『革命戦編』 『ムーシカ・バイラリン』 3
バイレを産んだムーシカは『地下3階』で細々と生き続けていた。
バイレとフォールの2人の子どもを持つムーシカには、『地下3階』の者達からの好意で多めの食料を与えられ、1番酷かった頃より元気を取り戻していた。
バイレとフォールが少しずつ成長し、先日10歳の誕生日を向かえる事ができた。
2人も大きくなった。
バイレはムーシカの教えで『棒舞術』をそれなりに使えるようになったし、フォールは『棒舞術』は合わなかったらしいが、『地下3階』に居た片足を失った『戦闘奴隷』に『双剣術』を習っている。
最近は、多めに食料をくれた皆に対してのお礼も兼ねて3人で獣を狩りに出掛けたりもしていた。
その過程で知った『冒険者』と言うものに3人でなって生活を安定させるのも悪くないかと思っていた頃だ。
『地下3階』にとある噂が流れ始めた。
『奴隷制度』が無くなるかもしれないと言う噂だった。
『奴隷制度』が無くなるかもしれない。
その噂が『地下3階』にいる『奴隷』達の不安を煽る。
この場がなくなったら自分達はどうなるのか。
食料は。
家は。
仕事は。
どうやって生きていけば良い?
そんな不安感を知ってか知らずか、『国王』と1人の『王子』が『地下3階』に訪れた。
驚きと不安が入り交じった『奴隷達』の視線を浴びながら国王が口にした言葉は衝撃的なことだった。
「皆。 この度、『奴隷制度』は国民達の強い希望により撤廃の方向になった」
ざわめきたつ『奴隷』達。
「おい、誰がそんなこと望んだ!」
「俺たちはどうすれば良いんだよ!」
「ここを旅立つ事ができたやつらは!? あんなに次の仕事ができるって喜んでたやつらはどうなんだよ!」
「わ、私、やっと次の仕事が見つかりそうだったのよ!? どうするの!?」
ざわめきは怒声に。
怒声は国王へ。
「・・・すまない」
深く頭を下げた国王。
その姿に全員が言葉を失った。
もう、駄目なのだと思った。
この場にいる誰も望んでいなかったのだ。
外で仕事をしている『奴隷』だって望んでいないだろう。
ひどい環境の元で『奴隷』をしているものはもしかしたら望んでいるかもしれないが、『奴隷制度』のおかげでそんな環境の元で『奴隷』をさせられているのはごく一部だ。
『奴隷』は自分の居場所とやれることで頑張って生きていたのだ。
それを、よく知りもしない者達の正義感で壊される。
ムーシカは思わず国王の前に歩み出た。
「・・・本当に、どうにもならないのですか?」
「お、おいムーシカ。 相手は国王だぞ」
「危ないって!」
「国王が駄目って言ってるんだから、駄目だろ」
「皆あんたら3人を大事に思ってるんだ。 だから、危険なことをするな」
『奴隷』達がムーシカを止めるが、それでもムーシカは止まれなかった。
それは、ここにいる人々がムーシカにとって大切な存在になっていたからだ。
食料を分けてくれたからだけではない。
幼子2人。
それを育てるのに協力してくれた、年を取った『性奴隷』が居た。
鍛練するための武器を作ってくれた、片腕の無い『製作奴隷』がいた。
毛布を分けてくれた、耳の聞こえない片目の『労働奴隷』がいた。
息子に『剣術』を教えてくれた片足の『戦闘奴隷』がいた。
他にも沢山。
ムーシカはこの場に居た『奴隷』達にも生かされたのだ。
だから、この場を突然なくそうとしている事に我慢できなかった。
頭を上げて、ムーシカの言葉に困った顔をする国王。
その顔で、国王も望んでいないことを察した。
それでも、言いに来たのだ。
もう、無理だと言うことなのだろう。
その場に居た全員が絶望に覆われる。
膝を着き泣き出す者。
天井を見上げて顔を押さえる者。
項垂れるもの。
ムーシカの左右に大きくなった子ども2人がやってくる。
雰囲気から不味い状況だと言うのは理解しているのだろう、不安そうな顔であった。
ムーシカなりに何か言ってやりたかったが、今の彼女には良いことは何も言えなかった。
絶望から思わず下を見る。
ここで2人を困らせるわけにはいかない。
他の『奴隷』達だってこのまま別れたら、皆どうなるかわからない。
最悪、出た先で皆死んでしまうかもしれない。
せっかく生かされた命だ。
今度は自分が沢山の命を救って、その恩を返したい。
なにか、無いのか。
自分にできることはなにか。
と、下を向いたムーシカが小さな子どもに気づいた。
国王とともにやってきた王子だった。
全員の顔を見渡していた。
何か言いたそうである。
と、目があった。
王子が微笑んだ。
天使のような笑み。
その笑顔が地獄に舞い降りた光に見えた。
「お父様。 やはり、なんとかしましょう。 私には『奴隷』から受けた恩があります。 私は、『奴隷』にその恩を返したい。 『奴隷』と言う人々が、私なりに学んで、どう言った人達なのかも理解しているつもりです」
王子は国王を下から見上げて、子どもらしからぬ堂々とした態度で続ける。
「『奴隷』と言う人達は、『奴隷』ではない人達と何も変わらないのです。 仕事がたまたま『奴隷』だっただけの人達なのです。 そして、その『奴隷』に私は救われて、助けられてきました」
国王は王子に言う。
「あぁ、その通りだ。 『奴隷』は、その名前ゆえに誤解されるが決して下に見て良い存在ではないのだ。 彼らも生きているし、日々国のために頑張ってくれている」
「では!」
「しかし、国民はそうとは思わない。 『奴隷』は『奴隷』なのだ。 自由を奪っているのもまた事実」
「ですが、私はこのままではいけないと思います」
「だが!」
「父上はここにいる民の顔が見えないのですか!」
王子のあまりにも幼い言葉。
しかし、それでも真っ直ぐなその言葉に国王は怯む。
そして、『奴隷』たちはその小さな背中に釘付けになった。
幼い。
だが、それでも自分達をちゃんと見てくれる。
そんな王子の背中から目が離せなくなった。
「えぇ。 私はまだ子どもです。 ですが、やはり。 目の前で『奴隷』が苦しんでいるのに何もできないのは悔しいのです!」
そんな王子のまっすぐな言葉に国王は頭を抱えた。
「・・・わかった。 もう少し、考えてみよう」
「父様!」
絞り出すように言った国王は、嬉しそうな王子の前で全員に宣言する。
「考えてはみる! だが、期待はするでない!」
そう言って国王は踵を返して地上に向かっていった。
王子も嬉しそうにそれについて言ったのだった。




