『ナビダード会編』 『報告』 4
「・・・えぇ。 聞かせてくださいませ」
スィダに言われたティンは頷いて話し始めた。
「まず、ムーシカ先生は元々奴隷だった」
「・・・え? ・・・まぁ、ありえない話ではありませんか」
スィダは一瞬驚くが、バイレは『奴隷制度』を肯定し守ろうとしているエスクラボ派閥なのだ、その母が元奴隷なのはおかしい話ではないと思い納得する。
「ムーシカ先生は元々『性奴隷』だったらしい。 それでバイレを身籠った」
「・・・まぁ、よく聞く話ですわね」
スィダは気分が悪くなる。
『性奴隷』が妊娠するなどよくある話だ。
避妊具や、『魔術』で回避するのが普通だが、回避しきれない場合や、中にはそれをしない方が興奮する者もいる。
ムーシカの相手がそう言う人だったのか、回避できなかったのか。
それは分からないが、分かることはひとつ。
妊娠した『性奴隷』は堕胎を迫られる。
堕胎は『魔術』によるものか、無理やり掻き出すものが存在するが、どちらも母体に負担がかかる。
そしてなにより、心が傷つく。
「妊娠が判明したムーシカは堕胎を強く拒否して逃げ出した」
自身の体が傷つけられるのが嫌だったのか、子を殺すことが嫌だったのか、色々な思いは想像できる。
本人ではないから真の意味で分かることはないが、それでもスィダは怒りを露にする。
「だから、『奴隷制度』は無くした方がいいんですのよ」
と呟くスィダを見ながらティンは続きを話す。
「・・・そして、逃げた先は、『ドラドアマリージョ獣王国』の地下だった」
スィダは『奴隷市』の更に下にあった『奴隷』の居住区を思い出す。
不衛生が極まった場所だった。
「あの、地下3階ですわね?」
「あぁ、そこでムーシカ先生は自身と同じく身重の女性に会った。 それが、フォールの母親だ」
「そんな・・・」
「似た境遇の2人は互いに助け合ってなんとか生きていたみたいだが、フォールの母親はフォールを産んですぐに死んじまった」
「え!? それじゃあ、フォールは?」
「ムシーカが面倒を見たらしいぜ? 身重のままな」
「・・・なんて事」
「ムシーカはフォールの面倒を見始めてすぐにバイレを産んだ」
「・・・」
言葉を失うスィダ。
「衛生は最悪、食べ物もろくにない。 そんな中で2人の子育てをするのは困難を極めたらしい。 限界が近付いていた。 だが、そこに現れたのが『ドラドアマリージョ獣王』だった。 スィダ、お前の父だ」
「・・・え?」
父の名前が出て驚くスィダ。
「お前の親父は地下の状態を見て、食事の支援を決めたらしい。 その日から食べ物に困ることはなくなったらしいぜ?」
「そんなことが・・・」
戸惑うスィダ。
「それでなんとかバイレとフォールを育てることができたらしいが・・・次の困難に直面する」
「困難?」
「あぁ、『奴隷制度廃止』の動きだ」
「・・・そう言うことですのね」
スィダはその先の展開が何となく分かってしまった。
『奴隷制度廃止』による、『奴隷市』の解体。
それはつまり、地下の居住区もなくなると言うことだろう。
『性奴隷』として生きていたムーシカは他の生き方を知らないのだ。
幼い子ども2人を抱えて突然外に放り出されたらどうなるか簡単に想像できる。
つまり。
「クラボ兄様は、それを阻止した恩人ということですのね」
スィダの言葉にティンは頷く。
「あぁ。 その阻止も実は『ドラドアマリージョ獣王』が絡んでたらしい。 まだ子どもなエスクラボが『奴隷制度廃止』を阻止したのにはなにか裏があると思っていたが、『ドラドアマリージョ獣王』が出てくるとは思わなかったな」
スィダは頭を抱えた。
「・・・お父様も『奴隷制度』の廃止には反対なのですわね」
「あぁ。 まぁ、ここまで話しておいてあれだが、全部『ファミリア』の社員が集めた情報を精査した話だからな。 どこまで本当かは分からないぜ?」
「・・・いえ、おそらく、大きな間違いは無いのでしょう。 そうでしたのね。 ・・・やはり、『奴隷』達の今後を考えるべきですわね」
