達で逃がした方がいいと思うのよ! 会長と副会長はもう友達でしょ? そんな人たちが勝手に逃げて、取り返しがつかないことになっていたら私、自分を許せないわ!」
言いながら部屋の奥に立て掛けてある自身の愛剣を見る。
「友達も大切なものよね? フェリス」
俺はサティスの問いにため息をつく。
そうだ。
その通りだ。
会長と副会長はすでに知り合いだ。
友と言うには仲良くないかもしれない。
だが、同じ生徒会としてともに仕事した仕事仲間ではある。
俺にとって大切な繋がりだ。
「・・・そうだな。 2人は大切な繋がりだ」
俺の言葉に振り返って、満足そうな笑みを浮かべるサティス。
「だったら!」
サティスの期待したような言葉に頷く。
「あぁ。 まだ、2人が逃げてどこかで結婚して生活することについては反対だ。 だけど、俺の意地を張って協力しないで、俺の知らない場所で取り返しのつかないことになっていたら、俺はきっと後悔する」
俺はサティスの隣に立つ。
「俺たちは大切なものを守るために『2人で無敵』を目指してるんだ。 俺たちも協力しよう」
「そうよね! さすがフェリス!」
嬉しそうなサティス。
俺は反対だし、嫌悪感も大いにある。
だが、それはあくまで俺の気持ちだ。
それを押し通した所で2人が止まることは無いだろう。
その結果、もし2人が死んでしまったなんて事になったら、きっと俺は後悔する。
大切なものを失うのはもう沢山だ。
後悔ももう、したくない。
だったら、今回は協力して逃がす。
そして、いつか会いに行くのだ。
子を成していたらみんなが引くくらいの文句を言ってやるし、本当に耐えれていたら諦める。
今守らないと文句を言いに行くことも出来ない。
だから、今回はしっかり守ってこの国から逃がしてみせるさ。




