『1年生文化祭編』 『文化祭』 6
「あれがフォークダンスなのね?」
解体ショーで配られた肉を食べた後、俺とサティスはフォークダンスが行われる数ヵ所のうちのひとつ、本校舎前の広場に来ていた。
広場の中心では、キャンプファイヤーが燃えていた。
俺の学生の頃は規制などの理由から本物を見たことがなかった為、少し感動した。
準備中に聞いたことだが、このフォークダンスとキャンプファイヤーは『初代勇者』がこの学院に伝えたらしい。
会場では、フォークダンスがすでに始まっていて、声楽部や楽器を使える人達が音楽を奏でて、それに合わせて色々なペアで踊っていた。
「あ! ファセールもいるわ!」
サティスが指差した先では、ニエベとエンシアの2人から踊りに誘われて慌てているファセールが居た。
「ん? ティンとスィダも居るのか」
そこからそう離れてない位置でティンとスィダが踊っていた。
エスクラボは会場を見守るように立っていたが、会長と副会長の姿は無かった。
別の会場だろうか?
「ふふっ! 最後だからみんな参加するわよ!」
と、フォークダンスの曲調が変わった。
それに気づいたサティスが話を続ける。
「あら! ポルカのリズムからワルツのリズムに変わったわ! フォークダンスって、色々なリズムで踊るものなのね!」
「そうらしいな? ポルカのリズムもワルツのリズムもフォークダンスの一種なんだろ」
「そうなのね! ふふっ! 踊りも『舞術』の型に似たような物が色々混ざってて楽しいわ!」
サティスが見よう見まねで体を動かしはじめた。
「でもあれね? 1人で踊るものではないのね?」
1人では難しかったのか不満そうな顔をした。
そう、フォークダンスは2人以上で踊るものだ。
今は2人で踊る時間。
俺は、柄にもなくキザったらしく、前世で良く見た片手を背中に、前傾姿勢で、もう片方の手を相手に差し出す格好をする。
サティスは不思議そうな顔である。
恥ずかしさはあるが、きっとサティスは馬鹿にしない。
喜んで貰えるかはちょっと自信がないが。
だけど、きっと。
サティスは笑ってくれる。
「一緒に踊ってくれますか?」
俺の問いに頬を赤くして驚いた顔をするサティス。
「えっと、あっと・・・えぇ」
少し狼狽えたが姿勢を正して頷く。
そのまま俺の手に自身の手を重ねてきた。
「よろこんで!」
柔らかい笑み。
思った通り笑ってくれた。
俺は手をひいてキャンプファイヤーの近くへと連れていく。
手はそのまま握り、見よう見まねでもう片方の手でサティスの腰を抱く。
・・・細いな。
スタイルが良いのは知っていた。
良く鍛えられた体だ。
姿勢も良いし、ずっと大人びて見える。
だが、こうやって触れて気づく。
腰は細いし、体は芯に筋肉があるがそれでも柔らかい。
甘い香水の中にある、彼女の安心する匂い。
それらの事から、やはりサティスも1人の女性なのだと。
ふと、目があった。
サティスの頬は少し赤くなっていて照れ臭そうだった。
その態度や今日1日の様子から分かってしまった。
これで分からないのは、むしろ失礼だろう。
サティスは、俺に確かな好意がある。
それも、ちゃんと恋愛的な意味で。
それが、分かって心臓が跳ねた。
頬が熱い。
思わず目を逸らす。
「・・・フェリス?」
「なんでもない。 それより、踊ろう」
俺は誤魔化すようにサティスをリードして、見様見真似で踊り始めた。
サティスが俺に合わせて踊っているのに気づいて、俺もサティスに合わせはじめる。
互いの動きを、呼吸を合わせていく。
サティスは俺に好意を持っている。
だが、俺はどうなんだ。
サティスは可愛い。
そして、綺麗だ。
彼女の美しい深紅の髪も。
太陽のように眩しい笑顔も、激しい舞いも。
酒や甘いものが好きな所も。
好きなことに誠実に打ち込む姿も。
人に優しく、面倒見が良いところも。
勉強が苦手な所も、少し落ち着きがないところも。
マイペースではあるが、人に合わせようとするところも。
苦手な事から逃げない根気強さも。
駄目な俺を受け入れてくれる優しさも、決めた事を曲げない真っ直ぐさも。
彼女がしてきた全ての努力も。
その全てが愛おしいと思うし大切だ。
だが。
俺は、前世で63年生きて、後3ヶ月もすれば今世16年だ。
合計で79年生きる事になる。
だからだろうか、今俺がサティスに向けている感情が分からないのだ。
彼女と、どうこうなりたいとかは思わない。
思えない。
思ってはいけない。
ただ、大切で愛しい彼女が幸せであって欲しいと思うのだ。
そもそも、恋愛的な感情を向けて良い訳がないのだ。
80歳近いお祖父さんだ。
それが、この世界では成人だとしてもまだ15歳である1人の少女にそう言う感情を向けるべきでは無いだろう。
それは、普通じゃない。
だから、俺がサティスに恋愛的な感情を抱くのはあり得ないんだ。
これは家族愛的な感情なんだ。
ありえない。
なのに。
どうして。
「あっははっ! フェリス! 楽しいわね!」
俺の腕の中で、見慣れた太陽のような笑みを浮かべるサティス。
彼女の笑顔と深紅の髪から目が離せない。
胸の高鳴りが止まらない。
分からない。
俺は俺の感情が分からない。
違う。
きっと、正しくは。
分からないじゃない。
・・・気づいてはいけないのだ。
「あぁ。 楽しいな!」
俺は今、うまく笑えているのだろうか。




