『1年生文化祭準備編』 『ティンの気持ち』
ティンは、生徒会室にいた。
右手1本で書類を捌き、スィダの空いた穴を埋めるべく作業を進めていた。
「・・・ティン」
俺は声をかける。
他の生徒会の生徒は居ない。
「ん? おぉ! フェリスじゃねぇか! 体調はもう大丈夫なのか?」
手を止めて俺を見て笑うティン。
元気そうではある。
「サティスとファセールも一緒か?」
ティンが立ち上がってこっちに来る。
「えぇ! そうよ! 話があるわ!」
腕を組んで堂々と言い放つサティス。
「ティンも忙しそうだけど、ちょっとだけ良いかな?」
ファセールがサングラスの位置を直しながら問う。
「・・・あぁ。 大丈夫だ」
ティンがそういうと生徒会室内にある、ソファーに俺たちを座らせるように促した。
サティスとファセールはローテーブルを挟んで手前の方のソファーに座り、俺は対面に座る。
ティンは俺の隣だ。
「ティン。 スィダの事はどう思っているの!?」
座るなり早速サティスが聞いた。
「いきなりだな! フェリスの体調とか色々聞きたいんだが?」
「フェリスはもう元気よ! セミ―ジャがみたんだから問題ないわよ! ティンの左腕もそのうち完治するんでしょ? それも聞いているわ!」
「お、おう。 そうか。 わかったよ。 スィダの事だよな? えと、それは今のスィダの状態に対して聞いているで良いんだよな?」
「それ以外何があるのよ?」
「サティス、言葉足らずだよ。 ティンだから良いけど、別の人だったら恋愛的な意味かと戸惑うよ」
「恋愛的・・・あ。 そ、そうだったわね! ごめんなさい!」
「お? 恋愛的な意味、分かるようになったのか?」
「うっ。 い、いいから答えなさいよ!」
「わかったって。 うん。 この一週間のスィダの様子、サティスとファセールにはどう見えた?」
「元気はなかったわ」
ティンの問いに素直に答えるサティス。
「うん。 今回の件がある前と後じゃ、明らかに雰囲気が違う。 前は、前に進むために頑張っているのが伝わってきてたけど、今は何というか、とりつくろってはいるけれど生気がない・・・かな?」
・・・そうだったのか。
俺が部屋に養療していた間、2人が見てわかるほどに元気が無かったのか。
なら、派閥内の子たちも変化に気付いるだろうな。
「あぁ、そのとおりだ。 やっぱりあの一件がかなり効いたらしい。 自身の認識の甘さや俺たちへの罪悪感が重くのしかかって、夢を諦めようとしているんだ」
ティンは左腕を押さえながら悔しそうに言う。
「・・・ティンは、スィダと話したのか?」
ティンは次に頭を押さえた。
「言ったさ、食事にも連れてった。 また夢を追いかけられるようにたくさん話を聞いた。 諦めるなと俺なりに伝えたつもりだった・・・。 だけどよ」
ここで深いため息を吐いた。
「あいつ、俺に抱いてほしいと迫ってきたんだ。 俺の腕の詫びだとか、食事の礼だとかいろいろ言ってたが、あいつは王になる事から逃げようとしたんだ」
俺は、言葉を失った。
『獣人族』は一度そういう行為をすると、絶対と言って良い確率で身籠る。
短い寿命ゆえの事だと身体理論の教本に書いてあったのを見た。
スィダ自身もそれは分かっていたはずだ。
つまり、誰かと肉体関係を結ぶという事は子を作りこの学院を去るという事。
この学院は身籠りながら卒業できるほど甘くない。
在学中に身籠った生徒は退学していくのがほとんどだ。
それをティンに迫った。
「勿論、抱いてねぇぞ? だが、俺じゃあ、無理だった。 俺じゃあ、スィダを元気づけるどころか、さらに駄目な方に逃げようと思わせてしまう」
ティンは肩を落とす。
「どうしたら良かったんだ。 俺、王に憧れて、本気で目指しているスィダが結構好きなんだぜ? 俺も頑張ろうと思える。 大切な、仲間なんだ・・・。 くそ」
顔を右手で覆う。
「・・・俺が無力なばかりに」
「なんで無力だなんて言うのよ!」
サティスがティンに一括した。
ティンが顔を上げる。