と考えに集中し始めたスィダ。
「だからまぁ、なんだ。 俺たちに手を出したのもわかっちまうんだよなぁ」
ティンは自身の左手を見ながら言う。
「え?」
「家族や居場所を守るためだったんだろ? 俺だって同じことをしたさ。 きっと」
笑うティン。
彼は、過去の失敗を思い出していた。
大人に利用された子どもの頃。
『ミエンブロ』と出会う前の自分の事を。
「・・・だとしても、わたくしは許せませんわ。 エンシア姉様だって歌えるから良いと言ってますが、顔に一生残る傷をつけるなんて到底許せませんわよ!」
「・・・それは、そうだな」
「エンシア姉様が結婚するとき、あの傷のせいで幸せが遠のくようなことがあったら、どうにかなってしまいそうですわ!」
「ん~。 傷が理由でいやがるような男ならいらないだろ」
「ですが、エンシア姉様は王族ですわ! いずれ、相手が現れますわ!」
「だったら、まぁ。 その時は俺が立候補するさ」
「・・・馬鹿な事を言いますわ。 対して好きでもないのに」
「いや? エンシアの事は好きだぜ?」
「好きだなんて誰にでも言いますわよね?」
スィダは謎の苛立ちを覚えて少し刺のある言い方をした。
「ははっ、最近は誰にでも言ってる訳じゃないんだがな? まぁ、エンシアの傷は俺のせいでもあるんだし、責任をとるのが道理だろ」
スィダは頭を抱えた。
「・・・そもそも、身分が違いすぎますわよ」
エンシアからティンへの評価は悪くない。
だが、エンシアはそう言う目で見てるわけではないのによく言えたものだ。
第一、目の前に自分がいるのに姉の事を好きだと・・・。
(・・・ん? いま、わたくし、なにを思いましたの?)
「どうした?」
「いいえ。 なんでもありませんわ! まぁ、せいぜい頑張ってエンシア姉様を狙うと良いですわ!」
少し拗ねた言い方にティンが察す。
「なんだ? 妬いてんのか?」
「な! なに言ってますのよ!」
「分かりやすいなスィダは!」
はっはっはっ! と大笑いするティンにスィダが苛立つ。
「あ、あなたと言う人は!」
「まぁまぁ、俺の話を聞いてくれるか?」
「なんですのよ!」
「俺は、スィダが誰よりも好きだぜ? 愛してると言っても良い」
「はぁ!? なんでそうなるんですのよ!」
唐突な告白にスィダの頭が追い付かない。
「この学院でスィダの姿を見てるうちに、他の女が目に入らなくなったんだよ」
真っ直ぐな目に真剣だと言うことを察するスィダ。
「わ、わたくしは王になるんですわよ?」
「分かってるよ。 俺は、王様を目指して頑張ってるお前から目が離せねぇんだ」
「うっ・・・」
「正直、最初お前から王配の話を聞いたとき、打算的な考えからそれも悪くねぇかなとは思った。 その打算が今もあるのは否定できない。 だけどな?」
ティンはスィダの手を握る。
「そう言うの関係ないくらいお前から目が離せなくなっちまったんだよ」
スィダはその手を払う。
「おやめなさい! まったく。 どうせいつもの冗談ですわよね!? だって今までそんな素振りなかったじゃないですの!」
わっとなって言うスィダに対してティンは真剣そのものな目だった。
「本気だよ」
「・・・信じられませんわ」
スィダはそう言い捨てて紅茶を口にした。
今までさんざん女の人と遊んでいたのだ。
今までだって、あからさまなアプローチは無かった。
自棄になっていたときの誘いは頑なに断っていた。
今だって、エンシアをどさくさに紛れて娶ろうとしていた。
信じられるわけがなかった。
「・・・そうか。 わかった」
そう言って自身のカフェーを1口飲んだティンが再度口を開いた。
「だが、諦めないぜ? 絶対『ファミリア』を大きくして、お前にふさわしい男になってやるよ。 そしたら信じてくれよ?」
「できるものならやってごらんなさい。 その時にはわたくしも相手がいることでしょうけど」
「なら、なるべく早くだな」
ティンはそう言って笑う。
その笑顔に強がっては見せていたが、頬の赤みが隠しきれないスィダは目を反らすしかないのだった。