「無力な人なんていないわよ! 今回の事だって油断したから怪我したのであって、ちゃんと戦えばティンはそんな怪我しなかったでしょ!?」
「・・・だけど、俺はスィダを元気づけるどころか」
「それも今回はでしょ!? 私、『レべリオン』の粘り強さは認めているつもりよ!?」
ティンが驚いた顔で口を開く。
サティスは構わず続ける。
「こどもの頃、大人に騙されても腐らないでいたし、『おにごっこ』では結局捕まえられなかったわ! 大きくなってからも一緒! こんな遠い土地に追いやられても自分たちで立て直してたじゃない! それにティンの剣の腕はコルザの一撃を止められる程なのよ!? これで無力は言わせないわ! そんな事を思ってる暇があるならさっさといつも通りに立ち上がりなさいよ!」
サティスの言葉にティンの口角が上がっていく。
「ティンもスィダに夢を諦めて欲しくないんでしょ!?」
「・・・くっ。 くくくっ。 あっはっはっは!」
ティンが腹を抱えて大笑いした。
「そりゃそうだ! 俺らしくも無かったな! 俺は『レべリオン』のリーダーだ。 俺のかわりに頑張ってくれてる2人にあわせる顔がねぇよな、このままじゃあ!」
ティンが立ち上がる。
ふんっと鼻で笑ったサティスと視線を合わせる。
「あぁ、俺もスィダには夢を諦めて欲しくないと思ってるよ。 お前、良い女になったな」
「・・・は!?」
ティンに言われて少しのけぞるサティス。
「今の言葉、素直に嬉しかったよ。 俺、『ミエンブロ』には憧れてるんだ。 その面子にあんなこと言われたら嬉しくないわけねぇよ」
ティンがサティスの手を取る。
「ありがとう」
「あ、あ、ちょっ!」
ちらっとこっちを見たサティスは歯を食いしばる。
「やめなさいよ! 私にはもう、好きな人がいるの!」
顔を赤くしながらブンッと振り払うサティス。
「好きな人? ほぉん・・・。 なるほどね? やっとか」
にやっと笑ったティン。
「ねぇ・・・」
その顔が一瞬で固まった。
ドスの効いた低い声。
場がピリついた。
その声の主はサングラスの中からティンを睨む。
「サティスを困らせないでもらえるかな?」
「お、おう! 悪い!」
バフッとソファーに座り直したティン。
バッと俺に顔を近づけてきた。
「な、なんでファセール、あんなに怒ってるんだよ! おっかねぇよ!」
「さぁ?」
「なんでお前まで冷たいんだよ!」
「え? 冷たいか?」
「自覚なしかよ!」
叫んで体を話したティン。
「それじゃあ、話を進めるね?」
ファセールが話を始めると、ティンが姿勢を正した。
「確認だけど、ティンはスィダに夢を諦めてほしくないんだよね?」
「あ、あぁ。 その通りだ」
「うん。 私たちもそう思っているんだ。 だから協力しよう」
「お! それは願っても無いが、良いのか?」
ティンは俺をちらっと見る。
言外に俺が危険な目にあったのにと言っているのだろう。
ファセールが頷く。
「うん。 私たちが協力すればフェリスの危険も減るからね」
「なるほど。 わかった。 それじゃあ、これからよろしく頼む」
「うん」
「よろしく頼むわ!」
「よし、これであとはエンシアだな」
俺が腕を組んで次に話をしに行く相手を思い浮かべる。
あんなことになってしまった後だが大丈夫だろうか・・・。
「なんか、あったのか?」
「ん? あぁ、いや・・・。 スィダにちょっと言いすぎてしまってな。 それで、エンシアにちょっと」
「そうか。 まぁ、エンシアも今、スィダの状態にかなり戸惑っている感じだからな」
「何はともあれ、まずは話をしないと!」
「そうだね、サティスの言うとおりだね。 行こうか」
「行動が早いな。 だが、ちょっと待ってくれ。 仕事が終わってない。 これを終わらせないと明日の仕事が間に合わない」
ティンが立ち上がって机に向かった。
「手伝う」
俺はティンを追いかける。
と。
「私にも出来る事はあるかい?」
「私も手伝うわ!」
サティスとファセールもついてきた。
「助かるぜ・・・。 じゃあ」
と、俺たちはティンに任された書類仕事を手分けして仕事を進めていったのだった。




